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閻魔大王だって休みたい  作者: Cr.M=かにかま
第4章 〜憎まれ子〜
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Fiftieight Judge

彼女は既にこの世界にいないはずであった、何故なら不治の病に冒され若くして命が終わりを告げたのだから

彼女の声はもう二度と聞くことはないはずであった、何故ならもう話せるような身体ではなくなってしまったのだから

彼女の笑顔を見ることはできなくなったはずであった、何故ならあの日以来笑わなくなってしまったのだから


ならばヤマシロの目の前にいるのは一体誰なのだ?

彼女は目の前にいるではないか


「.....母、さん」


ヤマシロとヤマクロの母でありゴクヤマの妻、本来ならばもう二度と姿を見ることさえ叶わない人物が目の前にいる


...凄いわねヤマクロ!もうこんなこともできるのね!

.....では査逆さん、息子のことをどうかよろしくね

.......ヤマクロー!久しぶりー、いい子にしてたー?


「母さん!!」


ヤマシロはこの道標のない空間の中で唯一の光である母に手を伸ばす

しかしどれだけ近づこうとしても一向に近づける様子はない


.....ゴクヤマさん、あの子達のこと、どうかよろしくね


「駄目だ母さん、待ってくれェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」


ヤマシロの叫び声を無視するかのように光は無情にも儚く散る、まるで砂漠で突如現れる蜃気楼に近い現象が目の前で起こったように

しかし事実ヤマシロの母は既に死んでいる、現実は受け止めなければならないがどうも現実味が強すぎて現実を受け入れることができなかった


(落ち着け、目的を忘れるな!長い時間ここに滞在することはできないんだ!)


ヤマシロは自分自身に喝を入れるように頬を思いっきり両手で叩く

ここで弱気になってしまえば何もできない、そんな気がした


(そうは言ったもの、どうするか...)


正直不安しかなかった

先程まで道標として形を象っていた母の姿をしたモノは消え、再び全面真っ暗で足が着いているのかわからない不思議な浮遊感に晒される状態に逆戻りしたのである

煉獄は今も脳波を用いてヤマシロを支えているため脳にかかる負担はとても大きなモノのはずである

だからこそヤマシロは煉獄の覚悟と協力を無駄にするわけにはいかない

ここで失敗してしまえば決着のチャンスを与えてくれた男に会わす顔が無くなってしまう


「.....兄さん?」


少しして背後から声が聞こえた

今度は先程の幻とは違い酷くハッキリとした声が

振り向くとそこにはヤマクロがいた

しかし身につけている衣服はボロボロで髪は手入れできていない様にボサボサ、目には大きな隈が出来ており先程まで目の前で対峙していたヤマクロとは違いどこかやつれて違和感しか感じなかった


しかしヤマクロは一体どこから現れたのだろう

それにこれだけ辺りが真っ暗なのにヤマクロの姿をハッキリと目視できることにも疑問を感じる


「お願い、兄さん、頼むよォ...」


ヤマクロは顔を俯かせたまま掠れ掠れの今にも途切れてしまいそうな声をやっとという勢いで絞り出す

そしてヤマシロを見つめ、


「...ッ!お前...」


「お願いだから、これ以上ボクに寂しい思いをさせないでよォォ!」


大粒の涙を流しながら本心を曝け出すようにヤマシロを睨みながら一言叫んだのであった




「アハハハ、中々強いね!凄い、凄いよ、ボクすっごいワクワクしてきたよォ!!」


「それはこっちの台詞だ!まさか閻魔様の弟がこんなにも強いなんて予想外だったね、もっとあたいに本気出させてみろよ!あたいの力はまだまだこんなもんじゃないからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


亜逗子が右腕を薙刀のように払うと脳波が生み出した巨大な斬撃が放たれる、しかしヤマクロもそれに応えるように瘴気を纏わせた妖刀村正で弾く

二人の戦いは既に相当の実力者でなければ介入できないくらいの激しい状態と化してしまっている


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


再び亜逗子の拳と妖刀村正が激突する、しかも今度は何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!

時折拳ではなく脚が混じってた気もするが大した問題ではない


(亜逗子ちゃん、暴れ過ぎだぜ。こっちにまで飛んできたらどうすんだよ)


そう、問題は煉獄が今動ける状態ではないということだ

ヤマシロの脳波を受信しそれを移動という荒業を成しているため神経全てを脳波のコントロールに費やしていると言っても大袈裟ではない

先程から巨大な岩や弾かれた瘴気の塊などが飛んできているので煉獄は内心ビクビクしながら脳波の操作をしている

一瞬でも気を抜いてしまえばヤマシロの精神が身体に戻らないこともある、更に言えば脳に何らかの障害が生まれる可能性だってある


と、思ったそばから目の前に大岩がこちらに飛んできているのは気のせいだろうか、いや気のせいだと信じたい


(ゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑ!?ほ、本当に来やがったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?)


煉獄は声にならない叫び声を挙げたつもりでいる

実際声を出す暇がないのだが...

煉獄は動けない、本来の彼ならばこんな状況トンファーなしでも解決できたであろう

しかし、先程説明した通り今は違う

しかもこの状況で一番危険に晒されるのはヤマシロである、煉獄は岩に直撃して怪我してそれで終わりだがヤマシロは閻魔大王、現世とこの世界のバランスを保つにも必要不可欠な存在

そんな彼が後継者もなく不在となってしまえばそれこそ大事件である

ここでヤマシロの脳波との接続を切ってしまえば何が起こるかもわからない、本当に精神と肉体が元通りにならなくなってしまうかもしれない


そして、煉獄と岩の距離がゼロになった瞬間奇跡は起こった


大岩が粉々に砕け散ったのだ、しかも砕けた大岩の破片が一つも煉獄の体に当たることなく


「全く、大人しくしてろって言われてもさぁ〜あ、ウチがマジでそんなことできるわけないじゃん?」


救世主は背後から歩み寄ってきた一人の天邪鬼であった

両腕から鎖をジャラジャラと出して一つ溜息を吐きながら怠そうに歩み寄ってくる煉獄の上司...


「あぁ、閻魔様は天狼が見てるよ。脳波を経由して精神世界に侵入するなんて、マジでよく思いついたわね」


煉獄の上司、月見里査逆が話しかけるが煉獄から返事はない、というよりも返事ができないという方が正しいのかもしれない


「全く、ウチも協力してやるよ。ウチの脳波をあんたの脳波に波長を合わせて細かいコントロールとかやってやるわ、これでマジあんたの負担が減るよ煉獄君」


やはり脳が五つに別れている天邪鬼の言うことは違った

本来他人の脳波と波長を合わせるなどほぼ不可能に近いのだから

煉獄は急に頭が軽くなった気分になった、もう話しながらでも操作が行えるほどに


「助かりましたよ査逆さん、でも一つ頼みがあるんですけど...」


そう言うと煉獄は冷や汗を垂らしながら査逆の両手に巻きついているモノを指差す


「鎖...仕舞ってもらえませんかね?」


「.....マジでしゃーないな」


そう言いながら心底残念そうな表情を浮かべた査逆は渋々とした様子でジャラジャラと鎖を仕舞った

もしこれで煉獄が集中できずに脳波が途切れてしまってはヤマシロの無事に関わるからである

彼女でも流石にTPOを弁えることのできる人物であることに煉獄はやや嬉しそうに頬を緩めた




ヤマクロは泣いていた、孤独だったのだ

ヤマシロは哭いていた、弟の本心に気がつけなかったことに


ヤマクロは昔からそうだった

弱い自分を見せたら父に悲しまれるから、閻魔の息子でヤマシロの弟だから弱かったら駄目なんだと思い込んでいた

だからヤマクロはある日を境に仮面を付けた、偽りの自分を表に出した

そして偽りの自分はいつしか妖刀村正に目をつけられていた

一度地獄に行った時に睨まれたのだ

刀は持ち主を選ぶ、だから妖刀村正は地獄の瘴気に自らの瘴気を紛らわせてヤマクロを誘い込んだ

その日からだった、偽りのヤマクロの性格が本当の自分だと周りにも自分にも思い込ませたのは...

母が死に精神的に不安定だった状態のヤマクロに仮面が本性を支配した

仮面はヤマクロの体で好き勝手自由に行動した、そして自分は危険だと言う事を周りに示していたのだ

そう、この時から既にヤマクロは妖刀村正を握るために行動していたのだ

父のゴクヤマは危険分子と判断し、ヤマクロを呪法結界の空間、妖刀村正、怨念大鎌ミァスマ、鬼子母神愛用棍棒の三つの呪具でヤマクロは封印されることになる

仮面はいつ妖刀村正を握るのかを待った

ある日この封印は五百年経過すれば自動で封印が解ける仕組みとなっていたことに仮面は気がついた

仮面はそれでも構わないとニヤリと笑みを浮かべた

しかし、五十年経ったある日のこと

仮面にとって嬉しい誤算が起こった

封印に必要不可欠なパーツの一つ、怨念大鎌ミァスマが何者かの手によって持ち出されたのだ

封印が弱まったときを見計らい仮面は妖刀村正を手に取り封印を破った

もうヤマクロは仮面を外せなかった、いつしかからか本当の自分をも忘れてしまったのだから


そう、今目の前にいるのは仮面にとっての心の闇

つまりヤマクロの本心そのものであった

ここはヤマクロの精神世界、つまり先程ヤマシロが見た母の姿はヤマクロの母に甘えたいという願い

それを証拠に母の姿をした何かが言っていたことは全てにヤマクロが関係していた


「ボク、嬉しかったんだ。兄さんがずっとボクを助けるって頑張ってくれて」


ヤマクロは再び泣きそうな顔を浮かべ、


「でもこれはボクの責任なんだ、兄さんがそう言ってくれたのは嬉しかったけど助けて、なんてやっぱりボク自身の我儘でしかないと思うんだ、だから」


「ヤマクロ、もう何も言うな」


ヤマシロはヤマクロの言葉を止める


「兄さん、もしかして泣いてるの?」


「.....泣いてねぇよ、自分が情けなく思ってるだけだ」


ヤマシロは涙を綺麗に拭くとヤマクロの視線に合わせるように屈んでヤマクロの瞳をじっと見つめる


「ヤマクロ、ごめんな。今までお前の気持ちに気がついてやれなくて」


「...いいよ別に、ボクが隠してただけだから。だからあいつとはボクが決着をつけ」


「我儘でもいい、情けなくてもいい、閻魔だからって強く見せなくてもいい、親父の息子だからって無理をしなくていい!お前一人で抱え込むな、たった一人の兄である俺を全力で巻き込め!!」


ヤマシロはヤマクロの言葉を遮りながら両手をヤマクロの両肩に置きながら声を張る

突然のことにヤマクロは言葉を出すことも忘れてしまう

ヤマシロは続ける


「我儘?ハッ、チビが図に乗るなよ!チビっこい内に我儘使わなきゃいつ使うんだよ!泣いている?違うね、俺はお前みたいに泣き虫なんかじゃねぇ、お前の兄貴だからな!」


「兄さん、何を言って...」


「だから、遠慮なく周りを巻き込め!!閻魔だからじゃねぇ、ヤマクロって一人のガキの我儘で周りを振り回してやれよ、何も遠慮はいらねぇ!誰も怒らねぇ、もし怒った不届き者がいたなら俺に言え、全力でそいつを殴ってやる!!」


ヤマクロは目尻に涙を流さずに溜める、それを見て再びヤマシロが言う


「泣きたきゃ泣け!それもガキの特権だ、今のうちに泣いとけ!泣くことは決して弱いことなんかじゃねぇんだ、成長するために大切なことなんだ!!」


ヤマシロの言葉にヤマクロは目を見開く


「いいから黙って俺に任せときゃいいんだよ、ダメで頼れない兄貴が泣き虫で強い弟を救ってやるからよ!」


その言葉が決め手でありキッカケとなった

ヤマクロは溜まっていた涙を流した

本日三度目である


「兄さん、言ってること矛盾してるよ」


「そんな矛盾も、俺がぶち壊してやるよ!」


ヤマシロは拳を突き出す


「いい加減目ェ覚ませよ、寝坊助野郎」


ヤマクロは涙を流しながら頬を緩め笑みを浮かべる

流した涙はこの漆黒の空間でも光輝くほどの存在感を放っていた


「最高の目覚めだよ、おはよう兄さん!」


ヤマクロはヤマシロの突き出した拳に自身の拳を突き出し、コツンっと拳と拳のぶつかった小さな音が一つ響いた

黒が支配する空間なんてもうそこにはなかった

世界はバキバキと音を立てて崩れ白い光が辺りに眩く輝き始めた


そして...


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