1.オレと契約して怪盗になれ。まぁ、契約しなくても怪盗はやってもらうがな
――今にして思えば、俺の「日常」なんてモンは、当の昔に失っていたのかもしれない。――
目の前でやいのやいのと騒いでいるダチどもはまるきり無視。
俺は食い終わった弁当箱を包み直して鞄の中に放り込む。ついでに今朝コンビニで買って来た漫画雑誌を取り出す。
生憎、俺は「怪盗」だとかそういう世紀末的なモノには、てんでキョーミが無いのだ。
というか、そういう胡散臭いのは周りのダチとか、変人な兄貴のせいでお腹いっぱいだ。
発端は、悪魔がどうのとか聖なる光が、だのと、兄貴が言い出したことだった。と思う。
当然、母親は兄貴が病気なのではと疑い、精神科の評判が高い大学病院を受診させる。
ちなみに、父親は単身で国内を飛び回る、敏腕ジャーナリスト的な何かだ。俺達が幼いころから日本中、時には海外にまで赴き、ほとんど家には帰っていない。
医師が母親に言い渡した診断は、あまりにも残酷だった。
「お母さん……落ち着いて聞いてください。……息子さん……史尋君の病気はとても深刻なモノで、現代の医学では治せません」
「そ……そんな……」
崩れ落ちる母親に、医師は兄貴の病名を告げる。
「史尋君の病名は……『中二病』です」
兄貴・史尋が14歳、俺はまだ小学生だった頃の出来事だった。
そこから、兄貴の病状はさらに悪化していく。
意味不明な言動に加え、部屋の装飾がどんどんと悪趣味になっていく。
満月の夜には、分厚い書物を手にし、何事かの呪文を声高々に叫ぶ。
ただ、兄貴の病は、学生としての義務には不思議と差し支えなかったようで、もれなく兄貴と同じ学校に進学することになった俺は、出逢う人々(特に教員)にこう聞かれる。「お兄さん、元気?」と。
俺にとっては恥以外の何物でもない。
だが、どうやら兄貴の変人オーラ的な何かが俺にも付着しているのか、毎度毎度、学校が変わってもクラスが変わっても、俺の周りに集うのは、尊や凪をはじめとした「一風変わったヤツら」ばかりだった。
そんなヤツらでも、時たま見られる各々の変わった言動以外では、フツーに同い年のダチだった。
真面目一本な優等生で通っている六花も、特に何も言わずに、比較的時間の長い休み時間や放課後になると、俺とダチのグループと駄弁ったりしている。
そんな俺の交友関係に、もう一人の幼馴染み――ゆには納得がいかなかったらしく、ある日突然、発狂するように教室で叫んだのだった。高校一年の初夏に差し掛かろうかという時期だっただろうか。
「アンタたちみたいな変なヤツら、潤にはふさわしくない! 潤の隣にふさわしいのはアタシよ! ねぇ、潤だって、ホントーはガマンしてるんだよね? ソレってとっても苦しくて、イヤだよね? アタシと一緒にいれば、そんな思いもうしなくてもイイんだよ? だから! アンタたちはさっさと潤のそばから消えてよ! ねぇ!」
昼休み、教室で思い思いに友人たちと集まり、弁当を食べたり漫画本を読んでいるクラスメイト達は、突然のゆにの発狂に呆然となっていた。当時のクラスの中でのゆにの印象は、小柄で大人しく、あまりグループなどにも関わらずにいる少女、そんなものだった。
当時は同じクラスだった六花が、ゆにに対抗する。
「ゆに、アンタね、いきなり教室で怒鳴り散らして何なのよ。潤の交友関係なんて、潤本人が決めればイイだけの話しでしょ。少なくとも、今まで影から覗いてただけのアンタに口出しされる覚えはないわよ?」
激昂するゆにに対して、六花は冷静そのものだった。
長い黒髪をバサバサと振り乱して喚き散らすゆにと、一応地毛だが淡い茶色の髪に教室の窓から差し込む初夏の日差しが反射する六花。
当然、当時から俺の周りをウロチョロしていた尊や凪も、六花についた。
「せやかて小鳥遊、自分も今鏡見たら、自分の言う変なヤツやで? 髪ぼっさぼさで、山姥みたいやん?」
「ちょっと尊、仮にもオンナノコにソレは失礼よぉ。でも、少なくとも六花チャンの言う事には私も一票入れさせてもらうわよん。大体ね小鳥遊、アンタの言ってることは、アンタの価値観を潤チャンにぶつけてるだけじゃないの。それじゃあダメよぉ。恋の第一歩ってのはね――」
「あー話が長くなるッ!」
俺は思わず凪と尊を下げる。というか、ゆにの言ってる変なヤツらってこいつらのことだよな。大丈夫だよ、ゆに。俺は分かってる。
――俺が変人ホイホイだってコトくらいは。
「とにかく、ゆに。話しがあるなら、そうやって教室で喚き散らすんじゃなくって、きちんと順序立ててからにしてちょうだい。周りが迷惑だわ」
そう言って、その場を収めたのはもちろん六花の方だった。
ゆにの方はそれからもしばらく何事か騒いでいたが、駆け付けた教員たちによって教室から連れて行かれた。その日の午後の授業に、ゆには出席していなかったが、いつも通りに授業は進められていた。
次の日から、クラスどころか、学年中のゆにへの態度が一変した。
無理もないだろう。突然昼休みに発狂し、わけのわからないことを喚き散らして、教員に連れられて行く様は、他の教室からでも窺えたに違いない。
ゆにに対して友好的に近づこうとする人間はほぼいなくなり、ゆにはますます一人になっていった。
胡散臭い関西弁で喋る、陽気でちょっとエロい事が好きな尊。
オネェ口調で喋り、物腰穏やかで女子力カンスト系男子な凪。
幼馴染みで頭脳明晰、学級委員長で運動音痴なのがタマキズな六花。
基本的に、俺の周りにいるのはこの三人がメインになり、他にも友人はいる。もちろん、一癖も二癖も持つ変人どもだが、兄貴のせいで変人耐性がカンストしてた俺には別にちょっと変なヤツ程度の同級生だった。
こうして気づけば俺達は花も恥じらう(?)高校二年生。もうすぐ秋に差し掛かろうとしていた。
そんな時に現れたのが、「美少女怪盗サンドリヨン」だ。まぁ、エロの申し子尊は当然飛びつき、凪や六花は不快感をあらわにしていた。
「速報です! 『美少女怪盗サンドリヨン』の予告状が届いたとのことです! 今夜の現場は――」
サンドリヨンの情報目当てで、最近は毎日見ている昼のワイドショーを流していた尊のスマホから、そんなキャスターの声が流れてくる。
「尚、今回は新たな『怪盗』からの予告状も届いており内容は――」
昼休み終了のチャイムが鳴り、尊のワンセグはそこで途切れた。
隣のクラスの六花とは一旦別れて、俺達は五時限目の授業のために移動を開始する。
「お昼ご飯食べてから体育だなんて、健康に悪いと思うのよねぇ」
「あー、わかる。持久走とかだったら横っ腹痛くなる」
俺と凪はそんな会話をしながらジャージをもって更衣室に向かう。尊の場合は、座学よりものびのびと身体を動かせる体育が大好きなので、何時限目に入っていようがお構いなしだ。今もルンルン鼻歌歌いながら、ジャージの入った袋を振り回している。――危ないからやめろ。
健康に悪いかどうかは知らないが、体育を終え汗だくのまま、俺達は六時限目の数学に立ち向かったのだった。
そのまま放課後になり、再び六花を加えた俺達四人は、特に寄り道などもせず、それぞれの帰路につく。
「そういえば、ウチのオカンが、夜食いに来いって」
尊と凪と駅で分かれた後、二人になったタイミングで、俺は朝、家を出る時に母親に言付けられていたことを六花に伝える。
家が隣の六花だが、アメリカから緊急帰国した母親はサンドリヨン対策で忙しくほとんど家に帰らず、兄の瑠夏さんもナンダカの研究の仕事が忙しいので、頻繁に夕食を共にしていた。
「わかったわ。おばさまによろしく言っておいてちょうだい」
「自分で言え」
何気に高級住宅街に入り、高層マンションやら邸宅やらを通り過ぎていく。
自慢でもないが、俺達の家はいわゆる高級住宅街と呼ばれる地域にあるのだ。そしてそれは、もう一人の幼馴染み、ゆにも同じのはずなのだが……。
俺と六花はそれぞれの家の玄関先で、一旦別れを告げる。ガサゴソと鞄の中から鍵を出す六花を見届けてから、自分も家に入る。
その時に、ちらりと、数十メートル先にあるゆにの家を見た。周囲の家が豪華だからか余計に貧相に見えるその家は、今にも潰れてしまいそうな廃屋同然の小屋のように見えた。
リビングにいる母親に帰宅を告げ、空の弁当箱を出すと、俺は自室に上がった。今日は大学生の兄貴が家にいるらしいので、なるべく気配を殺しながら自分の部屋に引っ込んだ。
そこには、なぜか先客がいた。母親は特に来客などは告げていなかったし、玄関の靴も、見慣れた者しかなかったはずだ。というか、俺の部屋にいたソイツは有ろうことか土足で部屋に上がり込んでいる。
「誰だテメェ」
見覚えのないソイツは、腰かけていた俺のベッドから立ち上がる。俺も身長は高い方だけど、ソイツはもっと高かった。部屋の圧迫感がハンパない。
よく見れば東洋系ではないがそれなりに整った顔立ちのソイツは、突然背中から翼を生やした。もう意味わからん。
何か神々しい光的なモノを放ちながら、ソイツはこう言った。
「オレは聖天使ジル。水無月 潤、オレと契約して怪盗になれ。まぁ、契約しなくても怪盗はやってもらうがな」
……理不尽すぎるだろ。