Order:5
はぁ、はぁ、はぁ……。
腕が重い。
汗で張り付く髪が不快だ。
ダットサイトの赤い光の向こう、起立するターゲットボードに照準を合わせる。
トリガーを引く。
2発。
1発命中。1発はずれ。
ペイント弾の毒々しいピンクが壁に広がった。
……くそ。
もう一度ライフルを構え直し、トリガーを引く。
射撃の反動が体を揺らす。
実弾よりは遥かにマイルドな筈なのに、その衝撃がつらい。
「……クリアっ」
息を吐きながら吐き捨てる様にそう宣言すると、俺はその部屋を後にして廊下の奥へと走った。
足元がもつれそうだ。
ブーツが重く感じられて、上手く動けない。
はぁ、はぁ、はぁ……。
息が上がってしまっている。
もう、だ。
何故だ?
こんな筈じゃ……。
とにかく今は、前へ進むしかない。何とかタイムを減らしてフィニッシュするしか……。
疲労した頭の中では、そんな思考が何度も何度もぐるぐると回っていた。
俺の荒い息が無人の廊下に響く。
模擬家屋内での想定ケースC991訓練。
1周目の俺のタイムは、6分45秒だった。
クリアはしたが、規定タイムには遠く及ばなかった。
1週目を終えた俺は、模擬家屋のフィニッシュラインで膝に手をつきながら、キャットウォーク上層に設置されたタイムカウンターを愕然と見上げるしかなかった。
最初の周回は、ミスもなかった筈だ。
いつも通りにやったのに、全然ダメだ。
何故だ……?
俺はミルバーグ隊長とノルトン教官に懇願して、再度チャレンジさせてもらう事にした。
2周目の模擬家屋内。
途中から俺は、ミスを連発し始めた。
2度目のタイムも思わしくない。
お願いを重ねて3回目のチャレンジ。
それが、今のこの体たらくだ。
ううう……。
疲労で動きが鈍くなっている。自分でもそれは分かっている。
この程度で……。
くっ。
汗が流れる。
結んだ髪がふわふわと流れる。
俺は歯を食いしばり、ひたすら前へと走る。
……こんな不甲斐ない結果じゃだめだ。
俺は復隊して、みんなの分も戦わなければダメなんだ!
そんな余計な事を考えていたのが悪かったのだろう。
廊下の先からワイヤーを伝って接近して来るターゲットボードに気が付くのが遅れてしまった。
くっ……!
魔術攻撃が飛来しているという想定の合板の板が3枚、シュルシュルと音を立てて迫って来る。
俺はとっさにライフルの銃口を上げる。
落ち着け……。
腰を落とし、狙いを付けて……発砲。
顔をしかめる。
体の一部のように使い込んだこのライフルが、何だか扱いづらい。
連射の衝撃だけではない。ストックの位置やフォアグリップの握り。銃身の長さや重量。
微妙に感じる違和感が離れてくれない。
規定では、人型ボードには2発。魔術ボードには5発着弾させることになっていた。
1枚を始末する。
たたたっと花開くペイント弾。
……次!
トリガーを引く。
銃が沈黙する。
しまった、残弾がっ……!
胸がドキリと高鳴る。
背筋に冷たいものが走る。
残弾把握を忘れるなんて、なんて初歩的なミスを……。
ライフルを離す。
とっさにレッグホルスターからハンドガンを引き抜くと、トリガーを引く。
反動。
ぶれる銃口。
もう1枚クリア。
しかしその瞬間、既に最後のターゲットボードが目の前に迫っていた。
たんっと、思いっきり後方に飛ぶ。
膝をつく。
両手で構えたハンドガンのトリガーを引く。
1つ、2つ……。
着弾の衝撃を受けて揺れるボード。
ターゲットボードが停止した。
俺の、目の前で。
着弾させられたのは3つ。
はぁ、はぁ、はぁ……。
『アーレン隊員の死亡を確認。終わりだ。出てこい』
家屋内に設置されたスピーカーから、ノルトン教官の低い声が響いて来た。
……くっ。
俺はきゅっと唇を噛み締めて立ち上がった。
重い足取りで模擬家屋の外に出ると、腕組みしたノルトン教官とミルバーグ隊長が待ち受けていた。少し離れた所に集まるΩ分隊の隊員たちも、こちらをじっと見ていた。
「結果が出たな。アーレン。お前の復隊は認められない」
俺を見下ろすノルトン教官の冷ややかな眼差し。
……分かっている。
こんな結果では、無理だ。
しかしそれでも、目の前で改めてそう宣告されてしまえば、衝撃を受けてしまう。
強張った俺の顔の、顎の先から一粒の汗が落ちる。
「……お願いです。もう一度、やらせて下さい」
俺はアサルトカービンのグリップを握る手に力を込めた。目を見開いて真っ直ぐにノルトン教官を見上げる。
呆れたように眉間にシワをよせ、ふんっと鼻をならしたノルトン教官は、手にしていたバインダーを俺に差し出して見せた。
「1周目のタイムがこれ。2周目のタイムがこれだ。それに3周目はリタイア。これ以上やり直した所で、結果が良くなるとは思えん」
「しかし!」
「ウィル」
なおも教官に迫ろうとした俺の肩に、ミルバーグ隊長が手を置いた。
「退院してまだ数日だ。無理はするな。また日を改めて挑めば良い」
「しかし隊長……」
俺は眉を寄せてミルバーグ隊長を見る。
「そういう問題ではないな」
しかしそんな俺に、ノルトン教官はぴしゃりと言い放った。
「教えてやる。装備を下ろして、ついて来い」
厳しい表情のまま俺に背を向けた教官は、格納庫の外へ向かって歩き出した。
薄暗い格納庫を出ると、日差しの目映さに一瞬目が眩んだ。初夏の日差しに、緑が輝いている。
ホルスターやプレートキャリアを外して教練着のシャツ一枚になった俺は、格納庫前の芝生の上で腕を組んで仁王立ちするノルトン教官のもとに駆け寄った。
黒いシャツにはびっしょりと汗が浮いていた。濡れたシャツがぴたりと張り付いて、体のラインが浮き出てしまっている。不快だったが、今はそれよりも訓練の結果への戸惑いの方が大きかった。
ミルバーグ隊長はああ言ってくれたが、今の俺に不調な所はない。
なのに何故、という言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。
「……お待たせ致しました」
教官の前で姿勢を正す。
「構えろ」
ノルトン教官は俺に模擬ナイフを差し出した。格闘訓練に使用される、刃がゴムで出来ているナイフだ。
格闘か。
俺は模擬ナイフを受け取ると、重心を落として構えを取った。
……今度こそ。少しでも結果を残さなければ。
その思いが強まるにつれて、動悸が激しくなって行く。
「俺に一撃入れてみろ」
「は、はい!」
俺と同じ模擬ナイフを手に立つ教官。両腕をぶらりと下げた自然体だ。
誘っている。
俺はナイフを構えたまま、じりじりと間合いを詰めていく。
ならば、慎重になってもしょうがない。
全力でぶつかるしかない……!
俺は芝生の地面を蹴り付けると、一足のもと教官の懐に飛び込んだ。
低い姿勢から伸び上がるように刃を繰り出す。
ひらりと体を開いて右に交わしたノルトン教官の胸元に、体を捻った勢いを利用して刃を走らせる。
しかしその時教官の姿は既になく、流れるように移動した教官は側面から俺の腕を掴みに掛かって来る。
それを後ろに飛び退いて回避。
しかしそれはフェイント。
バックステップから間髪入れずに急加速。
ノルトン教官の胸に模擬ナイフの刃を突き立てる。
体重を乗せた一撃。
もし回避されても、教官の体勢は崩れる筈。
しかし。
俺の刃は教官に達する前に勢いを失う。
なっ……。
タイミングを外された。
教官も後ろに飛んだのか?
しかし、そうは見えなかったが……。
伸びきった俺の腕が、容易く教官に掴まれる。
次の瞬間、ぐるりと世界が回っていた。
「かはっ」
強かに地面に打ちつけられる。
胸から空気が溢れ出す。
鈍い痛みに目の前がチカチカした。
「わかったか?」
ノルトン教官が鋭い目で俺を見下ろしていた。
……まだまだ。
俺は、諦めてなんかいられない……!
立ち上がる。
模擬ナイフを構えて、もう一度教官のもとに踏み込んだ。
ナイフを突き入れる。
躱す教官。
その動きに合わせて、今度は俺が掴みに掛かる。
捉えた……!
教官の腕を取り、動きを封じて、そこにナイフを振り下ろす。
しかしその一瞬後、俺は地面に打ち据えられていた。
今度は俯きに。
土と草の味が口一杯に広がった。
……ううう、何故。
間合いやタイミングは良かった。それが、こうも簡単に倒されるなんて……。
でも、まだまだ……。
俺は歯を食いしばって立ち上がる。
視界に垂れて来た髪の房に、土がこびり付いていた。
ふぅ、ふぅ、ふぅ。
もう一度ナイフを構えながら、乱れた息を必死に整える。
「はぁぁぁ!」
俺は、気合いの声を上げて渾身の突きを繰り出した。
ナイフを手で振るのではない。
全身の力を利用して、縦横無尽に攻撃を繰り出す。
止まらない。
掴まらない。
これならば……!
しかし俺の動きなどお見通しとばかりに、ナイフを振り切った腕があっさりと捉えられる。そして俺の顔よりも太そうな教官の腕が、恐ろしくしなやかな動きで俺の首に巻き付いた。
「かはっ……」
締め上げられる。
まずい……!
俺は手足をバタつかせて抵抗するが、太い筋肉が盛り上がった腕はそのまま俺の体を持ち上げる。
ナイフを取り落とす。
両手で教官の腕を解こうともがく。
しかし視界は、すっと暗くなり始めて……。
その瞬間、突然俺は解放された。
「かはっ、けほっ、けほっ」
地面に手をついて激しく咳き込む。視界が涙で滲んでいた。
「わかったか、お前の問題点が」
頭上から教官の声が降って来た。
俺は涙目のまま、ふらつく足元でなんとか立ち上がった。
「まだまだ、です」
必死で息を落ち着かせながら、体中を走る痛みに片目を瞑り、俺は教官を睨んだ。
ノルトン教官は、呆れたように大きく溜め息をついた。
「俺が勝つのは当たり前のことだ。しかし、並の軍警隊員ならば、こうもあっさり勝負はつかない」
くっ、俺がそれだけ弱いということか……?
「しかしお前の動きも、『知っている者』の動きには違いない。格闘術も、銃の扱いも、だ。しかし何故それが上手く行かないのか。さっきの突き、自分でも違和感を覚えなかったか?」
俺は構えを解いて、眉をひそめた。
「……確かに」
今の数合の立ち会い、何だかタイミングが合わないという違和感があった。
俺の言葉にノルトン教官が大きく頷いた。
「俺はお前が、成人男性からその、何だ、綺麗どころというか、何だ……」
ごほんと咳をするノルトン教官。
「そんな細い女になったなど、信じられなかった。しかし、お前の動きを見て納得出来た。お前の頭の中は、確かに俺が指導してやった動きを知っている。しかし、その思考に、体が伴っていない」
ノルトン教官は模擬ナイフを突き出す動作をしてみせる。
「己の筋力。腕のリーチ。踏み込みの距離や、跳躍力。そもそも体捌きの感覚。それのどれもが、今のお前は理解していない。つまりは、今の体の性能を把握していない。これは、人間なら生まれた瞬間から習得し始めるものだが、恐らくお前は体の急な変化に意識がついて行っていないんだろう」
俺は目を見開いて教官を見た。
「自分の体を完全に操れないものに、隊の仲間の命を預かる資格はない」
俺は、恐る恐る土に汚れた自分の手を見た。
俺は……。
「どうすれば、いいのでしょうか。どうすれば、俺は任務に復帰出来るようになるのでしょうか」
ノルトン教官に問い掛けるというよりも、自分の内側に問い掛けるように俺は呟いていた。
「時間をかけて馴染ませて行くしかないのだろうな。時間をかけて、な。実戦部隊の隊員でなくとも職はある。考えて見る事だ」
ノルトン教官は俺が取り落とした模擬ナイフを拾うと、踵を返した。そしてゆっくりと格納庫に向かって歩き出した。
「お前ら何を見ている!さっさと準備をせんか!」
教官が怒鳴る。
格納庫の大扉からこちらを窺っていたΩ分隊の隊員たちが、慌てて顔を引っ込めた。
俺は空を仰ぐ。
薄い雲が浮かぶ空に、天高く鳥が旋回していた。
今の俺の技量では、仲間たちの足手まといになる。
俺は、どうしたらいいのだろう……。
復隊の延期を申し渡された俺には、オブライエン主任の検査に協力しつつ、自主トレーニングを続けるようにという下命が伝えられた。
俺の処遇は取り敢えず保留ということなんだろう。上層部も俺の扱いを決めあぐねていると言うことだと思う。
シャワーを浴びて私服の裾長上衣とズボンに着替えた俺は、しっとりした髪もそのまま、支部の事務局に立ち寄った。レインに髪を乾かしてあげると付きまとわれたが、丁重にお断りし、そこでダンボール箱を貰うと、そのままΛ分隊の待機室に向かった。
誰もいない待機室。
ダンボール箱をデスクの上に置いて、その脇にジュースとチョコレートの包みを転がす。
分隊待機室までの道すがら色んな人からもらった分だ。Ω分隊の面々からは、「また頑張れよ!」と沢山の紙パックジュースを貰ってしまった。
俺は目を伏せて大きく溜め息を吐く。
頑張れ、か。
努力するしかないというのはわかっていた。
俺の意識とこの体が噛み合っていないなら、この体に慣れるまでトレーニングを積むしかない。それに教官は敢えて指摘しなかったが、体力や筋力が不足しているという自覚もあった。
鍛えて、鍛えて、もとの水準になるまで頑張るしかない。
俺は自分の白い腕をそっと見た。
しかし、それでも俺は、教官に認められるレベルになれるのだろうか。
もし、なれなかったら……。
他にも職はある。
教官の言葉が頭をよぎる。
俺はこのまま銃を手にせず、魔術犯罪者や騎士団と戦う事もなく、生きていくのだろうか。魔術師の前に誰かが倒れ、誰かが泣いているのを新聞やテレビで知るだけの生活を送ることになるのだろうか? 女の姿で……。
それは、そんな生活は、認められる訳がない。
唇を噛み締める。
自然と浮かんで来るネガティブな思考に、必死に耐える。
俺は肩を落としたまま、広げたダンボールにΛ分隊の仲間たちの私物を収め始めた。
俺はあの廃工場の作戦の後入院していたので、Λ分隊のみんなの葬儀に出る事は出来なかった。しかし、残されたみんなの私物を片付けることくらいは、俺がやらなければいけない……。
それが生き残った者の役目だと思う。
俺はまた溜め息を吐いて、グラム分隊長のデスクの引き出し、その奥底に仕舞ってあった戦技教本を取り出した。
あちこちに付箋が張られ、使い込んでボロボロになったままの教本。
グラム分隊長くらいベテランになっても、勉強は続けていたという事だろう。
そんな分隊長のような凄腕でも、一瞬にして命を失う。
魔術師との戦いは、そういう厳しい戦場だ。
今の俺は足手まとい……。
……なんで俺なんかが生き残ってしまったんだろう。
俺なんかより、分隊長やワルターが生き残っていれば、1人でも多くの魔術犯罪者と戦い、捕らえる事が出来たのではないか?
こんな姿になってまで生き残った意味は、あったのか?
「なんで……」
ぽつりと呟いて、はっと我に返った。
唇を噛み締めて、小さく頭を振る。
解いた髪がふわりと広がる。
ダメだ。
死んだ者は生き返らない。
俺なんかが、何で生き残った、そう考えるのは逃げだ。
現に亡くなった者への、冒涜だ。
俺が頑張るしかないんだ。
わかってる。
わかってるんだ……。
グラム分隊長のデスクから、今度は小さな写真立てが出て来る。写っていたのは、分隊長とその奥さん。大学生くらいの息子さん。それに、白くて大きな犬だった。
俺はその写真をじっと見る。
俺にも家族はいた。
父さん。
母さん。
姉貴。
みんなが死んだ時、俺は誓ったんだった。
俺は戦う。
高尚で崇高な主義主張なんて関係ない。
魔術という圧倒的力で他者をねじ伏せるような奴らとは、この俺が戦ってやると。
潤んだ視界を拭う。
一杯になったダンボール箱に手を掛ける。
……うう。持ち上がらない。詰めすぎた。
ホント、非力だ。
箱の中の物を新しい箱に詰め替えようとしたその時、室内にけたたましいサイレンが響き渡った。
『至急、至急!オーリウェル市役所前マルクト通りで魔術攻撃事案を確認。当直チームは出撃準備!』
俺は思わず駆け出した。
待機室の扉に手を掛け、そこではっと手を止める。
当直チームに出動要請が掛かった時には、シフトに入っていないチームも待機に入るのが習わしだった。しかし今の俺には、それにすら加わる事は出来ないのだ。
夕日にキラキラと輝くルーベル川の川面。
川辺の遊歩道を歩く人々は、それぞれ爽やかな初夏の夕方の時間を楽しんでいるようだった。
ルーベル川に掛かるノルト大橋の上で渋滞に巻き込まれた俺は、車窓から吹き込んでくる川風とカーラジオから流れてくるラジオの音に身を預け、ぼんやりとハンドルを握っていた。
全身がずきずきと痛い。
Λ分隊待機室で1人肩を落としていた俺に、ミルバーグ隊長がわざわざ帰宅許可を告げに来てくれた。
今日はもう休めというその言葉に従って帰路についた訳だが、やっぱりネガティブな思考に勝手に落ち込む時間が続いていた。
地元ラジオ局が、早くもマルクト通りの事件を報じている。
マルクト通りの市役所近くの銀行で、雷撃の術式による強盗が発生したらしい。
犯人は逃走中。
危険な魔術犯罪者が今も市内にいるわけだ。
ハンドルを両手で掴んでため息を吐く。
こんな時に俺は……。
前の車が進む。
俺もそっとアクセルを踏んだ。
のろのろと橋の上を進んでいると、橋の西詰めで検問が行われているのが見えてきた。
渋滞の原因はこれか。
たっぷり時間を掛けて俺の番が回って来る。
検問を行っていたのは、軍警ではなくオーリウェル市警だった。
スカイブルーの制服が良く目立つ。
窓を開くと、年配の巡査部長が一瞬俺の顔を驚いたように見てから、しかしにこやかに笑い掛けてきた。
「悪いね、お嬢さん。事件があってね。免許証を拝見出来るかな」
「お疲れ様です」
俺もそっと微笑み返して、ポケットに突っ込んだ財布から免許証を取り出した。
魔術犯罪が専門の軍警だったが、そもそも数が少ない。広域捜索や道路封鎖などの人手がいる作業については、市警と協力する事がよくあった。
「はいはい、ごめんね。……ん?」
巡査部長は俺から免許証を受け取る。
はぁ。
犯人、早く捕まるといいな。
「君、ちょっと車から降りなさい」
先ほどまで親しげなお巡りさんだった巡査部長が、急に厳しい顔になった。
「え?」
俺は小首を傾げた。
「これは誰だね?」
巡査部長が免許証の顔写真を俺に向ける。
瞬間、思考が停止する。
あ。
そこには、黒髪短髪のむすっとした表情の男が写っていた。
男だった俺が……。
「車を降りなさい。少し話を聞かせて貰おうか」
俺はそのまま、捕まってしまったのだった。
ご一読、ありがとうござました!