人口管理局 閑話休題「同期」
都会の喧騒に紛れるように、そのビルはあった。オフィス街に溶け込む様に「そこ」に在るのに、誰も立ち入らない。
『人口管理局』と堂々と明記してあるにも関わらず、誰も疑問に思わない。
そこに、やっぱり違和感の塊でしかないと言うアンティークスーツの男が入って行った。
建物の中はやはり他のビルと違わぬ様なフロントに受付窓口。男はそこに立ち寄り、こう言った。
「特務課特区のニコラス=フーリエです。只今帰社しました。」
「ニコラス=フーリエ、14時27分帰社───と。本日の仕事は全て済みましたか?」
「はい。これから寮に戻ります。」
「わかりました。明日は非番ですので。」
ニコラスはそう受付と会話を交わし、ロビーを歩いていると急に後ろから肩に腕を回された。
「うぐっ!」
勢いで倒れ込みそうな所をなんとか踏ん張って相手の顔を見る。そこには長い黒髪でつり目の男がニヤニヤと笑っていた。ニコラスは自分より背の低い男に肩を引っ張られながら話す。
「ランス…後ろから来るのは止めてくださいって何時も言ってるでしょう…」
ランスと呼ばれた男はそう言われあっけらかんと続ける。
「だーってニックよぉ、お前前から行ったところで結局気づかねーじゃねえかよっ!」
「だってランス小さいんですもん…視界に入らないんですよねえ…」
「失敬なっ!このランスロット=ディース、身長168cmだぞ!?普通だ普通!お前が無駄にでっかいんだよ!!」
もう毎度のやりとりである。周りも気にも留めていない様子だった。
「ランスも明日非番ですか?」
「おうよ!今日はニックん家で晩飯食おうかなってな!」
「何で勝手に予定に組み込んでるんですか…僕昼食まだなので社食行くんですから。」
「冷てー事言うなよー同期のよしみだろー?」
そうやりとりしていると当然のようにランスロットはニコラスと一緒に社員食堂に向かう。
「ハンバーグとエビフライ定食ひとつ下さい。」
「子供か。」
くだらない会話に興じる二人だったが、食事時で人混みでごった返している社員食堂に、更なるざわめきが加わる。二人が目をやると、そこには白磁の肌、プラチナブロンドの髪、青い瞳の美女が取り巻きの男を連れて歩いていた。それを見たランスロットが色めき立つ。
「おいおいおーい!改善課のアイドルのアズリエフちゃんじゃねえかよ!今日も可愛いなちくしょう!!」
するとアズリエフは取り巻きの男達から離れニコラスとランスロットの方へと歩いてくる。ランスロットは本物のアイドルでも近づいて来たかの様に騒ぐが、ニコラスは白米の上にハンバーグを乗せ、エビフライをおかずに食べ進めていた。
ランスロットはまるで恋する乙女のようにはしゃいでいたが、アズリエフはそれを尻目にドカリとニコラスの隣に座った。
「ハァイニック。相変わらずハンバーグご飯好きね。」
そう言うアズリエフにニコラスは食べる手を休めず会話を始める。
「アズは相変わらずモテてますねえ。疲れないんですか?」
「あらぁ、異性の目を気にする事で綺麗を保つのよ?」
────ランスロットは状況が読めていない。少ししてからニコラスの胸座を掴んでひそひそ話す。
「ちょっとちょっと?なんかアズリエフちゃん、お前の事知ってるみたいだけどあれか?お前ちゃっかりアズリエフちゃんとハンバーグご飯か?」
ニコラスは咀嚼しながら全く動じずに話す。
「アズも僕らの同期ですよ?偶々実施研修一緒で会話する機会があっただけですよ。」
するとランスロットはひそひそ話す事すら忘れ
「はぁー!?どこをどうすればこんな美女と会話する機会とかあるのかな!!?こんのエロエロスーツ!!裏切り者!!」
と、ニコラスをぐんぐん振り回しながら怒髪天を突く勢いだ。それを聞いていたアズリエフがクスクス笑いながらランスロットに話しかける。
「はじめましてかしら?美女だなんてもぉ、正直な人♡」
ランスロットはアズリエフに声をかけられた感動で震えながら頷く事しか出来なかった。するとアズリエフがニコラスに向き直る。
「そうそう。そろそろニックの家行こうかなって思ってたのよ。どうせ溜まって来てるんでしょ?」
すると漸く昼食を食べ終えたニコラスが話し出す。
「あぁ、そうなんですよ。僕もそろそろお願いしようかなって思ってた所でした。」
「ホント、月イチで買われてあげないと駄目だなんて、だらしない人ね!」
─────はい?
「ちょうど明日非番だから、買わせてもらっていいですか?」
─────はいぃ?
「分かったわ。今夜辺り行くから。」
ランスロットは聞いてていいのか悪いのか解らないなんだか大人の会話を聞いてしまった気がしてニコラスに尋ねた。
「あのぅ…ニックさん。」
「なんですか?」
「俺…今日夜ご飯食べに行かない方がよろしいでございましょうか?」
「?…なんでですか?来れば良いじゃないですか。」
するとアズリエフも
「あっ、そうね!なんならランス君も来てくれたら助かるわね!」
────どうしよう、俺?
────大人の階段昇っちゃう?て言うかアズリエフちゃん大胆過ぎるし、同期のニコラスは月イチでアズリエフちゃん買ってるらしいし……──
──しばらく考えた後、ランスロットは意を決してこう言った。
「……よぉーし!!俺も男だ!ニックと一緒とかちょっとアレだけど!やってやらー!!」
そうして拳を突き上げているのをアズリエフが「ヒューカッコイイー!」とはやし立てニコラスが「晩ご飯何作ろうかなー」と盛り上がるランスロットを尻目に言っていた。
その夜、ランスロットはやたらめかし込み、ニコラスの暮らす社員寮の部屋へと向かった。するとエレベーターでアズリエフと一緒になった。
「あら、ランス君」
「ど、どどどどうも!!」
「準備、ちゃんとした?」
「こっ、心の準備はバッチリです!」
──どうしよう、なんかエレベーター内がいい匂いだ。
「確かに心の準備は要るわよねー。ランス君初めて?」
初めて!?この質問はどう答えたら正解なんだ!?
「だっ!大丈夫です!俺頑張ります!」
「助かるわー。ニックの部屋って本当に散らかってるから一人じゃ片付かないのよねー。」
─────ん?
「アイツ本当に台所しか綺麗にしてないから、足の踏み場も無いからねー!」
─────んんん?
色々訳が分からなくなって、思わずランスロットはこう尋ねた。
「あの………俺って、今日…………?」
するとアズリエフがにこやかに答える。
「ニックの部屋のお掃除助手よ!重いゴミとかいっぱい運んで貰うからね!」
「………へ?」
「ニックったら、私が片付けてあげてるからって直ぐに部屋散らかしちゃうのよ?」
「……………んだそりゃあああああああ!!!!」
ニコラスの部屋に着き、インターホンを鳴らすと部屋着のニコラスがドアを開けた。
「二人共、今日はよろしくお願いしますね!……ランス?どうしました?」
ランスロットはむくれっ面で
「うるせぇぇえ!!話しかけんな!!マジで!!!」
とだけ言った。アズリエフも困り顔で
「……なんか………誤解されちゃったみたいよ?」
と、ランスロットに心底申し訳無さ気に言った。
ランスロットの泣き言だけが夜の闇に吸われて行った。