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Hexe Complex  作者:
78/85

Order:78

 俺はライフルのストックに頬を当てながら、トリガーを引く。

 ダラリと砕けた腕をぶら下げて、それでもなおこちらに突撃して来る狂化兵の足を狙う。

 炸裂する銃声とマズルフラッシュ。

 高初速のライフル弾は、確かに男の足を貫いた。

 しかし、不気味な呻き声を上げた狂化兵は止まらない。僅かに体勢を崩しただけで、そのまま突進して来る。

「くっ」

「ジョ、排除、はいじょっ、ハイ、ジョっっ!」

 俺は歯を食いしばり、再び狙いを付ける。そして発砲しようとした瞬間。

 上方より飛来した光の矢が、男を貫いた。

 矢は3本。

 狂化兵はそのまま地面に縫い止められ、動かなくなった。

「ウィル、呪いが深い。こうなっては解呪する事は出来ない。躊躇うな」

 レンガ作りの建物の屋根の上に立つアオイが、狂化兵に手をかざしながら、淡々とそう告げた。

 ……くっ。

「わかってるっ!」

 叫び返しながらも、俺はギリっと奥歯を噛み締めた。

 前方、目標地点である木材工場から、更に敵増援が現れた。いずれも胸と顔だけを覆い隠す鎧姿だった。

 装飾など何もない、無機質で簡素な鎧に覆われたその表情を伺い知る事は出来ない。

 しかし。

「ウオオオオッアアア!」

「排除、排除、排除、はい、ハイッ!」

 ライフルを構える俺に対し、何の躊躇いもなく突撃して来るその姿、そして地の底から響いて来る獣の様な唸り声が、奴らもまた狂化兵であることを物語っていた。

 狂化の術式は古の禁呪だ。

 アオイに難しいというのならば、解呪は出来ないと考えた方がいいだろう。

 今は、ここを突破する事が優先される……!

「これが騎士団の、ジーク先生のする事かっ」

 俺は小さな声で吐き捨てるようにそう言うと、さっと手前の1人に狙いを付けた。

 発砲する。

 反動が俺の体を駆け抜ける。

 素早く狙いを変えながら、狂化兵たちを撃ち倒す。

 全ての敵が倒れたのを確認。

 ……よし。

 俺はスカートを翻し、ダッと木材工場に向かって駆け出した。

 奴らの背後。

 あの木材工場の中を確かめなければならない。

 あそこには、狂化兵を配置してまで守られているものがあるのだ。

 それがジーク先生の自爆術式陣であるならば、直ぐに無効化しなければならない。

「くっ……!」

 そのまま工場に突入しようとした俺の前で、先程倒した筈の狂化兵がむくりと起き上がった。

 ……仕留め切れていなかったかっ!

 狂化兵は、少々の傷では止まらない。

 起き上がった狂化兵が跳躍し、空中から俺に襲い掛かってくる。さらにもう1人が起き上がる。そちらは低い姿勢のまま、足を引きずる様な動きでこちらに突っ込んで来た。

 俺はさっと足を開いて重心を落とす。

 そして空中の敵に向かってフルオート射撃を浴びせた。

 銃身が跳ねる。

 無数の銃弾に貫かれた狂化兵が、墜落した。

 同時に、地を駆けるもう一方の狂化兵に、さっと青い光線が降り注ぐ。

 一瞬遅れてその光線がなぞった地面が爆発し、爆炎が吹き上がった。

 激しい衝撃波が俺にも押し寄せる。

 そのオーバーキルともいえるアオイの魔術の炎の中で、狂化兵の姿が崩れて消えた。

 敵の攻勢が止む。

 この隙に!

 俺は両手でライフルを保持しながら、アオイの作った爆炎を回り込む様に走った。

 爆発の衝撃波がリボンでまとめた髪を乱す。

 走りながら俺は、空になった弾倉を落とし、タクティカルベストから引き抜いた新しい弾倉をライフルに装填した。

 俺はそのまま、工場の敷地に突入する。

「ウィル、上だ!」

 アオイの警告。

 同時に、工場の屋根から狂化兵が飛びかかって来る。

 3人!

 俺はすっと目を細め、先頭を降ってくる狂化兵の兜に狙いを定めた。

 銃声が爆ぜる。

 兜を貫かれた狂化兵が吹き飛ぶ。

 2人目も迎撃する。

 しかし間に合わなかった3人目が、俺の至近距離に着地する。

「ガアアアッ!」

 着地した狂化兵が咆哮を上げる。そしてそのまま、俺に掴み掛かって来た。

 俺はくるりと体を回転させて、その狂化兵の突進をやり過ごす。

 ふわりとスカートが広がった。

 視界の隅に接近する新たな敵影を確認。

 俺は飛びかかって来た狂化兵を無視し、新しい敵群に銃口を向けた。

「グギガ?」

 背後で聞こえる断末魔。

 アオイが俺に飛びかかって来た三人目を排除してくれたのだ。

 トリガーを引く。

 押し寄せ敵を迎撃する。

 銃弾を受けた狂化兵の鎧が弾ける。

 薬莢が散らばる。

 アオイの魔術師が煌めき、狂化兵ごと工場の一部も吹き飛んだ。

 最後の1人。

 ホロサイトのレティクルに重なった狂化兵が、派手に吹き飛んだ。

 それで一旦、周囲の敵は排除出来た様だ。

 俺はライフルを構えたまま、素早く工場に取り付いた。錆び付き、所々壁に穴が開いた工場の壁面沿いに、その裏側へと回り込んだ。

 通用口だろうか、歪み、半開きになっている簡素な金属扉の脇に俺は背中を付けた。

「ふうっ……」

 俺はそっと小さく深く息を吐いた。

 その俺の前に、黒マントを広げたアオイが静かに降り立った。屋根を伝ってきたのだろう。

「無事か、ウィル」

「うん」

 俺はじっとりと汗で張り付いた髪を掻き上げた。

 アオイは俺から視線を外すと、扉の隙間から工場の中を窺う様に見た。

 俺はそんなアオイの横顔を見つめる。

 アオイは、ぞくりとする様な冷ややかな表情をしていた。すっと細まった目は、ドキリとする様な鋭さだった。

 むむ……。

 知っている。

 あれは、俺の姉の怒っている時の顔だ。

 俺は目を伏せた。

 自爆術式陣を使用した魔術テロ。さらには、狂化の禁呪で作り上げた兵隊たち。

 その非道なやり方に怒りを抱いているのは、俺もアオイも同じだった。

 先程までの戦闘で、狂化兵からは微かに魔素を感じた。

 恐らく奴らは、元魔術師だ。

 それが騎士団の手駒だった市井のごろつき魔術師なのか、又は正規の騎士団員だったのかはわからない。しかし誰であれ、強制的に死を恐れない軍団に仕立て上げてしまう狂化の術式は、やはり禁呪といえるものだ。

 忌むべきものだと思う。

 こんな事は、早く終わらせなければならない。

 一刻も早く、だ。

 俺はアオイを見る。

 アオイも俺を見た。

 視線を交わした俺たちは、そっと頷きあった。

 ……行くぞ。

 俺はライフルを構え、アオイの前に出る。そして軋む扉をゆっくりと押し開き、廃墟の様な木材工場の内部に足を踏み入れた。



 濃い闇が支配する工場の中を、ライフルを構えた俺と黒マントを翻すアオイは素早く進んで行く。

 工場内には、しばらく放置されていたためか埃っぽくカビ臭い空気が滞留していた。その中には、工場が操業していた時の名残だろう、微かに木材の匂いも混じっていた。

 俺たちが侵入したのは、工場の事務室の様だった。

 机が撤去されたガランとした部屋を通り抜け、壁際にラックの並ぶ狭い廊下を足早に通過する。

 周囲はしんと静まり返っていた。

 ただ俺とアオイの足音だけが、規則正しく響いていた。

 俺は短く息を吐きながら、手早く周囲をクリアにしていく。アオイは先行する俺から少し距離を取りながら、周囲を警戒していた。

 ゆっくりと扉を押し開き、俺たちは作業場らしき部屋に入った。

 そこは先ほどの事務室よりは広かったが、あちこちに放置された工作機械が転がっており、見通しが悪かった。光源は天井近くの小さな窓のみで、そこから射し込む弱い光が作業場の中をぼんやりと照らしていた。

 建物の構造的に、恐らくこの作業場の先に広いスペースがある筈だ。自爆術式陣があるならば、恐らくそちらだろう。

 周囲を警戒しながら、さらに足を早めて作業場を通り抜けようとしたその時。

 不意にガタリと物音が響いた。

 はっとしてそちらに銃口を向けようとした瞬間。

 俺の脇の工作機械の影から、ぬっと腕が飛び出して来た。

 続いて、低い唸り声を上げた狂化兵が姿を現した。

「ウィルっ!」

 アオイが叫ぶ。

「グガアアッ!」

 兜を装着した狂化兵が、くぐもった雄叫びを上げた。

 掴みかかって来た狂化兵の腕がライフルに当たる。不意の衝撃に、ライフルが弾き飛ばされた。

 スリングを首に掛けていたので、銃を取り落としたりはしない。

 しかしもちろん、咄嗟に拾い上げられる状況でもない。

 狂化兵はそのまま俺に掴み掛かって来る。

 俺はさっと膝を折り、体を沈めた。

 ふわりと髪が広がるのがわかった。

 狂化兵からは、俺が消えた様に見えたかもしれない。

 俺の目の前に迫る狂化兵の胴体。

 その鎧に覆われていない腹部に、俺はタンッと踏み込んで肘を打ち込んだ。

「グギッ?」

 呻き声と共に狂化兵の体が持ち上がる。

 アオイの身体強化術式で高められた俺の一撃は、痛みに怯まない狂化兵の動きを一瞬だけ止める威力を有していた。

 はっ……!

 俺は短く息を吐きながら、固まる狂化兵の背後にくるりと回り込む。

 体を回転させながら、同時に腰の後ろからハンドガンを引き抜く。

 そして、鎧に覆われた狂化兵の背中にコツンと銃口を当てた。

 俺はすっと目を細めた。

 トリガーを引く。

 室内に銃声が響き渡る。

 9ミリ弾に貫かれた狂化兵が、どさりと崩れ落ちた。

「ふうっ」

 俺は倒れた狂化兵に視線を送り、少しだけ眉をひそめた。

 もう一度小さく息を吐く。

 俺は、ハンドガンをホルスターに戻すと、ライフルを手に取って異常がないかを確認した。

「ウィル、大丈夫か」

 アオイが駆け寄って来る。

 俺はふわっと微笑んで頷いた。

「うん、大丈夫」

 笑う俺を見て、アオイも安堵した様に微笑んだ。

 しかしほっと出来たのも一瞬の事だった。

 こちらに接近する複数の足音が聞こえて来た。どこからかはわからないが、数は多そうだ。

 俺とアオイは表情を引き締めて頷きあう。

 俺はライフルを構え直して進むと、作業場の先の大扉を押し開いた。

 そこは、木材の貯蔵庫の様だった。

 聖フィーナの体育館の様にガランとした広いスペースに、あちらこちらに木材が積み上がっていた。

 やはり明かり取りは天井近くの小さな窓だけなので、辺りは薄暗い。貯蔵庫内の全てを見渡す事は出来なかった。

 しかしそんな貯蔵庫の状況を確認するよりも、俺とアオイの視線は貯蔵庫の中央に釘付けになっていた。

 周囲には材木が散乱していたが、その中央部分だけは綺麗に片づけられていた。

 そこに浮かび上がるのは、ぼうっと淡い輝きを放つ複雑な紋様の術式陣。

「……自爆術式陣、か」

 俺はライフルの銃口を下げてぽつりと呟いた。

「そうだな」

 アオイも鋭い目でその陣をじっと睨みつけていた。

 丸や三角の記号、そして見たことない文字がずらりと配置された術式陣が淡い光を放つ光景は、どこか神秘的な美しさがあった。

 しかし。

 俺はぎゅっと眉をひそめる。

 これは魔術師の命を吸い取り、それを代償に周囲に膨大な死と破壊を撒き散らす禁呪なのだ。

 やはりここにあった。

 俺はさっとライフルを構え直す。そして、ライフルのバレルに装着したライトを点灯させた。

 銃を振り、貯蔵庫内に誰かいないかを確認する。

 自爆術式陣は、陣単体では用をなさない。起爆役たる魔術師がいてこそ初めて、無差別な大量破壊を引き起こすのだ。

 ライトが照らし出す光の中に、魔術師の姿は確認できなかった。

 ここの術式陣は、未だ起爆態勢に入っていないという事か。

「Λ1からCP。目標を発見した。繰り返します。目標発見」

 俺はヘッドセットを押さえ、ミルバーグ隊長に術式陣発見の報告を送った。

『ガガ、ザザ、ガガが……ストより、Λ……ザザザ……ガガ、交信状……るい。もう一度……ザザザ』

 しかし応答の声は、激しいノイズの為に殆ど聞き取れなかった。

 む。

 電波の状態が良くないのか。

「こちらΛ1。CP、応答願います」

 もう一度呼び掛けてみるが、帰ってきたのは顔をしかめたくなる様なノイズだけだった。

 やむを得ないか。

 俺は通信を諦め、くるりと踵を返した。

 作業場の方から足音が近付いて来る。狂化兵共が随分と接近して来ているみたいだ。

「アオイ、魔術師が潜んでいないか周囲の確認を頼む。それと陣の無効化を。俺は狂化兵を足止めするから」

 俺は弾倉を確認してからアオイを見た。

「ああ……」

 しかしアオイの反応は、どこか上の空だった。

 アオイは眉をひそめて険しい表情をしながら、じっと術式を見つめていた。何か考え込んでいる様だ。

「アオイ?」

 もう一度呼び掛けてみるが、アオイはじっと術式陣を見つめたままだった。

 その間に複数の足音や獣の様な唸り声が近付いて来る。

 まずは敵を迎撃するしかない。

 取り敢えず俺は、作業場に続く扉を半分だけ開くと、もう半分を盾にする様にして膝立ちになった。

 ライフルを構えて狂化兵を迎え撃つ態勢を取る。

 狂化兵は元魔術師と思われる。しかし奴らは魔術を行使して来ない。単純な力攻めばかりだ。もしかしたら、狂化された為に魔術を扱う知性を失っているのかもしれないが……。

 しかしそのお陰で、接近されずに迎撃出来れば奴らの足を止められる。

 狂化兵が自爆術式陣を起動させる事が可能なのかはわからないが、そう易々と術式陣に近づける訳にはかない。術式陣が発動する可能性は、少しでも減らしておきたい。

「ガアアア、排除、ハイジョ、ハイ、ハイ……!」

 作業場の扉が開き、兜と胸甲姿の狂化兵が飛び出して来る。

 俺は慎重に狙いを定め、トリガーを引いた。

 発砲の反動がストックを通じて俺の体を揺する。

 排出された薬莢が乾いた音を立てて床に落ちた。

 敵の先頭にいた狂化兵が1人、倒れる。

 俺は狙いを変えながらリズミカルにトリガーを引く。

 銃声が響く度に狂化兵は倒れるが、それでも敵は次から次へとやって来た。

 無駄弾は撃てない。

 連射してしまいたい衝動にかられるが、俺は単発射撃で敵を仕留める。

 撃ち抜かれた狂化兵がよろめくが、倒れない。

 狙いが悪かった。

 くっ。

「アオイ、陣の無効化は……!」

 俺はトリガーを引き続けながら、振り替えずに叫んだ。

 リロードのタイミングでさらに押し込まれる。

 長くは保たない。

 何だ……?

 背後で膨れ上がる膨大な魔素の気配。

「アオ……」

 振り返って再び叫ぼうとした瞬間。

 俺の視界は闇に包まれた。

 一瞬何が起きたのかわからない。

 しかし直ぐに、甘い匂いと柔らかな感触から、それがアオイのマントの中だと気付いた。

 うむ……?

「アオイ?」

「流転。転化。波形たる空。あまねく歪みを越え……」

 俺の驚きの声など無視して、アオイの詠唱が始まった。

 これは、転移術式だ……!

 そう思った瞬間、俺はふわりとした浮遊感に包まれた。

 空気が変わる。

 俺を抱きしめていたアオイの腕が、ゆっくりと解かれる。

 俺はもぞもぞとアオイの黒マントから出ると、周囲を見回した。

 そこは、既に薄暗い材木工場の中ではなかった。

 視界の開けた広い場所だった。

 どんよりと曇った空の下、綺麗に舗装された地面がどこまでも続いている。遠くには、灰色の森と管制塔、そして明かりの灯った空港ビルが見えた。

 ここは、滑走路だ。オーリウェル国際空港の……。

 それに気が付いた瞬間、俺はばっと振り返った。

「自爆術式陣はっ!」

 そう叫んだ刹那。

 閃光が走った。

「うぐっ!」

 爆音が弾ける。

 それはまるで、音の圧力が壁となって押し寄せて来た様だった。

 俺は咄嗟に手をかざして顔を背ける。

 同時に、猛烈な爆風が押し寄せてくる。

 立っていられない……!

 俺は思わず片膝を突いてしゃがみ込んでしまった。

 スカートと髪が激しく乱される。

「ううっ……くっ」

 むき出しの部分の肌がチリチリと熱い。

 俺は片目を瞑り顔をしかめながら、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、目の前の光景を呆然と見つめる。

 前方。

 先ほどまで俺とアオイが狂化兵たちと戦闘を繰り広げていた廃村から、激しい炎と黒煙が吹き上がっていた。

「何が……」

 俺はダラリとライフルを下げながら、ぽつりと呟いていた。

 もはやそこに、あの廃村はなかった。

 何もない。

 全てが爆炎と黒煙に飲み込まれ、吹き飛ばされてしまった。

 その被害範囲は、一部空港の敷地内、滑走路まで及んでいる。地面が爆発の衝撃でめくれ上がり、衝撃波で吹き飛ばされた土や廃村の残骸が、広い空港の敷地内に散らばっていた。

 凄まじい爆発だ。

「自爆術式陣が起動したのか……」

 アオイの転移が遅れていれば、俺もあの爆発に巻き込まれていたかもしれない。

 問い掛けというよりも独り言の様にそう呟いた俺は、隣で真っ直ぐに立ちながら爆発を睨み付けているアオイを窺った。

 アオイは厳しい表情を浮かべながら俺を一瞥し、コクリと頷いた。

 俺は唇を噛み締めて冬空に吸い込まれていく黒煙を見上げた。

 ……くっ。

 自爆術式陣を発見しておきながらみすみすその起爆を許してしまった。

 これではジーク先生の思う壺だ。

 今回の自爆術式陣の被害範囲は、幸いにも既に人がいない廃村と無人の空港施設の一部だった。人的被害はない筈だ。

 しかし滑走路がやられたのは大きな痛手だ。

 これでオーリウェル国際空港の離発着能力は大きく低下する事になる。

 俺はぎゅっと手を握り締めた。

「……アオイ。自爆術式陣の近くに魔術師がいたのか?」

 そうであれば、俺の確認不足だ。いくら狂化兵が接近していたとはいえ、そちらに気を取られ過ぎた失態だ。

 俺はしゅんと肩を落とし、顔をしかめて目を伏せた。

 そんな俺を、アオイはそっと抱き寄せてくれた。

「……ウィルのせいではない」

 アオイの声は静かだが厳しい響きが込められていた。

「あの場には誰もいなかった。あの陣を起動できる者など誰もな」

 俺は顔を上げる。そして至近距離から真っ直ぐにアオイの顔を見た。

 アオイはふっと溜め息を吐いた。

「私の考えが正しいならば、あの自爆術式陣は遠隔で起動された」

「えっ」

 俺は絶句し、顔を強ばらせる。

「何らかの術式を使用し、術式陣の起動に必要な魔素を外から送り込んだのだ。あの場に満ちていた微かな違和感の正体は、術式陣そのものではなく、離れた場所から魔素を送り込むための別の術式の反応だったのだ」

 俺は息を呑む。

 別の場所から術式陣を発動させられるならば、俺たちの、軍警突入班の戦術は大きく違ってきてしまう。

 付近に起動役である魔術師がいないからといって安易に術式陣に近付けないし、魔術師を排除したからといって術式陣を無効化した事にはならないのだ。

 先程の俺とアオイのように、近付いて来た敵を巻き込んで任意に起爆させる事だって出来るかもしれないのだ。

 これが、ジーク先生の計画……。

 俺は戦慄する。

 目の前で続く爆炎を見上げる。

「至急! こちらΛ1からCP! ミルバーグ隊長、ご報告があります!」

 俺はスカートをひるがえしてくるりと踵を返した。広がる爆炎に背を向け、ヘッドセットを押さえた。

『こちらCP。Λ1、そちらで大規模な魔素の炸裂を感知した。状況を報告せよ』

 返って来たのはオペレーターの声だ。

「ポイントAにて自爆術式陣が起動しました。それよりも各隊に至急伝達をお願いします!」

 俺は早口にまくし立てる。

『……どうした、ウィル。無事か。先ほどは通信が切れた様だが』

 今度は無線からミルバーグ隊長の声が聞こえて来た。

「隊長、敵術式陣は、遠隔起爆可能な性能を備えている可能性があります! 至急各隊に警戒する様に注意を!」

 無線の向こうでミルバーグ隊長が息を呑むのがわかった。

『……それは確かな情報か』

「アオイの、エーレルト伯爵の見解です。間違いないと思います」

 俺は隣に立つアオイを一瞥した。アオイを見て、俺はコクリと頷いた。

『了解した。至急全隊に示達する。作戦の見直しが必要かもしれない。お前たちは一度こちらに帰投しろ。再度協議して……』

「いえ」

 俺は、ミルバーグ隊長の台詞を途中で遮った。

 本来なら上官の命令を遮るなど有り得なあ行為だ。

 しかし今は、その命令に従う訳にはいかない。

「他に判明しているポイントがあるなら教えて下さい。次の術式陣に向かいます」

 俺の言葉に、アオイが頷くのが見えた。アオイも俺の考えに賛同してくれる様だ。

『……危険を承知でか』

「遠隔起爆可能とわかっていれば、やりようはあります。今は1つでも術式陣を止めなければ」

 街中で、人がいる場所で、俺たちの目の前で起こった様なこんな爆発を起こさせる訳にはいかない。

 俺はじっと前方を睨み付けながらミルバーグ隊長の返答を待った。

『……わかった。次のポイントを伝える。しかしくれぐれも無茶はするな。対応策はこちらでも協議する。次のポイントは……』

 俺は読み上げられた住所をそのまま声に出して復唱した。

 それを聞いたアオイが頷いた。転移可能な、アオイが知っている場所なのだろう。

『……幸運を祈る』

「了解です。交信終わり」

 ミルバーグ隊長との交信を終えた俺は、キッとアオイを見た。

「行こう、ウィル。あの男にこのまま好き放題やらせてはいけない」

 俺が口を開くより早く、アオイは俺を見た。真っ直ぐに。

 もちろん俺も頷き返す。

 精一杯力を込めて。

 遠くからサイレンの音が響いて来た。

 軍警や市警が到着するには早いだろうから、恐らくは空港警備隊かレスキューだろう。

 空港ビルから迫る緊急車両を一瞥してから、俺はアオイの手をガシッと握った。

 狂化兵に遠隔自爆術式陣。

 ジーク先生……!

 俺は唇を噛み締める。



 ミルバーグ隊長から示された次のポイントは、旧市街の外縁部に立つ古いビルだった。

 対象は既に建て替えが決まっているらしく、入居者は誰もいない無人の建物だった。

 その地下駐車場に隣接する機械室の奥に、自爆術式陣は設置されていた。

 ビル内にはやはり狂化兵が配置されていたが、俺とアオイは素早くこれを突破。自爆術式陣を確認すると、アオイが即座に陣を破壊した。

 力任せの消去は、陣が設置されていた部屋や建物にも損害をだしたが、これには目を瞑るしかない。遠隔で起爆される前に、早急に術式陣を無力化しなければならないのだ。

「ポイントF、制圧しました。次をお願いします!」

 廃ビルから出た俺は、すぐさまミルバーグ隊長に呼び掛けた。

 時刻は、既に午後6時になろうとしていた。

 オーリウェルの街並みはもうすっかりと夜闇の中に沈んでいた。

 この廃ビルが建っている場所は、ルーベル川から上って来る坂の頂に位置している。ここからは、煌々と明かりが灯るビル群や家々の明かりが煌めくオーリウェルの夜景が一望出来た。

 冷たい川風が吹き上がって来る。

 目の前に広がるオーリウェルの夜景は、いつもの夜と変わらない様に思える。

 しかし目を凝らして見ると、市内のあちこちから夜闇に紛れる様にして立ち上る黒煙を確認する事が出来た。さらには、幾つも重なって響くサイレンの音や上空を飛び回るヘリの音が、夜の帳が降りたばかりの街に響き渡っていた。

 不穏な空気が街全体を覆っている。

 怒りと恐怖と憎しみがない交ぜになった不穏な空気が……。

 俺とアオイが2つのポイントを回る間に、他の4つのポイント、さらには市警との協力で発見した新たな6つのポイントに対し、軍警部隊が強襲を仕掛けていた。

 支部の作戦指揮所からは、自爆術式陣の遠隔起爆の可能性を踏まえ、無理な突入を控え、周囲の住民の退避を優先せよという命令が出ていた。

 しかし自爆術式陣を排除しなければ完全な安全は確保出来ない。さらに、いずれかの拠点にいるであろう首謀者、つまりはジーク先生たち騎士団を押さえなければはテロは終わらないのだ。

 幾つかの班が果敢にも敵拠点への突入を試み、狂化兵と交戦に入った。

 その結果術式陣を排除する事にも成功したが、同時に突入した軍警隊員を巻き込んで自爆術式陣が起爆されてしまったポイントも出てしまった。

 さらには、避難誘導中に起爆してしまったポイントが2カ所あった。

 時間が経過するにつれて、被害は拡大する一方だった。

『こちらCP、ミルバーグだ。Λ1、次のポイントを送る』

 ミルバーグ隊長からの返信が来る。

 隊長の背後では、複数のオペレーターの声が響き渡っているのが聞こえた。

 爆発。

 黒煙。

 炎。

 銃声。

 あの首都でのテロと同じ様に、今やオーリウェルの街は戦場と化していた。

 俺たちは次のポイントに跳ぶ。

 騒然とするオーリウェルの街並みを飛び越え、次に向かったのは最近倒産したという会社の倉庫だった。

 そこは、新市街の北東、様々な工場や研究施設、物質集積場が集まる地区だった。その中にはオフィスビルや工場などもある。まだ無人になる様な時間ではない。

 俺とアオイは、対象の建物の上空に転移すると、そのまま自由落下で降下し始めた。

 空中から強襲して、一気に術式陣を破壊するのだ。

「敵は俺が抑える。アオイは術式陣を頼むっ!」

 猛烈な風圧に乱される髪とスカートを押さえながら、俺はアオイを見た。

 俺と手を繋ぎ、黒マントを大きくはためかせるアオイは、こちらを見て頷いた。

 アオイは無表情にじっと対象の倉庫を見下ろしていた。

 自爆術式陣の遠隔操作という可能性が判明してから、アオイはこうしてじっと何かを考えている様だった。

 稀代の魔女と呼ばれるアオイだ。俺にはわからない何かを見抜いているのかもしれない。

 はっきりと考えが定まれば、俺にも教えてくれるだろう。

 それまで俺は、姉さんを信じて待つしかない。

 そして俺は、俺の成すべき事を成すのだ。

 アオイの魔術によって落下の衝撃を緩和した俺たちは、倉庫の屋上にふわりと着地した。

 俺はすぐさまライフルを構えて周囲の警戒に入る。そして敵がいない事を確認すると、一呼吸置いてから倉庫内部へと突入すべく駆け出した。

 やはりここにも配置されていた狂化兵を突破する。そして術式陣を発見すると、すぐさまアオイの魔術で吹き飛ばした。

 このポイントでも、狂化兵以外の敵とは遭遇しなかった。

 やはりここも、遠隔起爆式だった様だ。

 未だにジーク先生を始めとした騎士団の居場所については不明だ。他のポイントを回っている班からも、狂化兵以外の騎士団と遭遇したという報告は上がっていない様だった。

 自爆術式陣を無効化するのも大事だが、肝心のジーク先生を見つけて捕らえなければ、このテロを終息させる事は出来ないというのに……。

 俺は湧き上がってくるジリジリとした焦燥感を無理やり抑えつけ、次のポイントを目指した。

 そうして俺たちは、いくつかのポイントを回り、術式陣を破壊していった。

 起爆させてしまったのは、最初の空港近くのポイントだけだった。それ以外は、何とか無事に陣を破壊する事に成功していた。

 軍警のチームも、オーリウェル市内を奔走していた。

 しかしその間にも、新たに軍警の1チームが自爆術式陣の餌食となってしまった。さらに、起爆されてしまった術式陣が2か所。いずれも、俺たちが把握していないポイントだった。

 ミルバーグ隊長から状況を教えてもらった俺は、ライフルを握る手に力を込めた。気を抜けばわなわなと震え始める唇をぎゅっと噛み締め、時計を確認する。

 時刻は21時50分。

 時間はあっという間に過ぎていく……。

 くっ。

 俺は気持ちを切り替える為に大きく息を吐き、キッと顔を上げて隣のアオイを見た。

「アオイ、次に行くけど、大丈夫か」

 俺はタクティカルベストのジッパーを少しだけ下げ、その下の聖フィーナの制服の胸元を緩めてパタパタと風を送り込んだ。

 冬のオーリウェルの夜は痛いほど冷え込んでいたが、度重なる戦闘で体が火照った今は、それが心地よかった。

「ウィル。一度隊長殿の元に戻ろう」

 アオイが俺を見る。

 俺は眉をひそめた。

 自爆術式陣が敷設されていると思われるポイントはまだまだある。

 今はそれを潰しておくべきだと思うのだが……。

 アオイは真っ直ぐに俺を見ていた。

 その黒い瞳には、強い光が宿っている。

「……了解だ」

 俺はうむっと頷いた。そして髪を掻き上げるとヘッドセットを押さえ、ミルバーグ隊長に一時帰投する旨を報告する。

 アオイには何か考えがある様だ。

 アオイの考えなら、きっと無駄になるような事はないのだろう。

 それが、現状を打破する鍵になればいいのだが……。

 俺は夜風に黒マントをなびかせるアオイの横顔をじっと見た。

 その時、どこかで新たなサイレンが唸りを上げるのが聞こえた。続いてオーリウェル全体を揺り動かす様な振動が起こった。

 爆発だ。

 それも、かなり近い。

 軍警部隊が近くで戦闘しているのか。

 ……それとも、新たな術式陣が起爆してしまったのか。

 いずれにしても、厳しい状況が続いている事に変わりはない。

 俺はキュと眉をひそめて夜に沈むオーリウェルの街を見つめる。

「ウィル、行こう」

 アオイがこちらを見て手を差し出した。

「……うん」

 俺はコクリと頷いてその手を握った。



 数時間ぶりに戻って来たルヘルム宮殿は、物々しい雰囲気に包まれていた。

 選挙告示セレモニーの警備本部となっていた指揮車両の周りには幾つものテントが立てられ、多数の通信車両や兵員輸送車、軽機動車が集結していた。少し離れた場所には、シュバルツフォーゲルヘリが着陸していた。アイドリングするヘリのエンジンの轟音が、夜の街に響きわたっていた。

 ぐるりとその周りに配置された投光器が、宮殿前広場を昼間の様に照らし出していた。その中を、戦闘装備の隊員やスーツ姿の捜査官が忙しなく行き来していた。

「貴様ら何者だって、ウィルちゃんか」

「……そちらは?」

 そんな軍警部隊の駐屯地と化した宮殿前広場に転移した俺とアオイは、直ぐに警備の隊員に見咎められる。

 完全武装の戦闘装備に身を包んだ警備の隊員は、俺の事を知っている様だった。

「お疲れ様です。ミルバーグ隊長のところに出頭します。こちらは姉です」

 俺がそう説明しても、その隊員は険しい目でアオイを見ていた。

 転移術式で現れたアオイを警戒しているのだろう。

 今は騎士団との戦闘中なのだから、魔術を操る者を警戒するのは当たり前だが……。

 警備の隊員は、今にもこちらに銃を向けて来そうな雰囲気だった。

 この簡易駐屯地全体にも、まるで肌を刺す様なピリピリとした緊張感が漂っていた。

 結局ミルバーグ隊長に直接確認を取ってから、俺たちは解放された。

 悲しい事だと思う。

 魔術テロへの怒りや恐怖が、魔術や魔術師全体への憎しみに変わってしまう。

 そうなってしまっては、魔術師と一般人が互いに理解し合う事なんて不可能になってしまうというのに……。

「アオイ、ごめん」

 アオイの隣を歩く俺は、ライフルを抱き締めるようにして抱えながら、小さく呟いた。

 アオイが俺を見てふっと微笑んだ。

「ウィルが私を姉だと紹介してくれると、もりもりとやる気が湧いて来るな」

 アオイはニヤリと不敵に笑った。

「ならば、ウィルの姉に相応しい所を見せなければな」

 アオイはそう言うと、指揮車両の扉に手を掛けた。

『CPよりB、C、Dの各隊へ。避難誘導の進捗状況を送れ』

『Gリーダー、ポイントH1は次の角を右折した先200だ。警戒せよ』

『上空のフォーゲル13、接近中の機はレスキュー隊のR02だ。緊急搬送中だ。進路に注意せよ』

『CPより医療班へ。至急、ポイントG12。負傷者発生』

 指揮車両の中から、激しいオペレーターのやり取りが溢れて来た。壁面に並んだモニターが目まぐるしく様々な情報を映し出していた。

 俺たちは指揮車両に乗り込むと扉を閉じた。

「おう、戻ったか」

 オペレーターたちの後ろで腕組みをして立っていたミルバーグ隊長が振り返った。

「ウィル、良くやってくれたな。しばらく休め」

 ミルバーグ隊長は俺を見てにこりと微笑んだ。

「……はい」

 俺は取り敢えず頷くが、もちろん休む気にはなれなかった。

 現在の状況では、じっとしている事ももどかしい。

 俺はアオイを見た。アオイがミルバーグ隊長のもと戻ろうと言い出したのには、何か訳がある筈だ。

 アオイはこくりと頷いてミルバーグ隊長に向き直った。

「ご相談がある、隊長殿」

「……何かな、伯爵」

 隊長が目を細めて表情を引き締めた。

 アオイはカツカツとミルバーグ隊長の脇を通り過ぎると、指揮車中央に設置された卓上の地図に向かった。

 俺は一瞬眉をひそめる。

 俺たちが出撃する前は3カ所にピンがさされただけだったオーリウェルの地図には、今や20近くのピンが刺されていた。

 その全てが自爆術式陣が見つかった場所だ。

 ピンは、オーリウェルの郊外部分に集中していた。方角に偏りはなく、市の中心部、つまりここルヘルム宮殿を中心に円を描く様に刺されていた。

 これは、自爆術式陣が街の中心部にないという事を意味しているのではないと思う。ロイド刑事たち市警の情報に基づいて見つけられたのが、郊外部分だけだという事だ。

 アオイはその地図をじっと見つめてから、くるりと振り返った。そして鋭い目でミルバーグ隊長を見た。

「軍警が把握しているオーリウェルの魔素観測情報を提供して欲しい」

 ミルバーグ隊長は無表情にアオイを見つめる。話の先を待っているのだ。

「出来れば、各術式陣の起爆する直前の情報が欲しい。市全体でなくとも構わない。術式陣の部分、ピンポイントでも構わない」

 アオイは、背の高いミルバーグ隊長をじっと見上げる。

 ミルバーグ隊長も無表情のままじっとアオイを見下ろしていた。

 ミルバーグ隊長が即答しないのは、アオイを信用していないからではないだろう。ミルバーグ隊長クラスなら、アオイが今までいかに軍警に協力してくれたか知っている筈だ。

 恐らくミルバーグ隊長は答えられないのだ。

 魔素観測の結果は軍警の内部情報だ。易々と部外者に公開する事は規則に反する。

 アオイとミルバーグ隊長の睨み合いが続く。

 それは、無言の戦いの様だった。

 む。

 俺はその間で、交互に2人の顔を見る。

 むむ……。

 この2人には、険悪な雰囲気にならないで欲しい……。

 俺は眉をひそめてしゅんと肩を落とした。

 ミルバーグ隊長がちらりと俺を見た。

 アオイもちらりとと俺を見る。

 ゴホンとミルバーグ隊長が咳払いした。

「……その、目的は何だ、伯爵」

「この自爆術式陣を操っている者を特定する」

 アオイはあくまでも淡々とそう答えた。

 俺はドキリとして目を見開く。そして、バッとアオイを見た。

 自爆術式陣を離れた場所から操っている者。

 それは、狂化兵などではない。

 間違いなくこの魔術テロの首謀者、騎士団の魔術師だ。

 そしてジーク先生……。

 アオイは再び地図の方に向き直る。そして手近にあった鉛筆を手に取った。

 アオイは無言のまま、俺たちが最初に突入したオーリウェル国際空港脇のポイントから二本の線を引いた。オーリウェルの中心部に向かって、扇形に。そして同じ様に、俺たちが回った全てのポイントに線を引いていく。

「私が注目していたのは、術式陣に遠方から魔素を送り込むための術式の反応だ」

 アオイは鉛筆でポンポンと地図を叩きながら俺とミルバーグ隊長を見た。

「巧妙に偽装されていて詳しくはわからなかったが、私が感じた魔素の送信先は、この様な方向からだった」

 アオイが鉛筆で指し示したのは、各ポイントから伸びてきた線が重なる場所。

 俺たちが今いるルヘルム宮殿を含むオーリウェル中心の広い範囲だった。

「手持ちの情報ではこれ以上絞り込む事は出来ない。しかし他の術式陣が起爆する直前の魔素反応を辿れば、さらに範囲を絞り込める筈だ」

 なるほど。

 俺は目を丸くしてコクコクとアオイに頷きかけた。

 さすがアオイだ。

 これでジーク先生たちの居場所が特定出来れば、このテロを終結させる事が出来る……!

 うむ、凄い!

「ミルバーグ隊長、俺らもお願いします!」

 俺は真っ直ぐにミルバーグ隊長を見上げた。

「……いいだろう」

 一瞬の沈黙の後、ミルバーグ隊長が重々しく口を開いた。魔術テロの首謀者の居場所は、軍警としても今最も欲しい情報の筈だ。

 ミルバーグ隊長は、忙しなくあちこちに連絡し始めた。

 俺とアオイはそっと視線を交わして頷きあう。

 オーリウェルの街の中心部。

 このどこかに、ジーク先生がいるのだ。

 もしかしたら、俺たちの直ぐ傍に。

 俺はぎゅっと握った拳に力を込めた。

 決戦の時だ。

 負けない。

 絶対に……!

 ジーク先生と直接対する。

 その時が、来た。


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