2.ワリィ、鏡見んのに忙しいわ
「オレは聖天使ジル。水無月 潤、オレと契約して怪盗になれ。まぁ、契約しなくても怪盗はやってもらうがな」
……帰宅して自分の部屋に入ったら、不法侵入者が居て背中から翼生やしてなんか言ってきた。ワケがわからん。
……そうだ、六花が夕飯食いに来る前に宿題をすませてしまおう。えーと、今日の宿題は――
「おい、無視をするな。オレがその気になればこの辺一帯焼け野原にも出来んだぞ」
もはや言ってることが天使じゃない。どっちかってーと悪魔だ。
なんだこの俺様ヤローは。
「いやいやいや、いきなり理不尽すぎっしょ、オニーサン?」
……むしろ鬼=サン? とか考えてたら。
「ちなみにお前の思考は、オレにダダ漏れだ」
とか言われました。なにこの鬼畜天使。こわいわー。
「だからダダ漏れだ。いいからとっとと怪盗始めてサンドリヨン辞めさせやがれってんだ」
無駄に長い金髪(やたら艶めいててムカツク)をさらりと形の良い手ではねのける聖天使だかなんだか。
てゆーか。サンドリヨン辞めさせるってどゆこと?
「頼むから、順番に話してくれねーかね」
「だが断る」
断るなよ。何だかんだと聞かれたら答えてやるのが世の情けってモンだろーがよ。
じりじりとオレと天使の睨み合いが続いていた。
やがて、話し出したのは天使の方だった。
「最近この周辺で『悪魔召喚』の儀式の形跡が見られた。その後、人間界では『美少女怪盗サンドリヨン』と名乗る盗人が話題になっている。これは神の意志に反する出来事であるので、オレが遣わされもう一人の『怪盗』を立てて悪魔軍の下僕である人間サンドリヨンの救出・解放を命じられた。そのもう一人に選ばれたのがお前だ、水無月 潤」
ノンブレスで一気にそうのたまった天使サマは、土足のまま俺のベッドに寝転がる。
「オイゴラ、土足でベッド寝んじゃねーよ」
そんな天使サマを蹴り落とす。
蹴り落とされた天使サマは、それでも話すことをやめない。
「もう既に、予告状も出してあるから安心しろ、水無月 潤。今日からお前も怪盗だ!」
そう言いながら俺を指さす天使サマの手をはねのける。
「人を指さすんじゃありません」
「それとオレとお前に課せられた任務はそれだけじゃない」
「まだあん……?」
そこまで聞いて、ふと気づいた。――なんかコレ、もう既に俺の怪盗デビューが決定されてる流れのような……!?
「おいちょっと待て」
「なんだ。あぁ、オレのことは気軽に『ジル様』とでも呼べ」
「誰が呼ぶか、テメーなんぞジル呼ばわりじゃい!」
「貴様……仮にも聖天使であるこのオレ様の名を呼び捨てるだと……!?」
「ってゆーか、俺の拒否権とかないのかよ!? 神の意志なら何でもアリかゴルァ!」
「恐れ多くも神に選ばれし役職に拒否権などあるものか! えぇい、こうなったら実物を見せてやる!」
本気で拒否権無いらしい。マジでか。そんな神なんて禿げちまえ。「カミ」だけにな。
っていうか、目の前で金髪碧眼の翼生やした俺様ヤローがドヤ顔で見下ろしてくる。なんかすげー嫌な予感……。
天使サマ――もとい、ジルがドヤ顔で指をパチンと弾くと、窓に映り込んでいた俺の姿が一瞬で変化していた。――てゆーか、窓の向こうがお約束のように六花の部屋なんですけど。どうやら六花は部屋にいないらしく、俺がいきなり変身する様子は見られなかったようだ。
俺はあわててカーテンを閉める。その様を眺めながら、俺のベッドに腰掛けたジルが言う。
「今からその姿のお前は『義怪盗アリババ』だ。予告状はサンドリヨンのモノが届けられてから、オレのスーパーテクで送りつけてやる。『潤』に戻ることはお前が念じれば出来るが、『義怪盗アリババ』に変身するのは、今はこのオレ様のスーパーテクに頼るほかないな。何せ、サンドリヨンのせいで神の力が弱められているのだからな」
白を基調とした、シンプルな民族調の衣装や、ジルによって変えられた髪や瞳の色を確認していると、ジルがさらに何か言ってくる。
昔絵本で読んだ「アラビアン・ナイト」みたいな、裾の膨らんだズボンに、俺自身どう着付けられているのかよくわからない白い布。頭にも同じ色のターバンらしきものが巻かれていて、サンドリヨンとは違って顔は晒さないようだ。髪の色は青リンゴみたいな淡い緑、瞳の色は深紅になっていた。
「サンドリヨンが悪魔の手先となって、この世の『美しさ』を奪っているせいで、神の力が悪魔側に吸収されているのだ。美しいものは有るべき場所にあるからこそ美しい! そこで、『義怪盗アリババ』は、サンドリヨンに狙われた宝物を事前にお預かりし、後ほど持ち主に返すのだ。ただの『怪盗』ではなく『義怪盗』となっているのはそのためだ……って、聴いているのか貴様!?」
「あー。ワリィ、鏡見んのに忙しいわ。ってか、髪と目の色変えるだけでこんなに印象変わんだな。まるで俺がイケメンに見える」
「安心しろ、元からある程度のレベルの顔でなければ、『義怪盗』候補にも選ばれんからな」
「へー。……お前んトコの神サン、頭大丈夫?」
「このたわけがぁ! 貴様ら人間のせいで、神とも在らせられる方が過労死寸前なんだぞ!?」
「マジかー。神すら殺すとか、やっぱ人間って世界最強生物なんじゃね?」
「むしろ滅びろこのゴ○ブリ種族め!」
「え、神サンが死ぬまで頑張って作った超高位生命体そんな簡単に滅びろとか言っちゃってイイワケ?」
「……さすが人間……これは神も過労になるわけだ……あとまだ神は死んでない! 過労死寸前なだけだ!!」
「で、コレどーやって元に戻んだっけか」
「さっき言っただろう! 念じろ! 考えるな! 念じろ!」
だんだん熱が入ってきてウザくなってきたジルに言われたとおり、戻るように念じると、白布無駄遣い系イケメンから、もとの俺の姿に戻った。
「ってか、サンドリヨンって、今夜に予告状出してなかったか? あ、じゃあ六花はウチでメシ食ってから現場かー」
「……貴様もだからな?」
ふと、昼休みの終わり際に聞いた、尊のワンセグのワイドショーが脳裏を過る。
『速報です! 『美少女怪盗サンドリヨン』の予告状が届いたとのことです! 今夜の現場は――』
『尚、今回は新たな『怪盗』からの予告状も届いており内容は――』
……「新たな『怪盗』からの予告状も届いており」……。
……「新たな『怪盗』からの予告状も届いており」……。
……「新たな『怪盗』からの予告状も届いており」……。
「……アレ、テメェの仕業かぁぁぁぁぁぁ!!」
俺のターン! ジルにとび蹴り攻撃! ……ジルは華麗に躱した! 俺はベッドに倒れ込んだ!
ジルのターン! そのまま俺をベッドに組み伏せた! 俺は動けない! 俺は精神的にダメージを受けた!
「まぁ、落ち着けや」
「落ち着けるか! オレの貞操のピンチじゃボケ!」
「……貴様、そういう趣味があったのか……? 仕方ないから相手をしてやっ」
「無いからお前が落ち着けぇぇぇぇぇ! そして離れろ!」
何なんだ、天使ってのは!? こんなクソクレイジーなヤツばっかなのか!?
とりあえず俺から離れてベッドの横に仁王立ちしたジルは、こう言い放った。
「とにかく、今夜は『義怪盗アリババ』のお披露目会だ。派手に行くから、それなりの覚悟はしておくんだな……フフッ」
何やら不敵な笑みを浮かべる聖天使に俺は背筋がゾワリとした。
階下から聞こえた、母親の夕飯が出来たという呼びかけに応じる形で、俺は部屋から退散したのだった。