Order:73
ヴィンデンラントからオーリウェルのエーレルト邸に帰還した後。ゆっくりと落ち着く間もなく、俺とアオイは再び出掛ける事になった。
今度は、首都オーヴァルに向けて。
オーヴァルへの移動は、首都に向けて進発する軍警オーリウェル支部ミルバーグ隊長指揮下の部隊に便乗させてもらう事になった。
首都へは空軍から借りた輸送機で向かう事になる。
軍警オーリウェル支部には大型輸送機が発着可能な滑走路はないので、首都派遣隊は、オーリウェル国際空港から飛び立つ事になっていた。
支部から空港に向かう軍警の車列にこっそりと紛れ込み、俺とアオイは輸送機に乗り込んだ。
俺はリーザさんに用意してもらった戦闘装備に加えて、暗視機能を備えたマスクを装備してていた。
俺たちを輸送機に乗せるのは、ミルバーグ隊長の独断だ。空軍へは、乗員数について連絡に齟齬があったとして押し通したらしい。
俺とアオイが軍警部隊と行動を共にするのは、支部上層部に対して秘密だった。シュリーマン中佐やヘルガ部長たちにバレれば、俺もミルバーグ隊長も命令違反にも問われかねない行為なのだ。
そのため俺は、マスクを被って顔を隠していたのだが……。
「よお、ウィルちゃん!」
「久しぶりだな!」
「何だ、何だその装備。イカしてるなぁ」
「ウィルちゃんは俺たちの幸運の女神様だ。今日の作戦はいけるぜ!」
機内に乗り込んだ途端、殆ど知り合いばかりの首都派遣部隊の面々に、一瞬にして俺の正体が見破られてしまった。
何故だ……。
しょうがないので、俺は眉をひそめながらおずおずとマスクを取った。
軽く髪を振ってから座席につく隊員たちを見る。
「……その、よろしくお願いします」
そう言ってから俺がペコリと頭を下げると、何故か歓声が湧き上がった。
「ウィルは人気者だな」
俺が少し困りながらむーんと唸っていると、背後から搭乗して来たアオイがその光景を見てふっと微笑んだ。
アオイの姿を見た隊員たちから、どよめきが起こる。
一体誰なんだあの美人はという声があちこちから聞こえて来た。
アオイは、軍警の制服に身を包み、変装様の伊達眼鏡を掛けていた。長い黒髪を短くまとめ、手には大きな鞄を持っている。
軍警の制服は、もちろん俺のものだ。
いつもの尖り帽子と黒マントではあまりにも目立つので、軍警の制服を着てもらったのだ。
アオイは俺よりスタイルが良いので、少し丈が短かったり一部窮屈そうに見える。
ミルバーグ隊長がサイズの合う服を用意しようかと言ってくれたのだが、アオイはきっぱりと断ってしまった。
何でも、俺の服を着たかったらしい。
「姉妹で服を貸し借りするのが私の夢だったのだ」
輝く様な笑顔でそう言ったアオイに、別に今じゃなくてもとは言い出せなかった。
この騒動が一息つけば、アオイと一緒に着れる様な服を買いに行くのも良いかもしれない。姉妹で服を貸し借りして……。
むむ。
俺は首を振る。
今は余計な事を考えるのは止めよう。
因みにアオイ愛用の尖り帽子と黒マントは、アオイの持っている大きな鞄にきちんと入っている。
俺とアオイは、仲間たちの注目を浴びながら、機体最前部の席に座った。
……よし。
アオイと並んで席に着くと、俺はほっと息を吐いた。
「ここまでは順調だな」
アオイがちらりとこちらを見た。
「うん……」
俺は微笑みながら頷いたが、ほっと安心したのは無事に輸送機に乗り込めたからだけではなかった。
……軍警のみんなに、温かく迎え入れられた。
もちろんこの輸送機に乗っている全員が俺たちを歓迎してくれているとは思っていない。しかしそれでも、明確に拒絶される事はなかった。
それだけで俺は、嬉しい。
また軍警のみんなと一緒に居れて、嬉しかった。
「ウィルちゃん、よろしくな」
コクピットの方からやって来たブフナー分隊長が、俺にウィンクしながら自分の席に向かっていく。
その途端、アオイが顔をしかめて「あの軽薄な男は何者だ」と尋ねて来た。
俺が何とかアオイをなだめていると、最後にミルバーグ隊長が乗り込んできた。
資機材の積み込みも終わった様だ。
いよいよ空軍の輸送機は、離陸シークエンスに入る。
機体が動き始め、巨大なターボジェットエンジンが唸りを上げる。
俺は離陸の衝撃に身を固くする。対照的に、隣のアオイは涼やかな表情だった。
滑走の衝撃が機体を揺らす。
そして微かな浮遊感の後、その振動が無くなった。
離陸したのだ。
輸送機がバンクしながら旋回に入る。
窓の外にチラリと見えたのは、傾き始めた日差しを受けて茜色に輝くオーリウェルの街並みだった。
首都までは、約3時間弱のフライトになる予定だ。
その間に、騎士団が設定した48時間のタイムリミットがやって来る。
奴らが時間と同時に動けば、俺たちはその初撃に間に合わない事になる。
しかし、首都の軍警や首都近郊の部隊は、俺たちより先に集結している筈だ。
彼らが騎士団を抑え込んでくれる事に期待するしかない。
俺は、高度が上がり、雲と空ばかりしか見えなくなった窓の外を見つめる。
「ウィル」
アオイが、肘掛けに置いた俺の手にそっと自分の手を重ねた。
俺とアオイは、目を合わせながらそっと頷いた。
最初に動きがあったのは、政府の方だった。
すっかり眠ってしまっていた俺は、アオイに揺り起こされた。
「うむぅ……」
俺が目を擦りながら軽く伸びをしていると、頭上から低い声が降って来た。
「ウィル。モニターを見てみろ」
俺とアオイの席の隣に、ミルバーグ隊長が立っていた。
前を見る。
壁面に埋め込まれた小型モニターに、記者会見を行う首相府の広報官が映し出されていた。
そっと時計を見てみると、時刻はタイムリミットの30分前だった。
『……以上、これまでも繰り返し述べて参りました通り、政府はいかなるテロリストの要求にも屈しない事をここに宣言致します。聖アフェリア騎士団と名乗るグループは、これまでも数多くの魔術を使用したテロを引き起こして来たと目されるテロリスト集団であります。彼らの主張には何ら正当性はなく、こうしたテロリズムに訴える行為は、当然非難されるべきものです。政府は、この聖アフェリア騎士団のさらなる暴挙を防ぐために、各地の対魔術制圧特殊憲兵隊に緊急召集を掛けました。国民の皆様にも、十分な警戒を持って行動していただくよう……』
眠気は一瞬にして吹き飛んでしまった。
もちろん政府が騎士団の要求を呑むなど有り得ない話だが、騎士団に対し、これで政府の側からも明確な対決姿勢を示したという事になる。
後は、奴ら出方次第で戦端が開かれるだろう。
どのタイミングで、首都のどこへ仕掛けて来るのか……。
俺はちらりとミルバーグ隊長の方を窺った。同じタイミングでギロリとこちらを見下ろした隊長と目が合った。
「俺たちは首都に到着し次第、軍警本部の指揮下に入る。恐らくは、突発状況に対応する為の即応戦力になるだろう。ウィルたちはどうするんだ?」
ミルバーグ隊長がちらりとアオイを見た。
俺だけならミルバーグ隊長の部隊に紛れ込む事も出来たかもしれないが、魔術を使うアオイがいては無理だ。
しかし元々、俺は軍警部隊に入れてもらうつもりはなかった。
首都にはオーリウェル支部以外からも軍警の部隊が集結している。高度に訓練された部隊の戦力は、俺1人の力などとは比べものにならない。組織的な防衛と迎撃は、軍警部隊に任せるつもりだった。
それよりも、俺は軍警とは別に単独で動くつもりだ。
アオイと一緒に頑張る。
住民の避難や騎士団への牽制、ミルバーグ隊長たちの支援など、部隊から離れているからこそ臨機応変に対応出来る事があると思うのだ。
「俺たちは支援に回ります。援護が必要な時は、いつでも呼んで下さい」
俺は手をぎゅっと握り締め、上目遣いににキッとミルバーグ隊長を見上げた。
「ふっ、心強いな。お前もいつの間にか歴戦の兵士だ。グラムが見ていたら、喜ぶだろう」
ミルバーグ隊長がふっと微笑む。
グラム分隊長。
Λ分隊のみんな……。
俺は握り締めた手をそっと胸に当てた。
思い返せば、彼らとの初陣が俺の戦いの始まりだったのだ。
今の内に休んでおけよとミルバーグ隊長が背を向ける。
「ミルバーグ隊長!」
俺はばっと席を立ち、その大きな背中に声を掛けた。
ミルバーグ隊長が顔だけで振り返った。
「あの、1つお願いがあります」
俺は隊長の目を真っ直ぐに見た。
ミルバーグ隊長が視線で先を促してくれる。
「もし、鷲のエーレクライトが出たら、俺とアオイに知らせて欲しいんです」
騎士団の捨て身のテロ。
後がない騎士団は、恐らくは総力戦を挑んでくる筈だ。
そうなれば、どこかでジーク先生も出て来る筈。
俺は座ったままのアオイと、一瞬視線を交わした。
あの10年前のテロ事件の事を、俺たちはジーク先生に確かめなければならない。そして、俺たちが先生を捕らえるのだ。
俺と、アオイが……。
俺はぎゅっと唇を噛み締める。
ミルバーグ隊長は、鋭い目でじっと俺を見ていた。
ミルバーグ隊長なら、俺がジーク先生と内通を疑われていた事を知っているだろう。
その俺が、件のエーレクライトに拘れば、疑うのは当然だと思おう。
それでもミルバーグ隊長は、何も尋ねて来なかった。
ただ、じっと俺を見つめる。
俺も、じっと隊長を見つめ返した。
「……いいだろう。無線の周波数を隊内無線に合わせるのを許可する。単独で動くにしても、情報共有は必要だろう」
「はい!」
俺は返事をすると、大きく頷いた。
よし!
これでジーク先生に出会える確率は高まった。
歩み去るミルバーグ隊長に敬礼し、俺はどさっと自席に座った。
「……よかったな、ウィル」
隣の席から、アオイが優しい眼差しで俺を見ていた。
「うん」
俺は微笑み、コクリと頷いた。
「これでジーク先生に追い付けるだろう」
俺はニヤリしながら、アオイを見た。
アオイは一瞬の間を置いて、静かに首を振った。
「それもそうだが……」
そして、すっと目を細めるアオイ。
「ウィルを信頼してくれる仲間がいて、私は嬉しいのだ」
俺は一瞬目を丸くする。
アオイの笑顔と言葉が、じんわりと胸の内に広がって行く。
そして俺は、ぱっと微笑んだ。微笑みながら、大きく頷いた。
それからしばらくは、機内は静かだった。
そしてタイムリミットがやって来る。
騎士団が指定した時間を過ぎる瞬間、機内は緊張感に包まれた。
その時間が過ぎても騎士団に動きは見られなかった。
しかし、何も起こらないではないかと楽観する者など、誰もいなかった。騎士団が示したのは要求に対する回答の期限であって、攻撃の時間予告ではないのだ。
政府の返答を受けて騎士団がどうでるか。
その返答は未だ示されていない。
油断は出来ない。
しかし、機内の隊員たちに気負った様子はなかった。さすがみんな、実戦経験豊富なベテラン隊員たちばかりだ。
ブフナー分隊長や数人の隊員たちは、席を立ってふらふらと俺の所にやって来て、気軽に世間話などしていく。ついでに、色々とお菓子もくれた。
戦闘任務用に支給される高カロリー食ではなく、自前で用意したのであろう市販のお菓子だ。
俺だけでなく、アオイも色々と話しかけられていた。隊員たちは、アオイが貴族級魔術師だとは知らないのだ。
ミルバーグ隊長に一喝されて隊員たちが元の席に戻ると、それまでにこやかに応対していたアオイが、途端に不愉快そうな顔になった。
「ウィルに仲間がいて嬉しいとは言ったが……」
アオイがギロリと俺を睨む。
「お友達は選ぶべきだと思うのだ。ウィルをあんな目で見る輩とは、付き合わない方がいい。まったく、知っていれば、軍警など早々に辞めさせたものを……」
何故かプリプリ怒っているアオイ。
「あんなめ?」
俺はむうっと首を傾げた。
そして次に事態が動いたのは、それから約1時間後。間もなく首都オーヴァル近郊に到着するという時だった。
アオイと一緒に貰ったチョコレートをもしゃもしゃと食べていた俺は、慌ただしく走るミルバーグ隊長に気がついて顔を上げた。
間もなく、機内に警報が鳴り響いた。
『総員傾注。ミルバーグだ』
警報が止まり、機内放送が流れる。
『諸君。敵が動き出した。予想通り首都が狙われた』
……来た。
俺はパリッと割った板チョコを口に入れ、シートに座り直した。
『10分ほど前、騎士団から宣戦布告の発表があった。政府の決定を批判し、今度は実力を持ってこれを排除。この国を解放するそうだ。その宣言通り、つい先ほど、魔術師による攻撃が始まった。突如現れた魔術師たちは、内務省を襲撃。幸い中央省庁の職員には退避命令が出ていたため、今の所被害者は確認されていない』
俺は無表情を保ったままじっと放送に集中する。
魔術テロの対象が官庁街に集中してくれれば、少なくとも民間人の被害は少なくなる筈だ。
しかし……。
俺はアオイとジーク先生が戦った後のオーリウェル支部の惨状を思い出す。
あんな爆撃みたいな広域攻撃術式が街中で炸裂すれば、被害者が出ない筈がない。
『現在確認されている敵魔術師は30名程。その内エーレクライトらしき鎧が2体確認されている。現在内務省警備の軍警本部部隊と交戦中だ』
エーレクライトが2体……。
ジーク先生も出ているのだろうか。
『我々は当初の予定通り、このまま軍警本部に向かう。そこで待機になるだろうが、出番は直ぐに来るだろう。総員、気を抜くな。以上だ』
機内の空気が、一気に引き締まった様な気がした。
騎士団の初撃の目標は内務省。つまり軍警を管轄する機関を潰しに来たのだ。軍警部隊の混乱を狙った攻撃だろう。
恐らくこれは、首都に対する魔術テロ攻撃の第一歩。
騎士団は軍警を混乱させた隙に、さらなる攻勢を仕掛けて来る筈……。
俺は痛みなど気にせず、手を握り締める。眉間にシワを寄せ、ぎゅっと目を瞑った。
動き出した。
いよいよだ。
こうなった以上、後は事態の収束に向けて力を尽くすしかない。
10年前のあのテロの時の様に、家族を失って悲しむ人が出ないように、全力を尽くすだけだ。
「ウィル」
優しく囁いたアオイが、俺の肩を抱き寄せた。
「うん」
俺はアオイの胸に顔を埋めるように、小さく頷いた。
首都オーヴァルが燃えている。
夜闇に沈む巨大な都市は、普段ならば星空をも凌駕する眩い明かりに包まれている筈だ。
しかし今、街を照らし出しているのは電灯の輝きではない。
赤黒く燃え上がる破壊の炎だ。
高層ビルの屋上からその光景を見下ろす俺とアオイのもとに、冷たい風が吹き付ける。ものが焼ける焦げる臭いの混じった嫌な風だった。
束ねた俺のストロベリーブロンドが大きく揺れ、アオイの黒マントが激しくはためく。
銃声。サイレン。警報。爆音。
風に乗って、様々な戦闘音が聞こえてくる。
首都オーヴァルに到着した俺とアオイは、ミルバーグ隊長の手引きで軍警首都本部を抜け出し、オーリウェル隊に先駆けて現場の把握へ向かった。
無数のビルが立ち並ぶ首都の中心部。
その中央官公庁や議事堂、首相官邸などが立ち並ぶ一角は既に戦場と化していた。
俺とアオイが見つめる先では、火災に混じって夜空に向かって撃ち上げられる火球や曳航弾の光、それに爆発の煌めきがあちこちで瞬いていた。
周囲の街並みとは違う異質な空間。
死と破壊と暴力が支配するその異様な領域は、今まさに確実に拡大しつつあった。
『ガガガガッ……こ……らベルベット隊。…か……出してくる新手を確認……』
『こちらCP。了解した。即応戦力を向かわせる。5分持たせろ』
『こちら内務省南! 敵を掃討! 北ゲートへ向かう!』
『……ぐっ、襲撃だ! 総員降車! CP、車両……やられたっ! エーレクライトは確認……きないが、数が……』
『CP了解。航空支援を向かわせる。ターゲットの位置を知らせよ』
『ノルトパーク守備隊よりCP。敵を殲滅! 繰り返す、敵を殲滅っ!』
無線からは、ノイズの混じった通信がひっきりなしに流れ続けている。
戦況は未だに一進一退。
一部では既に多数の魔術師を制圧した様だが、エーレクライトの猛攻で壊滅、敗走している隊もあるようだった。
俺は、吹き上がる黒煙をキッと睨み付ける。
騎士団の攻撃は、俺たちが首都に到着する前に始まった内務省への急襲をかわ切りに、首都中心部に向けて繰り返し行われていた。
騎士団は政府関係機関を無差別に狙い、少人数で波状攻撃を仕掛けている。
数は少ないとはいえ、敵集団には多数の貴族級魔術師、それにエーレクライトが参戦していた。
決して気を抜ける状況ではない。
『こちらシュタイン隊。2番街からラプアー通りを北進する集団に遭遇! 激しい攻撃を受けている! 至急支援を請う!』
無線から悲鳴のような支援要請が聞こえて来る。
『CP了解。即応部隊を急行させる。到着まで15分』
『早くしてくれ! エーレクライトがいやがる!』
俺はポーチから地図を出して場所を確認する。首都中心部の地理については輸送機内で予習済みだったが、一応確認だ。
俺はアオイを見た。
「援護に行く」
アオイが俺を見て頷いた。
「ラプアー通りには民家もあるし、ここを抜けられれば議事堂まで直進される。出来れば通りから引き離したい」
俺はライフルを胸に抱くようにしてギュッと保持した。
アオイが俺を抱き寄せると転移術式の術式成句を詠唱する。そして次の瞬間には、俺とアオイは先ほどまで足元に見下ろしていた細い裏通りに立っていた。
俺はアオイと視線を交わす。
そして、同時に別々の方向へと走り出した。
マントをはためかせたアオイが、ふわりとアパートメントの屋上に消えて行く。
俺はライフルを構えたまま横路地に飛び込む。そして、一本隣を走るラプアー通りに向かって走った。
アオイの身体強化術式のおかげで、俺は飛ぶ様な勢いで石畳の上を疾走する。
間もなく路地の先から、激しい爆音と銃声が聞こえて来た。
ラプアー通りに合流する角で一旦立ち止まった俺は、そっと様子を窺う。
議事堂に繋がる広い通りには、車が横転し、炎上していた。
左手方向には、隊列を組む胸甲鎧の集団。6人だ。
その後ろに立つ牡牛の角を生やした全身鎧が、腕を振り上げる。
横一斉に放たれる無数の火炎弾と火球。
街路が炎に照らし出される。
威力が高いが単発の火球と、威力は低いが手数と弾速にまさる火炎弾を入り交えての攻撃だ。
それに対して、右手方向、議事堂へと至る方角から迎撃の火線が走る。
シュタイン隊だろう。
幾つかの火炎弾と火球が迎撃されるが、魔術攻撃の方が密度が高い。
それに、射撃精度が悪い……!
俺は即座に銃口を振り上げると、トリガーを引いた。
短く連続した射撃の衝撃が、ストックを通じて肩を叩く。
俺は4発で4つの火球を迎撃。
乾いた音を立てて石畳に散らばる薬莢。
セレクター切り替え。
セミからフルオートへ。
続いて俺は、鎧の団体に牽制射撃を浴びせる。
連続する反動が俺の体を揺らす。
不意打ちを食らった格好の魔術師たちが、慌てて防御場を展開している。
俺はその隙に、さっと路地を飛び出した。
俺の牽制射撃を援護と判断した軍警側から、応射が始まる。
俺はそのまま道路を横断すると、路上駐車の影に隠れて射撃している隊員の隣に滑り込んだ。
「シュタイン隊ですか? 援護に来ました」
近くに火炎弾が着弾する。
飛び散る炎。
石畳に弾けた炎が周囲を照らし出す。
「増援か! 助かる! いや、しかし君は女の子……」
「援護します」
俺を見て目を丸くしている年配隊員の反応を無視して、俺は短くそう告げた。
「エーレクライトはうちの隊で引き受けます。そちらは一度撤退して立て直してください」
「しかし、君みたいな……」
シュタイン隊の隊員は眉をひそめた。
俺はそれを無視すると、パタパタと髪をふって周囲を確認した。車や路地などに身を隠しつつ応戦するシュタイン隊の陣容を確かめる。
「俺が出たら、牽制だけお願いします」
俺は再びキッと年配隊員を見た。
「お、俺? 援護は了解だが、しかしエーレクライトを君が……。君はどこの隊なんだ?」
俺はさっとライフルの残弾を確認してから、すうっと深呼吸する。
「オーリウェル、Λ分隊です」
俺はその隊員に向かって、ニヤリと不敵に微笑んだ。
「行きます!」
しかし次の瞬間には、俺はさっと笑みを消す。そして、ブルパップカービンを構えなおした。
未だ驚いた顔をしているシュタイン隊の隊員がなんとか頷くの視界の隅で確認してから、俺は車の陰から身を躍らせた。
石畳を蹴り、駆ける。
姿勢を低くしながら、魔術師の集団へと突撃する。
胸甲を身に付けた白仮面たちが、真っ直ぐに向かって来る俺に動揺しているのがわかった。
しかしその混乱も一瞬のこと。
牡牛のエーレクライトの号令のもと、魔術師たちは一斉に氷の矢を放つ。
俺はそれを回避する。
ライフルで撃ち落とすのではなく、左へ右へ素早くステップを刻み、回避してみせる。
強化された認識力と脚力があるからこその芸当だ。
普段なら、あっという間に転んでしまうだろう。
魔術師たちが僅かに後ずさる。
俺は直線的な突撃から、急激に軌道を変える。
円を描き、魔術師たちの側面に回り込む。
魔術師たちがそんな俺を追跡しようとするが、そこに正面からシュタイン隊の牽制射撃が入った。
敵がシュタイン隊に気を取られた瞬間。
俺はタンッと石畳を蹴った。
大きく跳躍し、牡牛のエーレクライトの眼前に着地。
指揮官はこいつだ。
「貴様っ!」
エーレクライトが吠える。
俺は無言で、その眼前にライフルを突き付けた。
その瞬間。
ドゴっと音を立て、俺とエーレクライトの間の石畳が裂けた。そして、牡牛の鎧を守る様に土の壁が隆起した。
俺はとっさに飛び退く。
俺が先ほどまいた場所を、その壁から突き出した鋭い岩が貫いた。
牽制のために、俺はその土壁を撃つ。
もうもうと土煙が立ち上る。
「くく、無駄だ、無駄だ」
土壁の後ろから現れたエーレクライトが、俺に向かって手をかざした。
その途端、俺の足元がぬかるみに変わった。
足元が沈み込み身動きが取れなくなる前に、俺はさっと後退するしかない。
しかし後退しながらも、わずかな隙を突いて俺は執拗にエーレクライトを、そして魔術師を狙い撃った。
エーレクライトの隣にいた魔術師が、防御が間に合わずに倒れる。
「くっ、雑魚が! ちょこざいな!」
エーレクライトが俺を睨んで咆哮を上げた。
その号令の下、他の魔術師たちが一斉に俺を狙い始める。
俺はチラリと通りの先を一瞥し、シュタイン隊が撤退に入ったのを確認した。
俺はそのまま、ラプアー通りから脇の路地へと後退する。
「追え! 逃がすな!」
牡牛のエーレクライトを含めた魔術師集団が俺の方に食い付いた。
俺は全力で走る。
エーレクライトに率いられた魔術師たちが俺を追ってくる。
背後から襲い来る炎、氷、雷の攻撃術式。
さらには、俺の足を止めようと地面から土壁が現れる。
俺はその壁を台にして、ふわりと跳躍した。
着地。
振り返り、後方に銃弾をバラ撒く。
狭い路地にマズルフラッシュが煌めく。
そして再び走る。
そのまま俺は、隣の通りに出た。ラプアー通りより幾分狭い裏通りだ。
そこで俺は、立ち止まる。
直ぐに賑やかに鎧を響かせ、魔術師たちが追い付いて来た。
「臆病者め! 軍警の犬が! 追い詰めたぞ!」
牡牛のエーレクライトが吠える。
俺はそれを一瞥すると、ライフルの銃口を下げた。
そして、すっと道を空ける。
……姉さんの、邪魔をしないように。
「魔女……」
魔術師の誰かが呟いた。
通りの先。
魔術師たちが見つめるその先には、いつの間にか黒マント尖り帽子の黒いシルエットが立っていた。
その黒マントを割いて、白く細い手がすっと持ち上がる。
俺はそれに合わせて、さっと銃口を振り上げた。
「そ、総員けい……!」
牡牛のエーレクライトの叫びは、俺の銃声にかき消される。
人気のない狭い通りに、マズルフラッシュとアオイの魔術の青い光が煌めいた。
『騎士団の4次増援を確認。展開中の全隊、警戒せよ』
『こちらルエージュ隊! 戦線が市街地に拡大している。住民の避難誘導はどうなっている!』
『バイパー12。航空支援を開始する。ファイア、ファイア!』
『2番街から3番街、2ブロックの魔術師は掃討した。逮捕者もいる。至急搬送準備を……』
『シュタイン隊、部隊の再編成が完了した。オーリウェルΛ分隊に感謝すると伝えてくれ』
『敵魔術師排除。しかしこちらにも負傷者が……』
戦況無線からは、混乱する状況報告がひっきりなしに流れて続けていた。
首都の夜空は赤く燃えていた。
時より爆発の衝撃が地面を揺らしを、遠く銃声が夜の街に響きわたっていた。
敵は少数だが強力な魔術師が多い。さらには広範囲に展開し、無差別に攻撃を仕掛けているため、戦線は拡大する一方だった。
対して軍警も奮戦し、既に多数の魔術師やエーレクライトを制圧していた。
しかしこの場で戦っている誰もが、まだこの先何かが起こるのではないかという予感を抱いていた。流れて来る無線からは、そんなピリピリと張り詰めた緊迫感が伝わって来た。
軍警と騎士団の激しい衝突は、既に首都中心部に大きな被害を出している。
建物の壁には流れ弾によって弾痕が穿たれ、グレネードの爆発が街路樹や車両を吹き飛ばしていた。対エーレクライト用に、一部では対戦車ロケット弾やヘリの20ミリ機関砲掃射まで行われた様だ。
対して騎士団も、所構わず大規模破壊魔法を行使している様だ。
俺は何度も、何かに押し潰される様に倒壊した建物や、一部が綺麗に切断されてしまった建物を目撃した。
……これでは、本当に戦場だ。
俺は奥歯をギリっと噛み締めながら、その変わり果ててしまった街並みの中を走っていた。
俺の隣には、石畳の上を滑る様にして進むアオイがいる。黒マントが戦場の風に大きくはためいていた。
「ウィル! 後ろだ!」
アオイが叫ぶ。
俺はチラリと背後を見上げる。
黒煙に煙る首都オーヴァルの夜空に、一条の赤い光が走る。
左から右へ、薙払うような走った赤い光。
それに貫かれた高層ビルの上層が、爆炎を上げて傾いた。
……くっ。
どこかの魔術師が、大規模魔術を放ったのだ。
瓦礫を振りまきながら、崩れ始めるビル。
あの威力からして、アオイ並みに強力な魔術師がいるのかもしれない。
そちらの援護にも回りたいが、それよりも今俺たちは、目の前のアパートメントに急行しなければならなかった。
人気のない通りを、俺は強化され脚力で走り抜ける。
ライフルを保持しながら、全力で。
直ぐに前方に4階建ての古いレンガ造りの集合住宅が見えて来た。
その最上階部分は、炎を吹き上げ、炎上していた。
夜空よりもさらに黒い黒煙が、もうもうと立ち上っている。
先程別部隊の援護をしていた俺たちの目の前で、エーレクライトの放った強力な稲妻があのアパートメントを直撃したのだ。
俺たちが戦っていた場所は、ミルバーグ隊長に教えてもらっていた事前退避エリアのギリギリ内側だった。しかし魔術の直撃したアパートメントは、その外側になる。
もしかしたら、人が残っているかもしれない。
そう考えた俺とアオイは、現場に向かう事にしたのだ。
その俺たちの悪い予感は、的中した。
対象の建物に近付くと、中から逃げ出してくる人たちや他の建物から出て来る人たちで、現場は騒然としていた。
俺は顔をしかめる。
戦闘が起こっている直ぐ近くに、まだこんなに人が……。
「ここは危険です!退避して下さい!」
アオイが尖り帽子を取りながら叫んだ。
「Λ1からミルバーグ隊長へ」
俺は無線器を押さえながらミルバーグ隊長をコールした。
『こちらオーリウェル隊。どうした』
俺はミルバーグ隊長に民間人が残っている状況と場所を伝える。念のために、救護班の要請も。
その時、周囲がさらにざわついた。
顔を上げて周りを見回すと、炎上する建物から赤ちゃんを抱いた女性が出て来る所だった。
ふらふらとした足取りの女性は、建物の外に出ると力を失ったかの様に崩れ落ちた。
慌てて俺とアオイが駆け寄る。
女性は、足に酷い火傷を負っていた。
俺と視線を交わしたアオイが、即座に治癒術式を行使する。
「大丈夫ですか? 他に痛む……」
「あのっ! 夫と娘は! ラーズ! クリス! いないのっ!」
女性は涙を流しながら必死の形相で周囲を見回す。ぎゅっと赤ちゃんを抱き締める腕に力を込めながら……。
家族とはぐれたのだろうか。
「アンネ。ラーズたちは見ていないんだ。もしかしたら、まだ……」
避難していた人の中から、寝間着姿の老人が進み出て来るとそう告げた。
それを聞いた瞬間、アンネと呼ばれた女性の表情が凍り付く。
「あなた、クリス……」
ドキリとしてしまう。
家族を失う絶望。
その悲しみ。
その苦しみ。
彼女の表情が物語るそれが、俺にはよく分かった。
胸が痛い。
胸の奥が、ズキズキと痛む。
何の罪もない彼女たち家族が、どうして引き裂かれなければならないのか……。
俺はライフルを握り締めながら、すっと立ち上がった。
「旦那さんと娘さんは、俺が探してきます」
俺はキッとアンネさんを見る。
「ウィル!」
アオイが驚いた様な声を上げた。
俺は取り乱すアンネさんから、何とか部屋の場所を聞き出した。
「アオイは住民の避難誘導とアンネさんの治療を頼む。ミルバーグ隊長たちが来るから、後は引き継いでくれ」
俺はアオイにそれだけを告げると、身を翻し、アパートメントの中へと飛び込んだ。
背後でアオイが叫ぶ声が聞こえたが、今は立ち止まれない。
魔術の直撃を受けたのは建物の上階。下層は未だ無事だったが、焦げくさい臭いが漂っていた。
俺は階段を駆け上がる。
強化された脚力で踊場から踊場まで一気に跳躍する。
アンネさんたちの部屋があったのは4階。最上階だった。
全力で目的地までたどり着いた俺は、腕で口元を覆った。4階部分は、吹き上がる炎と充満する煙で覆い尽くされていた。
壁材のレンガがあちこちに散らばり、魔術が直撃した衝撃を物語っている。焼け落ちた梁が所々に転がり、今にも天井が落ちてきそうだった。
炎の勢いは強い。簡単に消火出来そうにはなかった。
「クリスちゃん!」
俺はライフルを背中に回し、姿勢を低くしながら叫ぶ。
外は凍える寒さなのに、炎に囲まれたここは灼熱地獄だった。
一気に汗が噴き出して来る。
アンネさん宅と思われるドアを見つける。
しかし建物が歪んだのか、僅かに開いたドアはピクリともしなかった。
俺はハンドガンを抜いて蝶番を撃ち抜く。そして、体当たりでドアを排除した。
「ラーズさん!」
部屋に踏み入る。
内部はさらに煙が酷かった。
俺は歯を食いしばって父と娘を必死に探す。
助けたい。
もし無事ならば、絶対に。
理不尽な暴力で家族が引き裂かれる悲しみは、アンネさんにもあの赤ちゃんにも味わって欲しくない……!
「ラーズさん! クリスちゃん!」
流れ落ちる汗と目尻に溜まる涙を一緒に拭って、俺は必死に周囲を見回した。
煙と炎で視界はほとんど無いも同然だった。
……それでも!
恐らく魔術攻撃が直撃した方なのだろう、俺はさらに激しく損傷した一角に足を踏み入れる。
その時。
折り重なる瓦礫の下に、人の手を見つけた。
俺は直ぐにそちらへ駆け寄った。
そこには、細面のメガネの男性が倒れていた。
体は半ば瓦礫に埋もれている。
この人がラーズさんか。
俺は跪きながらグローブを外し、そっと脈を取る。
反応は、なかった。
……くっ。
一瞬、俺は目をぎゅっと瞑る。
歯を食いしばる。
そしてその場を立ち去ろとして、しかしふと、ラーズさんが抱えているものに気が付いた。
瓦礫を払うと、父の背に回された小さな手が現れる。
「クリスちゃん!」
俺は慌てて瓦礫を払いのけ、ラーズさんの体を持ち上げながらその小さな体を引き出した。
「……う、うん」
微かに声が聞こえた。
無事だ!
俺は栗毛をショートカットにした小さな女の子を抱きかかえると、ぎゅっと抱き締めた。
少女に意識はなかった。
しかし、確かな温もりは感じる事が出来た。
良かった。
本当に、良かった……。
また少し涙が滲んでしまう。
今度はそれを拭う事なく、俺はばっと立ち上がる。そして、走り出した。
全力で、出口の方へと。
バチバチと猛々しく吹き上がる炎の音を間近で聞きながら、俺は走る。
ドンと建物を揺るがす振動が響き渡った。どこかで建物の崩壊が始まったのかもしれない。
俺は部屋を飛び出すと、そのまま階段の下へと一気に飛び降りた。
踊場でタンっと着地し、さらに下へ跳ぶ。
そして、転がるように燃え上がるアパートメントから脱出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
俺はそのまま崩れる様に膝を突いた。
「ウィル!」
「クリス!」
アオイとアンネさんが駆け寄って来る。
アンネさんは涙を浮かべて。
アオイも不安そうに顔を曇らせて。
俺はふっと微笑み、アンネさんにクリスちゃんを渡した。アンネさんは嗚咽を上げながら娘を抱きしめる。
「アオイ、頼む」
俺はふっと安堵の息を吐きながら、アオイにクリスちゃんの治療をお願いした。
眉をひそめて俺を睨みつけたアオイが、しかし何も言わず治癒術式を詠唱し始めた。
俺はもう一度大きく息を吐く。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「アンネさん」
俺は娘を抱きしめる母親にそっと声を掛けた。
「あの、ラーズさんは、クリスちゃんを守って……」
声が震えてしまう。
アンネさんは俺を見上げて固まった。
俺が伝えたい事が分かったのだろう。アンネさんはそのまま娘を抱きしめ、肩を震わせ始めた。
「……ありがとう、こざい……ました」
涙を流しながら、切れ切れにそう告げたアンネさんの言葉は、直ぐに嗚咽に変わってしまった。
俺は、アンネさんたちから少し離れる。
そして、首相官邸や議事堂がある首都中心部の方角をきっと睨みつけた。
……こんな悲しみばかりを振り撒く行為が、許される筈がない。
俺は、許さない。
どんな崇高な目的があろうとも、家族が安心して眠る夜を打ち壊してしまう行為なんて、認める訳にはいかないのだ。
俺はぎゅっと握った拳に力を込めた。
体の奥から湧き起ってくる激しい感情を、俺は必死に抑えつけた。
……これが、こんなことが、ジーク先生のしたい事なのだろうか。
「まったく、ウィルは無茶をし過ぎだ」
カツッと足音を響かせて、アオイが俺の隣に並んだ。
俺は、ゆっくりと息をを吐いてから、アオイを見た。
「クリスちゃんは?」
アオイは、他の住民たちに助けられ、避難し始めるアンネさんたちを一瞥した。
「取りあえず問題はない。問題は、ウィルの方だぞ」
「アオ、わぷっ」
そう言いながら、アオイは俺の顔にハンカチを押し付けて来た。
ごしごしといささか乱暴に、煤と汗に汚れた俺の顔を拭いてくれる。
む。
子供扱いされているみたいで少し恥ずかしくなる。
しかし俺は、抵抗しなかった。
「……ごめん」
俺は俯き、そっと上目遣いにアオイを見た。ここは素直に謝っておく。少し頭に血が昇ってしまったのは事実だ。アオイにも心配を掛けてしまった。
「反省しているならば良い」
アオイが俺の頭を撫でる。優しい手つきで、さっと髪を梳いてくれる。
……む。
俺は反省の意味も込めてじっとアオイのされるがままになっていたが、なかなか頭を撫でるのをやめてくれない。
とうとう俺は、がっとアオイの手を掴んで押し戻した。
「まだ私たちには成すべき事がある。慎重に行かなければな」
少し残念そうなアオイが、しかし表情を正して俺を見詰める。
俺はそれを見返して、コクリと頷いた。
首都を覆う先の見通せない夜闇は、まだまだ色濃く俺たちの前に広がっている。
夜明けはまだ遠い。
読んでいただき、ありがとうございました!




