表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hexe Complex  作者:
77/85

Order:77

『おわかり頂いただろうか? ただ今の一撃をもって、ここに宣言しよう。我が騎士団は、このオーリウェルの都を完全に掌握させていただいた。賢明なる諸君には、その事を良く覚えておいていただこう』

 時折ノイズが走るエーレクライトの幻影は、朗々と告げる。

 そして、ばっとマントを翻して芝居がかった動作で腕を広げた。

『諸君らには、明日の夜明けまで猶予を与える事としよう。それまでに以下に述べる我らの主張が容れられない場合、我々は決断を下さねばならない。即ち、我らの魔術の業火が、街を、諸君らを焼く。完全なる破壊だ。その犠牲をもって、我々は父なる国を正す事としよう。理解頂きたい。これは要求ではない。最後通告である』

 鷲の意匠が施されたエーレクライトは、ぐるりと豪華絢爛な大広間の中を見渡した。

 その姿は、単身敵地に乗り込んで来た犯罪者のそれではない。

 まるで、この広間の、ルヘルム宮殿そのものの主であるかの様だった。

 威厳に満ちたその姿に、もしかしたら畏怖した者もいたかもしれない。思わず跪いてしまいそうになった者もいたかもしれない。

 ジーク先生のエーレクライトには、それ程の得体の知れない威圧感があった。

『我々が欲するのは以下の3つのみ。下院の解散と無期限停止。現政権の即時退陣。そして、政府機能を含めた全権を貴族院に委譲することだ。これらが遅滞なく実行されるために、これより夜明けまで、我は我の覚悟を示し続けよう。先ほど示させていただいた通りにだ。それを踏まえ、良く考えていただきたい。諸君らが、真に正しい判断を下す事を祈らせていただく』

 己が主張を静かに、低く良く通る声で淡々と語るエーレクライト。

 その要求は、しかしその場にいる誰もが受け入れる事など出来る筈がないと瞬時にわかるものばかりだった。

 一旦沈黙したエーレクライトの幻影は、ギロリとある一点を見た。

 そちらには、その鎧を取り囲む警備要員たちの中にあって、唯一ひらひらとしたスカート姿でハンドガンを構える小柄な少女がいた。

 印象的なストロベリーブロンドを白いリボンでまとめ、キッと睨む様に鎧に対する少女。

 鷲の意匠が施された全身鎧は、彼女の方を見ながら『待っている』と短く言葉を投げかけた。

 それは、それまでの無感情で平板な声とは違う、笑みを含んだ人間の声だった。

 少女は眉をひそめ、困惑した表情を浮かべる。そして、消え入る様な声で「ジーク先生……」と呟いた。

 その瞬間。

 鷲のエーレクライトの幻影が乱れ始めた。

 ノイズが走り、段々とその姿がブレていく。

 やがて鷲の鎧は、虚空に溶ける様に消え去った。

 その場に残されたのは、操られていた給仕だけだった。

 目に見えない支えを失ったかの様に、バタンとその場で倒れる給仕。

 その音が大きく響き、それが引き金になったかの様に、大広間内に盛大に悲鳴が巻き起こった。



「止めろ」

 ミルバーグ隊長の命令で、モニターに映し出されていた大広間の映像が停止した。

 薄暗い指揮車両の中で、誰かがふうっと長く息を吐くのが聞こえた。

 今再生されていたのは、ルヘルム宮殿の大広間に設置された監視カメラの映像だ。

 政府と各政党主催の懇親会。

 その会場に突然現れたジーク先生のエーレクライトの幻影。

 ジーク先生の宣戦布告。

 そして自爆術式陣と思われる爆発……。

 この衝撃的な出来事は、間違いなく現実の出来事なのだ。つい先程、俺たちの目の前で起こった紛れもない現実の……。

 そして事態は、なおも進行中なのである。

 ジーク先生の幻影が消えた後、俺とアオイは突然の状況に混乱する宮殿内の避難誘導にあたっていた。その途中、ミルバーグ隊長からの要請をうけ、俺たちはこうして軍警の指揮車両に集まっていた。

 通信機器が所狭しと並ぶ狭い指揮車両の中には、ミルバーグ隊長やオペレーター、俺とアオイの他にも、警備任務に就いていた分隊長クラスが2名、刑事部捜査官を代表してバートレットと他1名の若い捜査官が集まっていた。

 その誰もが重く口を閉ざし、険しい目つきで監視カメラの映像に見入っていた。

「各隊は現状にて警戒態勢を持続せよ」

「北ゲート、避難誘導の進捗状況はどうか」

「CP了解。フォーゲル11、指揮所より現状報告要請が来ている」

「γ隊、現在位置を送れ。了解。Ζ隊と合流し、宮殿西部に急行せよ」

 あちこちから入る報告をさばくオペレーターの声が忙しなく響き渡る。

 緊迫した空気が支配する指揮車両にあって、短いスカートの聖フィーナの制服姿である俺とアオイは、酷く場違いの様に見えるだろう。

 しかし今、その事を気にかける者は誰もいなかった。

 俺も沈黙したまま、ぎゅっと眉をひそめて目を伏せていた。

 ジーク先生の幻影を目の当たりにしてから、胸のドキドキが治まらない。

 激しい鼓動が全身に伝わり、まるで体全体が、又は世界そのものがドクドクと揺れている様だった。

 予想はしていた。

 覚悟はしていた筈だった。

 しかし。

 ジーク先生……。

 ジーク先生がとうとう動き出した。

 騎士団の一員として、エーレクライトをまとった魔術師として、世の中に対して宣戦布告をしたのだ。

 これでジーク先生は、正式に、何の疑いようもなく俺たちの敵になった。

 俺はぎゅっと手を握り締めた。

 捕まえなくてはいけない。

 ジーク先生を止めなければ。

 これ以上被害が拡大する前に。

「奴のこの犯行声明と同時に発生したのが、自爆術式陣を利用したと思われる爆発だ」

 ミルバーグ隊長の低い声が響く。

 俺たちは、モニターから卓上に広げられたオーリウェルの地図に目を移した。

 その地図上には、2カ所にピンが刺されていた。

 その1つは、ジーク先生の宣言と共に炸裂した爆発の場所だった。ルーベル川沿いの工場地帯と隣接する港湾施設が集まる場所だ。

「その10分後、2回目の爆発があった」

 ミルバーグ隊長が睨む先は、その2回目の爆発が発生した場所だ。

 それは、オーリウェル郊外。市街地中心部よりも、どちらかというとエーレルトのお屋敷に近い場所だった。

 農家や倉庫群が広がるこの場所で被害を受けたのは、鉄道施設だ。どうやら鉄道施設に隣接する空家が爆心地の様だ。オーリウェルを走る在来線と長距離特急の線路が破壊されてしまったのだ。

  両爆発による正確な被害はまだ判明していない。

 しかしどちらの爆発も広範囲に大きな被害を及ぼし、そして爆発の瞬間にのみ膨大な魔素反応が感知されていた。

 その威力、そして特徴からしても、使用されたのは自爆術式陣で間違いないというのがミルバーグ隊長たちの結論だった。

『ミルバーグ。宮殿内の避難誘導はどうだ』

 指揮車内に、シュリーマン中佐の声が響いた。軍警オーリウェル支部の指揮所からの通信だ。

 あちらでも現在、緊急対策本部が立ち上げられている筈だ。

「懇親会参加者の退避は終了しております。続いて現在、一般参加者の避難誘導を行っているところです。数が多いため、もう少し時間が掛かります」

 ミルバーグ隊長がヘッドセットを押さえた。

 俺は指揮車両の外部映像を映すモニターを見た。

 参加者たちの避難については、特に大きな混乱は見られなかった。彼らはジーク先生の姿を見ていないため、今何が起こっているのかまだ把握していないのだろう。

 しかし第1の爆発は、ルヘルム宮殿から比較的近いルーベル川河畔で起こっている。爆発を察知した者も多い筈だ。

 市警の誘導で列を作り宮殿の敷地外へ向かう人々は、皆一様に不安そうな顔をしていた。

『増援が間もなく到着する。宮殿周囲の警戒を厳とせよ』

「了解」

 シュリーマン中佐の命令に、ミルバーグ隊長が短く応答した。

「あんな演説からして、この宮殿にも自爆術式陣が設置されているんでしょうか。そうであれば、このまま無事に避難させてくれるとは思えませんね」

 バートレットと一緒にやって来た若い捜査官がぼそっと口を開いた。

 その通りだと思う。

 ジーク先生たち騎士団が目的を達成するには、ルヘルム宮殿に集まった要人や多くの市民を人質にするというのが一番手っ取り早い方法だろう。

 俺は胸の下で、ぎゅっときつく腕を組んだ。

「自爆術式陣を使った脅し……。奴らはどこに術式陣を仕掛けているかわからん。迎撃体制を整えつつ、ともかく宮殿からの避難を完了させるしかないな」

 ミルバーグ隊長が俺たち全員をギロリと見回した。

 俺はコクリと頷く。

 ともかく今はそれしか……。

「無駄だろうな」

 しかしそこに、ドキリとするような冷ややかな声が響いた。

 アオイだ。

 指揮車両の中に集まった全員が、一斉にアオイに注目した。

「どういう事だ、伯爵」

 バートレットが尋ねる。

 アオイはすっと目を細めた。

「あの男は言っていたではないか。既にオーリウェルの街は掌握したと。つまり、既に私たちは奴の掌中にある。ルヘルム宮殿も含め、市内全域がな」

 ……まさか。

 俺はゆっくりと目を見開く。

 アオイの言葉を理解すると同時に、小さく首を振る。

 そんな馬鹿な……。

「……既に街中にも術式陣が仕掛けられているというのか」

 ミルバーグ隊長が呻く様に呟いた。

「オーリウェルの人たち全員が人質……」

 俺は思わずそう呟いていた。

「そんな、無理ですよ!」

 若い捜査官が悲鳴の様な声を上げた。

 アオイが冷ややかに捜査官を見る。

「選挙の告示セレモニーがオーリウェルで開かれる事が決まったのは、数日前ですよ! それも、極秘裏にだ! それから街中に術式陣を仕掛けるなんて、不可能ですよ!」

 捜査官は青ざめた顔で叫んだ。

 俺もそう思う。

 まして告示セレモニー開催が公式に発表されてからは、より厳しい警備体制が敷かれているのだ。

 そんな中を、騎士団が自由に行動出来たとは思えない。

 ……しかし。

 もし。

 もしも、それまでに全ての準備が完了していたとしたら……。

「奴らにとって、このセレモニーとルヘルム宮殿は格好の標的だった。しかし何故、宮殿に自爆術式陣を仕掛けたと明言し、参加者を人質にとらない? 今もこうして、参加者が避難しているのを見逃している?」

 アオイがゆっくりとした口調で説明し始める。

 俺は、じっとアオイを見つめる。

 避難を妨害しないのは、あえてそうする必要が無かったのだとしたら……。

「奴らのターゲットは急遽決まった告示セレモニーではない。オーリウェルの街そのものだったとしたらどうだ」

 アオイが静かにそう告げた。

 告示セレモニーは、ただ宣戦布告に利用されただけ。

 街そのものがターゲットならば、ルヘルム宮殿から逃げる人々を焦って足止めする必要はない。

 街から出なければ、市民の全てが人質だという事に変わりはないのだから。

「馬鹿な……。オーリウェルだけでも百万以上の人間がいるんだぞ。その全てが人質だと?」

 ミルバーグ隊長が顔をしかめながら、吐き捨てるように言った。

 俺たちは、ジーク先生の魔術テロの標的にされるのは告示セレモニーとばかり思い込んでいた。

 しかし。

 もし、そうではなかったとしたら……。

「隊長!」

 その時。

 オペレーターが叫ぶ。

「新たな爆発を感知!」

「魔素反応確認しました。魔術による爆発です!」

 別のオペレーターも声を上げた。

「何だと! どこだ!」

 ミルバーグ隊長が声を上げながらオペレーターの後ろに立った。

「新市街方面! 詳細は確認中です!」

「Ε隊、そちらからは何か見えますか?」

「至急至急! 指揮車両より全隊! 直ぐに各状況を報告せよ! 繰り返す、全隊状況を報告せよ!」

「フォーゲル11、何か見えますか? 北東方向です!」

 にわかに指揮車両内が騒然となる。

 俺はオペレーターやミルバーグ隊長の邪魔にならない様に、そっとアオイの隣に立った。

「シュリーマン中佐!」

『わかっている。こちらでも把握している。まだ特定出来ないのか!』

 シュリーマン中佐の通信からも、支部指揮所内も混乱している様子が伝わって来た。

「覚悟を示し続ける、か」

 俺の隣でアオイが静かに口を開いた。

 俺はドキリとしてアオイを見る。

「あの男は、明日夜明けのタイムリミットまで、この攻撃を続けるつもりなのだろう」

 アオイは無表情に俺を見た。

「こうして罪のない人々を脅し、魔術の恐怖を刻み込もうとしているのさ。じわじわとな」

 アオイは不機嫌そうに微かに目を細めた。

 俺は息を呑む。

 そしてぐっと拳に力を込めた。

 くっ。

 ……どうすればいい。

 どうすれば、止められる。

 ジーク先生を止めるにはどうしたら……。



 3度目の爆発は、オーリウェルの新市街で発生した。

 アウトバーンのインターチェンジ脇、作業が一時停止している工事現場で起こった爆発は、アウトバーンの高架をも破壊する大規模なものだった。

 幸いにも、アウトバーンは告示セレモニー開催に際して交通規制中だったため、通行中の車両に被害が出ることはなかった様だが、付近の住民や交通規制を行っていた市警の警官に少なくない被害が出た様だ。

「もしもこの爆発が、人口密集地で起これば……とんでもない事になるぞ」

 ミルバーグ隊長の言葉に、一瞬指揮車両の中が静まった。

 俺は、足元がぐらぐら揺れている様な気がして、思わず隣のアオイの袖をきゅっと掴んでしまう。

 オーリウェルに住む沢山の人たち。そして、ソフィアやジゼル、アリシアやみんなが危険に晒されている……。

 エストヴァルト駅で起こった魔術テロを思い出す。

 今度はあれよりも悲惨な事が起こるかもしれない……。

 どうする。

 俺は、どうしたら……。

『市民全てを避難させるなど不可能だ。ここは、一刻も早く首謀者であるエーレクライトを叩くしかあるまい』

 シュリーマン中佐の重々しい声が響いた。

「隊を分けて市内を探索しましょう。自爆術式陣を見つけて無力化出来れば……」

「しかし位置の特定など出来るのか?」

「仮に敵拠点を発見しても、少数で踏み込めば返り討ちに合うかもしれません」

「ならばやはり、あのエーレクライトを……」

 俺はぎゅっと唇を噛み締めながら、対応策を協議するミルバーグ隊長やバートレットを見つめていた。

 俺も何か言わなくてはと思うのだが、上手く考えがまとまらなかった。

 アオイを掴む方とは別の手で、俺はそっと自分の胸の膨らみに触れる。

 激しくなるばかりの胸の鼓動を、必死に抑えようと試みる。

『ウィル・アーレン。いるわね』

 そこで不意に、ヘルガ部長の声が響いた。

「は、はい……」

 一瞬遅れて、俺はヘッドセットを押さえながら返事をした。

 監視カメラの映像から、現場に俺がいる事はヘルガ部長たちにも既に知られているだろうから、今更隠れる意味はない。

『あのエーレクライトは、あなたに語り掛けていたわね。何か思い当たる事はないのかしら』

「何か……」

『そう、何かよ』

 ミルバーグ隊長やバートレットがこちらを見た。

 しかし俺は、何も答えられなかった。

 ただ胸に当てた手をギュッと握り締めるしか……。

「ヘルガ刑事部長」

 沈黙する俺の代わりに口を開いたのは、アオイだった。

 アオイは俺を見てふっと微笑んだ。

「ファーレンクロイツがウィルに拘る理由は、当家の事情に寄る。今回の事件とは直接関係のない事だ」

『エーレルト伯爵、しかし……』

 アオイとエオリアとジーク先生……。

 ジーク先生は、俺をエオリアの代わりとして迎えようとしている……。

「大丈夫だよ、ウィル。ウィルは強い子ではないか。私とウィルがいれば、あの男を捕らえるなど造作もない事だ」

 アオイはニヤリと不敵に笑った。

 俺は、その笑顔を見てはっとする。

 そうだった。

 そうだった、な。

 心配するアオイに、それでもジーク先生と対すると宣言したのは、俺ではないか。

 俺は一瞬目を瞑り、大きく深呼吸する。

 考えろ。

 集中しろ。

 状況を整理して、手掛かりを探せ。

 時間はない。

 時が経てば、再び自爆術式陣が起動する。

 被害者は増えていく。

 だから、無駄な行動はとれない。

 俺はアオイの袖を離して、自分を抱き締める様に腕を組む。

 スカートを揺らして片足に体重を掛けながら、少し俯き加減に考える。

 はらりと落ちてくる髪を耳に掛ける。

 ジーク先生の計画。

 恐らくそれは、選挙の告示セレモニーなんかよりも遥かに前から準備されていた筈だ。

 では、いつから……?

 ヴェーランド侯爵が首都で決起した際も、ジーク先生はその裏で独自に動いていたのではないか。侯爵の動きを陽動にして……。

 さらにその前。

 今回の首都での魔術テロに繋がる、騎士団による官公庁や軍警そのものへの襲撃。

 その最初の一撃であった軍警オーリウェル支部襲撃も、ジーク先生たちによって行われたのだ。

 それにより軍警は、自らの施設防衛に意識を向けざるを得なくなった。

 これも、街中に自爆術式陣を敷設するための布石だったのではないか。

「自爆術式陣の研究者は捕らえたんだ。何か事前に陣を探知出来る様な方法はないのか」

 ミルバーグ隊長の問い掛けに、バートレットは肩を竦めて見せた。

「通常の術式陣とは違って、事前の魔素充填がなくても発動出来るのがこの陣の強みだ。探知は難しい」

 ……そうだ。

 ルストシュタットの古城での戦いで、俺たちはバルティーニ子爵を捕まえた。

 自爆術式陣の情報が漏れる事は、果たしてジーク先生にとって想定外だったのだろうか。

 ディッセルナー伯爵。

 あの貴族級魔術師の決起……。

 俺はそこでむっと眉をひそめた。

 バルディーニ子爵がディッセルナー伯爵の元にいると判断する根拠になったのは、軍警に寄せられた匿名の情報だった筈。さらにあの時、俺はバルディーニ子爵の情報を、直接ジーク先生から教えてもらった……。

 そういえば、あの古城で子爵は叫んでいた。

 自分は売られたのだと。

 裏切られたのだと。

 もしかしたらそれは、用済みになったバルディーニ子爵を軍警への餌にしたという事ではないのだろうか。

 ジーク先生が。

 オーリウェルから軍警の目を離すために。

 その後の支部襲撃のためだけではない。

 今この時の決起のため、自爆術式陣を用意するために……。

 考えれば考えるほど恐ろしくなって来る。

 俺たちは、果たしていつからジーク先生の掌の上で踊らされていたのだろうか。

 俺がジーク先生に初めて出会った時から……?

 初めて鷲のエーレクライトと遭遇した時から?

 もしかしたら、俺がこの姿になるきっかけとなった、あの廃工場の戦いからだろうか?

「市民の避難が現実的ではない以上、我々に残された時間はないぞ」

「とにかく、作戦部には市内を根こそぎ探索してもらうとして、我々は爆発現場の検証にまわるしかないな」

 ミルバーグ隊長とバートレットが、お互い渋い顔で顔を突き合わせている。

 ……ジーク先生と自爆術式陣。

 この2つが、最初から結びついているのだとしたら……。

 自爆術式陣のメリットは、事前に察知される事なく、能力の低い魔術師でも確実に大規模な破壊を引き起こす事が出来る点だ。

 能力が低い……。

 貴族級魔術師による戦力が整っていれば、首都の様に正面から攻勢を掛ければ良い。ジーク先生自身も、アオイと渡り合える力を持つ魔術師なのだ。

 軍警上層部が判断した様に、やはり騎士団は戦力不足なのか?

 ……そうか。

 俺は、はっとして顔を上げた。

 もしかしたら……!

「どうした、ウィル」

 アオイが俺を見た。

 俺は目を見開いてアオイを見返してから、自分の思い付きを確かめる為に、一瞬だけ間を置いて考える。

「あのっ」

 そして、思い切って声を上げた。

 ミルバーグ隊長とバートレットが俺を見た。

「何か思い付いた事があるのか?」

 アオイが先を促してくれる。

 俺はぎゅっと手を握り締めて、指揮車両内のみんなを見回した。

「市警に協力を仰いではどうでしょうか」

 俺の言葉に、ふっとミルバーグ隊長が目を細めた。

「ウィル。もちろん、自爆術式陣の探索には、市警の協力を要請する。人手が必要だからな」

 それはわかっている。

 そうではないのだ。

 俺は小さく頭を振った。髪がはらりと舞う。

「違うんです。そちらではなく、市警が把握している市内の不良どもの動向、正式には騎士団でもないごろつき魔術師の情報を提供してもらうんです」

 自爆術式陣を用いたテロの始まり。

 それは、あの廃工場に集まったごろつき魔術師集団が起こした事件だった。

 自爆術式陣の様な禁呪を市井のごろつき魔術師が用意出来る筈がない。あの事件には、背後に騎士団がいたと考えるのが妥当だ。

 つまり、ジーク先生が。

「なるほどな」

 バートレットが渋い顔のまま大きく頷いた。

「騎士団が使っていた雑魚を追えば、騎士団の動きを把握出来るかもしれんという訳だ」

 俺はコクリと頷いた。

 それで自爆術式陣の位置やジーク先生の所在がわかる保証は、もちろんない。

 しかし、1つの手掛かりにはなる筈だ。

「外の警備に、西ハウプト署のロイドという刑事さんがいました。彼なら何か情報を持っている筈です」

 俺はキッとバートレットを見た。

 バートレットは頷くと、即座に若い捜査官に指示を出した。

 指示された捜査官は、神妙な顔で頷き、さっと指揮車両から飛び出していく。

「部長。至急市警に正式な協力要請を出して下さい。俺たちはそっちの線を追ってみるとしましょう」

 バートレットが支部の指揮所に呼び掛ける。

『了解よ』

 ヘルガ部長の返事が響いた。

「やるな、ウィルちゃん」

 バートレットが俺を見てニヤリと笑った。

 俺はまだ笑う事は出来ない。

 しかし、コクリと頷いておく。

 俺の隣では、アオイがうんうんと何度も大きく頷いていた。

「ふっ、やはりウィルは強い女の子だ。さすがは私の妹だ」

 誇らしげに笑うアオイ。

 む。

 女の子……。



 俺とアオイは、ロイド刑事たちを待つ間、ミルバーグ隊長と今後の活動方針の打ち合わせしておくことにした。

 俺とアオイも、もちろんジーク先生や自爆術式陣の探索に加わるつもりだ。

「お、来たかね」

 しばらくして、バートレットが声を上げた。

 バートレットは、ヘルガ部長と交信していたオペレーター席からひょいと立ち上がる。そしてそのまま指揮車両を出て行った。

 車両の外部を映すモニターを見ると、ちょうどロイド刑事と先輩の眼鏡刑事が連れてこられるところだった。

 バートレットが、早速現在の状況と捜査協力について説明を行っている様だ。

 そういえば、あの先輩刑事さんの名前、何だったかな。

 良く思い出せないが、ここは俺も一応ロイド刑事に挨拶しておかなければ。

 俺はタタタッと指揮車両の出口に駆け寄ると、両手でスライド式のドアに手を掛けた。

「ウィル」

 不意に、背後からアオイに呼び止められる。

「あの刑事に会って良いのか? ウィルが軍警隊員という事は秘密なのだろう?」

 眉をひそめて肘を抱くアオイ。

 む。

 そうだった。

 そういう設定だったのだ。

 俺は眉をひそめる。

 ……しかし、その嘘ももういいかなと思う。

 ロイド刑事は良い人だ。

 初めて会った時から、何かと俺に良くしてくれる。

 面白いし、明るいし、それに、俺が家出してしまった時はとても優しくしてくれた。

 助けてもくれた。

 あの時の事は、本当に感謝している。

 本当に、心から。

 嘘などなく、腹を割ってお付き合いすれば、きっとロイド刑事は良い友人になってくれるだろう。

 だから、こうして協力して捜査に当たる立場になった以上は、もうこれ以上隠し事はしたくなかった。

 ……む。

 俺は眉をひそめ、視線を伏せた。

 何だ……。

 そこで俺は、何か引っ掛かる物を感じてじっと考え込む。

 俺の家出。

 もう今となっては逃げたくなる程恥ずかしい思い出だ。

 森をさ迷った俺は、夜の道で補導され掛けた。そこを、ロイド刑事に助けてもらったのだ。

 俺は目を閉じて、こめかみをグリグリする。

 もしかして……。

 俺はばっとスカートを翻し、勢い良く卓上のオーリウェルの地図の前に戻った。

「おおっ!」

 ぶつかりそうになったミルバーグ隊長が、驚いた様に後退った。

 ここ……。

 俺はピンが打たれた地図上の一点を睨む。

 第2の爆発現場。

 ここは、俺がロイド刑事に拾われた場所の近くだ……!

 何かが頭に引っ掛かっている。

 ……何だ?

 ロイド刑事が言っていた事。

 気になる。

 何か……。

 そういえば、あの時あの場所にロイド刑事がいたのは、確か通報があったとか何とか……。

 尋ねてもいないのに、ロイド刑事が教えてくれたのだ。俺にそんな事を教えてもいいのかなと思った記憶がある。

 もしかして……。

 俺は再びだっと踵を返し、勢い良く指揮車の扉を開いた。そして飛び降りる様に車両から出た。

「ウ、ウィルちゃんじゃないか! どうしてここに?」

 ロイド刑事と目が合う。

 バートレットと話していたロイド刑事は、目を丸くして俺を見ていた。眼鏡の先輩刑事も、鋭い眼光を湛えた目をすっと細めて俺を見た。

 俺はロイド刑事のもとに走り寄った。

「あ、ロイドさん、お疲れ様です」

 ロイド刑事の前で、俺はぺこりと頭を下げる。

「それより、ちょっと来て下さい!」

「ウ、ウィルちゃん?」

 俺はロイド刑事の手を両手で掴み、引っ張った。

 ロイド刑事の手はアオイと違い、ゴツゴツして大きかった。

「何事かね、ウィルちゃん」

 驚いた様にバートレットが声を上げた。

「ウィルちゃん、どうしたんだって、手、手!」

 驚きながら顔を赤くするロイド刑事。

 俺はそんな抗議に構わず、自分より背の高いロイド刑事をぐいぐいと引っ張っていく。そしてそのまま、指揮車の中に引き込んだ。

 今度はミルバーグ隊長やアオイが驚いた顔をする。

 俺はロイド刑事をオーリウェルの地図の前に連れていくと、第2爆発地点を指差した。

「ロイドさんっ、ここ、覚えてますかっ! その、あの、俺が、い、家出した時にロイドさんに助けて貰った所ですよね!」

 家出という単語に、ピクリとアオイが身を震わすのがわかった。

「あの時、ロイドさんは空き家の調査だか何かであの場所にいたって……!」

 俺はぐいっと詰め寄ると、至近距離から真っ直ぐにロイド刑事を見上げた。

 ロイド刑事は、うっと呻くと赤くなって固まってしまう。

 む?

「そう、その娘の指摘の通りだ。我々は市警は、先月辺りから頻繁に、オーリウェル市内の空き家に不審者がいるという通報を受けていた」

 不意に背後から声が響く。

 振り返ると、ロイド刑事の先輩刑事さんが、くいっと眼鏡を押し上げながらこちらを見ていた。

 先輩刑事はロイド刑事の隣に並ぶと、地図を覗き込んだ。

「確かに、この地点に関する通報もあった。ここもだな」

 眼鏡の刑事は、俺の示した第2現場だけでなく、第3の現場も指差した。

「なるほど。それは有力な情報だ」

 その隣にバートレットが並んだ。

 俺はコクリと頷く。

「その通報の全部が騎士団の事を指しているかはわからないけど……」

 俺はオーリウェルの地図を一瞥する。

「もしもこの地点以外にも騎士団の動きを捉えている場所があるなら……」

「自爆術式陣の場所を特定する手掛かりになるか!」

 ミルバーグ隊長が俺の台詞を引き継いで声を上げた。

 俺は大きく頷いた。

「確かめる価値はあるかと思います!」

 俺はぐっと拳を握り締めた。

「状況は理解した。我々が持っているのはうちの署の情報だけだ。他の署にも確認が必要だな」

「了解だ。そちらは軍警から要請しよう」

 バートレットと先輩刑事が話しながらさっと踵を返し、指揮車両を出て行く。

「ブフナーを呼べ。偵察を出す。隊の編成を変える。5人編成で取りあえず5個隊を編成しろ。達する。こちらミルバーグだ」

 ミルバーグ隊長はオペレーターに指示を飛ばし始めた。

「アオイ」

 俺は指揮車両の片隅で腕組みしているアオイを見た。

「俺たちも行こう!」

 アオイは、真っ直ぐに俺を見て頷いた。

「あ、あの、ウィルちゃん? これは、えーと……」

 動くタイミングを逸したのか、にわかに騒がしくなる指揮車両の中で、ロイド刑事が眉をひそめながら俺を見た。

「そうか、ウィルちゃんは軍警のお兄さんの手伝いをしているんだね!」

 ロイド刑事がぱっと笑った。

 む……?

 偉いなとしきりに褒めてくれるロイド刑事。

「行くぞ、ウィル。時間がない」

 満面の笑みを浮かべるロイド刑事を前にどう説明したものかと悩んでいる俺の手を、アオイがさっと握った。そしてそのまま、ぐいぐいと引っ張って歩き出す。

 結局、ロイド刑事に本当の事を話す事は出来なかった。

 頑張ってと手を振るロイド刑事。

 俺はふっと微笑む。

 まぁ、いいか。

 また話す機会もあるだろう。



 ロイド刑事たちから提供された市警の情報。

 その不審者が目撃されたという場所の確認には、俺とアオイ、そして少数編成の複数の部隊が同時に向かう事になった。

 俺たちに残された時間は少ない。

 こうしている間にも、いつ次の自爆術式陣が発動させられるかわからないのだ。

 俺とアオイが軍警部隊に協力する事について、ヘルガ部長やシュリーマン中佐からの横槍は特になかった。

 今は1人でも多くの戦力が必要な時だ。

 状況が切迫している事は、誰の目にも明らかだった。

 バートレットや眼鏡の刑事さん、そしてロイド刑事も、不審者の通報についてもう一度洗いだしてくれている。

 ミルバーグ隊長は隊を指揮し、爆発現場の救助と自爆術式陣探索の両方の指揮をとっている。

 アリスやハーミット隊長たちも、それぞれオーリウェルの街を走り回っている筈だ。

 軍警や市警だけではない。

 レスキュー隊や市民たちだって、多くの人たちが現在の状況を何とかしようと頑張っているのだ。

 俺とアオイも死力を尽くす。

 ジーク先生を捕え、この状況を打開するのだ。

 アオイの転移術式が使える俺たちは、他の隊よりも一番機動力がある。俺たちが一カ所でも多くの敵拠点を特定し、ジーク先生にたどり着かなくてはならない。

 俺は指揮車両に併設されたテントの中で、手早く戦闘準備を整える。

 装備は、ミルバーグ隊長から借り受けた。

 グローブとブーツは一番小さいサイズを借りた。肘と膝にプロテクターを付ける。しかしさすがにサイズの合う着替えはなかったので、聖フィーナの制服はそのままだ。タクティカルベストは、ブレザーの上から装着した。

 ホルスターをスカートの後ろに装備し直し、ハンドガンを収める。そして最後に、ライフルを手に取った。

 使い慣れたブルパップタイプではない。軍警が正式採用するアサルトカービンだ。

 俺が借りたのは隊の予備装備で、フラッシュライトとホロサイトが装着されたものだった。

「スカートだが、大丈夫か?」

 アオイが心配そうに俺を見た。

 確かに今日はスパッツを穿いていないが、大丈夫だろう。

「うん。問題ない」

 俺はアオイに微笑み返しておく。

 俺はトントンとブーツの具合を確かめながら、ライフルのスリングを首に掛けた。

 端から見れば、今の俺は奇妙な格好をしている様に見えるだろう。

 学生のブレザーにスカートの上から、ゴツゴツした戦闘装備やライフルを装備しているのだから。

「アオイも大丈夫か?」

「ああ、もちろんだ」

 アオイも俺に向かって不敵に微笑んだ。

 アオイは、いつの間にかいつもの黒マントを羽織っていた。マーベリックの車に積んでいたものを持って来させたらしい。

「こちらΛ1。隊長、ウィルです」

 俺はヘッドセットを押さえてミルバーグ隊長に呼び掛けた。

『こちらミルバーグだ』

「準備完了。これよりA地点に向かいます」

『CP了解。BからEの地点への各隊到着は30分後になる。連絡は密に。十分警戒せよ』

「了解です」

 俺はアオイを見て頷いた。

 アオイが俺を抱き寄せた。

 転移術式の詠唱が始まる。

 一瞬ふわりとした浮遊感に包まれた俺は、次の瞬間、草むらの中に立っていた。

 頭上にはどんよりと重く立ち込める曇り空。

 乾いた草と土の臭い、それに空気中に漂う微かな水気の臭いが漂ってくる。

 もしかしたら、また雪が降るのかもしれない。

 俺は白い息を吐きながら、周囲を警戒する。そして、ちらりと時計を見た。

 時刻は午後3時45分。

 まだ日暮れには随分と早いが、既に日が落ちてしまった様な薄暗さだった。

 俺たちが目指すポイントは、前方に見える古いレンガ作りの建物群だった。

 灰色に横たわるその建物の向こうには、広大な敷地が広がっているのが見えた。

 オーリウェル国際空港だ。

 少し離れた場所に、管制塔や空港ビルの明かりが見えた。微かに、風に乗って航空機のエンジン音も聞こえて来る。

 滑走路に隣接するこの場所は、オーリウェル国際空港拡張の為に住民の立ち退きが行われた廃村だった。

「アオイ?」

 俺は隣のアオイを一瞥した。

「いや、魔素の反応はないな」

 アオイは目を細めて廃村を睨みながら、小さく首を振った。

 アオイが感知出来ないという事は、ここに魔術師はいないのか。

 自爆術式陣がいかに事前の魔素充填が必要ないとはいえ、その起爆役たる魔術師は必要な筈なのだが……。

 もしかして外れなのかという不安が、むくむくと湧き上がってくる。

「確かめてみよう。突入する」

 俺はぎゅっとライフルのグリップを握り締めた。

「援護する。気をつけて欲しい、ウィル」

 アオイが短く術式成句を唱え、俺に防御の術式と身体強化の術式を掛けてくれた。

 俺はアオイに頷き掛けてから、ライフルを構える。そして、廃村へ向かって歩き出した。

 フォーメーションは、首都での戦いと同じだ。俺が先行し、アオイが後方から援護してくれることになっている。アオイが守ってくれるならば、背中を心配する必要はない。

 砂利を踏みしめ、俺は廃村に足を踏み入れた。

 人気のない廃村には、不気味な沈黙が広がっていた。

 静かすぎて、俺の足音がやけに大きく響いているような気がした。

 舗装されていない通りを中心に左右に広がる古いレンガ作りの建物は、どれも汚れ、朽ち掛けていた。窓ガラスは軒並み割れ、錆び付いた家電や自転車などのゴミが、あちこちに転がっていた。

 この村の立ち退きが行われたのは、まだそれほど昔ではないそうだ。

 しかし人間がいないと、荒廃してしまうのがこうも早いのだろうか。

 俺は目線に合わせてライフルを動かしながら村の中を移動する。

 自爆術式陣が設置されているならば、そこそこ広い場所だろう。

 目立たない様に、恐らくは屋内の筈。

 その条件に合うのは、この小さな村では、教会か材木工場しかない。

 俺はまず、村の西側にある古い工場を目指した。

 その近くまで来た時。

 ざっと砂利を踏み締める音が聞こえた。

 俺の足音ではない。

 俺は近くの物陰に身を隠し、意識を研ぎ澄ませて周囲を探る。

 その時。

「がああああっ!」

 突然、獣の咆哮が響き渡った。

 同時に、工場の敷地から何者かが飛び出して来る。

 3人だ。

 そっとそちらを窺った俺は、はっとした。

 飛び出して来た男たちは皆、同一の胸甲鎧と頭部全体を覆う兜を装備していた。

 騎士団だ。

 当たりか!

 男たちは、真っ直ぐ俺の方へ向かってくる。

 気づかれている?

 俺は物陰から出ると、さっとライフルを構えた。

「軍警だ! 止まれ! 少し話を聞き……」

「排除、排除、ハイジョ、ハイジョ、はい、はい、ハイジョ、ハイジョ、ジョ!」

 俺の警告は、しかし意味不明な叫び声にかき消される。

「止まれ! 軍警だ!」

「排除、ハイジョする、ハイジョ、排除、排除す、るる、する!」

 闇の底から滲み出る様な不気味な叫び声が響く。3つだ。

 そしてその中の1人が、ばっと地面を蹴って飛び上がった。

「くっ!」

 あちらも身体強化術式を使用しているのか、信じられない高さまで飛び上がる男。

 そのまま俺に飛びかかって来る。

 俺はさっとライフルのセーフティーを解除した。

 男が拳を振り上げる。

 兜に覆われたその表情は分からない。

 俺は、空中の男に向かって発砲する。

 直撃。

 5.56ミリ弾が男の肩を貫いた。

 バッと血の赤が舞う。

 しかし男はその傷を意に介する風もなく、そのまま俺に襲い掛かって来た。

 ……何だ。

 俺はさっと後ろに跳んだ。

 先程まで俺がいた場所に、男の拳が直撃する。

 ベコっと地面が陥没する。

 同時に、嫌な音を立てて男の腕が変な方向に曲がった。

「これはっ……!」

 激しい既視感に襲われる。

「ハイジョ、ジョ、ハイジョジョ!」

 やはり砕けた腕など気にせず、男は奇妙な叫びを続けた。

 記憶が蘇る。

 聖フィーナで起こった侵入者騒ぎ。

 この鎧男のなりふり構わない攻撃は、あの時と同じ……!

 他の2人の男が、挟撃する様に左右から迫る。

「がああああっ!」

「ジョ、ジョジョ、ハイジョ!」

 鎧の男の咆哮が轟く。

 その瞬間。

 男たちの頭上に、青い光が煌めいた。

 天から降り注いだ光が、男たちを飲み込む。同時に、男たちは鎧ごと青い炎に包まれた。

「アオイ!」

 近くの建物の屋根に、黒マントをなびかせたアオイがタンッと降り立った。

「注意しろ、ウィル。こいつらは狂化兵だ」

 アオイの鋭い警告。

 狂化兵。

 普通の人間を自らを省みない狂戦士へと変貌させてしまう古の禁呪。それを施された兵隊か。

 やはり聖フィーナで俺が対したのと同じだ。

 炎に包まれた鎧男たちが崩れ去る。

 俺はライフルを構え、残った1人と対峙する。

 しかしその時、さらに5人の軽鎧が工場の方から現れた。

 俺は、真正面からキッとその敵を睨み付けた。

 ……よし。

 そして小さく頷いた。

 狂化兵がここに居るという事は、その背後に奴らが守っているものがあるという事だ。

 俺は、そっと無線機に触れた。

「Λ1からミルバーグ隊長。接敵しました。当たりです。これより制圧を開始します」

 ご一読、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ