Order:6
魔術犯罪者による強盗事件が発生しているためか、それとも普段からこういうものなのか、オーリウェル市警西ハウプト署の中は混沌とした様子だった。
どこからか聞こえてくる怒号。ヒステリックな叫び声。
制服の警官とスーツ姿の私服警官。連行されて来たのか(俺みたいに)、なにかしらの用件で警察を訪れているのか、市民たちの姿も入り乱れている。
他人の免許証を所持し、自身の免許証を不携帯という事でこの西ハウプト署に連れて来られた俺は、そのままパーテーションで区切られた談話スペースのような所に入れられて放置されていた。
ちらりと壁に掛かった時計に視線を送る。
かれこれもう15分……。
どこからか濃いコーヒーの匂いが漂って来る。
いきなり逮捕ということはないと思うが、この事態への言い訳は考えておかなければいけない。
俺は腕を組んでうんうん唸る。
……本当に俺は失敗ばかりだ。
訓練の結果といい、こんな事で市警にお世話になる事といい、本当にどうしようもない……。
俺は眉をひそめてふうっと肩を落とす。耳の上からさらりとこぼれ落ちて来る髪の房を掻き上げる気にもならなかった。
はぁ。
溜め息が止まらない。
そこへ、カチャリとパーテーションが鳴り、若い男が入って来た。
パリッとした白いワイシャツに、シンプルなブルーのネクタイ。ズボンは紺色。すらりと背が高く、短く刈り込んだ栗毛にキョロっと大きな目をした顔が、まるで少年のようだった。
ん?
この人どこかで……。
男は爽やかな笑みを浮かべつつ、両手に持った紙コップを机の上に置いた。
胸から下がるバッヂをちらりと見る。階級は巡査長だ。
「やあ、すまないね、お嬢さん」
その1つを俺に差し出しながら、若い警官はニコリと笑った。
俺は息を呑んで姿勢を正す。これから始まる尋問に緊張しながら、きっと刑事を睨み上げる。
「これ、飲んでね。もうちょっとだけ待って」
男はそう言うと、一旦パーテーションの外に出て行った。そして今度は茶色のデスクトレーを持って俺の所に戻って来た。
「待たせてごめんね。僕はロイド・ハーミット。ここの署の刑事だ。少年課の者が出払っていてね。僕が君の話を聞かせて貰うよ」
少し緊張したような笑みでそう告げたロイド刑事は、トレーを机に置いて俺の方に片手を差し出して来る。
その彼の体に押されたトレーが、コーヒーの紙コップにぶつかる。俺はとっさに身を乗り出して、倒れそうになった紙コップを支えた。
「のわ、す、すまない」
ロイド刑事も慌てて手を出すが、今度はその手がデスクトレーに当たって、トレーがひっくり返ってしまった。
中に入っていたのは、俺の財布にその中身、パスケースや鍵、帰り際支部の購買で買った本の包みなど。
つまり、俺の所持品が盛大に散らかってしまった。
「す、すまない! はははは……」
ばつが悪そうに頭を掻いた刑事は、床に膝をついて俺の所持品を拾い始めた。
「ははは、どうも僕は間が悪くてね……」
やはり苦笑するロイド刑事に、身構えていた俺は、すっかり毒気を抜かれてしまった。
困ったようなロイド刑事の笑い声に釣られて、俺もふふっと笑ってしまう。
「手伝います」
俺も膝を折って、散らかった品に手を伸ばした。
「悪い……」
そこで、ふとこちらを見たロイド刑事と目があった。
ロイドは言葉を切って、ぼうっと呆けたように俺の顔を見つめる。
「……何か?」
俺は笑みを消して訝しむ。
「い、いや……」
ロイド刑事は我に帰ったようにはっとすると、急にキョドキョドし始めた。
「その、き、君みたいな美人さんは笑ってる方がいいよ。ははは……」
言ってやったぜというように照れ笑いを浮かべるロイド刑事。
この人は、突然何を言ってるんだ?
俺は眉をひそめ、顔を無表情に戻すと、さっさと品物を拾い集めた。
……まったく。ペースを崩されるというか、脳天気な刑事だ。
もう何度目かの、ふうっと大きく溜め息を吐く。
「ではいくつか質問させてもらうよ」
俺の対面に腰掛けたロイド刑事が、改めて俺を見る。
「君のお名前は?」
……来た。
「……ウィル・アーレンです」
しょうがない。
今の俺には、これしか名乗る名前がないのだから。
「ウィルさんね。あれ、アーレンということは」
俺に免許証を差し出して見せるロイド。
「こちらは?」
「……はい、兄デス」
俺はつっと視線を逸らした。まさか少し前の自分の姿ですと答える訳にもいかないし、信じて貰える筈がない。
「ふーん。ウィルバートとウィルちゃんか。兄妹で名前が似てるんだね」
しまった。明らかに不自然か、と内心焦る。
しかしロイド刑事は怪しむ様子もなく、何やらメモを取りながら書類をパラパラめくっていた。
「でもどうして車を運転していたんだい?あれはお兄さんの車かな?」
兄妹、信じてくれたのか。そんなに簡単に信じていいのか、刑事さん……。
俺は少し眉を寄せてロイドを見つめる。
目が合う。
若い刑事さんは、「ははは」と少しはにかんだように笑う。そしてどこか落ち着かず、そわそわし始めた。
……トイレか?
「兄は軍警で働いているんです。忘れ物をしてしまったと連絡があって……。でも急な任務とかで忙しいらしくて、自分が届けに」
「自分?」
……はっ。
「わ、私が届けに」
俺はニコリと微笑んで、首を傾げる。
誤魔化す。
な、何をやってるんだ。
「そ、そうかー。ウィルちゃんはお兄さん思いなんだね」
うんうんと頷くロイド刑事を見て、俺は自己嫌悪に陥った。
どこか抜けている所はあるが、俺みたいな市民にも丁寧に接してくれるロイド刑事は、基本的に良い人のようだ。信じて貰えないだろうし、軍警の守秘義務の関係もあって本当の事は言えないが、そんな良い人に嘘を付くのは心苦しい。
「でも、いくらお兄さんの為と言っても、無免許で運転することはいけないよ。いくら君が大人っぽく見えても、自動車はまだ早い」
ロイド刑事は再び手元の書類をチェックした。
「少年課のリストにも名前がないし、今日の所は厳重注意とさせてもらうよ。親御さんに連絡させて貰うけど、いいよね?」
「じぶ、私、両親はいないんです」
これは本当のことだ。
「連絡は兄にしていただけますか?軍警オーリウェル支部です。でも兄は任務中なので、事務局のレインさんに連絡していただけるとわかると思います」
俺はそっと微笑む。
心の中では顔をしかめる。
またレインに迷惑をかけてしまう。しかしミルバーグ隊長は任務中だろうし、これしか方法がない。
「……そうか。お兄さんと2人か」
しかし目の前のロイド刑事は、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。
「大変だね。君のような子が……。軍警も危ない仕事だから、尚更お兄さんが心配だろう。実はこの前も軍警が突入する現場に出くわしてね。魔術が凄い爆発を起こしていた」
ドキリとする。
もしかしてこの刑事は、あの場所にいたのか……?
「直ぐに連絡を取って確認して来るから、もう少し待っていて」
がばっと立ち上がり、拳を握るロイド刑事。そしてそのまま、勢い良く談話スペースから出て行ってしまった。
レインがやって来たのは、それから1時間後だった。
レインを待っている間も俺のところにちょくちょくやって来たロイド刑事は、その度にジュースやお菓子なんかを持って来てくれた。
おかげで俺の前の机だけが、初めて友達を呼んだホームパーティみたいになっていた。
ロイド刑事の好意はありがたいが、もちろんそれに手を付けるわけにもいかない。無事に支部に戻って、またしても迷惑をかけてしまうミルバーグ隊長やレインに謝るまでは、気持ちを緩められない。
軍警での癖で、背筋を伸ばした姿勢のまま揃えた膝の上に手を置いた俺は、じっとレインの到着を待っていた。
ばたばたという足音が近づいて来たかと思うと、パーテーションの向こうからレインが現れる。
「ウィルちゃん!大丈夫だった?」
到着するなり、レインはがばっと俺に抱き付いて来た。
「すまない、レイン」
小声で囁く俺の事など無視して、レインは俺の頭を肩を顔を撫で回す。その隣では、ロイド刑事が良かった良かったと頷いていた。
まるで初めて警察にご厄介になった娘を引き取りに来た母親の図である。
……まぁ、その通りの状況ではあるのだが。
数枚の書類に必要なサインは、兄の代理人であるレインが済ませてくれた。ちなみにレインは、ウィルバートを兄にした設定をロイドの行った連絡から察してくれたみたいだ。
レインは仕事も早いし出来る女だ。……ただ、かしましいだけで。
ロイド刑事に頭を下げるレインに申し訳なくて、その隣で俺もがばっと頭を下げる。結んだ髪が背中で跳ねる。
俺は取り敢えずレインの車で支部に戻る事になり、送ってくれるというロイド刑事に案内されて署の入り口に向かった。
役所の廊下というのはどこも良く似ている。無機質で飾り気のない作りは、軍警も同じだった。
「ウィルちゃんは学生ですよね」
「そうなんです。ハイスクールの2年生なんです。今まではお兄さんとは別々に暮らしていて遠くの寄宿学校にいたんですけど、最近オーリウェルにやって来たばかりなんです」
おい、こら。
勝手に設定を重ねて行くな。
後ろからむうっと睨み付ける俺には気付かず、ロイドとレインはお喋りを続ける。
「お兄さんが事件で出動したと聞きかじって、慌てて忘れ物を届けようとしたんでしょう。普段はこんな悪いことなどする子ではないんです!もう、お兄さん思いで、いじらしい子で……」
レイン。
お前は本当に俺の母親か。
「ははは、わかりますとも。こんな状況でも凄く落ち着いてらっしゃる。美人さんだし、綺麗な髪の色だし、こう、憂いを帯びた瞳が一層……」
「刑事さん?」
「ははは、す、すみません。僕も実は駆け出しでして。まだ仕事に慣れていないのかなぁ」
好き勝手に俺の事を話す2人に、俺は溜め息を吐く。
しかし、このロイド刑事も新人なのか。
俺と同じだな、と思う。
俺はそっと目を伏せた。
同じ新人だったとしても、にこやかに仕事をこなすロイドに対して、俺の方は今、大きな壁にぶつかっているわけだが……。
署の正面玄関に差し掛かった時、不意に前方が騒がしくなり始めた。
俯いていた俺は、顔を上げる。
ちょうど外から、複数の警官に押さえつけられた男が署内に連行されて来るところだった。
ハーフパンツにTシャツ、ざんばらな長髪の男は、警官たちの手を払いのけようと暴れている。ざわざわした署内が一瞬静まり返り、その男に注目するのがわかった。
手には手錠。口には猿ぐつわ。
それを見てピンと来る。
こいつは魔術犯罪者だ。
猿ぐつわを噛ませて術式の詠唱を妨害するのは、魔術犯罪者を拘束する上で最も基本的で簡単な方法だった。
「ああ、手配の掛かっていた強盗犯を捕まえたみたいだね」
ロイド刑事が呑気に解説してくれる。
「でも、あれでは……」
体の前で手錠をしても意味がない。後ろ手で拘束しなければ。
俺が眉をひそめてそう忠告しようとした瞬間、男が力任せに警官の腕を振り払った。その一瞬の隙をついて、自由になった手を口元に持ち上げる男。
手錠をつけたまま、猿ぐつわを引き下ろす。
「お前ら!よくもやりやがったな!消し炭にしてやる!」
男の怒声が署内に響き渡った。
……こうなるから、腕は後ろで拘束しないと意味がない!
「レイン!」
「raavy kllgnih!」
俺がレインを引き倒したのと、濁声の術式詠唱が響いたのは同時だった。
激しくスパークする雷鳴。
雷撃の術式。
男を拘束していた警官たちが、激しく吹き飛び痙攣する。
「raavy kllgnih!」
再び走る雷撃が、受付カウンターの向こうのパソコンを吹き飛ばし、天井の蛍光灯を粉々にする。
響き渡る悲鳴。
「軍警に応援を!」
「誰か、撃て、撃て!」
「きゅ、救急車だ!早く!」
飛び交う叫び声。
警察署内は、一瞬にしてパニックに陥った。
「おら、早く手錠の鍵を持って来い!殺すぞ!」
怒鳴った男が受付の女性に手をかざして見せる。
ひっと身を竦める女性。
脅された警官が慌てて男の手錠を外しにかかる。
「君たちはここにいなさい!」
今までとは違う鋭い目つきで俺たちを見たロイド刑事がそう囁くと、懐からリボルバーを引き抜いた。そして、激しく喚き立てる魔術師の方に向かって行った。
その後ろ姿を見送りながら、俺はきゅっと唇を噛みしめていた。
魔術犯罪者に立ち向かうのは、本来俺たち軍警の役目。
しかし今の俺に、犯人を制圧する事が出来るのか?
満足に自分の体も把握出来ていない俺に……。
「抵抗するな!抵抗したら撃つぞ!」
ロイドがリボルバーを構えて叫ぶ。
「うるせぇ!俺に近寄るな、平民の分際でぇ!」
男が怒鳴る。手錠を外した警官を蹴り飛ばし、自由になった手をロイドにかざした。
続く詠唱。
「ロイド!」
俺は思わず叫んでいた。
走る雷撃。
これは、雷撃の術式の中でも、短射程広域放射の散雷。
散弾銃のように広範囲を破壊する。
閃光が迸る。
ロイドが吹き飛ぶ。
収縮した筋肉がトリガーを引いたのか、乾いた発砲音と共にリボルバーの弾丸が天井に突き刺さった。
倒れるロイド。
それがスローモーションのように見え、その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
頭の中が何かに塗りつぶされる。
顔がかっと熱くなる。
……まただ。
飛び出す。
クラウチングスタートのように低い位置から、俺は全力で走り出す。
また!
頭の中にあったのは、後悔と燃えるような怒り。
目の前でまた、魔術師によって倒れた人。
それなのに俺は、こんな自分では魔術師に勝てないと臆してしまっていた。
怒り。
それは、魔術犯罪者を目の前にした怒り。
そして、その魔術で人が倒れるまで戦おうとしなかった自分への怒りだ。
「ウィルちゃん!」
後ろでレインが叫ぶ。
決めたんだ。
俺は戦うのだと。
少し訓練が上手く行かなかっただけで、少しノルトン教官に厳しいことを言われただけで、その誓いを見失いそうになっていた。
情けない……!
俺は魔術師を睨みつける。
連続して魔術を放った為か、肩で息をしている魔術師。
上衣の裾をなびかせながら、俺は低い位置からその懐に飛び込んだ。
「何だ、この女!raavy kll……」
遅い!
男が詠唱を始めようとした瞬間、俺はその顎に掌底を突き上げていた。
「がふっ!」
顎を打ち据えられた男がバランスを崩す。
その腕を引き、足を払って、俺は男を引き倒した。
「ぎへっ」
床に顔面を強打する男。しかしその腕を、俺は放さない。
倒れた男の背中に膝をついて、腕を捻り上げる。
「ぎゃあああ、痛っ、痛、ああ、やめろっ!」
男が悲鳴を上げる。
はぁ、はぁ、はぁ。
俺は急激な運動で乱れた息を落ち着けながら、さらに男の腕を締め上げた。
猿ぐつわの他にも魔術を妨害する方法はある。
それは、術式の詠唱が出来ないように集中力を乱してやることだ。
一番簡単なのは、苦痛を与え続ける事。
苦痛は容易に集中を乱す。
汎用術式を数度使っただけで息を乱す小物が、腕をへし折られそうな苦痛の中で術式を構築するなど不可能だ。
「こ、この、アマ……」
しかしそう考えた俺の予想は、覆される。
魔術的にではない。肉体的に、だ。
「がああああ」
俺に打ち倒され、片腕を捻り上げられた男は、悲鳴を上げながらももう一方の腕で体を持ち上げ始めた。
軽いんだ、俺が。
俺ごと立ち上がろうとしている……!
だんだんと持ち上げられる俺の体。
「抵抗するな。腕を折るぞ!」
鋭く発した俺の警告も、聞こえていないみたいだ。
くっ。
焦り始めた瞬間。
「抵抗するな!」
ダークスーツに四角いフレームの眼鏡を掛けた刑事が、俺に変わってその背中を押さえつけた。
再び床に押さえつけられる男。
鋭い眼光の眼鏡の刑事が、俺に頷き掛ける。
任せて大丈夫、か。
「確保!口を封じろ!」
その刑事の号令を合図に、制服の警察官達が一斉に集まって来た。
俺はふうっと息を吐いて、その場をそっと離れた。
緊張か興奮か。
動悸が激しい。
胸に触れてみる。
下着の下の柔らかい胸の膨らみの向こう。ドキドキしている心臓がわかるようだった。
ふと額を拭うと、いつの間にかべっしょりと汗が張り付いていた。
そうだ、ロイド刑事は?
騒然とする署内をキョロキョロと見回した俺は、倒れているロイド刑事に駆け寄った。
街中に向かう車線は相変わらず渋滞していたけれど、郊外に向かう車線は空いていた。
ヘッドライトが照らす灯りと街灯の灯りが点々とする中、日の落ちた二車線道をスイスイと飛ばして行くのは、レインの私物の軽自動車。俺のと同じ日本製だ。
小さな車体から想像出来ない程広い車内にはレインの趣味か、様々な小物が飾られていた。
特にぬいぐるみ関係が多い。
猫や犬のぬいぐるみが吸盤のついた紐でぶらぶら吊らされている図は、どこかの未開の地の部族を想像させる。
助手席に座った俺は、後部座席に乗っていた巨大な猫の頭の形をしたぬいぐるみを膝の上に乗せて弄んでいた。
……これ、手触りが良いのだ。
魔術犯罪者のせいで騒然としてしまった署内を、俺とレインは逃げるように飛び出して来た。
最終的には失敗しそうになったとは言え、魔術師を制圧した俺が注目されそうになったからだ。自分から飛び出しておいてなんだが、もうこれ以上騒ぎを大きくしたくなかったのだ。
ロイド刑事は無事だった。
衣服は若干焦げ、気を失ってはいたが、体には軽い火傷がある程度だった。
恐らくは射程ギリギリで拡散しきった雷撃が掠めた程度なのだろう。
俺は受付にあったメモ用紙にお大事にと綴ってウィルとサインをすると、ロイド刑事の上着のポケットにそっと入れておいた。
ロイド刑事には色々お世話になったし、な。
「んー、まぁ今回の補導は、ウィルちゃんが軽率だったってのもあるけど、支部としてもサポートしきれなかったってのが本音なわけ」
運転席のレインが説明してくれる。
「まぁ、何しろウィルちゃんみたいな状況、前代未聞だしね。そこはごめんね、ウィルちゃん」
「……ああ」
俺は猫頭のぬいぐるみに顎を埋めて返事をする。
レインの話を聞きながら、しかし俺は別の事を考えていた。
「だから政務部としては、ウィルちゃんのアイデアを元にウィルちゃんの身分をでっち上げようって事になってるわ。つまり、ウィルバートの妹のウィルちゃんね」
今日の魔術犯罪者を制圧した俺の動き。
ノルトン教官に言われた事を意識して、無意識にではなく1つ1つの動きを考え、意識しながら実行した。
感情は怒りに塗りつぶされても、そういう部分は冷静でいられた。
それは、思考だけは今まで軍警で訓練を積んできたウィルバートであるからだろう。
何をどうしたらいいのか具体的には分からなかったけれど、何か道筋のようなものは見えた気がした。
あの時の怒りを、俺は忘れてはいけない。
俺はぼふっと猫頭ぬいぐるみに顔を埋める。
「……ウィルちゃん。それ気に入ったの?」
笑みを含んだレインの声。
「頑張るよ、俺」
ぬいぐるみに顔を埋めたまま、俺はもごもごと小さく呟いた。
「何?」
レインが聞き返す。
俺は顔を上げる。
車はいつの間にか支部のメインゲートに到着していた。
俺は少し微笑んでレインを見る。
「そうだな。気に入った、これ」
読んでいただき、ありがとうございました!