「きゅうり」「マッシュ」「アシンメトリー」「ぱっつん」
茶色い池に細長い、片面が黄緑色でもう一方が濃い緑の棒がビッタリと漬けられている。そう、胡瓜の酢の物だ。レシピは無く、完全にオリジナル。自分達の家の台所で二人の女子高生があーでもない、こーでもないとここ二時間程語り続けている。
「やっぱりさ、もう少しお酢入れたほうが良いんじゃなぁい?」
「えー、それよりも塩の方がいいんじゃ…」
「いーや、この味はお酢だね!」
と片方に許可もなく大さじ一杯の酢を加えた。塩を主張していた方は狂気じみた叫び声をあげそうになった。
「んな…!? 何かってに入れてんのよ! これじゃあ最初から漬け直しじゃない!」
「いーじゃん、マリ姉。後で塩も入れてみればいいでしょ」
妹に軽く流され、く、と言葉を詰まらせるものの、姉(と言っても一つしかかわらない)としての威厳を保とうと、降りてきた前髪をスッと手で払い、分け目を整えるとゆっくりと深呼吸して怒りを鎮めた。
「分かった、その時はマキも手伝ってよね」
「もっちろん」
胸を張って答えた妹も姉と似た髪型をしているが、彼女の姉の前髪はアシンメトリーで彼女は俗に言うぱっつん前髪の持ち主だった。
後ろ髪は二人揃ってマッシュヘアにしている。その所為か二人一緒にいると「マッシュ姉妹」と呼ばれるようになったが、二人は何と無く気に入っているので訂正することはなかった。
そして、そんな彼女達が最近ハマっていることといえば彼女達が好きな胡瓜の料理を作ることだった。調べればいいものを、妙なプライドで自分達で作り始めたのがキッカケだが今ではすっかり趣味と化した。
「後は一時間漬ければよし、と」
「その間片付けでもしようか」
「えー、面倒くさ〜い」
フイとマキが漬けた胡瓜の入れ物を冷蔵庫に入れるとそのままリビングのソファへとダイブした。
「ちょっと! 一緒にやったんだから片付けてよ! というか、いつも私だけ片付けしてるじゃない」
「今日は特別疲れちゃったんだもーん」
ゴロゴロとテレビを見始める妹に切れそうになりつつ、リモコンを手にしてテレビを消した。
「あ! ちょっと、今いいとこなんだけど」
「片付けが先よ」
「・・・・・」
「・・・・・」
暫く睨み合いが続き、先に折れたのはマキだった。溜息を吐いて、起き上がる。
「仕様がない。今日はあたしがやるよ。マリ姉は休んでて」
「分れば良いのよ」
満足そうに頷いて自分の部屋に引っ込んだ姉を見送ると、ニヤリと笑った。
「なーんつってね♡ 後でやればいいっしょ」
再びゴロリとソファに寝転がると、そのまま瞼が降りるままに従って眠りについた。
何時間経っただろう。スゥッと目を開くと、飼い猫のブチがマキの胸に乗っていた。
「道理で苦しいと思ったら…ん?」
ブチを床に降ろして欠伸をしながら起き上がると、ソファの背後に黒い影があった。
「…あんた…台所、使ったわね?」
「え…お母さん?」
「使った後はきちんと片付けなさい、と言ったわよね…?」
「あ…いや、その…後でやろうと…」
何時もは穏やかな母が鬼の形相を浮かべているのを見て、マキがタジタジと後退してソファから転げるように落ちた。ハッとして見ると、リビングの入り口に姉が含み笑いをしながら立っていた。
「台所は母さんの聖地よ。きちんと片付けないとどうなるか分からないわよ…」
「マーキィ…?」
「い、今すぐ片付けマース!!」
ドタバタと台所に向かい、母に指導を受けながら泣く泣く片付けをしている妹を見て、たまには自分の苦労も分かってもらわなければね、と思った姉のマリであった。
今回はちょっと多めの四種類のお題となりました。
長々しいあとがきは活動報告にて。