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Hexe Complex  作者:
7/85

Order:7

 目覚ましの鳴る時間よりも少し前。

 パチリと目を開いた俺は、抱き締めていた猫の頭形ぬいぐるみを離して、むくりと体を起こした。

 市警での騒ぎの後、レインからプレゼントされたこのぬいぐるみは、ここ数日俺の抱き枕と化していた。

 抱き心地が良いのだ。ぬいぐるみだなんて、少し恥ずかしくはあるけれど……。

 その後も調子に乗ったレインが、猫にペンギンにイルカに何個かぬいぐるみを送ってくれるものだから、俺の無味乾燥としたベッドは少しずつ賑やかになりつつあった。

 俺は乱れた髪と眠気を払うように、そっと頭を振る。

 ベッドから降りるとペタペタと洗面所に向かい、手早く身支度を始める。

 鏡を見ながら歯を磨く。

 ダボダボのTシャツから肩を出して鏡に映すと、下着の肩紐の少し外側が赤くなっていた。

 昨日の森林行軍訓練で転んだ拍子にライフルが当たった箇所だ。昨日から痛いなと思ってたら、やっぱり打ち身になっていた。

 それ以外にも体のあちこちが痛い。

 打ち身に擦り傷。それに、筋肉痛。

 ここ数日、もとの体の感覚を取り戻すべく必死で打ち込んで来た訓練のツケが、あちこちに出て来ているみたいだ。

 警察署であの魔術犯罪者を取り押さえた時の感覚。

 それを忘れたくなかったのだ。

 体中が痛いのは嫌な事ではない。少しずつでも前に進めているという証拠だと思えるから。

 俺は歯ブラシを咥えながら屈伸して、太ももの筋肉痛を誤魔化す。上はTシャツ、下は下着だけという姿で寝ていたので、白い素肌が剥きだしになったままになっている足を、直接ぱんぱんと叩いた。

 歯磨きの後は顔を洗い髪をまとめにかかる。

 ここ数日の体力訓練は辛い思いをするだけでまだまだ成果は出ていなかったが、1つだけ成長したと言える点があった。それは、髪を自分でまとめられるようになったということだ。

 後ろでまとめたりサイドでまとめたり、長い髪は色々選択肢がある。しかし何よりも、手早くまとめることが迅速な行動には欠かせないことなのだ。

 髪ゴムを手に取って、鏡に映った自分の顔をぼうっと見る。

 ……今日は、まとめなくてもいいかな。

 俺はぴょんと寝癖が跳ねた頭のまま、そう思い至った。

 何故なら今日は休日。

 俺がこうなってしまってからの初めての休日なのだから。

 洗面所から戻った俺は、冷蔵庫から水を取り出して一口飲んだ。

 コクリと小さく喉が鳴る。

 休みだが、やるべき事は色々とある。

 掃除に洗濯。それに衣料品の買い出し。

 本来は訓練で疲れた体を休ませる事に専念しなければならないのだろうが、買い出しはどうしても外せない重要課題だった。

 毎日毎日訓練の後は、服の上から水浴びしたかのように汗でびっしょりの状態になる。すると、代えの服や下着やらの消費量が凄いことになる。洗濯しても、しても、追い付かないのだ。

 今も室内干し用の物干しロープには、沢山の下着やら服やらが揺れている。

 ……女物の、だが。

 衣服の予備は、いくらあっても困る事はないのだ。

 女性ものの店に1人で突入するという重大な課題はあるものの、これだけはどうしてもやり遂げなくてはいけなかった。

 しかし、まぁ……。

 俺はダイニングテーブルの上の時計をちらりと見た。

 いつも通り起床したので、店が開くにはまだ時間がある。

 もう少し寝るのも、悪くはない。

 睡眠の誘惑に屈した俺は、とっとっとっとベッドに駆け寄って、そのままばふっと布団にダイブした。

 もぞもぞと猫頭くんを抱き寄せ、溶けるように二度目の眠りに落ちていく。



 二度目の目覚めは、ジージーという耳障りな音だった。

 目覚ましか?

 眠気まなこで目覚まし時計に手を伸ばし、激しく鳴っているのはそれではない事に気が付く。

 だんだんと覚醒して来ると、それが玄関ドアの呼び鈴だと気が付いた。

 客?

 誰かと訝しみながらも、俺はベッドから飛び起きると、ドアに向かった。

 途中で下半身が下着姿のままだと気が付いて、寝間着にしていた短パンを穿く。以前の俺でもサイズが大きかったTシャツは、裾がスカートみたいになって下着を隠してくれるけれど、さすがにそのまま客の前には出られない。

 その間も鳴り続ける呼び鈴。

 やがて客は痺れを切らしたのか、ドンドンと扉を叩き始めた。

 ……せっかちだな。

 俺は内心眉をひそめながらも、足早に玄関ドアに向かった。

 しかし俺は忘れていた。

 短パンがブカブカであることを。

 玄関を目前にして、短パンがずり落ちる。

 それに足を取られる。

 のっ……!

 俺は前につんのめり、なんとかバランスを取ろうとして、そこで思わず悲鳴を上げてしまった。

「ひゃ」

 ……き、筋肉痛が。

 痛みに負けて、とてっと床に手を付いて転んでしまう俺。

 それと同じタイミングで、呼び鈴の音もドアを叩く音も止んでしまった。

 間が悪いな、俺……。

 俺は短パンがずり落ちたままぺたりと床に座り込む。ポリポリと頭を掻いていると、不意に、目の前でカチャリと鍵が開く音が聞こえた。

 硬直する。

 家主の俺の意志に反して開いていく扉。

 ぽかんと口を開け、俺はそれを見つめる。

 来客は、諦めてなどいなかったのだ。

 俺の部屋の合い鍵を持っているのは大家さん。しかし大家のおばさんは、こんな強行侵入などしない。

 だとしたら、これは……!

 ドアが開く。

 俺の部屋の玄関前で、腕を組み、仁王立ちしていたのは、ソフィア・ベルネット。

 大家さんの娘にして、俺の古くからの馴染み……。

 輝くような金髪の長い髪。透き通った青い瞳。ノースリーブのシャツに、七分丈のジーンズを履いたスタイルはバランス良く整っていて、最近ますます美人になったなぁと思わせる。

 就職した今は、地元の学校で音楽の先生をしているらしいが、きっと生徒にも人気なのだろう。

 ソフィアと目が合う。

 俺を捉えて、大きな碧眼がすっと細まった。その視線が剥き出しの俺の太ももに移ると、綺麗な顔がピクピクと引きつり始めた。

「お母さんから聞いてまさかとは思ったけど……」

 憎々しげに言い放つソフィア。

「あなた、誰? ここで何をしているの?」

「あ、あの……」

 対して俺の声は消え入るように小さい。

 おっかない。

 本当に、おっかない。

 俺は今、蛇に睨まれた蛙だ。

 口ごもる俺に、ソフィアはとうとう我慢出来なくなったか、ずかずかと部屋の中に突撃し始めた。

「ウィル!ウィルバート!いるんでしょう!出てきなさい!」

 ま、まずい。

 ぬいぐるみとか、洗濯物とか、人には見せられない俺の生活スペースが!

「こんな若い子連れ込んで、あんたはっ!そんなことじゃ、おじ様もおば様もルクレツィアお姉様も泣いてるわよ!」

 怒鳴るソフィア。

「ソ、ソフィ!」

 俺は慌てて立ち上がり、その肩に手を掛けた。

 その俺の手がぱんっと払われる。

「あなたにソフィ呼ばわりされるいわれは無いわ!ウィルバートを出しなさい!」

 以前は見下ろしていたソフィアが、今では俺の方が見上げる状態だった。

「俺……いや、私は妹なんです、ウィルバートの!」

 俺はとっさに、最近身に付けたウィルとしての設定を口にしていた。

 無免許で補導された一件以来、軍警オーリウェル支部の刑事部と政務部が共同してでっち上げてくれた偽りの俺の身分。

 対外的には俺は、ウィルバートの妹ということになっていた。

 しかしそれを聞いたソフィアは、ますます鋭い目で俺を睨み付ける。

 ……まずい。

 一瞬の後、俺ははっと気が付いてしまった。

 子供の頃からの腐れ縁。それこそ俺の家族が健在だった頃からの。

 今はいない父さんや母さん、姉貴以外に俺の身の上に最も詳しい存在。

 それが、ソフィアだ。

 しまった……。

「ウィルバートに妹なんていないわ。私は知ってるんだから!」

 じりじりと俺に詰め寄るソフィア。

「あなたは誰?ウィルバートはどこにいるの?」

 改めて問われても俺はとっさに言い返せない。視線を泳がせながらじりじりと後退するだけだ。

「どうせまた軍警絡みなんでしょう?ウィルが私やお母さんに何も言わずにいなくなるのは、いつも軍警絡みなんだから。だから私は軍警に入るだなんて止めなさいって言ったの。危ないし、人に言えないような事をする仕事なんて!」

 腰に手を当てて俺を睨むソフィア。

 俺は肩を落としながら心の中でソフィアに謝る。

 悪いな、ソフィア。

 いつも心配ばかり掛けて……。

「いいわ。このままじゃ埒が明かない。もうウィルバートに直接聞くから」

 ソフィアはそう言うと携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。

 程なくして、俺の部屋の中に携帯のヴァイブレーション音が響き始めた。

 それはもちろん、ベッドサイドのテーブルに置きっぱなしになっている俺の携帯電話だった。

 ソフィアがツカツカとベッドサイドに歩み寄る。

 先程まで俺が寝ていて乱れたままになっているシーツを無表情な顔で見下ろし、レインに貰ったぬいぐるみ群に眉をひそめるソフィア。

 俺の携帯を取り上げたソフィアは、自分の携帯から着信が入っているのを確認し、ぶつりと電話を切った。

「あの、ソフィ……?」

 俺に背を向けて沈黙するソフィア。

 そっと声をかけるが、反応がない。

 その間にも俺は、この状況を打開できる言い訳を必死に考えていた。

 妹とか親戚とかいうのはソフィアには通じない。

 家族が突然いなくなって、親類もなく天涯孤独の身になってしまった俺の事情は、ソフィアが一番良く知っている。そんな俺を慮ったソフィアとその母の好意で、俺はこの部屋を借りる事が出来ているのだから。

 ならばやはり、先程ソフィアが言った通り軍警の関係者になってしまおうか。それなら任務ということで詳しい説明はせずに済む筈。

 しかし。

 ……恩のあるソフィアに嘘を付かなくてはいけない事が、後ろめたい。胸が痛い。

 俺は握った拳をきゅっと胸に抱く。

 わざわざ俺を心配して訪ねて来てくれたのに……。

 ソフィアが振り返る。

 俺は、はっと息を呑んだ。

「ウィルは、ウィルバートはどこ!無事なんでしょうね!」

 そう怒鳴ったソフィアの青の瞳は、真っ直ぐに俺を射抜いていた。

 強い光が灯った瞳。

 ガンッと頭を殴られたような衝撃が走る。

 それは本気の目。

 俺を心配してくれている目だ。

 長い付き合いだ。

 それがソフィアの真剣な顔だと、俺には分かる。

 俺に家族はいない。

 魔術師によって俺は、全てを奪われた。

 でも俺には、こうして俺の身を案じてくれる人がいる。

 身よりのなかった俺を支えてくれたベルネット親子がいたのだ。

 俺にとっては、掛け替えのない人たち。

 しかし俺は、自分自身の身に降りかかった大きな変化と、俺の人生の目標とも言っていい魔術犯罪者との戦いを続けられるかどうかという岐路に出くわして、そんな大切な筈の人たちにきちんと対するのを怠っていたのだ。

 俺の携帯を握り締めるソフィア。

 彼女の真剣な顔に、俺は応えなくてはいけない。

 いや。

 応えたい。

 そう、思った。

 俺は彼女に歩み寄ると、その手にそっと触れる。

「悪かったな、ソフィア」

 俺は幼なじみを見上げる。

「少し話そう。コーヒーでも入れるから、座れ」

 そして、そっと微笑んだ。

 一瞬訝しむように眉を動かしたソフィア。

「……ウィ、ル?」

 ソフィアが、小さく呟いた。

 俺は、そっと頷く。



 ガスコンロにケトルをかけてお湯を沸かす。コーヒーといってももちろんインスタントだが、お湯を注ぐと立ち上ってくる香ばしい湯気は、ドタバタして乱れてしまった穏やかな休日の空気を取り戻してくれるようだった。

 カップを2つ。

 ソフィアの分には角砂糖4つとたっぷりのミルク。俺はブラックで。

 小さなテーブルに向き合って座った俺たちの間に、カチャリとカップを置く。

 コーヒーの湯気がゆらゆらと揺れていた。

 俺はあの廃工場の夜からの出来事をゆっくりと話し始めた。もちろん軍警の作戦に関わるような部分は避けて、俺の身に起こった事を重点的に話す。

 ミルバーグ隊長からは、俺がこうなってしまった事をあまり広めるなとは言われていたけれど、誰にも話してはいけないとは言われていない。

 ソフィアには、ソフィアと大家さんには、きちんと話してはおくべきだったのだ。

 例え軍警に口外することを禁じられても、話すべきだった。

 ソフィアがこうしてわざわざやって来て俺の身を案じてくれるまで、そんな事にも思い至らなかった自分が不甲斐ない。

 俺は話しながら、自分のカップを包み込む両手に力を込めた。

「あなたがウィルバート?そんな、そんなの信じられない……」

 ソフィアが目を見開いて俺を見ていた。

 ならばと俺は、少し昔話を始める。

 俺の母親とソフィアの母親、つまりこのアパートメントの大家さんは、昔からの友人だった。そのため俺と姉貴、そしてソフィアは、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。

 ソフィアは俺の2歳年上。姉貴は俺の4歳年上。当時の俺は、ソフィアの事を2人目の姉だと思っていた。

 中学生になると学校も同じになって、一緒に過ごす機会も多くなった。

 しかしそんな時、あの事件が起きた。

 休日のショッピングモールを襲った魔術テロ。

 あの当時の事は良く覚えている。

 家族を失い、ただ悲嘆にくれるだけの行き場を失った俺に手を差し伸べてくれたのが、今の大家さんとソフィアだった。

 俺は、おばさんやソフィアに励ましてもらえたからこそ、あの時期を耐えられた。軍警に入って魔術犯罪者と戦う道を見いだすことが出来たのだ。

 お互いに就職した今となっては、顔を合せない日が多くなっていたけれど。

「そうよ。そうやってしばらく見ないなと思ってたら、ウィルの部屋に見知らぬ女の子が出入りしてるってお母さんに聞いたのよ。だから、ウィルに悪い虫が付いたんじゃないかって思ったわけ」

 唇を尖らせながらソフィアはコーヒーカップを口元に運ぶ。

「もっとも、あのウィルバートにそんな甲斐性があるとも思えないけどね」

 ぶつぶつ言いながらカップに口を付けたソフィアは、はっとして顔を上げる。

「あなた、これ、お砂糖何個入れたの?」

「4つ。ソフィは昔からそうだろ」

 俺が微笑み返すと、ソフィアはますます顔を曇らせた。

「ホントにウィルバート、なの?」

 まぁ、信じられないのもしょうがない。

 俺は少し困ったように微笑みながら頷いた。

「確かに顔は全然違うけど、口数の少ないとことか、困ったような笑い方とか、話し方もウィルバートみたいだけど……」

「ソフィ。やたらと俺を観察してるな」

「う、うるさいわね。状況を把握してるんだから、黙りなさい」

 じっと表情は変えずに、しかし目だけは激しく揺れ動く思考を現すようにキョロキョロ動かしながら、ソフィアは黙り込む。

 もしこれでソフィアたちに嫌われてしまっても、しょうがない。

 ……後は頑張るだけだ。家族やΛ分隊のみんなのためにも、生き残った俺がすべき事を。

「おばさんにもきちんと話しておかないとな」

 俺は、午後の陽光が差し込む窓に視線を送った。

「……お母さんには話さない方がいいわ」

 視線を戻すと、ソフィアが真っ直ぐに俺を見ていた。

「……魔術の影響よね、それ」

「ああ。多分」

「なら、女の子になっちゃうってのも有り得る事なのかもしれない。だけどお母さんは魔術とか詳しくないから。ただ恐いものってくらいしか認識がないと思う」

 ソフィアはふうっと息を吐いた。

「現に私だってまだ信じられないし。でもまぁ、お母さんには、ウィルバートの遠縁の子が来てるって言っとくわ」

「……いつも悪いな、ソフィア」

 苦笑いを浮かべそっと首を傾ける俺から、ソフィアはつっと視線を逸らした。

「……でも、なんであんたなのよ」

「ん?」

「魔術であんなに酷い目にあって、軍警なんて危ない仕事やるって言った時は心配したけど、それでもやっと前向きになったって思ってたのに。なのに、またあんただけそんな目にあって!何でよ……」

 大きくなった声が尻すぼみに消えていく。

「ソフィ……」

 顔を強ばらせるソフィアには申し訳なかったが、俺は少し嬉しかった。

 誰かが自分のために怒ってくれている。

 それもこれほど本気に。

 それが嬉しくない者など、いるだろうか?

「俺は、感謝はしているんだ。あの廃工場の夜を生き残れた事を」

「あ……。ごめん」

 ソフィアには隊の仲間が死んだとは説明してあった。

「だから、まぁ、まだ困惑はしてるし、慣れない事ばかりだから大変なのは大変だけど、頑張るしかないなって思ってる」

 俺はコーヒーカップを持ち上げて、その渦巻く黒い表面をじっと見つめる。

 俺には、そうして前に進むしかないんだ……。

「ちょっと、ウィル!」

 不意にソフィアが声を上げた。

 はっと顔を上げる。

「あんまり俯いてると、髪がカップに浸かるわよ?」

 砕けた表情で悪戯っぽく笑うソフィア。

「あ、うん……」

 俺はカップをテーブルに置いて耳の上からこぼれ落ちてくる淡いピンクの髪の房を掻き上げた。

「ぷふっ」

 不意にソフィアが吹き出した。

「何だよ」

 俺は眉をひそめてソフィアを見る。

「ふふふっ、だって、あのウィルバートがそんな女の子みたいな仕草するなんて、笑えるじゃない? ふふふふ、はははははっ」

 お腹を抱えて笑い出したソフィアを、俺は憮然として見る。

 ……怒っていたかと思ったら笑い出して。まったく、喜怒哀楽の激しい奴だ。

「でもさ、その格好ってウィルの趣味なの?」

 半笑いのまま、ソフィアが尋ねてくる。

 そんな事、俺が分かる筈がない。

「ストロベリーブロンドにすらりとしたスタイル。鋭い目は気が強そうで、いかにもクールな美人さん。それってあんたの趣味なんじゃない?」

「馬鹿を言うな。こんな姿で色々困ってるんだ、俺」

 体格とか運動能力とか、周囲の生暖かい視線とか。

 ソフィアが不意に笑顔を消す。その視線が、ちらりと洗面所の方を窺った。色々洗濯物を干してある方を。

「そういえばウィル。その、服とか下着とかどうしてるの?」

 俺は視線を落とした。今はもちろん、短パンを穿いている。

「えっと……」

「まさか、自分で買いに行ったんじゃ……」

 軽蔑するように半眼で俺を見るソフィア。

 その反応は心外だ。

 俺だって好きでやっているわけじゃ……。

 俺はむうっとソフィアを睨み返した。

「職場の同僚に貰ったんだよ」

 俺の言葉にますます身を引くソフィア。

「ウィルの職場って、ゴツい男ばっかりなんでしょう?やっぱりちょっと変……」

「レインが、女性のスタッフが……」

 釈明をしようとして、しかし俺はその途中で盛大に肩を落とした。

 ソフィアが俺をからかっているだけなのは分かる。

 何しろ長い付き合いだ。

「……いいわ。信じてあげる」

 そんな俺の様子を見て、意を決したようにふんっと胸を張るソフィア。

「これからは、私が面倒を見てあげる。あの鈍感ウィルバートに繊細な女の子が務まるとは思えないしね」

「ぐぅ……」

 確かに、その通りではある。

「とりあえず、うちでお昼をたべましょう。お母さんにも紹介しなきゃ」

 テーブルをとんっと叩いて立ち上がるソフィア。

「休みだからって、どうせまだ何も食べてないんでしょ?」

 またしても、その通りである。

 ソフィアはぶかぶかのTシャツ短パン姿の俺の手を取ると ぐいぐい引っ張っり始めた。

 やって来た時と同じく、強引に。

 しかし俺の腕を掴むソフィアの手の暖かみが心強い。

 でも、話せて良かったと思う。

 ソフィアに話せて……。

 どうやら買い物に出るという俺の予定は、かないそうにない。

 とりあえず、今日のところは。

 でも、まぁいいかと、俺は思った。

日常パートのお話でした。

読んでいただいてありがとうございまいした。

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