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Hexe Complex  作者:
9/85

Order:9

 支部本棟の4階。幹部の執務室が並ぶ階に、俺は辿り着いた。

 頬が少し熱くなっている気がするのは、階段で上がって来たからだけではない。少し緊張しているからだと思う。

 俺みたいな平隊員がこのフロアにやって来る事なんてほとんどない。直接の上司である作戦部長の部屋だって入ったことがないのだ。

 ましてや他の部署の部長クラスからの呼び出しに、緊張しない訳がない。

 使いの者は任務だと言っていたが……。

 ヘルガ刑事部長の執務室に到着する。

 俺は、扉の前で一度大きく深呼吸した。

 制服のネクタイが曲がっていないか一応チェック。食堂を出る時レインにも見てもらったから、大丈夫だと思う。

 よし。

 俺は思い切ってノックした。

 緊張はするが、同時に微かな高揚感も覚えていた。

 任務。

 やっと仕事に復帰出来る。

 タイミング的に、食堂のテレビで報じられていた首都の魔術テロ絡みだろうか。

 執務室の中から応答があった。

「失礼致します!」

 俺は気合いの声を張り上げて、扉に手を掛けた。

 扉の向こうには、しかしヘルガ部長ではなく、部長の秘書官が待ち構えていた。

 執務室の前に、秘書官室があった。

 気合いを入れて声を上げたのが恥ずかしくて、俺は二の句が継げない。

 ……さらに顔が赤くなってしまったような気がした。

「Λ分隊のアーレン隊員?」

 黙りこくった俺に、レインと同じ事務服姿の女性秘書が声を掛けてくれた。

「はい」

 俺は気を取り直し、努めて冷静を装って姿勢を正した。

「中へどうぞ。ヘルガ部長は今緊急幹部会議で外されていますから、掛けてお待ち下さい」

「了解です」

 俺はコクリと頷いて、今度こそ刑事部長の執務室の扉を押し開いた。緊急幹部会議とは、きっと首都の事件についてに違いない。

「失礼します」

 やっとたどり着いた刑事部長の執務室は、綺麗に片付いていた。部屋の主の几帳面さを示しているようだった。

 部屋の奥に鎮座する黒のずっしりとしたデスク。その周囲を囲む本棚。モノトーンの部屋に彩りを加えるように、生花が生けられた花瓶が置かれている。微かに漂う甘い香は、その花の香か、香水の残り香だろうか。

 果たして部屋主は不在だったが、デスクの手前に並ぶ応接セットには一組の男女がこちらに背を向けて座っていた。

 女性の方が俺に気が付いて立ち上がる。

 ダークカラーのパンツスーツに身を包み、短くカットした栗毛がさらりと揺れる。少し気の強そうな深緑の瞳を伏せて、彼女は俺に会釈した。

「お疲れ様です。私は刑事部二等捜査官のアリス・ヘーゲルです」

「作戦部Λ分隊のウィルバー……ウィル・アーレンです」

 俺は差し出されたアリスの手を握った。

「おや。すると何かね。君があのトランスセクシャルのアーレンくんか」

 ニヤリと笑いながら顔だけをこちらに向けたのは、アリスと並んで座っていた中年の男だった。

 こちらも同じ暗色のスーツに身を包んでいる。些かくたびれた雰囲気ではあったけれど。

 白髪が混じっているのか、もともとそういう髪色なのか、グレーの短髪に無精髭を生やした顔に、ニヤニヤ笑いを浮かべている。

 その顎を撫でながら、男は興味津々といった視線を俺に向けて来た。

「いや、なかなか別嬪じゃないか。なぁ、アリス?」

 アリス捜査官がくるりと男に振り向き、腰に手を当てる。

「バートレット捜査官も挨拶して下さい。アーレンさんは、これから仕事をご一緒する仲間なんですから」

 娘と言ってもおかしくないくらい年齢が離れていそうなアリスに叱られ、バートレットと呼ばれた男はひょいと肩を竦めた。

「やれやれ。怖いだろ?」

 バートレットは苦笑を浮かべながら、俺に同意を求めて来る。

 俺はどう反応していいのか分からず、少し眉をひそめるだけだった。

「すみません。お2人は自分の任務をご存知なのでしょうか」

 俺は姿勢を正ながら2人の捜査官に尋ねた。

 捜査官というのは刑事部独自の階級だ。しかしアリスが名乗った二等捜査官ですら、軍警一般階級の少尉に相当する。アリスの上司に見えるバートレット捜査官なら、さらにその上だろう。

 いずれにしても平隊員の俺よりは上級だ。

 改めてこちらを振り返ったアリス捜査官は、微笑を浮かべながら首を振った。

「詳しい話はヘルガ部長からあると思うわ。でも、しばらくは一緒に仕事するみたいだから、堅苦しいのは抜きにしましょう?」

 アリスはバートレットに視線を送り、また俺を見た。

「私のことはアリスって呼んで。こっちはバートレット一等捜査官。バートレットおじさんでいいわ。その代わり私たちも君の事をウィルって呼ぶ。どう?」

 1つのチームとしてやって行くなら、気安く接する事が出来るのは、願ったりかなったりだ。

 俺はこくりと頷いた。

「よろしくな、ウィルちゃん」

 ひらひらと手を振るバートレットに俺も微笑み返した。

「よろしくお願いします」

 バートレットは鷹揚に頷いて、スーツの胸ポケットから煙草を取り出した。それをごく当たり前の動作でひょいと咥える。

 瞬間、アリスの手がさっと動き、バートレットの煙草を奪い去った。

「イーサン。ここは禁煙です」

 顔をしかめるアリスに、はぁっと盛大に溜め息を吐くバートレット。

 バートレットのファーストネームはイーサンか。

「おっかねぇ」

「イーサン!」

 こなれた感のある2人のやり取りに、俺は思わず微笑んでしまった。

 息のあったペアらしい。

「なんだ。もう打ち解けているみたいね」

 その時、背後から唐突に声がした。

 慌てて振り返ると、部屋の入り口にワインレッドのスーツに身を包んだ中年の女性が立っていた。

 軍警オーリウェル支部のヘルガ刑事部長だ。

 俺は瞬間的に姿勢を正す。

 アリスも、さすがにバートレットも立ち上がって、頭を下げていた。

 支部に務める女性の中でも最高位にあるヘルガ部長は、微笑を浮かべながら優雅に頷いた。



「さぁ、あなた達も座って頂戴。楽しくはないけれど、仕事の話をしましょう」

 応接セットの上座に腰かけたヘルガ部長は、黒のタイツに包まれた足をさっと組む。そしてにこりと笑った。

 その笑顔に俺は、何故かライオンのような猫科の猛獣のイメージを抱いてしまう。大きく波打った彼女の金髪が、そんなイメージを抱かせたのかもしれない。

 ヘルガ部長から左手にはバートレットとアリス。右手側には俺が座る。

 先程の秘書官がお茶を出してくれる間に、膝に肘を付いたバートレットが部長に話し掛けた。

「会議の方は如何でした?」

 ヘルガ部長は大きく息を吐き、ティーカップに手を掛けた。

「首都で使用された術式は、やはり例の自爆攻撃型術式陣のようね」

 部長の声に俺はドキリとしてしまう。

 自爆型……。

 あの夜、分隊の仲間たちの命を奪い、俺がこんな姿になる切っ掛けを作ったあれか……。

「もちろん首都支部にも自爆の禁呪が使用される可能性は警告しておいたわ。あちらでは、それを生かせなかったみたいだけれど」

 腕を組んだ部長が、深く背もたれに身を預ける。

「オーリウェルは幸いだったわ。市警隊との偶然の遭遇があったとはいえ、発動直前まで魔素観測に引っ掛からないあの術式陣を発見出来たのだから」

「ふむ。犠牲は出たが、一般人に被害は出ていない訳ですからな」

 先程までにやついていたのが嘘のように、低い声でバートレットが呟いた。

 犠牲……。

 俺の仲間たちの犠牲だ。

 彼らの命と引き換えに1人でも多くの市民が守られたというのなら、仲間を失った喪失感にも耐えることが出来る。仲間たちにも胸を張れる。

 しかし、ニュース速報で報じられた首都の魔術テロが、Λ分隊のみんなの犠牲で防ぎ得たものであったのならば、どうしても悔しさが込み上げて来るのを抑えられなかった。

 俺は膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。

「でも、首都の犯行グループとオーリウェルのグループに接点はあるのでしょうか?オーリウェルの犯行グループは、身元確認出来た者から推測しても、政治団体とか活動家というのもおこがましいような魔術犯罪者でしたけど……」

 少し身を乗り出して声を上げるアリス。

 廃工場の最深部で犯行グループの1人が自爆術式陣を発動させる前、俺たちΛの突入支援にあたっていたΩ分隊が、数名の敵を捕らえていたという。

 奴らの取り調べについては、現在も刑事部が行っている筈だ。

 ヘルガ部長はギロリとアリスを見ると、不敵な笑みを浮かべた。

「今のところ首都の件で犯行声明を出したグループも、うちと似たり寄ったりみたいだわ。つまり、発掘品と言えるような大昔の自殺魔術を入手出来るようなコネも運用出来るような技術もない」

 ヘルガ部長が一旦言葉を切る。

 つまりは……。

「奴らの背後にいるのは騎士団か、あるいは……ということか」

 バートレットがいつの間にか取り出した新しい煙草を咥え、もごもごと口を動かしながら部長の台詞を引き継いだ。

 バートレットを見たアリスは露骨に顔をしかめる。

 ヘルガ部長は大きく肯くと、顎を上げて少し目を瞑る。

 騎士団、か……。

「現首相は知っての通りリベラル左派。経済政策で一応成功している今、国民からの支持率も高いわ。だからこそ貴族派もこの機に劣勢にある保守層を取り込んで反撃を狙ってくるでしょうね」

 部長の言葉に、俺は手に取ったティーカップを両手で握りしめる。

 つまりはこの先、騎士団も攻勢を強めて来る可能性が高いということなのだ。今はまだ系列末端の組織しか動いていなくても、騎士団そのものが出てくればさらなる被害が出る可能性がある。

 ……それだけは防がなくてはならない。

 何があっても、だ。

 俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。

 そのためなら何でもしよう。

 俺に出来ることであれば、何でも……。

「ウィルバート・アーレン。いえ、ウィルで良いかしら」

 突然ヘルガ部長が俺を見た。

「は、はい!」

 じっと考え込んでいた俺は、ビクッと肩を振るわせて顔を上げた。

 少し首を傾け、微笑むヘルガ部長と目が合う。

「ウィル。顔が怖いわ。貴女も女の子になったのなら、いつも優雅に微笑んでいなさい。それが嗜みというものです」

「は、はい……」

 得も言われぬ威圧感に、俺は思わず姿勢を正した。

「そうよね、アリス?」

 矛先を向けられたアリスが、やはりびくりと肩をすくませていた。俺と同じ反応だ。

「話が逸れたわね。では、あなた達3人に任務を与えるわ。ウィルは作戦部からの参加になるけれど、話は通してあるから、気にせずに」

 ヘルガ部長が言葉を切って部屋の入り口に視線を送る。すると、いつの間にかそこで控えていた秘書官が俺たち三人に封筒を配り始めた。

「あなた達には、要人警護の任務についてもらいます」

 封筒を受け取った俺は、思わずヘルガ部長の顔をまじまじと見てしまった。

 警護任務には専門的なスキルが求められる。それは俺でも知っていることだ。例え俺がもとの体でもとの能力があったとしても、やはり専門官に任せた方がいいと思う。

「大丈夫。そんなに難しい事ではないわ」

 俺の心の内を見透かしたかのように、ヘルガ部長が笑った。妖しいと言い表せる笑みだった。

「ウィルは指定の護衛対象に張り付いてくれれば問題ないわ。バートレットとアリスはウィルのバックアップ。よろしい?」

 はいっと肯くアリス。くわえた煙草を動かしながらさっさと封筒の中身を確認し始めているバートレット。

「警護対象の資料はその中にあります。頭に叩き込んでおいて。そうそう、ウィル」

「はい」

 封筒に目を向けていた俺は、再び顔を上げてヘルガ部長を見た。

「明日からは私服勤務よ。女性もののスーツは持っているかしら」

「いえ……。持っていません」

 普通の私服だって、目下準備中なのだ。

「なら明日、アリスと買いに行きなさい。必要になるわ。経費は捜査費で落としてかまわないから」

「……了解です」

 今度はスーツか。

 1から色々と揃えるのは手間が掛かる。俺は周囲に気付かれないように小さくため息を吐きながら、そっと封筒の中身を取り出した。

 びっしりと文字が並ぶ書類に1枚の写真が添付されていた。

 写っていたのは、どこかのパーティー会場だろうか、ブルーのドレスを身に纏った黒髪の少女だった。

 俺はその写真を手に取り、息を呑む。

 俺は、この顔に見覚えがある……?

「みんな写真は確認してくれたかしら」

 ヘルガ部長が腕を組んだ。

「彼女はアオイ・フォン・エーレルト。エーレルト伯爵家の今代当主にして、貴族派旧家の中でも名が通った稀代の魔女よ」



 開け放った窓から気持ちの良い夜風が吹き込んでくる。

 俺のアパートのある辺りは、ちょうどルーベル川から吹き上がって来る川風が当たる場所にあって、夏場でも夜や朝はなかなか涼しい。

 風呂上がり。

 俺は窓際に置いた椅子に座り、ソフィアを待っていた。

 先ほど、風に当たりながら濡れた髪を自然乾燥させていた俺のところに、ソフィアがやって来た。俺が寝間着に使っているダボダボTシャツの代わりに、ちゃんとしたサイズの物を持って来てくれたのだ。

 ソフィアは濡れた俺の髪を見て乾かしてあげると妙にはしゃぎ始めたのだが、俺がドライヤーを持っていないというと信じられないとプリプリ怒り出した。さらにちゃちな櫛しか持っていないと言うと、さらに怒り出してしまった。

 少し待っていなさいと命じられ、俺は今、こうして窓際で、自分の家に櫛やら何やらを取りにいったソフィアを待っているところだった。

 俺は、夜の闇に沈むオーリウェルの旧市街になんとなく視線を向ける。

 大通りから少し入り込んだこの辺りは静かだ。

 車の音は聞こえず、その代わりに俺と同じように窓を開け放っているのだろう、どこかの家から聞こえてくるテレビかラジオの音楽が、微かに夜気に紛れて聞こえていた。

 アオイ・フォン・エーレルト、か。

 伯爵家。

 名誉称号として現代にも残るその爵位は、間違いなく伝統ある古い貴族の家名だ。

 つまるところ、魔術師。

 街中にいる一般の魔術師など比較にならない貴族級の大魔術師だ。

 しかし写真で見た彼女の顔。

 それは、まだ若い十代の少女だった。

 そして俺は、彼女の顔を知っている気がする。

 白い肌に夜闇のような長い黒髪。同じく吸い込まれそうな黒い瞳。シャープな顔立ちに少し薄いが整った唇。どこか東洋的で、可愛らしいというよりも美人や凛々しいという形容が似合う少女。

 そう。

 それは、俺の記憶に残るあの魔女の姿に似ている。

 あの夜、廃工場で俺にまだ生きることを願うかと問うたあの魔女に……。

 エーレルト伯爵の正体と、他にも疑問は沢山あった。

 何故俺なのか。

 作戦部でも正規作戦への復帰を認められていない今の俺の状況で、個人の警護を何故俺に任せようというのか。

 もちろん、抜擢された以上は全力で任務に立ち向かわなくてはいけない。

 それは当たり前の事だ。

 しかし任務の達成を考えるなら、適任のプロはいる筈だし、バートレットとアリスと俺だけというのも数が少ないように思えた。

 そんな俺の問いに、ヘルガ部長は笑顔を消して答えてくれた。

「あなたのご指名は、実は上からのご指名なの。本当はウィル単独でという話だったところに、なんとかバートレットたちの同行を認めさせたのよ」

 指名……?

「支部長からの、ですか?」

 疑問符を浮かべるアリスに、ヘルガ部長は首を振った。

「もっと上か。軍警本部からの勅命か?……いや、もしかしたら」

 バートレットが面白そうに口を歪ませた。

「内務省あたりには私も探りを入れてみたわ。でも実態は、外部からの横槍みたいね。もしかしたら、上院からの、という可能性は、今探っているところ」

 ヘルガ部長が口を歪める。

「何故自分の名前がそんなところまで……」

 思わず呟いた俺に、ヘルガ部長は大きく溜め息を吐いた。

「わからないわ。私たちがでっち上げたウィルという少女の身分は、あくまでもウィルバートの妹の学生。軍警隊員ですらないの。ウィル・アーレンなんて隊員はいませんと突っぱねる事もできるでしょうけど……」

 ……今回の要望を出した者の正体も意図もわからない以上、無暗に逆らうのはよろしくないということか。さらに、命令が正規のルートで下りて来ている以上、何となくでは反抗出来ない。

 それは俺にもわかった。

 さらに、大きな疑問がもう一つ。

 それは、何故貴族級の魔術師を、軍警が身辺警護することになるのか、だ。

 もしや、活発化する魔術犯罪者や、例の自爆術式陣と何か関係するのかとヘルガ部長に尋ねたところ、部長は静かに首を振るだけだった。

「このタイミングでこんな命令が出た事は興味深いけれど、関連は分からないわね」

 そもそも軍警は魔術師鎮圧を目的にした組織。魔術師からすれば、不快な対象であるに違いない。それが身辺警護など、よほどの理由があるのか……。

 それに、俺からしても複雑な心境ではあった。

 エーレルト伯爵家に直接的な恨みはないが、貴族派に名を連ねるということは、身分社会を肯定する側。つまりは騎士団などの魔術テロリストのバックボーンたる存在だ。

 伯爵が何に狙われ、どういう状況にあるのかはこれからの確認だが、そんな魔術師を守るという事に微かに抵抗を覚えている自分がいる。

 味方である筈のオブライエン主任と対峙した時でさえ緊張してしまうのに、果たして俺は、命を賭して伯爵の、いや、魔術師の盾になることが出来るだろうか。

 頭の中がぐるぐると回りだす。

 じっと窓の外を睨み付け考え込んでいた俺は、はぁと大きく息を吐いた。

 椅子の上に足を上げて膝を抱く。

 俺の家族。

 Λ分隊のみんな。

 今日、首都のテロで犠牲になった人たち。

 魔術師。

 騎士団。

 エーレルト伯爵の少女。

 そして俺を救ってくれた魔女。

 俺にもう一度チャンスをくれた……。

 頑張るとは決めた。

 決めたが……。

「ウィル!」

 背後で突然声がする。

 同時にふわりと俺の頭の上に落ちてくるピンクのタオル。

 頭全体をタオルに包まれ、わしゃわしゃされる。

「わぁぁぁ、うぃ、ソ、ソフィぃ!」

 思わず椅子から落ちそうになった俺を、ソフィアが支えてくれた。

「ウィル!私が出たら、鍵閉めときなさいって言ったでしょ!あなたは女の子なんだから、注意しなさい!それにそんな格好だし!」

 俺はタオルを剥ぎ取り自分の姿を見る。

 相変わらず下は下着だけ。上は白いTシャツに微かにブルーの下着が透けていた。

 以前はトランクス一枚で部屋の中をぶらぶらしていたのだ。今は上を着ているだけましというものだろう。

「さぁ、髪を乾かしてあげるから、座りなさい」

 ソフィアに見つめ……睨まれる。

 おっかない。

 俺はちょこんと、もとの椅子に腰掛けた。

 またタオルを被せられ、わしゃわしゃされる。しかし今度は少し優しかった。

「私が近付くまでぼうっとしてたけど、何かあったの?」

 ソフィアが尋ねてくる。

 俺はそっと息を吐いた。

「いや。大丈夫」

 色々考えてもわからない事はわからない。

 ならば、思い切って飛び込んでみるしかない、か。

 例えそれが、魔術師の護衛であっても。

 しかし、不思議だった。

「ソフィ」

「何?」

「悪いな」

「な、何よ、改まって!」

 俺の髪を拭くソフィアの力が強まる。

 俺はぐらぐらと揺れる。

 1人で考え込んでいると、少しだけ後ろ向きになってしまう。

 でも。

 こうして側にいてくれる人がいると、少しだけ前向きになれるような気がした。


 読んでいただき、ありがとうございました!

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