第1話 おろかな娘
わたしは、とても愚かだ。
お父様もお母様も、わたしのことを人に紹介することをしない。
お兄様や弟はとても優秀で賢いのに、わたしは勉強もできないし、お裁縫もお料理もできない。
「せめて顔が美しければ有力な他家へ嫁がせることが出来たというのに」
お父様も、お母様も、わたしを見るたび、そう言って残念そうな顔をする。
わたしの顔は、家族の誰にも似ていない。
丸くて、ぼんやりとして、お世辞にもうつくしい、なんて言えないような顔立ちだ。
うちは貴族だけれど、それほど裕福でもないし、わたしと結婚したところで何の得もない。
だからわたしに美しさを期待したのだろうけれど、それすらも私にはなかった。
だから、わたしはとても愚かで、そしてうつくしくもない、何の役にも立たない人間だ。
でも。
わたしはそれがかなしいとは思わない。
だって、愚かということはこれから賢くなれるということだし、うつくしくないということはこれから美しくなれるということだと思うから。
そう、教えてくれた人がいた。
修道院の、アン先生だ。
◇◆◇◆◇
わたしは、十四のとき、将来に期待が出来ないからと家を追い出されて修道院に預けられた。
そこで一生、神に祈って暮らすのが一番いいと、両親が言ったからだ。
兄弟たちは二人とも両親に反対してくれたのだけど、わたしが賢くないのも、美しくないのも本当のことだから、わたしは両親の言いつけに従うことにした。
どうして、と二人はわたしに聞いた。
どうやら、修道院に行くということが、二人にはあまりいいこととは思われなかったみたい。
でも、わたしは修道院が嫌いじゃなかった。
一度、修道院の生活がどのようなものか見に行ってみたことがある。
両親が、そうすれば安心していけるだろうと言って。
そのときに、わたしはその生活がとても気に入ったのだ。
もちろん、最初は気が進まなかったから、むくれた顔をしてしまっていたかもしれない。
けれど、実際にひとつひとつ見ていくうち、わたしは思ったのだ。
修道院に住んでいる人々は、みんな満ち足りた顔をしていて、素敵だなって。
かみさまがどういうものなのか、わたしは頭がよくないから今でもあんまり分かっていないけれど、そのとき修道院の人に正直にそう言ったら、教えてくれた。
「あなたの心の、一番柔らかいところに、何かがあるのは分かりますか。それが、神様です。人を傷つけると、痛むところ、楽しくなると温かくなるところ。それを大切にして生きることが、神様に祈るということなのですよ」
それは、わたしにもわかる言葉で、なるほど、と思ったのだ。
そう言ってくれた人が、アン先生で、その修道院の一番偉い人だった。
修道院に入ってから分かったことだけど、アン先生はすごい人で、魔法を使うことが出来た。
魔法使いなんて、中々いない。
だって、とても頭がいい人が、毎日一生懸命勉強して、何年、何十年もかけてやっとなれるものだから。
わたしにはとてもじゃないけど、無理だ。
だからきっと、そんなアン先生が教えてくれたことは正しくて、それを信じて生きれば幸せになれる。
わたしはそう思った。
だから、修道院に入った。
アン先生は、修道院に来たわたしを笑顔で出迎えてくれた。
ほかの修道女の人たちもみんな優しくしてくれて、わたしはここにきて本当によかったなって思った。
修道院の生活は、外から見ていたほど楽じゃなかったけれど、それでもわたしにも出来るお仕事があって、一日一生懸命頑張った後にみんなで食べるご飯はとてもおいしかった。
お食事のときはお祈りをして、それからみんなで会話しながら食べるのだけど、わたしは最初、少し不安だった。
だって、馬鹿なわたしはあんまり会話がうまくない
それで、家にいたときはいつも父様と母様に怒られていた。
だから、ここでもしゃべったらみんなに嫌な思いをさせてしまうかも。
そう思って、黙ってた。
けれど、修道院のみんなは、そんなわたしにいっぱい話しかけてくれた。
今日あったこと、どんな人がこの修道院に訪れたか、昔の聖人さまのお話、生活の知恵。
いくら話しても話したりない位、色々なことをわたしに教えてくれて、しかもとても楽しそうなのだ。
こんな風に楽しくお話しできたのは初めてで、わたしはその日、少し泣いてしまった。
泣くのは、よくないことだ。
だって、お父様もお母様もわたしが泣くとおこったから。
だからすぐに涙を拭こうとしたら、みんな、びっくりすることをわたしに言った。
いっぱい泣いていいんだよ。
無理に涙を止めなくていいんだよ。
あなたは、ここの家族なんだから。
そう言って、抱きしめてくれた。
アン先生を見ると、先生も頷いて笑っていて、わたしは、あぁ、ほんとうにここに来てよかったなって心の底から思ったんだ。
◆◇◆◇◆
ステイル王国の王都ナリューズ、そこに聳え立つナリューズ城にある一室、第一王子の間に三人の人物が真剣な表情で会話していた。
「……それで、ライラは修道院に行ってしまったと?」
「はい……妹のことは私も止めたのですが、わが家の愚物二人が強行しまして。いかんともしがたく……」
十七歳ほどの金髪の青年に向かって、二十歳程の黒髪の青年が申し訳なさそうに言う。
金髪の青年こそ、このステイルの第一王子リーズであり、黒髪の青年はステイル王国の貴族、アマル伯爵の長男であるダリルだった。
「では、即刻引き戻せ。いかなる手段を使っても構わん」
リーズがそう言ったが、
「いえ、それは……修道院にやった影の者の報告なのですが、姉上は今までにないほど楽しそうなご様子。僕としては、それは出来ればやめていただきたいと」
この部屋にいる最後の一人、柔らかな茶色の髪をした、十二歳ほどの少年がそう言って懇願するようにリーズ王子を見た。
この少年はアマル伯爵の次男にしてダリルの弟、アルスである。
王子は場合によっては不遜と取られかねないアルス少年の言葉を真剣な顔で聞き、
「なに……ライラが楽しそうだと……ふむ……それは……」
酷く悩みだした。
そんな王子にダリルは、
「……今まで、何度となく妹のことをあの家から離そうとしてきました。それは、僕らも殿下も同じはずです。考えようによっては、今が最も望ましい状態と言えるかもしれません」
そう言ったが、王子は首を振って、
「しかし! 修道院だぞ! そうなっては、婚姻を結ぶのは難しくなる……」
「いえ、まだ大丈夫です。妹は修道院に預けられましたが、あくまで修行のためという名目で、まだ修道女として誓いを立てているわけではないのです。いずれそうなる可能性はないではありませんが、それまでに我が家の愚物二人をどうにかできれば、妹を呼び戻すことも出来るはず」
「……なるほど。では、そのように。今は魔族との戦いも激しい。いくらそうしたくとも、私の立場ではライラのことのみに注力するわけにもいかないのだ。お前たち兄弟に任せても構わんな?」
「承知いたしました」
王子の言葉に、ダリルとアルスが頷き、その日の会合はお開きになった。