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閻魔大王だって休みたい  作者: Cr.M=かにかま
第5章 〜輪廻謳歌〜
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Nintieth Judge

ヤマシロがネットカフェで偶然見つけた広告は三ヶ月程前から活動を始めているとある宗教団体の勧誘ページであった

この現世には金儲けの為とか自身の権威の為に神、という単語を使って人々を集めて欲望や私利私欲を満たす者たちも少なくはない

しかし中には本当に神を信仰している者もいるらしいのだが先程の記述のせいで信憑性が全くと言っていいほどない、それでも神に救いを求めようとしている者たちも多いことから現世という世界の社会がどれだけ厳しく非常に残酷な世界かを読み取ることもできる


ヤマシロとゼストの二人は件の宗教団体の支部があり尚且つ近場で最も巨大な埼玉県に向かっていた


「マズイな、そろそろ何処かで休憩を取らないと俺の体力と存在が保てなくなる...」


「おいおい、さっきまで暖房がフルのネットカフェで数分寛いでたくせによく言うぜ。俺はその間も俺なりに現世のことを知ろうとしてたのによ」


「そうじゃない。とりあえず何処か人目の付きにくい場所に移動したい、お前は大丈夫なのか兄弟?」


冗談なしに尋ねてくるゼストにヤマシロは真面目に何も、と短く応える

ゼストの様子からして体力的疲労や精神的な疲労とはまた別の何かの心配をしているようだがヤマシロにはそれが何なのかはわからない


「よし、一旦あそこの路地に移動しよう。俺はそろそろヤバイからな」


ゼストはそう言いながらヤマシロの手を引っ張り路地へと駆け込む、ゼストの予想通り薄暗い路地には人気は一切なくゴミや動物の死体によって発せられる異臭が漂っていた

先程までいた多くの人が往来し、近々皆既日食が発生するなどの情報や喧騒が支配する場所とは違う、それだけで異世界に来た感覚すらもした

ある程度進んだ後、ゼストは割と整備と掃除が行き届いている室外機に腰を下ろす

そして自らの影から片手サイズのボトルを二本取り出す


「それは?」


「こいつは来世に漂っている霊素を液体化して保存している死神印の特製ボトルだ。現世には霊素どころか霊素の概念自体存在しないから俺たち来世の住人からしたら現世は空気のない水の中にいるのと同じ様なモノさ」


「でも、息も出来るし特に支障は見られないけど」


「ま、霊素なんて来世に住むヒトの存在を支えるためだけの粒子だからな。だが現世にはそれがないから来世の奴は存在できない、幽霊なんかがいつか成仏するのも現実的に言えば未練どうとかじゃなくて霊素不足で来世にある霊素を求めて現世を去る原理だしな。それこそ水の中に長時間いて酸素が必要で浮き上がるみたいなモノさ」


そこで現世に行き来する能力を持つある一人の死神の研究者が開発したのが死神印の霊素ボトルである

当初は液体ではなく空気の霊素だけを抜き取り、そのままボトルに閉じ込めるというモノだったがそれでは確実に体内に霊素を取り込めないという理由から長年の研究の末霊素の液体化に成功したらしい

以降製造方法は一気に広まり今では現世に行く死神は全員がその技術を持ち合わせている


「だから昔は殺しに成功しても霊素不足で帰還できずに存在が消失した、なんて例もよくあったらしいぜ」


ゼストはゴクゴクとボトルの中の液体霊素を一気に飲み干す

ボトル一本分で現世に二日近くは霊素を取り込まなくてもいい分の霊素エネルギーが含まれているらしい

もう一方のボトルをゼストはヤマシロに豪快に投げ渡す


「兄弟は現世に来たのは初めて、ましてや死神以外が現世に来るなんて事例はそうそうあるもんじゃない。俺も何がどうなるかなんて一から十まで説明できる自信はない、だからとりあえず飲んどけ。存在が消えてからじゃ手遅れだ」


ヤマシロはゼストの言っていることの危険性を肌で感じ取った、ヤマシロは気づいていないがゼストは無意識に言葉に脳波を乗せることで自身の思考と言葉の重さをヤマシロに直接伝えたのだ

たしかにヤマシロもゼストも異常事態だからこそ前代未聞の現世紀行に挑んでいるが前代未聞だからこそ不確定要素や注意すべきすることが山程ある、マニュアルもないので全て自分たちの目で確かめていかねばならないのだから


ヤマシロは静かにボトルの蓋を外して液体霊素を飲み始めた

完全な余談ではあるのだが今回ゼストが用意した液体霊素はイチゴ味だった




霊素の補給と地図の購入を終えた二人は東京を出発し埼玉に到着していた

東京と埼玉の位置は比較的近くだったので時間もそこまでかからず移動することができた、ゼストも直接来世から埼玉にやって来ることは何度かあったが駅から堂々とやって来たのは初めてだったので地図を事前に購入しておいたのだ


何故なら今回は歩いているのだから


「さて兄弟、今更だが俺が方向音痴なのは知ってるな?」


「自覚してるなら地図をこっちに寄越せ、そしてもう駅から随分と移動した上に人通りが少なくなってきているのは一体どういうことだ!?ていうか、何で目の前に滝があるんだよ!?」


「おかしいな、地図通り従って進んだはずなんだが...」


「.....今更だけどさっき看板にここから先群馬県とか書いてあったぞ」


「何!?ここは群馬県なのか!?」


「知らねぇよ!どうしてこうなったんだよこん畜生!」


そう、ヤマシロはゼストが先頭を歩き始めた時に気がつくべきだった

そしてゼストに地図を持たせても何の意味をもたらさないことにもっと早く気がつくべきだった

実際問題ゼストが現世から中々帰ってこない理由の一つが道に迷うことなのはヤマシロは今まで一切ご存知なかったのだが今回でその事実をインプットすることに成功する

ちなみにこのことは死神部隊は知っており暗黙の了解みたいな何かで触れられることはあまりなかった


「さて、戻るか。ついて来い兄弟、山を下りて埼玉まで行くぞ」


「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てー!本当にそっちは大丈夫なのか、心なしか階段を上がってるようにしか見えないんだが!?」


「そうだな、何とかなるだろ」


「何で開き直ってんの!?俺たちってたしか時間なかったんだよな!?一刻も早く死者蘇生の術の正体を突きとめて異常事態を解決しなきゃいけなかったんだよな!?」


「だから急いでるじゃねぇか!いつもなら行き当たりばったりでも目的地にちゃんと辿り着いてるんだよ!」


「お前今までそんなノープランに仕事してたのかよ!?」


ゼストはやれやれと言った様子で肩を竦めて溜息を漏らす

今来世の異常事態がどこまで酷い方向に進行しているかはヤマシロやゼストには一切わからないが決して良い方向に進んでいるとは思えない


「俺には俺のやり方があるんだよ、それに兄弟に地図を渡した所で読み方わからねぇだろ?」


「うっ、それは...」


「そういうことだから現世経験豊富な俺に黙って任せとけって、もしもの時の対策も考えてるからよ!」


親指を突き立てて爽やかで凛々しいスマイルでゼストは舗装されていない山道にドカドカと足を進めていく

明らかに危険な道で地図を無視したルートであるとヤマシロは判断したが仕方なくゼストの後を追いかける




埼玉県の郊外、田舎とも都会とも廃墟とも言えない木々が生い茂り多くの廃棄物が無造作に捨てられ大地が姿を隠している場所に大きな屋敷が一つ存在していた

屋敷の中には現在白衣を纏ったまだ若干の若さの残る男だった、部屋には黒魔術やオカルト、神話、錬金術と言った科学技術と呼ばれる人類の進化の象徴と相反する現象の本が本棚にびっしりと詰められていた

男はオールバックにした白髪混じりの黒髪を更に掻き上げてノートパソコンを開く

カタカタと操作する音だけが部屋に響き木枯らしや風の音さえも聞こえない


男は満足したように静かに笑みを浮かべて立ち上がる、ノートパソコンをそのままの状態で放置したまま部屋の扉を開き廊下に歩き出す


「もうすぐ、もうすぐだよ」


男は扉の前で立ち止まり扉を開くために八桁のパスワードを打ち始める

そこから更に指紋認証のロックを解除して扉を開く

扉の向こうにあった部屋の光景は異様なモノだった、四方には燭台が設置されており火は擬似炎により永遠に輝いている

窓はなく扉も先程のモノしかない、床は綺麗に修理されており穴や傷は一つもない

床の上からは大きな魔法陣の様なモノが描かれており魔法陣の中心には人一人が入れそうな棺桶が一つ置いてある

男は悲しげな表情を一瞬見せるがすぐさま切り替えて狂ったような笑みを浮かべる、男の容姿を表現するならばマッドサイエンティストという言葉が一番似合うかもしれない


「もうすぐだよ、これで私の無実は証明されて君もすぐに目覚めることができる」


長かった、と静かに呟く


「三年、準備だけで三年も掛かるなんてな。そこから二年もまた長かった。本当にすまないね、君を五年もの間こんな状態にしておいて、でも大丈夫。私は君のことを五年の間で一度も忘れた時はないよ」


ねぇ千代、と男は大きく口を歪めた


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