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かつての恋にさよならを

「うん、忘れてないって。今週末、映画観に行くんだろ?」


 先日付き合い始めた彼女との電話を済ませると、スマホをポケットに仕舞い込む

 ある晴れた夜、僕は先輩が好きだと言っていた花を片手に、彼女が待つ場所へと向かっていた

 今日、彼女との約束を果たすために。

 そして、かつての恋に別れを告げるために僕は彼女にこう告げる。

 「ずっと好きでした」と。


                       *


 三年前、廊下でバタバタと騒がしい足音に、机に突っ伏して居眠りしていた僕は嫌な予感がした。ドアに嵌められた窓ガラスの向こうに見える人影に、脈拍が上がってきているのが分かる。


「先輩、またですか」


 教室のドアのガラスを割らんばかりに飛び込んできた女子学生、彼女こそが僕がこっそりと思いを寄せる先輩だ。だが、最近僕はこの思いを告げることを諦めつつあった。理由は至極簡単。


「また恥ずかしくて告白、誤魔化したんですね」

「あー、うん。また相談に乗ってもらってもいい?」


 彼女には別に好きな人がいるからだった。




 先輩との出会いは、中学の頃の部活だった。高校も同じところに進学したのは偶然ではなく、僕が追いかけたからだった。そのお陰で、彼女の恋愛相談に乗ることができた。


「気になる人?」

「うん。隣のクラスの男子みたいなんだけど・・・・」


 僕が入学した年の冬だったか。先輩が帰り道に落とした定期を偶然拾ってもらい、それから何度か同じバスで会うようになり、会話を交わす程度に親しくなったという。なんというベタな出会いだろう。


「で、先輩はどうしたいんです?」

「そりゃあ、もっと仲良くなりたい、かなーなんて」


 内心複雑になりつつ、先輩の恋愛相談を口実に、以前よりももっと会う機会が増えていることは喜ばしいことだった。

 半年経ったその日も、家で夕飯の後に電話で先輩の相談に乗っていた。


「今度ね、プラネタリウムにどうかって誘われたんだけど・・・・」


 なんだ、脈ありじゃないか。

 スマホを耳に当てながら、落胆の息が漏れないように飲み込む。


「でも、その後もう誘われなくなったらどうしようって不安になっちゃって」

「大丈夫ですよ。誘ってくれるなら、少なくとも嫌いじゃないですから。なんなら、プラネタリウムの後に先輩の方から誘ったらどうです? 『今度は本物の空で本物の星を観ませんか』って」


 本当は僕が先輩を誘いたいところだが、きっと笑って流されるだろうな。


「うーん、ちょっと恥ずかしいかなぁ。でも、うん、今度は自分から誘ってみる。ありがと、ちょっと自信付いてきた」


 電話越しに明るい先輩の声が響く。胸の中のモヤモヤしたものが僅かだけれど、晴れた気がした。

 最後に嬉しそうな先輩の声が聞けただけでいいか、と電話を切る前の挨拶を言おうと口を開き始めた瞬間。


「でも、緊張しても言えなくなっちゃうかも・・・・あ、そうだ! ね、今週末空いてる?」

「え? 空いてますけど・・・・」


 空白だらけの壁掛けカレンダーを眺めながら、思いがけない先輩の提案に僕は戸惑っていた。


「練習に付き合ってよ。今週末の朝9時に駅前ね! おやすみ!」

「はいぃぃ?」


 僕が素っ頓狂な声を上げた時には既に、無機質な電子音が通話の終了を伝えていた。

 青天の霹靂、棚から牡丹餅、鳩に豆鉄砲・・・・今の状況は他になんと言うんだったか。相変わらず、滅茶苦茶で勝手な人だ。そんな彼女を好きでいる僕も僕だが。

 かくして僕は真っ白なカレンダーにペンで予定を書き込むと、クローゼットの服を部屋中にばら撒きながら当日の服装を考え始めたのであった。




 当日は傘をさしても意味もないほどの大雨に見舞われた。

 電子マネーの残金を確認し、乱れた髪も整えて改札前で先輩を待ち続けたが、時間になっても先輩は来なかった。

「あの」

 どうするべきか悩んでいると、どこかで見かけたことのある男性に話しかけられ、不審な眼差しを向けると、居心地の悪そうに頭の後ろを掻いていた。


                       *


 先輩の墓参りに訪れた僕は線香に火を付けながら、葬儀の時に言われた先輩の従弟だという男性の言葉を思い出していた。


「気になる相手っていうのは俺のことで、本当に好きだったのは君だったんだ。好きな人がいるって相談を口実に仲良くなったらどうかって助言したのは、俺なんだ」


 プラネタリウムを誘う口実を勧めた、だから彼女はあの日事故に遭った。恨まれてもしょうがない、と言っていたが、僕は恨むつもりはなかった。ただ、最期まで先輩本人から本心を聞けなかったことだけが心残りなだけだった。


「先輩、プラネタリウムは行けませんけど、ここなら本物の夜空が見られますね」


 もう先輩の笑顔を見ることも、声を聴くことも叶わない。結局、僕も先輩に思いを告げることはできなかった。


「また、来ます。今度は、星空が見えるときに来ますね」


 手を合わせて立ち上がり、墓石を眺めていると視界が段々歪んできているのが分かった。それから、鼻の奥にツンとした刺激。

 いつか気持ちの整理がついたら、先輩に思いを告げることはできるだろうか。


「必ず、来ます。約束ですよ、先輩こそ忘れないでくださいね」


 頬に流れる涙をそのままに、数年間の恋の思い出をそっと胸の内へと仕舞い込んだのであった。

お題「本物の空」「青天の霹靂」「恋を失う」

本当は1500字程度縛りのはずでした・・・・。


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