閑話 枢機卿と修道女見習い6
「……で、こいつがガジー。全員、小さいころからの腐れ縁だぜ」
そう言って少年は最後の《仲間》の紹介を終えた。
あれから、リンは少年に案内され裏路地をしばらく進み、一つの襤褸家へとたどり着いた。
その中には三人、少年と同じくらいの年齢の者がいて、彼らが少年の仲間なのだと分かった。
一人は痩せぎすの少年で、ファタと名前だと言った。
アーレム聖国といういわゆる教会の首都とも言っていい土地にあって、なおも存在するスラム。
そのスラム街で育ったにも関わらず、彼は経済や法律に詳しいのだと言う。
アーレム聖国にはどんな人間であっても活用できる大図書館があり、すべての人間の平等を唱える教義から、たとえスラムの人間が利用しようとしても断られることはない。
ファタはその図書館で、多くの書物に触れ、知識をため込んだらしい。
勤勉な少年だった。
次に、三人の中でも紅一点の少女がいた。
彼女はレリア。
まだ少女であるにも関わらず、どこか婀娜っぽい色気を身に付けている彼女は、しかしそれに反してとてもさっぱりとした顔も持っていた。
何が彼女をそのようにさせたのかについて、リンはよく知っているが、特に触れることはない。
反対に、少年も加えた四人の中で、リンがどういう少女であるか、一目で理解したのは彼女だけで、少女とは言え、こういうところで育った女同士として何か通じ合うものを感じた。
最後の一人が、ガジーという大柄な少年だ。
生き馬の目を抜くようなスラムにあって、不思議な大らかさとゆったりとした雰囲気を持った少年である。
浮かべる微笑みはどことなくほっとするもので、この襤褸家の中がどことなく穏やかなのは彼の存在が大きいのかもしれなかった。
そして……。
「……あとは、俺だな。俺はラウルだ。よろしくな。で、あんたは……」
「……リンよ」
別に答える義務はないだろうが、聞かれたので答えてしまう。
そもそも、なんで自分がこんなところまで着いて来てしまったのか、今にして思うと不思議だ。
というか、早く帰らないと……。
そんなことを思っていたら、次の瞬間、ラウルが口にした台詞にリンは面食らう。
「そうか、リンだな! よし、みんな。今日は新しい仲間が加わるぜ。歓迎会だ!」
「え、仲間!? ちょっと、私は修道女見習いなのよ。そんなものにはなれないわよ!」
「あ? なんだよ、嫌なのか?」
「いやなのかって……」
答えは決まっているように思う。
けれど、至って普通の疑問のようにそう尋ねられてしまうと、なんだか考え込んでしまう。
別に、嫌というほどでもない。
昔は、こんな風に年の近いスラムの少年たちとつるんでその日暮らしで暮らしていた。
厳しく、大変の日々だったが、それはそれで楽しいこともあった。
こうやってラウルたちといると、そのときのことを思い出して、少し懐かしい気持ちがする。
けれど……。
それでも答えは決まっている。
「嫌という訳ではないわ。でも、今の私は修道女見習いなの。出来ることと出来ないことが、ある」
こんなところでこんなことを言えば、次の瞬間ボコボコにされてどこかに売られる可能性もあった。
スラムとは、そういうところだ。
リンは良く知っている。
しかし、リンはそれでもそう答えた。
それは、ラウルたちがそこまでの悪人に思えないからだ。
昔からいくつもの悪意に触れてきたリンにとって、そういう直観に従うのは常に正しかった。
勘は、馬鹿にできない。
実際、今回もそれは正しく……。
「……まぁ、そうだろうな。冗談だよ」
とラウルは何の気なしに言う。
それにほっとするリン。
しかし、そうだとするとよくわからないことがある。
「分かってくれて嬉しいけど……じゃあどうして私をここに連れてきたのよ? ここ、隠れ家なんでしょ? 私に知られたらまずいと思うわ」
スラムでそういうところを確保したら、それこそ仲間以外に口外するのは問題だ。
唯一の安らぎを得られる場所がなくなってしまうから。
そんな大切なところにどうして自分を連れて来たのか、疑問だった。
これにラウルは、
「ん? まぁ……ちょっと話を聞いてみたくなったんだよ。あんた、言っただろ。昔は俺たちみたいだったって。その辺りを、な」
「あぁ……でも大した話はないわよ? それにあんまり時間はないし」
「いいんだよ。少しでいい。帰りはしっかり道案内してやるから。な、話を聞かせてくれって」
……奇妙な頼みごとをされたものだ。
アーレム聖国、などという土地に来て、まさかこんなことがあろうとは思ってもみなかった。
けれど……。
これもまた、何かの縁なのかもしれない、とも思う。
神は偶然の中に必然を混ぜ込むのだと言う。
それがどちらなのか、気づけるのは正しい祈りを胸のうちに持つ者だけだ。
リンがどちらなのか、それは分からないが、ここに必然を感じた気がした。
リンはそこまで考えて、ラウルに言う。
「……はぁ。分かったわ。少しだけなら。でもみんなの話も聞かせてね」
そう言ってラウルたち四人を見ると、彼らは、もちろん、と頷いたのだった。