第3話 力の使い方
ある日、アン先生が、これから他の修道院に出かけるから旅装を用意して、と言った。
先生は魔法使いで、他の修道院にも名前が知られているすごい人だから、普段もよく呼ばれて他の修道院にお出かけしている。
先生は、魔法で修道院の建物の修理とか、絵画の修繕とかをしているんだって。
それはいつものことで、先生がお出かけするからと言って何にも不思議なことは無いのだけど、今回はわたしも一緒にお出かけするらしい。
それはとっても奇妙なことだ。
たしかに、先生一人だけでは出来ないこともあるから、お供に他の修道女が一緒に行くことはあったみたいだけど、それはとっても優秀な人か、昔からいる色々なことが分かっている人で、わたしみたいに修道院に来てあんまり日が経っていない娘を連れていくことはなかったみたい。
わたしには他の修道女みたいな特技もないし、かしこくもない。
きれいでもないし、先生の助けになるようなこともできない。
それなのにどうしてだろう。
不思議に思って先生に聞いてみたら、私がこのあいだ使った魔法の力を世の中のために役立ててほしいからだって教えてくれた。
そういえば、わたしでも使えたのだからってあんまり気にしていなかったけれど、本当はとても珍しい力なんだって言っていた気がする。
それを他の修道院のために役に立てられるんだって。
わたしが役に立つことなんて、今まで生きてきてなにもなかったから、そう言われてわたしは嬉しくなって、すぐに旅の準備をした。
アン先生はそんなわたしのことを笑って、そんなにすぐに行くわけじゃなくて、旅立つのは明日ですよって言ったから、ちょっとだけ恥ずかしくなったのは内緒だ。
◆◇◆◇◆
わたしは実家にいたころからずっと、お家の中にいて、あんまり外に出かけることは無かったから、他の修道院、なんてものは見たことがなかった。
修道院と言えば、アン先生の修道院だけしか知らなかったから、他の修道院がどんな建物で、どんな大きさで、どんな人がお勤めをしているのかなんて、知りようがなかった。
実際に来てみたその修道院は、アン先生の修道院の十倍も大きくて、施設もみんなずっと規模が大きかった。
お勤めしている人の数も数えきれないほどで、一つのテーブルにつけるアン先生の修道院の修道女の数とは比べ物にならなかった。
その修道院は、年配のおじいさんが院長を務めていて、アン先生の修道院と違って男の人――修道僧もたくさんいるところだった。
アン先生は優しそうだけど、ふっとたまにきりりとした表情を浮かべる女の人だけど、そのおじいさんは穏やかそうで、生まれてから一回も怒ったことがないんじゃないかって言うくらいに笑顔が優しい人だった。
おじいさん院長は、修道院にやってきたアン先生とわたしを歓迎してくれて、他の修道僧や修道女たちも同じようにわたしたちを歓迎してくれた。
修道僧見習い、修道女見習いの、わたしと同じくらいの年齢の子たちもいて、彼女たちは珍しそうにわたしのことを見ていた。
おじいさん先生はアン先生とお話をして、それからわたしに視線を合わせて魔法のことを聞いた。
とても難しい話で、わたしにはよく理解できなかったけど、わたしが分からないで首を傾げていると、少しかみ砕いてお話してくれた。
魔法は、どんな風に使うんだい。
そう聞かれたから、わたしは、
かみさまにお祈りをするんです。
と答えた。
それを聞いたおじいさん先生はびっくりしたような顔をしてアン先生の顔を見たけど、アン先生は頷いて微笑んだだけだった。
それから、おじいさん先生も頷いて、まずは旅の疲れを癒してほしいとお部屋に案内してくれた。
お部屋につくと、アン先生はわたしに、この修道院でのお仕事について説明してくれた。
それはやっぱり、植物を育てることで、でも、この修道院で育てられている作物の数は、アン先生の修道院のそれとは比べて物にならないらしい。
修道院自体もとても大きかったし、きっと畑も大きいんだろうな、と思っていたから不思議ではなかったけれど。
その畑の作物を、魔法の力で大きくすること。
それがわたしのお仕事。
でも、アン先生は、わたしに注意するように言った。
魔法の力は使いすぎると倒れてしまうことがあるから、もう無理だと思ったら早めに言いなさいと。
まだ、わたしは魔法の力を使って倒れたことは無いけれど、アン先生は昔、何回もあったのだって。
そのときは、三日間身動きが出来ず、食事も人の手を借りなければ出来ないほどだったみたい。
そうはなりたくないでしょう、とアン先生が言ったので、わたしは心にそのことを深く刻み込んだ。
◆◇◆◇◆
おじいさん先生の修道院に着いた次の日、予定通りわたしは修道院の作物を育てるお仕事を任せられた。
大きい大きいと思っていたけれど、実際に見てみると、その畑はすごく広くて、わたしに出来るかなとちょっと不安になった。
アン先生の修道院にいるときは、一つ一つの作物にお祈りしても夕方までかからないくらいで終わってしまうくらいの数しか作物はなかったけれど、ここは違う。
一日じゃ終わらなそうで、困ったな、と思った。
わたしはとろくて、実家にいるときはお父様もお母様も早くしろ、といつも怒った。
ご飯を食べるのも、歩くのも、勉強するのもみんなとろくて、お兄様や弟がてきぱき色々なことをこなすのを、すごいなぁと思って見てた。
お兄様にも弟にも、どうすれば二人みたいに出来るのか聞いたりしたけれど、二人とも、わたしはそのままでいいんだよと言っていた。
いろいろ教えてくれたけれど、わたしは結局なにも出来るようにならなくて、だから二人は仕方なくそう言ったのだと思う。
わたしがとろいと、みんなに迷惑をかけてしまう。
それは、ダメなことだ。
だから、今回の作物のことも、出来るだけ早く終わらせなきゃとはりきっていたのに……。
これでは、どうしたらいいのか分からない。
途方に暮れて悩んでいると、後ろから修道女見習いの女の子がやってきて、どうしたの、と聞いた。
わたしは、たくさんやらなければならないことがあるのだけど、すごく時間がかかりそうで困っているのと言った。
そしたらその女の子は少し考えて、それがどういうものかはわからないけれど、自分はたくさんやらなければならないことがあったら、まとめてできることはまとめてやるようにしているのよ、と言った。
どういう意味か分からなくて首を傾げていると、女の子は、たとえば、洗濯物がたくさんあるときは、一枚一枚洗って乾かして、とはやらないで、全部洗ってからまとめて乾かすでしょう、お湯がたくさんほしい時は、小さな鍋で何度も沸かし直したりしないで、大きな鍋で一度にたくさん沸かすでしょう、そういうことよ、って言った。
わたしはその女の子の言葉に目からうろこが落ちて着そうな気分になって、女の子の手を握って、ぶんぶん振り、ありがとうと言って抱きしめた。
女の子はわたしのそんな行動に少しびっくりしていたようだけど、だんだんと笑顔になっていって、私はお役に立てたのかしら?と尋ねてきた。
わたしは、もちろんだよ、と言おうとして、やめた。
口で言うよりも、実際にやった方が分かりやすいだろうと思って。
お兄様も色々と遠くの街の景色を口で説明してくれたのだけど、それよりも弟の描いた絵の方がよくわかるのだ。
わたしは、畑の方に向き直って、跪いた。
それから、胸の奥深くで、強く祈った。
――ありがとうございます、かみさま。
直後、現れた光景に、修道女見習いの女の子は目を見開いて見上げていた。
わたしが、あなたのお陰だよ、と女の子に言うと、女の子は唖然とした顔で、とんでもない助言をしてしまったみたいね、私は、と笑った。
◆◇◆◇◆
「……ベルグリット大修道院の作物が、突然成長した、だと?」
ステイル王国、ナリューズ城の執務室で、文官から報告を受けた第一王子リーズは報告の内容に首を傾げてそう尋ねた。
ベルグリット大修道院はステイル王国内でも屈指の巨大修道院であり、修道僧・修道女の数も他の修道院とは一線を画している。
その院長を務めるアルトラス修道院長は教会の枢機卿も務める大人物で、王国も容易に内部事情を収集できない組織を作り上げている抜け目のない人物でもあった。
その大修道院の作物が、周囲から見ても明らかに分かるほど巨大になっている、という報告を受ければ、すわこれは何かの陰謀の始まりかと考えたくなるのもあながち的外れではない。
しかし、内容が内容である。
植物をデカくしたからと言って、そこから一体どんな陰謀が動き出すというのか……。
その辺りでリーズは大きく首を傾げているのだった。
それについては文官も同感のようで、
「……どのような作物が育っているかについては詳細な報告を受けておりますが、毒に類するような物質を生産するような植物はあまりなかったようです。もちろん、それでもいくつか見受けられたようですが、どれもこの間の伝染病の件で特効薬を作るために必要な素材の一部として需要が高まっているもので、それを大量に生産することはそれほどおかしくなく、また王国としても不利益はありません。実際に、先日からベルグリット大修道院からいずれの作物も出荷され始めており、価格も非常に低廉で、またそもそも不足していた品のため、市場を混乱させることもないようで……」
「いささか都合が良すぎる気もするが……そういうことなら、問題ない、のか……?」
「おそらくは。それにこの件につきましては先日、ルルラ修道院のアン・レイク殿が大修道院を訪ねているという事実があります。アン殿についてはかねてより、植物の促成栽培技術の保有が推測されておりますれば、ベルグリット大修道院において、その大規模な実践が行われたと考えられます」
「……最近の色々なことは全てアン殿から端を発しているような気がしてくるな。ま、伝染病の原因というわけではないだろうが……」
「仮にできるとしても、自らの命を危険にさらしてまでそのようなことはしないでしょうな。魔術には限界があります。伝染病にかからない、などという魔術は存在しておりませんし、作り出すことも不可能です」
「そう言われているな……まぁ、この件についての報告は理解した。問題はないだろう。ただ、アン殿の持つ技術については流石に放置しておくわけには行かぬ。いずれ顔を合わせたい故、予定を調整し、アン殿との私との面談について向こう側に了解をとりつけておいてくれ」
「はっ。承知いたしました」
文官はそのまま執務室から下がろうとしたが、リーズはふっと思いついたような顔で、
「……ちょっと待て」
「は?」
「アン殿との面談の際に、彼女の世話係について指定を入れておいてくれ。ライラ、という修道女見習いだ」
「……それはまた、なぜ、とお聞きしても?」
「お前にならいいだろう。彼女はアマル伯爵家の令嬢だ」
リーズの言葉に文官の男は納得がいった顔をして、
「なるほど、では、先方にはそのようにお伝えしておきます。それでは、失礼しました……」
余計なことを聞かずに去っていった。
彼は昔からリーズ担当の文官であり、リーズの意を言わずとも理解できるくらいに付き合いが長い。
そんな彼からすれば、なぜリーズがライラに執心しているかは自明のことだったらしい。
「……私はそんなに分かりやすいのだろうか?」
文官の去っていったあとの執務室で、リーズは一人首を傾げ、それから改めて残っている書類仕事にとりかかったのだった。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
治ったのでこれからは普通に更新します。
よろしくお願いします。




