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「お前達、久しぶりだな」


次の日、朝早くに例の富士山とセンスを疑うようなシャツを着た華耶に真理亜を預け、俺は集合場所である車庫へとやってきた。

そこには既に全員揃い、どうやら俺が最後だったようだ。


「もう体調は大丈夫か?」


俺達を見渡しながら話しかけてくる水野。


「はい、ゆっくり休めました」


それに影井が答える。楪や相馬も同じ意見らしく、黙って頷いていた。逆に俺は昨日硬い床で寝たせいか、若干腰が痛い。


まあ、任務に支障はないから大丈夫だとは思うけど。


「元気そうでなにより。さて、任務に出発するか」

「今回は護衛任務なんですか?」


相馬が口を開く。影井は何度か経験しているようだが俺や楪、相馬は初めてなので、詳しい内容説明が必要だった。


「お前達は初めてだったな。丁度いい、車内で話すつもりだったが時間もあるしここで説明してやろう」


今回は護衛任務、言葉通り俺達『最果ての地』が用心棒として、依頼人を目的地まで送り届けたり、奴らの襲撃を防ぐ役割を担う。

基本的に護衛を依頼してくる者は、政治家や今の日本に必要不可欠な人間など、上流階級が多い。更にその上流階級の者達は、定期的に今もっとも安全な場所へと移動することが義務付けられているらしい。


「じゃあ俺達はその目的地まで無事送り届ければいいってことか?」

「そう、だが今回は少し特殊でね」

「特殊とは一体?」


話を真剣に聞いていた楪が口を開く。


「まあ、護衛任務には変わりないんだが、今回最も優先して守らなくてはいけないのは人ではなく物なんだ」

「物、ですか」


相馬が物と聞いて意外そうな声を上げた。確かに俺も相馬と同じような反応で、一番に人ではなく物を守らなくてはならないことに疑問を覚える。


「ああ、こういう依頼もたまにあるんだよ。勿論依頼主を守ることも大事だけどな」

「物が守れても、依頼主が死んじゃったらどうするんだ?」


そうなった場合、その俺達が必死になって守った物が無駄になってしまうのではないだろうか。疑問に思い水野に尋ねると、依頼主によって異なると言われた。正直水野本人もまだ詳しい内容を聞かされていないので、今回その件については分からないらしい。


「こんな感じが今回の任務内容だ。因みに依頼主の名前は穂高義弘」

「穂高ってあの穂高グループのですか?」


依頼人の名前を聞いて驚く影井。俺にはさっぱり分からない名前だ。


「なあ、穂高ってそんなに有名なのか?」


近くにいた楪に教えてもらうために小声で話しかける。


「……」


だが、楪は俺の言葉に耳を傾けることなく今も話す水野と影井の方を真剣に見つめていた。


「なあ、楪」

「……」


先ほどよりも大きな声で呼んだが無視。


「おい、人の話を」

「ごめんんさい、少し考え事をしていたわ。もう一度いいかしら」

「穂高グループって言えば、今の医療機関の最先端を行く企業だよ。お前そんなのも知らないのかよ」


俺と楪のやり取りを聞いていた相馬が、頭を押さえながら会話に加わってきた。しかも、相手を小馬鹿にするような皮肉交じりに。


「お前には聞いてねえし」

「お前があまりにも常識知らずだから丁寧に教えてあげたんだろ」


こいつに言われるとなにかと腹が立つ。


海斗やサクラスとの死闘を通し、あの時よりは親密になったと思っていたつもりだったが、全くそんなことはなかった。


「お前ら喧嘩はよせ、ほら、なにか質問はあるか?」


質問がなければ任務に向かうと水野が言っている。


「よし、なさそうだから準備が完了した者から車に乗り込め」」


この場で聞くべき質問は全てしたつもりなので、誰も手を上げるものはおらず、水野の言葉と共に、各々任務に向かう前の最終確認に入る。


『名前で呼んでみるのはどうですか? 距離が縮まるかもしれませんよ』


最終確認をしつつ、昨日華耶に言われたことを思い出す。


名前か……。


目の前には俺と同じように最終確認をしている相馬。たった今口喧嘩をしたばかりなので、どうも名前を呼ぶタイミングを見失ってしまった。かといい、楪や影井に話しかけようとも二人は既に準備を終え車に乗り込んでいる。よって、話しかけるなら目の前にいる相馬しか選択肢は残されていなかったのだ。


諦めるか……?


今回は諦めて日を改めようかと考えていると、不意に相馬と目が合ってしまう。


「なんだよ」


相馬が警戒しながら声をかけてくる。名前で呼ぶには絶好のタイミングだった。


「……おい、——圭。さっきは教えてくれてありがとな」


何故ここまで緊張しなくてはいけないのか分からないが、俺は勇気を出して相馬の名前を呼ぶことに成功。しかし、呼ばれた本人は目を点にし、全く動かなくなってしまう。

それどころか、既に車に乗り込んでいたはずの楪や影井が車から顔を出し、水野に至っては持っていた荷物を全て床に落としていた。


なんだよこれ……。


「み、水野隊長……、とうとう一ノ瀬が壊れました……」

「ああ、どうやらそのようだ」

「壊れてねえよ!」


名前で呼んだだけなのに酷い言われようだ。


「いいか! 俺達の班に新しいルールを追加するぞ!」


もうここまできたら後戻りは出来ない。俺はあとのことなど考えず、思っていること全てを楪や相馬、影井に水野、四人にぶちまけた。


「これから俺達水野班は名前で呼び合うからな!」


このあと目的地へと向かう道中、車内が異様な空気に包まれることは言うまでもなかった。

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