Order:75
地響きを立てて迫る巨大な騎馬。
荒々しく地を蹴りながら、獅子のエーレクライトが突撃して来る。
騎兵など何かの式典で遠目にしか見たことのない俺とっては、その猛烈な威圧感に足が竦みそうだった。
しかし、引く訳にはいかない……!
俺は迫る騎兵を睨み付ける。
軍警の部隊が到着するまで、このエーレクライトを足止めしなければならないのだ。
俺は歯を食いしばりながらライフルを構えた。
十分に敵を引きつけ……今!
トリガーを引く。
轟く馬蹄の前では、ブルパップカービンの銃声すら頼りなく掻き消されてしまいそうだった。
高初速のライフル弾は、しかし獅子の意匠を施したエーレクライトの直前で見えない壁に弾かれてしまった。
くっ、防御場の展開が早い!
それに、術式を詠唱している様にも見えなかった。
やはりこの防御能力こそが、騎乗したあの獅子のエーレクライトの特殊能力か。
アオイが小さく詠唱し、俺に身体強化術式を施してくれる。
巨大な騎兵が迫る。
駆ける巨馬に跨ったエーレクライトが、手にした光の槍を振り上げた。
光の槍から放たれる白く輝く衝撃波。
俺とアオイは、とっさに左右にわかれて跳んだ。
白の斬撃は、路面をえぐり、車の残骸を真っ二つに切り裂き、通りに並ぶ建物すら縦に両断してしまう。
俺は、ゴロゴロと地面を転がりながら銃撃を続けた。
狙いなどない。
牽制だ。
エーレクライトを挟んで反対側に回避したアオイが、黒マントを振り上げて手をかざした。
「栄えよ、蒼天、萌芽、我が意の式、光陰転ず……」
流れる様なアオイの術式詠唱が聞こえる。
その術式が完成するまで、敵の注意をこちらに引きつける……!
俺はトリガーを引きながら走った。
突進の勢いをそのままに、大きく旋回しながら再び俺たちに馬首を向けるエーレクライトに対して、今度はこちらから突撃する。
銃弾を弾き飛ばしながら獅子の鎧が迫る。
弾かれた弾丸が周囲の石畳を削る。
弾切れ。
一切の滞りなく、訓練で覚え込まされた通り、体が勝手にリロードする。
素早く射撃を再開。
「ウィル!」
背後からアオイの声が響く。
同時に、俺の周囲を幾つもの青い光点が通り過ぎた。
その光は、突進して来る獅子のエーレクライトを取り囲む様にその周囲に展開する。
俺は後ろに跳んでアオイに並んだ。
そして、すっと目を細める。
それまでの弾丸をばらまくだけの牽制射撃から、精密照準へと意識を切り替える。
すっと息を吸い込む。
3射。
3発の5.56ミリ弾が、エーレクライトとその騎馬の周囲に展開した防御場の結節点を撃ち抜いた。
獅子のエーレクライトが操る防御場は、強力な魔素で編まれた緻密な術式で構成されている。しかし意識を研ぎ澄まして集中すれば、今の俺にはその結節点を捉えることが出来た。
ガラスが割れるような音が響き、エーレクライトの防御場に穴が開く。
ほんの小さな穴だ。
しかしその隙を見逃すアオイではない。
黒マントを翻したアオイがエーレクライトを指差す。
その瞬間。
浮遊する光点から青い光線が放たれた。
幾条もの青い光の筋が、エーレクライトに向かって殺到する。
その幾つかは、残存する防御場に弾かれた。
魔素と魔素がぶつかり、拡散させられた青の光が周囲に飛び散る。その余波を受け、石畳が、瓦礫が吹き飛ばされる。
しかし幾条かの青い光は、俺の開けた防御場の穴を通じて鎧に直撃する。
そう、見えた。
「ふっ、slullg wgeg twerr cj!」
獅子のエーレクライトが詠唱する。
その手甲に覆われた手のひらに展開した防御場で、青の光を握り潰す様に掻き消すエーレクライト。
さらに、残りの光条は、光の槍の一振りで打ち消されてしまった。
絶句する。
あのアオイの魔術を、またもや容易く防いだ……。
馬鎧の下から覗く騎馬の無機質な目は、変わらず俺たちを睨み付けている。
鎧を纏った馬の巨体が、路面を蹴り砕きながら突進を続ける。その馬上から、獅子のエーレクライトは、光の槍を振り上げ、矛先を俺たちに向けた。
「lpgbb kllgnih fuz schewangu auf!」
俺たちの頭上。
中空に雷の槍が現れる。
その数は5本。
矛先の向く先は、もちろん俺とアオイだ。
「集え、舞え、破天、防壁!」
アオイが頭上に防御場を展開する。
いつもの2言成句ではない。4言の強化版だ。
俺もライフルを振り上げながら、雷の槍を迎撃する。
激しく放電しながら、雷の槍が降り注ぐ。
アオイの防御場が激しいスパークを上げ、雷の槍と激突した。
「くっ」
小さくアオイが呻くのが聞こえた。
俺は密かに息を呑んだ。
魔術の戦いで、アオイが押されるとは……。
ちらりとアオイの方を窺おうとしたその瞬間。
俺は、ひやりと背筋を這う冷気を感じた。
はっ……。
息を呑む。
目を見開く。
俺たちが雷の槍に気を取られた一瞬。
その僅かな隙を突き、俺たちの目の前に、騎兵の巨躯が迫っていた。
うくっ!
獅子の鎧の細かい装飾彫刻すら判別出来る距離。
巨馬の前足が振り上げられる。
「いつの間にっ!」
距離を詰められたのだっ!
俺は、とっさにアオイを突き飛ばした。
そして俺自身もアオイと一緒に跳びながら、そのままゴロゴロと路面を転がった。
その直後。
先程まで俺たちがいた場所の石畳が、巨大な馬の脚に踏み砕かれた。
土煙が舞い上がる。
俺は即座に身を起こし、膝立ちのままエーレクライトに向かって牽制射撃を加えた。
一旦走り抜けながら距離を取るエーレクライト。
転がった時に瓦礫にぶつけたのか、左脇腹がズキズキと痛んだ。
「アオイ、大丈夫か!」
俺はアオイをカバーする様に立ちながら、声を上げた。
「……大丈夫だ」
呻くような声でアオイが答えた。
「やはりあの騎馬の機動力は驚異だ。まずは馬を潰す」
立ち上がったアオイが俺に並んだ。
俺は弾倉を交換しながらコクリと頷いた。
「でも、あの馬自身が魔術を操っているんじゃないのか?」
俺はアオイを一瞥する。
先ほど攻撃を仕掛けた際、確かに俺は防御場の一部を砕いた。しかし獅子のエーレクライトは、そこからさらに術式詠唱を行い、防御場を張った。つまり、常時展開している防御場は、エーレクライト自身の魔術ではないという事だ。
では、獅子のエーレクライト以外に魔術を行使しているものがあるとすれば、あの馬か、それとも鎧の能力か……。
その件の騎兵は、俺たちと距離を取りながら、馬首をこちらに向けているところだった。
「ああ。恐らくだが、あの馬は生き物ではない。木偶だよ。自律型の防御端末とでも言うべきか。あれの存在自体が鎧の機能の一部なのだよ。自律的に行動しながら、主である本体を守るのだ。そういう物があると聞いた事がある」
アオイが、再度突進の準備を始める騎兵を睨みながら淡々と告げた。
「あの馬を潰せば、鎧の能力を黙らせられるか」
俺の言葉に、アオイがコクリと頷いた。
「防御場は私が剥ぎ取る。飽和させ、動きを止める。その隙に、馬はウィルが潰して欲しい」
俺は銃把を握る手に力を込めた。
髪を揺らし、俺は頷いた。
「了解っ……!」
俺は、大きく息を吸い込む。
ふうっ。
そして、獅子のエーレクライト。
その中心に狙いを定めた。
ぞわりと背後でアオイの魔素が膨れ上がる。
「良い力だな、エーレルト卿。さすが稀代の魔女と噂される事はある。その齢にしてその力、末恐ろしい」
俺たちとエーレクライト。
それ以外に動くもののいない通りに、獅子のエーレクライトの朗々たる声が響き渡った。
アオイは黙して応えない。
「エーレルト卿。我らの同胞となれ。この国の貴族の一員として、卿にはその力を正しく行使する義務がある」
「お断り致します」
獅子のエーレクライトの誘いを、今度は即座に一蹴してしまうアオイ。それは、普段の優しいアオイからは想像もつかない様な冷たい刃物の様な声だった。
「ヴェーランドさま。魔術の力でもって他者を抑圧する時代は過去のものです。世の中を変えようとするならば、まず今何を成されているのか省み、道を改めて下さい」
アオイの言葉に胸が締め付けられる。
無惨にも破壊された街並み。
傷付いた人々。
ここで生活していた人たちの夜を踏みにじり、明日の朝を悲しみに変えてしまう騎士団の行いは、決して許してはならない……!
ふっとエーレクライトが笑った気がした。
馬上から俺たちを睥睨する獅子のエーレクライトも、ここで俺たちが降るとは思っていないのだろう。
その重厚な全身鎧が手した光の槍が、すっと持ち上がる。
輝く穂先が、俺たちに向けられた。
「では、これで終わりにしよう」
低く轟く鎧の声。
静かなその声には、しかし牙を剥き、今にも飛びかからんとする獅子の獰猛さが感じられた。
そして。
再び、地響きを立てて鎧の巨馬が、猛然と走り出す。
俺は腰を落として身構えた。
槍を携えた甲冑の突撃が、再び始まる。
疾駆する騎兵。
迎え撃つ俺とアオイ。
手甲に包まれた鎧の手が、再び俺たちに向けられた。
馬蹄の轟にかき消されて、術式詠唱の声ははっきりとは聞き取れなかった。しかし、確かに敵の魔術は発動する。
魔素で編まれた緑の鎖が、虚空から生まれ、空を走る。
俺は目を見開き、その鎖の先端に照準を合わせる。
そして。
短くリズムを取る様にトリガーを引く。
連続する銃声。
弾けるマズルフラッシュ。
勢い良く迫るその鎖を、俺は撃ち貫いていく。
……背後へは抜かせない。
アオイが準備を整えるまでは!
鎖が俺を迂回する様に左右から上から迫る。
狙いはアオイだ。
獅子のエーレクライトもアオイが何かを仕掛けようとしている事はわかっているのだろう。
俺は上方から迫る分を撃ち落とし、くるりと左にターン。
ふわりと広がった髪が落ちる前に左の鎖を撃ち抜き、体を捻って今度は右の鎖を狙い撃つ。
体を捻った勢いをそのままに、一回転。
再び正面を向くと、動きを止める事なく、ぐっと膝をたわませる。
そして、全力で地面を蹴って飛び出した。
真正面から。
巨大な騎馬に向かって。
彼我の距離は一瞬にして無くなる。
照準。
撃つ!
俺は全速力で駆けながら、防御場の結節点を狙った。
崩れるエーレクライトの防御。
その隙間に、続けて次弾丸を叩き込む。
「ぬっ!」
エーレクライトが光の槍を振り上げ、弾丸を切り払う。ギリっと、獅子の意匠を施された兜が俺を睨んだ様な気がした。
まさか、銃弾如きがその守りの内側に届くとは思っていなかったのか。
俺は、ニヤリと不敵に笑ってやる。
しかしこれで、俺を驚異だと思ってくれただろう。
俺は片手で牽制の銃撃を続けながら、腰のポーチからスタングレネードを取り出して握りしめる。その手は、エーレクライトから見えない様に体の後ろに隠したままだ。
無表情な鎧馬の顔が迫る。
激突する直前。
俺はタンッと右へ跳んだ。
ふわりと髪が流れる。
その瞬間、俺と巨大な騎兵が交錯した。
俺は地面に手を突き踏ん張って、跳躍の勢いを殺す。そしてそのまま、エーレクライトの側面に再突撃を仕掛けた。
エーレクライトの左側から。
光の槍を構えていない側からだ。
しかし、その俺の動きを読んでいたように、エーレクライトはさっと左手を俺の眼前にかざした。
「lpgbb kllgnih fuz!」
俺の頭上。
虚空に現れたのは雷の槍。
先ほどよりは小ぶりの3本は、先ほどより遥かに早い勢いで俺に向かって降り注いだ。
俺は急制動をかけ、突進のエネルギーをバック転に転じる。
はっ……!
ぐるりと世界が回る。
雷の槍が俺のいた路面に突き刺さるのが見えた。
俺は回転しながら、隠し持っていたスタングレネードをひょいっと投げた。
俺が着地し、飛び退くのと同時に、そのスタングレネードが炸裂する。
刹那。
大音響と閃光がまき散らされた。
「ぐうっ、目眩ましかっ!」
騎馬が前足を振り上げ、停止した。
まるで本物の馬の様な挙動だ。
防御場では、スタングレネードの閃光と大音響は防げないだろう。
エーレクライトの一瞬の動揺。
それは、騎馬の制御に僅かな揺らぎをもたらす筈だ。
その隙を、俺の姉さんが見逃す筈がない!
吹き上がる魔素の奔流に、アオイの黒マントが激しくはためく。
アオイが両手をかざす。
「……六滅、天河、相破つる!」
アオイが鋭く声を上げた。
完成する術式。
俺は目を見張る。
それはもしかしたら、獅子のエーレクライトも同様だったかもしれない。
膨れ上がる膨大な魔素。
術式に編み上げられたその力は、今までに感じた事もない程強大なものだった。
その瞬間。
夜の大通りを、青の光が埋め尽くした。
凄まじい熱衝撃破が吹き荒れる。
アオイから放たれた青の光が、文字通り獅子のエーレクライトを飲み込んだ。
それは純然たる破壊の力だ。
他の魔術の様に何等かの現象に転化される事のない、魔素そのものの力の奔流だった。
その青の光は周囲の瓦礫を巻き込み、ビルを貫き、果ては首都の夜空を塞ぐ厚い雲に風穴を開ける。
あまりの熱衝撃波に、俺は歯を食いしばって必死に耐えるしかなかった。
激しく揺れる髪を抑え、俺は片目だけでその青の光の中を窺う。
照射が終わる。
青の光が消えると、そこには確かに騎兵の姿があった。
エーレクライトは健在だ。
但しダメージはあった様だ。
騎馬も獅子の鎧も、全身から煙を吹き上げ、一部が焼け焦げていた。
「ぐうぅぅ……」
呻く鎧。
「まだっ!」
アオイが差し出した手を握り、人差し指を突き出した。そしてそれをくいっと曲げる。
ふわりと浮遊する青の光の玉が、動きを止めた獅子のエーレクライトを挟み込むように滞空する。
アオイが初撃で放った青の玉。
まだ健在だったのだ。
その光点から、青の光線が放たれる。
「おのれっ! slullg wgeg twerr cj!」
獅子のエーレクライトは吠えながら手を左右に突き出し、防御場を展開した。
ここだ。
その瞬間。
俺は地面を蹴っていた。
低い姿勢のまま全力疾走。
ふわりと髪が後ろに流れる。
突撃する。
獅子のエーレクライト。
その下でうなだれるように動きを止めている鎧の馬へと。
大きな馬首の下に潜り込む俺。
「小娘、貴様っ!」
アオイの攻撃術式を防ぎながら、獅子のエーレクライトがこちらを睨みつけた。
俺は真っ直ぐにその面防を睨み上げた。
至近距離で俺とエーレクライトの視線が激突する。
びくりと動く馬の首。
鎧の馬が完全に機能を取り戻す前にっ!。
俺は馬の顎下。
装甲と装甲の間にガコンと銃口を突き刺した。
「これでっ!」
トリガーを引く。
フルオート。
銃身が跳ね踊る。
全弾叩き込む!
火花が散った。
馬の頭を構成していた金属版が弾け飛ぶ。
5.56ミリライフル弾が、鎧の馬の頭部を吹き飛ばした。
「ウィル!」
背後からアオイの鋭い声が聞こえた。
俺は弾切れになったライフルを抱えながら、後ろに跳んだ。
俺と入れ替わる様に、アオイの術式が発動する。
とどめの一撃だ。
獅子のエーレクライトの周囲、前2か所、後ろ2か所に黒い球体が現れた。
夜闇より尚濃いそれは、みるみる内にむくむくと膨張する。
「ぐぬうっ!」
球体に圧迫されるエーレクライトの呻き声が聞こえた。
ビシッと空気が打ち震える。
鎧の馬が展開していた防御場は既にない。
獅子のエーレクライト自身の防御場は、青の光線を防ぐのに手一杯だ。
今のエーレクライトに、全周囲から迫る黒の球体を防ぐ術はなかった。
黒の球体は全てを飲み込んで行く。
頭部を失った騎馬を。
獅子のエーレクライトの全身を。
「ぐが、がぁぁぁ!」
エーレクライトの悲鳴が響き渡った。
その声すら打ち消す様に、鎧の砕ける音、ひしゃげる音、金属が折れる音が聞こえてくる。
やがて全ての4つの球体が一体となり、1つの巨大な黒い塊と化した。
既にエーレクライトの姿は完全に見えなかった。
「はあっ……はぁ、はぁ、はぁ」
俺は片膝を突きながら、荒い息を吐いた。
今の内に弾倉を交換しておく。次が最後の弾倉だった。
「……やったか」
俺は黒の球体を見つめながら、ぽつりと呟いた。
チラリと振り返ると、俺と同様に片膝を突いたアオイが肩で荒い息をしていた。
いくらアオイと言えども、これまでの支援の負担と大魔術を連発した負荷が来てしまっているのだろう。
はぁ、はぁ、はぁ……。
俺はエーレクライトを飲み込んだ黒の球体に目を戻した。
既に破壊音は止まった。
奴は……。
俺は汗で張り付いた髪を掻き上げ、ゆっくりと立ち上がった。
その時。
ビシッとガラスの割れる様な音が響いた。
続いて、黒の球体の内部から、ぬっと光の槍が突き出てくる。
……くっ。
俺は唇を噛み締める。
まるで卵の殻を突き破り生まれ出るかの様に、内側から突き出した光の槍が、黒の球体を突き崩し始めた。
そして。
「うおおおおっ!」
地の底から溢れて来る様な雄叫びと共に、黒の球体が崩壊する。
その中から現れたのは、地面の上に仁王立ちする獅子のエーレクライトだった。
精緻な彫刻が施され、美術品の様な優美さを漂わせていた板金鎧は、あちこちが焼け焦げ、あちこちがへこみ、歪んでいた。
騎馬の姿はない。
獅子のエーレクライトの後ろに転がる金属塊が、それなのかもしれない。
騎馬は倒した。
しかし……。
「……abustte ssbundem la gunuss qadu」
微かに術式成句の詠唱が聞こえた。
はっとする。
それがエーレクライトの詠唱だとわかった瞬間、俺は駆け出していた。
満身創痍のエーレクライトの左手に、ぼうっと新たな光の槍が現れた。
両手に槍を携えたエーレクライトが、地を蹴った。
爆発的な加速で、アオイに向かって。
アオイは動けない。
俺は獅子の鎧の横面を銃撃する。
しかし、光の槍で防がれる。
「アオイ!」
俺は叫びながら即座に術式を編み上げた。
俺が使える唯一の魔術の。
アオイに向かって突き出される光の槍。
「結節、防壁!」
「ウィル!」
その矛先とアオイの間に滑り込んだ俺は、左手を突き出して防御場を展開した。
足元から何かが抜け出して行く感覚に、眩暈がしそうになる。
しかしっ!
俺は歯を食いしばって踏ん張った。
俺の防御場とエーレクライトの光の槍が激突した。
ビシッと空気が鳴動し、光の槍が停止する。
拮抗。
俺は、防御場に力を注ぎ込む。
俺の全てを!
激しい魔素のぶつかり合いの後、俺の防御場は光の槍を弾き返した。
「くっ……、はっ!」
同時に俺の防御場も崩れ去る。
ダメージを受けたエーレクライトの光の槍が、出力低下していなかったら、容易に貫かれていたと思う。
しかしそれでも、エーレクライトは引かない。
今度は逆の手の光の槍を、すくい上げる様に振り上げて来た。
防御場は間に合わない。
くっ……!
俺はとっさにブルパップカービンライフルを掲げて防御した。
ライフルは容易く両断されてしまう。
弾倉やスプリング、細かい部品が宙を舞う。
しかし、エーレクライトの一撃をそらせれば、それで十分……!
ライフルを切り裂き、光の槍を振り上げたエーレクライトの脇腹はがら空きだった。
俺はハンドガンを抜くと、至近距離でトリガーを引く。
銃火器の前に、鎧の装甲など無意味だ。
9ミリ弾は確かにエーレクライトを貫く。
しかし、光の槍は止まらなかった。
俺と背後のアオイを貫かんと、光の槍が引き戻される。
「ううっ!」
思わず呻きが口を突いた。
その時。
「爆ぜろ、螺旋、空隙!」
背後から聞こえる術式詠唱。
俺の傍らを見えない力の塊が飛ぶ。
「ぐがっ!」
その直撃を受けたエーレクライトが、大きく吹き飛んだ。
身構えていた俺は、足元がふらつき、ペタンとその場で尻餅を突いてしまう。
「うきゅっ」
足腰に力が入らない……。
9ミリ弾を食らい、アオイの術式に吹き飛ばされたエーレクライトは、しかし鎧を震わせながら起き上がろうとしていた。
「……ウィル。大丈夫か」
俺の肩にアオイが手を置く。
アオイも厳しい表情をしていた。今の一撃も、かなり無理をした様だ。
俺もライフルを失い、後はハンドガンが残されているだけだ。それに、一瞬で多量のお魔素を放出し、足元も覚束ない。
このままでは……。
俺はキッとエーレクライトを睨み付けた。
あちらも満身創痍の筈のエーレクライトは、しかしゆらりと立ち上がった。
「……見事だな、少女たちよ」
低く呻くような声でエーレクライトが言う。その手には、未だ光の槍があった。
エーレクライトが鎧を鳴らし、一歩俺たちの方へ踏み出した。
俺はハンドガンを握り締めながら、肩に置かれたアオイの手に触れた。
どうする……。
どうすれば、あの鎧を止められる。
その時、微かに何かが聞こえた。
耳を澄ませる。
ヘリだ。
急速に近付くヘリのローター音。
エーレクライトが空を見上げる。俺とアオイも上空を見上げた。
軍警部隊が来たのか……。
「ここまでだな」
エーレクライトはそう言い放つと、光の槍を下ろした。そして、じっと俺たちを凝視する。面防に覆われたその顔は分からないが、確かに俺たちを睨む視線を感じる事が出来た。
俺も、その無機質な面防をじっと睨み返した。
どれほどにらみ合っていだろうか。
獅子のエーレクライトは、不意に視線を外すと、踵を返した。
「待て!」
俺は声を上げ、立ち上がろうとする。しかし足に力が入らず、再びぺたりと座り込んでしまった。
さらに何とか立ち上がろうともがくが、アオイがその俺の腕を掴み引っ張った。
振り返ると、正面から俺を見据えたアオイが、静かに首を振った。
獅子のエーレクライトが、俺とアオイを一瞥した。しかしそれ以上何も言わず、鎧を鳴らしながらゆっくりと歩み去って行く。
しっかりとした足取りで、議事堂の方向へと。
奴にも相当のダメージがある筈なのに、その足取りに危ういところはなかった。
獅子の鎧の背中が、闇の中に消えて行く。
俺は、足を広げてお尻をつけて座り込みながら、その背中をじっと睨みつけていた。
獅子のエーレクライトの去った後には、寄り添う様に座り込む俺とアオイ。そして無残に破壊された通りだけが残された。
獅子のエーレクライトを追撃すべきなのはわかっていた。
しかし、青ざめた様子で座り込むアオイをこのまま放置して行く訳には行かなかった。さらに、俺が単独で動く事もアオイが許してくれなかった。
どうやら俺も、アオイと同じ様に酷い顔をしているらしい。
魔術を使ってはいけないとあれほど言ったのにと、俺はアオイに怒られてしまった。しかしすぐにギュッと俺を抱き締めたアオイは、守ってくれてありがとうとそっと囁いた。
俺は無言でアオイを抱きしめ返した。
いつも助けてもらっているのは、俺の方なのだ……。
ほのかに伝わって来るアオイの体の温もりが心地よかった。
しばらくして、大通りの脇に重なる瓦礫に身を預けて座り込む俺たちの前を、軽機動車の車列が通過した。
獅子のエーレクライトを追撃する部隊だろう。
車列の最後の一台が停車し、2名の隊員が俺たちのもとへ駆け寄って来た。
俺はそっとアオイの尖り帽子を隠し、黒マントの前をはだけさせた。アオイがマントの下に着ているのは、俺の軍警の制服だ。
隊員たちは、若い女2人という俺たちの構成に驚いている様子だった。
俺はオーリウェル隊の一員であると名乗り、問題ない旨を説明した。それよりも、先ほど交戦したばかりの獅子のエーレクライトについて詳しく報告しておく事にした。
奴の使用する魔術や、戦い方についてだ。
あのエーレクライトは、手負いとは言え油断していい相手ではない。
「よろしくお願いします」
俺はアオイを支えながらその隊員にニコリと微笑み掛け、頭を下げた。
「あ、ああ。任せろ」
「救護班は要請しておいた。君たちも、もう少し頑張れ」
若い隊員たちは俺に大きく頷き掛け、車に戻って行った。
俺はふっと息を吐く。
「……大丈夫。ウィルの仲間を信じよう」
その俺の隣で、アオイが微笑んだ。俺もそっと微笑み返した。
軽機動車が去り、再び静かになった通りで、俺たちはじっと体を寄せ合いながら息を整える。どちらからともなく、俺とアオイはそっと手を握り合っていた。
間もなく、遠方から夜の街に響く銃声が聞こえて来た。獅子のエーレクライトと軍警部隊の戦闘が始まったのだろう。
今は、アオイの言った通り、部隊が無事にあのエーレクライトを取り押さえてくれる事を信じるしかない。
「……どうしてこういう事になるんだろうな」
俺は激しい戦闘が起こっているだろう議事堂の方向を見上げながら、ぽつりと呟いた。
今も軍警隊員が犠牲になっているかもしれない。
いや。
軍警、民間を問わず、今夜だけで、どれほどの人が倒れたのだろう。
騎士団の政治的主張とか現政府の政策の妥当性とか、そういう話だけで、こんなことになってしまうのだろうか。そんな事のためだけに、これほどの犠牲が出てしまうのだろうか。
「……どうしてだろう、な」
アオイも、ふっと息を吐くようにそうこぼした。
魔術師と一般人の対立。
その争いの歴史。
そんな言葉で片付けていいことでもないと思う。
貴族がいなくなれば魔術テロはなくなるのだろうか。再び魔術師が支配する世の中になれば、争いはなくなるのだろうか。
いや、多分違う。
「お互いがきちんと理解し合えれば、もっと違う結果になる筈なのに……」
俺は目を伏せながら、そう呟いた。
俺もアオイや聖フィーナのみんなと知り合って、魔術師の、魔術の事が少しわかった気がした。そしてそれまで、俺がどれほど魔術師について無知であったかが分かったのだ。
人を傷つけた罪は、もちろん償わなければならない。
しかしお互いがお互いを良く理解し合えれば、この先、この様な無用な争いを減らせるのではないだろうか。
……ジーク先生とも、良く話し合えば争う事を回避出来るかもしれない。
ふと想像してしまう。
あの獅子のエーレクライトと対した様に、鷲の意匠が施されたジーク先生のエーレクライトと、俺とアオイが対するところを。
それは、考えただけでも胸が締め付けられる様な光景だった。
……ジーク先生と対する事は、俺とアオイの目的の1つでもある筈なのに。
「ウィル」
アオイが静かに俺の名を呼んだ。
「私もウィルと同じ考えだよ。一緒に考えていこう。これからの事も、色々な事も。私たちの出来る事を。私とウィルで一緒にな」
ふっと微笑み浮かべながら、アオイは繋いだ手をぎゅっと握り締めて来た。
……そうだな。
俺も、姉さんに向かってふわりと微笑み返した。
エオリアや家族を失ったアオイも、姉貴や家族を失った俺も、今はこうして1人ではないのだ。
では、エオリアを失ったジーク先生は、独りではないのだろうか。
それとも今も……。
ジーク先生の事を考えると、同時に10年前の事を思い出してしまう。
俺の家族の事はもちろん、Λ分隊のみんなや、今まで魔術テロで犠牲になった人たちの事が頭を過った。
そんな事を思い出していると、今度は争いへのやるせなさよりも、ドロドロとした暗い怒りが込み上げて来る。
受け入れたくはなくても、それも間違いなく俺の感情だった。
俺はそっと顔を上げ、空を見上げた。
いつの間にか空は、薄らと白くなり初めていた。やはり厚い雲に覆われた空だったが、その雲が鈍く銀に輝き出していた。眩い朝日は、確かにあの雲の向こう側に顔を出しているのだろう。
俺は、ふうっと息を吐いた。
白く立ちのぼる息が、そのまま空に吸い込まれて行く。
その時、曇天の空からひらひらと舞い落ちて来るものがあった。
最初はほんの小さな欠片だった。
その白い欠片は、ふわふわと揺蕩いながら、ゆっくりと舞い落ちて来る。
俺の膝の上に舞い降りたその欠片は、直ぐにじわりと溶けて消えてしまった。
「雪だ」
俺は空を見上げながらぽつりと呟いた。
雪は、次から次へと舞い落ちて来る。
やがて空一面が、舞い落ちる雪に覆われてしまった。
積もるだろうか。
そう思った瞬間。
ドンッと地面が揺れた。
一瞬地震かと思ったが、議事堂方向に顔を向けた俺は、そのまま呆然としてしまった。
議事堂がある官庁街の中心部。
獅子のエーレクライトと軍警部隊が向かったその先に、今、巨大な雷の塊が現出していた。
優に街の1ブロック程はあるだろうか。
中空に現れた紫電の塊は、激しい稲妻をまといながら猛烈な雷撃を地上に振りまいていた。
その下部からは、盛大に爆炎が湧き起り、土煙が巻き起こっていた。
あんな巨大な破壊を巻き起こすも魔術の使い手など、他には考えられない。
あの獅子のエーレクライトの仕業だ!
軍警部隊は、無事なのだろうか。
いつの間にか雷鳴とその破壊音以外の音は、聞こえなくなっていた。
俺はむくりと体を起こした。
……行かなければ。
「ウィル」
アオイも立ち上がる。
一時的な魔素の放出でへばっていた俺とは違い、アオイの疲労はそう簡単に回復するものではない。まだ顔色が悪かった。
「アオイはここにいてくれ」
ミルバーグ隊長に救援要請をしておこう。それまでは隠れてもらって……。
「私も行こう」
しかしアオイは、強い光の宿った目でじっと俺を睨み付けた。そして、ギュと俺の手を握って来る。
しばらくの睨み合いの後、俺はふっと息を吐いた。
「わかった。でも無理はしないでくれ」
アオイがふっと笑った。
「まさかウィルにその台詞を取られてしまうとはな」
む。
それではまるで、いつも俺が無茶ばかりしている様ではないか。
俺は片手にハンドガンを握り締め、片手でアオイの腕を取る。
そして、小走りに議事堂に向かって進み始めた。
そんな俺たちの上から、雪は絶え間なく降り続いている。
獅子のエーレクライトと軍警部隊の戦闘現場は、地獄と化していた。
俺たちが到着した時には、既に紫電の塊は消えていた。その後に残された濃厚な破壊と死のみが広がる光景が広がっていた。
議事堂は完全に崩壊し、瓦礫の山と化していた。
俺は直接議事堂まで来た事はなかったが、その外観はテレビ中継で何度も見たことがあるお馴染みのものだった。
しかし今、本来在るべき場所に見慣れた白亜の建築物はない。ただ瓦礫だけが積み上がっている。
その光景は、何だか激しく現実感のないものだった。
周囲には、倒れ伏す軍警隊員たち。
俺は目を見開き、固まってしまう。
しかし直ぐに気を取り直し、アオイと手分けして生存者を探し始めるが、息のある者は誰も見つける事は出来なかった。
あの紫電にやられたのか……。
胸が焼け焦げそうな激しい後悔が、俺の中で渦巻いていた。
立ち去るエーレクライトの背中を思い出す。
あの時、例え刺し違えてでも俺が獅子のエーレクライトを仕留めていれば、こんな事には……。
俺はもう動かない若い隊員の側からすっと立ち上がった。
周囲を見回す。
全滅……。
ここには最早、俺とアオイ以外、動くものは何一つなかった。
軽機動車が燃えている。
雷に焼き尽くされたのか、周囲には未だ煙が充満し、様々な物の焼ける臭いが漂っていた。
そんな凄惨な現場の上からでも、雪は平等に降り注いでいた。
むき出しの土の上では、既に積もり始めている場所もあった。
俺たちは周囲を警戒しながら、議事堂の方へと向かって行く。
俺はぎゅっと唇を噛み締めていた。気を抜けば溢れて来そうな感情を、必死に押し殺す。
現場の最奥に辿り着く。
もともと議事堂の正面エントランスであったのだろう場所に、全身鎧が横たわっているのが見えた。
俺は腰を落とし、ハンドガンを両手で構える。
「大丈夫だ、ウィル。ヴェーランドさまからは、既に魔素を感じない」
アオイはそう言いながら俺の脇をすり抜け、全く動かない獅子のエーレクライトに向かった。
俺もその後に続く。
近くで見ると、獅子のエーレクライトが完全に絶命しているのがわかった。
俺が撃った9ミリ弾の痕以外にも、その鎧には無数の弾痕が穿たれ、周囲には血が広がっていた。
激しい戦闘があった事がわかる。
獅子のエーレクライトは、あの紫電の魔術で、議事堂をや軍警部隊を道連れにしたのだろう。
俺はすっとハンドガンを下ろした。
「どうしてここまで……」
思わず俺は、ぽつりと呟いていた。
雪が降る音すら聞こえて来そうなな議事堂跡に、その声は意外に大きく響いた。
「信念に準じたのさ」
不意に、背後から低い声が響いた。
俺とアオイは、はっとして振り返る。同時に、俺は、さっとハンドガンを構えた。
そこには、いつの間にか白銀の全身鎧が立っていた。
鷲を思わせる兜の意匠。磨き上げられた装甲板と、翻る真紅のマント。
ガチャリとその鎧を鳴らし、鷲のエーレクライトは一歩踏み出した。
「ジーク、先生……」
俺は呆然としながら呟いた。
この声。
間違いない。
そこに立っていたのは、ジークハルト・フォン・ファーレンクロイツのエーレクライトだった。
「貴様っ……!」
アオイが厳しい顔で声を上げながら、ジーク先生に手をかざした。
「アオイっ」
俺はアオイの手を押し戻しながら、アオイを背後にかばう様に前に立った。
ここでアオイとジーク先生を戦わせる訳にはいかない。アオイは既に限界なのだ。
……しかし。
ここでジーク先生を押さえなければ、また次の魔術テロへの火種になってしまうかもしれない。
……ならば、俺が。
俺はさっとハンドガンを構えた。
ジーク先生の、エーレクライトの兜に向かって。
「大人しく投降して下さい、ジーク先生。周囲は軍警が押さえています。抵抗は無意味です」
俺は低い声で警告する。
しかしジーク先生はそれを無視する様に俺たちの前を通り過ぎると、獅子のエーレクライトの脇にひざまずいた。
ガチャリと鎧が鳴った。
「ご立派でした。卿の意志は私が必ず……」
囁く様なジーク先生の声が聞こえた。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりとジーク先生は立ち上がった。そして、マントをひるがえして俺たちに向き直る。
「ウィル・アーレン。私と来い。貴族としての義務。そして尊き力を有する我らの義務を果たすのだ」
「なっ……」
「貴様っ、また!」
俺が絶句し、アオイが唸った。
「エーレルトのエオリアを引き継いだ君には、その義務がある。エオリアとして、私と来なさい」
エオリア……?
ジーク先生が好きだったアオイの妹の代わりとして……。
「ファーレンクロイツっ、貴様はまた、私の妹を!」
アオイが、ぐっと俺を抱き寄せた。
怒りの形相を浮かべたアオイを、鷲のエーレクライトの無機質な面防が見据える。
「エーレルトの家を壊した貴様が何を言う」
冷ややかなジーク先生の声。
アオイがぎゅっと手を握り締めるのがわかった。
俺はアオイの手を優しく解き、一歩前へ進み出た。
そして、キッとジーク先生を見据えた。
「……行きません」
俺はハンドガンのグリップを強く握り締めながら呟いた。
それは、自分でもびっくりするほど小さな声だった。
「……俺は、俺はウィル・アーレンです。アオイの妹だけど、エオリアじゃない」
俺は意識して声を張り上げた。
「そして、俺は、俺たちは、ジーク先生を、あなた達を止めます! こんな酷い事、もう止めて下さい、ジーク先生!」
自分で声が震えているのがわかった。
それでも俺は、伝えなければいけない事をジーク先生にぶつける。
「ジーク先生ならわかっているでしょう。ジゼルを助けてくれたジーク先生なら! こんなテロを引き起こしたって、悲しみが、犠牲者が増えるだけだって! ジーク先生が大好きだったエオリアさんだって、それでっ!」
「わかった」
俺の叫びは、しかしジーク先生の刃の様に鋭い一言で断ち切られた。
「また会おう、ウィル・アーレン。今度は、私の信念を示す。私の行動でもってな。そうすれば、君もわかってくれる筈だ」
「行かせません!」
俺はハンドガンを構え直した。
そして、トリガーに掛けた指に力を込める。
歯を食いしばる。
……ここでジーク先生を止めなければ。
話は終わりだ言わんばかりに、ジーク先生が踵を返した。
「止まれ!」
俺は叫ぶ。
鋭く、斬りつける様に。
今ジーク先生を逃がせば、また今日の様な事が起こってしまうっ!
「止まれ!」
そのまま歩み去るジーク先生。
「……ううっ!」
俺は、その背中に向かって、トリガーを引いた。
銃声が響く。
スライドが後退し、反動で手が跳ね上がる。
俺が放った9ミリ拳銃弾は、しかしジーク先生に達する直前に見えない壁に弾かれた。
ジーク先生は振り返らない。
俺はトリガーを引き続ける。
防御場……!
結節点を狙えばっ!
狙う。
何発目かで、俺は結節点を撃ち抜いた。
ビシっと防御場に穴が開いた。
しかしその瞬間。
スライドが後退したまま停止した。
銃口から煙が立ち上る。
弾切れ……。
俺は呆然とジーク先生の背中を見た。
その俺の視線の先で、ジーク先生の姿が掻き消えた。
転移したのだ。
どこへ跳んだのかは、わからない。
……くっ。
俺はギュッと目を瞑り、顔を伏せた。
「ううううっ!」
思わずそんな声が漏れだして来る。
「ウィル」
アオイが静かに俺を抱き寄せてくれた。
雪が降りしきる首都は、日が昇ってもさらに気温が下がっている様だった。
寒かった。
雪は降り続き、無残な戦いの痕跡は、瞬く間に白銀に染め上げられていった。
そんな中で俺は、じっとアオイの温かさを感じながら虚空を睨みつけていた。
この日。
首都オーヴァルで起こった大規模な魔術テロの鎮圧が宣言されたのは、正午を過ぎてからの事だった。
その頃には既に、首都は完全に雪に覆われていた。
少し長くなりましたが、読んでいただき、ありがとうございました。




