表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hexe Complex  作者:
37/85

Order:37

 闇の中からすうっと現れたのは、華美な装飾をまとった甲冑だった。

 カチャリと鎧が鳴る。

 エーレクライト!

 アオイが撃退してくれた筈なのに、何故!

 そう叫んだ瞬間。

 甲冑の姿が揺らいだかと思うと、一瞬にして俺の目の前に転移して来た。唖然とする俺が反応するよりも速く伸びたその腕が、ガシッと俺の首を締め上げる。

 かはっ!

 もがいても外れない手。

 甲冑の指先がぐっと俺の首に食い込むのがわかった。

 ……まずい、これではっ!

 どんどん息が苦しくなる。

 俺は必死に甲冑の手を振り解こうとするが、だんだん体がいう事を聞かなくなる。まるで、自分の体ではないかのように。

 うう……。

「この人形め」

 甲冑がぼそりと呟いた。

 違う!

 俺は人形なんかじゃない!

「エーレルトの人形だ」

 人形とは何だ?

 アオイ、俺は……。

 体が揺れる。

 甲冑が俺をぶんぶんと振り回している。

 ぐっ。

 あああ……。

 もうダメだとぎゅっと目を瞑った瞬間。

 直ぐ近くで声がした。

「ウィルさま。起きて下さい。風邪をひきますよ。ウィルさま」

 これはレーミアの声。

 ……あう?

 俺はパチリと目を開いた。そして、ムクっと体を起こす。

 朝日が差し込む部屋。もうすっかり見慣れてしまったエーレルト伯爵邸内の俺の部屋。

 ベッドは綺麗なままで、俺はライトが点いたままの書き物机に向かって座っている。その机の上に広がる書類が、俺の頭に押しつぶされてくしゃくしゃになっていた。

 あ……。

「こんな所でお休みになられて……。きちんとベッドをお使い下さい」

 机の脇にレーミアが立っていた。きちんとメイド服を着込み腰に手を当てると、難しい顔をして俺を見ている。窓から差し込む眩い朝日が、そのヘッドドレスの下の銀髪を輝かせていた。

「む。レーミア、おはよう……」

 俺は掠れた声で挨拶すると、ぐりぐりと目を擦る。そして腕を伸ばしてんっと伸びをした。

 体中がぽきぽきと鳴った。

 どうやら俺は、報告書作成をしている内にそのまま書類の上に突っ伏して眠ってしまったようだ。

 ……いけない、いけない。

 3日前の戦闘の疲れが随分と残ってしまっている様だ。

 それに、何か悪い夢を見た気がするし……。

 窓の外は輝くような秋晴れみたいだけれど、なんだか目覚めはあまりよろしくない感じだった。

「ウィルさま。本日から登校されますか?」

 クローゼットに向かったレーミアが、未だ椅子の上でぽけっとしている俺を振り返る。

 ……登校。

 学校……。

 そういえば、ここしばらくは休みがちだったなと思う。訓練とかが色々忙しくて……。

 半分目を閉じたまま、俺はテキパキと動き回るレーミアにぼんやりと目を向けていた。

 クローゼットから俺の制服を取り出すレーミア。ハンガーに掛けられた聖フィーナの制服だ。

 ドキリとした。

 まるで冷水を浴びせられたかのように、一瞬で目が覚める。

 瞬時に、あの夜の光景がフラッシュバックする。

 人気のない少女の部屋。

 吹き込む夜風に揺れていた制服……。

 あの夜。

 ディンドルフ男爵の確保に成功した俺たち軍警は、遅ればせながら到着した支部からの増援と協力し、外部から押し寄せてくる魔術師共を押し返す事に成功した。

 夕刻に作戦開始が伝えられ、各隊各員に状況終了が伝えられたのは、翌朝8時を回った頃だったと思う。

 長くて厳しい夜だった。

 最終的に軍警は、ディンドルフ男爵を始めとして多数の魔術犯罪者を確保する事に成功した。しかしそれは、当初立案されていた作戦のようなスマートな勝利ではなく、軍警、魔術師双方に多大な死傷者を出した上での結果となってしまった。

 当初、魔術師どもの攻勢の矢面に立たされたΕ、γの隊は壊滅的な被害を被った。負傷者は多数、殉職者は8名にも上った。

 2個分隊22名中8名という数は、数値の上では少ないかも知れない。しかし、他の隊員達も多くが重傷であり、両隊については事実上作戦遂行能力を失っている状態。つまり、壊滅状態だった。

 それは、俺たちのΩ分隊も含めて今回の作戦に参加した隊にとっては、どこも似たり寄ったりな状況だった。

 ……Ω分隊からも犠牲者は出た。

 スナイパーであるΩ3の相棒だったΩ4が殉職した。

 あの甲冑の魔術でやられたのだ。

 同時に被弾したΩ3は、重傷だったものの一命は取り留めた。あの時倒れているのが見えたロラックも、骨折と火傷で済んだようだった。

 もしあの甲冑の乱入がなければ、Ω4は無事だったのかもしれない。作戦通り俺たちが狙撃に付いていれば、Ε分隊だって今より被害を抑えられていたかもしれない。

 ……そう思うと、悔しくてたまらなかった。

 自然と涙が滲んでしまった。

 だから、昨日。

 やっとの事で懐かしのエーレルト邸に戻り、1人で大浴場の湯船に浸かった瞬間。

 俺は、泣いてしまった。

 ポロリと落ちた涙が、水面に波紋を刻んだ。

 ……また俺だけ助かってしまった。

 この体になって助かった時から、ずっと胸の内にくすぶり、しかし必死に考えまいとしていたそんな事を思い浮かべてしまった。

 俺だけ……。

 ポロポロと溢れる涙を、顔をごしごしして誤魔化す。

 ……か弱い女の子みたいに泣いてはいられない。

 お風呂から上がった俺は、あの甲冑、俺を人形呼ばわりしたあのエーレクライトに関する報告書に取り掛かる事にした。

 あの甲冑が騎士団に所属する魔術師であることは間違いないだろう。ディンドルフ男爵の他に、新たに出現した貴族級魔術師の存在は、間違いなく皆の脅威になる。

 ……あの甲冑と対峙して無事だったのは俺だけ。

 ならば、出来るだけ正確にあの甲冑の事を報告するのは、俺にしか出来ない責務だ。

 ミルバーグ隊長からは、報告書は急がない。今はゆっくり休めと言ってもらっていたが、そうもいかない。

 しかし、頑張ると意気込んで机に向かった結果がこの体たらくだった……。

 寝込んでしまって……。

 情けない。

 本当に、情けない……。

 俺は大きく肩を落として溜め息を吐いた。

 そこへ不意にノックの音が響いた。



「ウィル。準備は出来たかな」

 扉を開いてひょこりと顔を出したのは、柔らかな笑みを浮かべたアオイだった。

 綺麗に梳かされた黒髪がはらりと落ちる。アオイは既に制服姿で、準備万端の様子だった。

「アオイ、おはよう」

「はい、おはよう」

 挨拶すると、アオイが微笑みこくりと頷いた。

「ウィルのお友達のジゼルさんとアリシアさんだったか。昨日心配して私の所に来たぞ」

「あ、うん。知ってる」

 俺の部屋に入ってくると、アオイはぽすっとベッドの上に腰掛けた。

 ジゼルたちからは沢山メールをもらっていた。ソフィアからもだ。

 このところ軍警の作戦の為に学院を休みがちになっていた俺は、表向きは体調不良ということになっている。

 心配してくれるみんなに嘘を付いてズル休みしていることに、チクリと心が痛んだ。

 しかし……。

「アオイ。今日も学校は休む。報告書とか、色々仕事があるんだ」

 俺にはやらなければならない事がある。

 作戦に参加して、はい終わりでは済まされない。

 アオイがすっと目を細めた。そして睨むように俺を見る。

 ……何だ。

 おっかないが……。

「ウィル」

 アオイがふうっと溜め息を吐いた。

「学生の仕事は勉学だ。きちんと授業を受けないと、後で教えてはやらないぞ?」

 む。

 俺は眉をひそめ、わざと厳しい表情を作っているアオイから目を逸らした。

 俺はあくまで軍警隊員で、学生の方が仮の姿なのだが……。

 そう反論するとまた睨まれそうなので、皆までは言わず。

「大丈夫だ。アオイが迷惑なら、ソフィアにでも教えてもらうから」

 俺は苦笑いしながらそう答えておくことにした。

 その瞬間。

 空気が凍り付いた。

 無表情になったアオイが、ゆらりと立ち上がる。

 切るような鋭い視線が、俺を捉えて離さない。

 あれ……。

 あれれれ……?

「レーミア」

「はい、アオイお嬢さま」

 呼ばれたレーミアが姿勢を正し、さっとアオイの傍らに立った。

「確か祭の関係で雑務がたまっていたな」

「はい」

「ならば私も休もう」

 アオイがふふっと優雅に微笑む。

「なん……」

「仕事だ。ウィルと一緒だな。そして、合間に勉強も教えてあげよう」

 ピシャリと言い放ち、俺の言葉を遮ったアオイ。呆然としたままの俺の前に立つと、ふふっと胸を張り、三日月の様に口を歪めて微笑む。

「いけません」

 しかし今度は、レーミアがピシャリとそう言い放った。

「お嬢さま。お仕事は祖父が処理いたします。お嬢さまはきちんと登校して下さい」

 アオイがひらりと回転してレーミアの方を見た。

「レーミア、しかし……」

「学生は勉学を疎かにすべきではない、と祖父も言うでしょう。お嬢さまもそう申されました」

「レーミア……」

 澄まし顔のレーミアと、口ごもるアオイ。さすがのアオイも、レーミアの正論には反論出来ないみたいだった。

 俺はふふっと笑ってしまう。

 アオイは不満そうな顔をしていたが、俺を見るとほっとしたように笑顔を浮かべた。それは、とても温かで柔らかい笑みだった。

「あまり無理はしないように、ウィル」

 そして優しい声でそう告げる。

 アオイが俺を、こんなにも気に掛けてくれることについては、本当に有り難いと思っている。

 しかし不意に、またあの甲冑が頭を過った。

 エーレルトの人形……。

 胸に凝る不快感。不安感。

 ……いや。

 俺はアオイに気付かれないようにそっと頭を振った。

 目の前で冗談を言い合うアオイとレーミアから視線を逸らす。

 今はまず、目の前の報告書に集中しよう。

 集中、しなければ……。



「わふ」

 俺はガバッと飛び起きた。

 ベッドの上に座り込み、寝起きでぼんやりしたままの頭で周囲を見回した。

 時計を見ると午後4時。

 アオイたちが登校して行ってからずっと机にかじりつき、何とか報告書を仕上げる事が出来た。安堵と共にベッドに倒れ込んだ俺は、いつの間にかまた眠ってしまっていたみたいだ。

 体の奥の疲労感は簡単にはなくならないが、それでも柔らかいベッドで眠れた事で、少し体が楽になったような気がした。

 今度は悪夢も見なかったし。

 よし。

 これから支部に報告書を持ち込もう。

 そう決意すると俺は、跳ねる様にベッドから下り、書き物机へと駆け寄った。

 置きっぱなしにしていたシュシュで手早く髪を束ねて、書類をトントンしてブリーフケースに納める。

 素早く部屋着を脱ぎ捨て、チャコールのシャツを羽織る。ぽちぽちとボタンを留めてタイも締める。そして軍警の制服であるスカートに足を通すと、サイドジッパーをキュッと上げた。

 制服の上着は羽織らず小脇に抱え、ブリーフケースも持つと、俺は部屋を出た。

 アレクスさんにタクシーでも呼んでもらうかと思っていたが、運の良い事に屋敷の前にはマーベリックの車が止まっているのが見えた。

 ちなみにその車は、俺と一緒にアウトバーンでカーチェイスを繰り広げた車だ。先日修理から戻って来たのだ。

 俺はカツカツと踵を響かせ、小走りに屋敷を飛び出した。そして屋敷前の車寄せに駐車し、ボンネットを磨いている禿頭の大男に駆け寄った。

「マーベリック。悪いが軍警まで乗せてくれないか?」

「ウィルお嬢。了解だ」

「アオイの迎えは……?」

「大丈夫だ。まだ時間はある」

 なんだ、今日は遅いんだ、アオイ。

 俺は頷いて車の後部座席に乗り込んだ。

 車がゆっくりと走り出す。

 そういえばジゼルからのメールにもあったが、今聖フィーナは、秋巡りの収穫祭に向けて様々な準備が進められているらしい。

 秋巡りの収穫祭は、概ね一月に渡って行われる祭であり、既に祭の期間には突入している。しかし本番はまだまだこれからで、一番盛り上がる最後の1週間に合わせて、聖フィーナでも学園祭が行われる事になっていた。

 アオイが遅いのもそのせいかもしれない。あるいは、朝言っていた伯爵としての仕事の方か。

 祭、か。

 俺は車窓から、秋に色づいた夕暮れの街を見つめ、そっと溜め息を吐いた。

 軍警や魔術師が死傷者をだしながらも戦いを繰り広げている事など、一般の人々に取ってはテレビニュースや新聞の中の出来事でしかないのだろう。

 たぶん多くの人々にとっては、祭の方が大きな関心事なのだと思う。

 軍警に向かう道すがら、俺はそんな事を考えてしまう。

 それは当たり前の事なのだ。彼らがそうして平穏に生きていけるために、俺たちは戦っている。血なまぐさい話など、フィクションの中だけで十分。

 しかし。

 倒れた仲間、傷付いた仲間の事を思うと、少し切なくなってしまう。

 胸の奥がざわざわしてしまうほどに……。

 彼らの命を掛けた戦いを誰かに知っておいて欲しい。

 そんな事を思ってしまった。

 俺を乗せた車は、夕方の時間帯で混み合うオーリウェル市内に入る。

 車のテールランプが赤く連なり、石畳の道の先、どこまでも続いている。信号待ちで並んだ隣の車のドライバーの眠そうな顔。明るいバスの車内で笑い合う学生たち。魔術テロが起こっても軍警が戦っても、今日も変わらずオーリウェルの夜がやって来る。

 車はルーベル川を渡り、郊外へと抜ける。

 太陽の残照を受け、ゆったりと流れる父なるルーベル川はキラキラと輝いていた。

 市内中央部の狭い通りが渋滞するのはいつもの事だが、しかし今日は軍警オーリウェル支部へ向かう通りに入っても、車の流れは悪いままだった。

 何だろう。

 俺は首を傾げる。

 しかし支部に近付くと、その原因は直ぐにわかった。

 軍警オーリウェル支部の正門に向かう道に、ずらりと沢山の車が並んでいた。それは通りにもはみ出していて、交通を阻害している。そしてその周りには、大小のカメラを持った人たち。脚立に乗る者や、中にはマイクを持ってカメラに話し掛けている人もいた。

「報道が集まっているのか?」

 俺はぼそりと呟いた。

 投光器まである。

 さらに、報道陣とは明らかに様子の違う人々が集まり、軍警の敷地内に向かって声を上げているのも見えた。数は少ないが、プラカードまで掲げている人たちまでいた。

 何だ……?

 車が軍警の正門に近付くと、付近にいた報道の人たちがわらわらと近付いて来る。車は、あっと言う間に取り囲まれてしまった。

 この車の窓には、濃いスモークが張ってある。車内を見ることは出来ないだろうが、無数の人々に囲まれると物凄い威圧感を覚えてしまった。

 しかし直ぐに制服姿の男たちが駆け寄って来て、報道陣を押し返してくれた。

 驚いたのは、それが軍警隊員ではなくて市警の制服だった事だ。

 何とか車は進めるようになった。そのままノロノロと徐行し支部入り口のゲートに差し掛かると、やはりここにも市警の警官達が並んでいた。

 その向こう、セキュリティーゲートには顔馴染みの軍警の警備隊員もいるのだが……。

 車がゲートで停車する。しかし軍警の警備よりも先に、市警の警官の中から出て来たスーツ姿の男性がコツコツと車の窓を叩いた。

「あー、すみません。身分証の提示を願えますか」

 マーベリックが窓を開くと、おずおずとした様子でその男性が話し掛けて来た。

 その声には聞き覚えが……。

「ロイド刑事!」

 俺は思わず後部座席から身を乗り出した。

「ウ、ウィルちゃん?」

 ロイド刑事も声を裏返して目を丸くした。

「ウィルちゃん、どうしてここに?」

「ロイド刑事、どうしてここに?」

 俺たちの声が重なってしまう。

 ロイド刑事が目を丸くし、はにかんだように笑った。

 俺は唇をキュッと引き結び眉をひそめる。

「いや、久し振りだなぁ、ウィルちゃん。この前の学院以来だなぁ。でも本当に偶然だね。嬉しいよ。うん、ウィルちゃんと会えて嬉しい。ははは……」

 偶然?

 ……いや。

 何故市警がここにいるんだ?

「おい、兄さん」

 思考を巡らせる為に沈黙した俺に変わり、運転席のマーベリックが口を開いた。ドスの効いた声が響く。低い声だ。

「はい、なんでしょう」

「あんた、妙に馴れ馴れしいが、うちのお嬢とどんな関係だ?」

「あ、あなたがもしかしてウィルさんのお兄さんですか?」

「あ?」

「あの、自分はロイドといいます。妹さんとはその、何回かお会いしてて……」

「ああ?」

 車の外で直立不動の姿勢を取るロイド刑事を、マーベリックが困ったように見た。そして助けを求めるように俺を見てくる。

「取り敢えず支部の中へ。ここだと目立つから」

 俺は周囲を見回し再び前席に身を乗り出すと、マーベリックにそっとそう告げた。



 俺はゲートを入ったところで車を降りた。

 冷たい空気が頬に当たる。空気はかなり乾燥しているようだった。

 寒かったので上着を着ようかと思ったが、ロイド刑事がこちらに走り寄って来るのが見えたので、思い止まる。

 ……そうだ。上着はダメだ。

 あくまでも軍警隊員の妹だと言う設定の俺が、制服を着ていてはおかしい。

 まぁ、スカートとネクタイは誤魔化しようがないが……。

 俺は運転席のマーベリックに手で合図した。マーベリックにはこのまま屋敷に戻ってもらうつもりだった。

 車がゆっくりと走り去る。

「やぁ、ウィルちゃん」

 そんなに寒いのか、頬を真っ赤にしたロイド刑事が微笑みかけて来た。

「お仕事中すみません。大丈夫ですか?」

 俺は軍警の敷地外で警備している市警の警官隊をちらりと窺った。

「大丈夫だよ。先輩に休憩して来るって言っておいたから」

 はははと笑いながら後頭部を掻くロイド刑事。

 先輩って、あの眼鏡の刑事さんだろうか。

 ……本当に大丈夫なのだろうか。

 しかしそのロイド刑事の笑顔は、余計な事を考えている自分が馬鹿らしくなるほど、あっけらかんとした少年みたいに曇りのない笑顔だった。

 軍警オーリウェル支部は、正面ゲートから支部棟まで距離がある。本来なら支部棟の脇まで車で行くのだが、こんな場所で降車したのは、ロイド刑事に少しお話できませんかとお願いしたからだ。

 ロイド刑事は物凄い勢いで頷いてくれた。

 ロイド刑事にそんな事を頼んだのは、市警や報道陣など、この状況について聞いておこうと思ったからだ。

 俺たちは並んで支部棟へ向かって歩き出す。

 空には星が瞬き始め、等間隔で並ぶ街灯がぼんやりと道路を照らしていた。正面ゲート付近の騒ぎは若干聞こえていたが、少し歩みを進めると静かな秋の虫の音しか聞こえなくなる。

「いい、夜だね」

 少し強張った顔のロイド刑事。

「そうですね」

 俺は適当に返事する。

「やっぱりウィルちゃんにはかっしりした服が良く似合うね」

 ロイド刑事がこちらを見て笑い掛けて来る。先ほどとは違う固い笑顔だった。

 俺は両肘をぐっと抱き寄せて微笑み返しておいた。

「ところで、何故市警の皆さんが軍警の警備に出ているんですか?」

 俺は背の高いロイド刑事を横目で見やる。

「ああ、うん……。それは、市長からの要請があったからだよ。ウィルちゃんもニュースで見ていないかな」

 ニュース……。

 作戦終了からずっとバタバタしてしまっていて、テレビなど見ている余裕はなかった。その後も報告書と睡眠を繰り返していたから……。

「ほら、この前軍警が大規模な取締をしたでしょ。それについて、市街戦みたいな激しい戦闘とか、貴族でもない一般人の魔術使用者にも多数の死傷者が出ているって情報がマスコミに流れたんだ」

 俺は眉をひそめる。

 作戦についての報道発表はなされているから、正式発表以外の情報、という事なのだろう。

 激しい戦闘。

 一般の魔術犯罪者への制圧。

 恐らくはディンドルフ男爵邸での戦闘の事だろう。

 しかしあれは、俺たち軍警にとってもイレギュラーな事態だったのだ……。

「それに、一時期軍警がディンドルフ男爵を殺害したって報道もあってさ。貴族派とか、保守層の市民たちが軍警の虐殺行為だって抗議活動を始めたのさ」

「虐殺!」

 俺は思わずロイド刑事を睨み付けた。

「ははは……。嫌な言葉だったね。ごめん」

 ……馬鹿な。

 軍警の取締活動は、あの魔術テロを行った関係者や過激派を一網打尽にするためのものだった筈。

 それもこれも、みんなが安心して暮らせる為なのだ。

 それが、抗議とか虐殺呼ばわりとか……。

「まぁ、結局男爵は生きていて、お陰で抗議活動は縮小したけどね。それでも軍警と市民やマスコミが直接対峙するのは良くないって市長の判断で、間に僕たち市警が入ってるという訳さ」

 作戦終了から今までに、そんな事になっていたなんて……。

 くっ……。

「軍警も対応がまずかったかもね。魔術師で貴族派のディンドルフ男爵だけど、地元の有力者でもあるからさ。利権とか、支持してる人も多いから。特に保守層とか、富裕層なんかは」

 ……そういう事か。

 あの甲冑が男爵をスケープゴートにした理由はこれだ。

 バラバラだった魔術師を誘導、統率し、軍警にぶつけたのも、軍警と魔術師の凄惨な戦闘を演出するためだったのだ。

 そうして男爵を軍警に殺させ、悲惨な戦闘をマスコミにリークして、社会の軍警への反発が高まる事を狙ったのだ。

 結果男爵は無事だったとはいえ、軍警へ批判の目が向いた事に変わりはない。

 ……これで軍警は、当分の間、その動きを大幅に制限される事になるかもしれないのだ。

 くっ。

 やられた。

 こちらの攻勢を、逆に利用されたのだ。

「ウィルちゃん。あのさ、実は、もし良かったらだけどさ、今度の週末空いてる? その、あのさ、お祭りなんだけど……」

「あ。はい……」

 俺はロイド刑事に生返事で頷きながら、じっと道の先を睨み付けていた。

 暗闇の先を。

 この事態を引き起こしたのは恐らくは騎士団。

 あの、甲冑だ。

 ……必ず捕らえなければ。

 例え、強大な敵であっても。

 俺は爪が食い込むのも構わず、ぎゅっと拳に力を込めた。

 読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ