Order:35
ディンドルフ男爵邸の裏庭。
低空でホバリングするヘリから、俺たちΩ分隊は次々とロープ降下して行く。
チェックのスカートをふわりと膨らませながら庭園の芝生に降り立った俺は、ライフルを構えて即座に警戒態勢を取った。
分隊全員が降下を終えると、シュバルツフォーゲルのエンジン音が高まった。高度を上げながら機首を屋敷の表へと向ける。ヘリをちらりと見上げた俺と目が合ったドアガンナーが、ひらひらとこちらに手を振っていた。
ヘリから見た状況では、現在主戦場になっているのは屋敷の正門付近のようだ。外部から押し寄せて来る市内の魔術犯罪者を、γ分隊が何とか食い止めている。戦況報告の無線によれば、ディンドルフ邸内には既にΕ分隊が突入している様で、男爵自身と対峙しているようだった。
γが敵勢力を抑え、男爵と外部の魔術師集団の合流を何とか防いでいるようだ。
もっとも、敵の数は圧倒的だ。それに、魔術師どもの火力は軍警隊員を凌駕する。
形勢は不利と言わざるを得なかった。
『Ωリーダーより各員。3人俺について来い。Ω2以下と12は、別ルートから回り込め。Εを援護して、目標を押さえる』
ヘッドセットから聞こえるブフナー分隊長の声に頷き合うと、俺たちはライフルを構えたまま低い姿勢を保ち、素早く移動を始めた。
どこかから、乾いた銃声が連続して響くのが聞こえる。雷鳴が轟いているように聞こえるのは、雷撃の術式が放たれたからだろうか。
重々しい地響きと共に屋敷の向こうに立ち上る黒煙は、火球の魔術が炸裂したからなのか、又は誰かが投擲したグレネードの爆発によるものなのか……。
裏庭に向かって張り出したオープンテラスのデッキへと上がった俺たちは、1階ホールへと続くガラス戸の脇に張り付き、中を窺う。あちこち割れてしまったガラス戸が、激しい戦闘状況を窺わせた。
屋敷内部からも響いて来る断続的な戦闘音。
俺もみんなの脇に膝をついて、そっとホール内部を見た。
「あれは……」
俺は息を呑む。
1階エントランスホールと思われるその広い場所には、凄惨な光景が広がっていた。
上階に続く階段や倒した長椅子などを遮蔽物にしてライフルを構える軍警隊員たち。
Ε分隊だ。
交戦を続ける彼らの周りには、倒れた隊員たちの姿もあった。
負傷しているのか、または……。
ここからでは状態はわからないが、Ε分隊の半数近くが既に戦闘不能の状態にあるように見えた。
そのΕ分隊が対峙しているのは、ディンドルフ男爵。
……その筈、だった。
しかし今、ホールの中央に陣取り、その両腕に炎をまとわせているのは、異形の存在だった。
それは、中世の時代を思わせるような全身鎧。頭部まで面防に覆われた巨大なプレートアーマーだった。しかし、異様に盛り上がった肩の装甲や長い腕、それに比して装甲の薄い脚部などが、どこかアンバランスで不気味な人外のシルエットを作り出していた。
『エーレクライトを持ち出したのか!』
隊の誰か吐き捨てるように呟いた声を、無線が拾った。
あれが、貴族級魔術師の戦装束……。
俺はその禍々しい姿を凝視する。
エーレクライトとは、古来、貴族が戦場に立つ時に身に付けたとされる特別な装備のことだ。甲冑形が一般的であり、その多くが精緻な細工を施され、金銀で彩られた一級の工芸品でもある。
まさに、貴族の富と権力、そして家名の威信の象徴とも言える物だった。
しかし、エーレクライトの価値はそれだけではない。
その貴族の家の秘奥を尽くしてあつらえられた鎧には、何らかの魔術的補助能力が付加されているという。その性能は公にはされておらず、軍警も把握出来ていないケースが多かった。
抗魔作用のある金属質を嫌う筈の魔術師がその金属製の甲冑を身に着けるということは、本来は同族、対魔術師戦を想定しての装備だということだ。貴族級魔術師にとっての、いわば切り札とも言えるものだ。
軍警の講義で習ったことはあるが、実際に目にするのは俺も初めてだった。
奇怪な甲冑の腕が、ぶんっと音を立てて振るわれる。
その軌跡に合わせて出現した炎の矢が、四方八方にばら撒かれる。矢自体は小さかったが、そのスピードは火球の比ではない。まるで機関銃の掃射のようだった。
無数の火矢が屋敷のエントランスホールを粉砕していく。同時に、Ε分隊の隠れる遮蔽物を打ち崩していく。
Ε分隊が反撃を加える。押されながらも、正確な狙いで放たれたライフル弾が、鎧の化け物へと襲い掛かる。
しかし、籠手に覆われた長い腕が銃弾へ向けて差し出されると、Ε分隊の攻撃はあっさり無効化されてしまった。
防御場だ!
再び火矢を放つ男爵。
術式詠唱によるタイムラグは無いに等しい。
俺はギリギリと奥歯を噛み締めた。
高速詠唱、いや、もはや2つの術式の同時詠唱と言えるレベルの術式展開速度。
これがエーレクライトをまとった魔術師の力。
これが貴族級魔術師の戦い……。
『同時挟撃は諦める。こちらは即座にΕの援護に入る。狙撃チームは死角に回り込んで狙撃しろ。チャンスは1度だ』
フェイスマスクから覗く目をすっと細めるブフナー分隊長。
俺たちは無言で頷く。
『Ω12は狙撃班と行け。30秒後にΕに対する援護射撃を始める。行け!』
俺はスナイパーライフルを構えたΩ3の後について、身をひるがえした。
背後からは、未だに激しい魔術攻撃とそれに応戦する銃撃音が響き渡っていた。
使用人用と思われる扉にロラックがショットガンを向ける。蝶番を吹き飛ばし、扉を蹴り破った俺たちは、そのまま調理場に侵入した。
明かりが落ちた薄暗い調理場には人気はなく、水道から滴る水の音だけが微かに聞こえた。
ポイントマンはロラックが務める。次に俺。その後をスナイパーのΩ3。最後に3の相棒のΩ4が続く。
ロラックのライフルに装着されたライトが、台所を照らし出す。
こちらにはまだ戦闘の影響は出ていないようだった。遠く爆裂音や銃声が聞こえて来るだけだ。
ロラックが上階へ向かう使用人用の階段を見付けた。
アイコンタクトを取り合い、俺が階段の下からブルパップライフルを構えて素早く援護態勢をとった。
上方クリア。
その旨をハンドサインで他に伝える。
ロラックたちが慎重な足取りで階段を登って行く。みんなが登りきると、俺もその後に続いた。
階段の先は使用人のスペースだろうか。狭くて雑多なものが置いてある廊下だった。
薄暗いが、一応電灯は点いていた。
その廊下を、俺たちは互いにカバーしながら慎重に進んで行く。今度は俺が殿だ。
分隊長たちやΕ分隊援護のため、なるべく急いで狙撃可能地点に向かわなければならない。
しかしここは、貴族級魔術師の屋敷でもある。どこに何が潜んでいるかわからない。どうしても、慎重な行動を取らざるを得なかった。
きいっと軋む扉をゆっくりと開き、より広い廊下に出た。
磨き上げられた床面や、彫像や絵画などの高級そうな調度品が並んでいる。使用人スペースから一般のフロアに出たようだった。
廊下の先から銃声が聞こえる。
俺たちは目線を交わし、素早くそちらの方向へ進み出した。
左手には大きな扉がズラリと並ぶ。右手には規則正しい間隔で窓が並んでいた。しかしその窓の全てが鎧戸で閉ざされていて、外をうかがい知ることは出来なかった。
人気のない廊下にブーツの足音が反響している。
……俺だけローファーだったけれど。
その廊下を進むこと少し。
隊列の最後尾、殿についていた俺は、ふと視界に動く物を捉えた。
足を止める。
右手。
並ぶ扉の1つが開いていた。
その奥に、今何かが……。
「どうした」
立ち止まった俺に気がついたΩ3が振り返った。他のみんなもこちらを見る。
「いや、その部屋で何か動いた気がして……」
俺は目線で開けっ放しの扉の奥を示した。
「確認しよう。背後を突かれるのはよろしくない」
Ω3が他のメンバーにさっと指示を送る。
俺が頷くと、即座にロラックとΩ4が扉の脇に張り付き警戒態勢に入った。
俺はブルパップライフルの銃口を目線に合わせながら、ゆっくりとその部屋に踏み込んだ。
窓が開いているのだろうか。
冷たい室内の空気に、微かな夜の匂いが混じっている気がした。
明かりは落ちていたが、廊下からの光と開け放たれた窓から差し込む外の街灯の光が、おぼろに室内を照らし出していた。
パステルカラーのシーツが敷かれた大きなベッドに猫足のテーブル。それに、ゆったりとした揺り椅子が、柔らかそうな絨毯の上にそっと佇んでいた。
整えられた調度品に、可愛らしい小物がちらほらと見える。
そして……。
俺はびくりと体を震わせる。
大きな衝撃が、俺の体を駆け抜けた。
目を見開いたまま、俺はその部屋のクローゼットを見つめる。
「クリア、だな」
開けっ放しのドアから、ロラックが声を掛けてきた。
しかし茫然としたままの俺は振り返ることが出来ない。
「ウィルちゃん?」
Ω3の訝しむような声。
何で。
何でここに……!
俺の目の前には、ハンガーに掛けられた一着のブレザーがあった。動いて見えたのはこの服だったのだ。
夜気に揺れるその服は、黒地に白のライン。そして、左腕には白い花を象った紋章が印象的なデザインだった。
これは、俺の持っている制服と同じ……。
聖フィーナ学院エーデルヴァイスの制服だった。
俺はだらりと銃口を下ろし、再び室内を見回した。
つまりこの部屋は、俺やアオイと同じ、エーデルヴァイスに通う女子生徒の部屋だということだ。
確か、作戦開始前のブリーフィングでは、ディンドルフ男爵には息子と娘がいると言っていた。恐らくは、その妹の方が聖フィーナの生徒……。
ジゼルやアリシアや俺の友人たちと同じ、あの校舎に通う生徒の1人だったのだ。
俺は今、そんな少女の部屋に、銃を持ちながら押し入っている。
思考が吹き飛ばされる。
視界が揺れる。
頭の中がグルグルする。
得体の知れない不快感に、俺は思わず口元を手で覆っていた。
何だ。
何なんだ、これは……。
「ディンドルフ男爵の娘の部屋か。気をつけよう。子供とはいえ魔術師だ。気を引き締めて行け」
Ω3がふっと息を吐くようにそう言った。
魔術師?
この部屋の主であろう少女が?
「くっ!」
俺はさっと髪を広げ、振り返る。そして部屋から出て行く仲間たちの背を睨んだ。
アリシアたちクラスメイトの顔が頭をよぎる。
彼女たちは確かに魔術が使えるだろう。しかしだからと言って、俺たちが銃を向けて良い相手である筈がない。
まるで敵の1人であるかのようなΩ3の言いぐさに、カッとなってしまう。
しかし同時に、それが軍警にとっては当たり前の認識だと冷静に分析する自分もいた。
俯く。
赤いリボンが飾る自分の胸元を見る。
これから相手にするディンドルフ男爵は、もしかしたら顔見知りかも知れない少女の父親……。
しかし。
あの夕方、平和な駅前広場を一瞬にして恐怖と悲しみに変えた、卑劣な魔術師どもの黒幕たる人物でもあるのだ。
……くっ。
胸の奥に湧き出たモヤモヤが消えてくれない。
それどころかどんどん重いしこりとなって、心を締め付けているようだった。
アオイ……。
俺は少しだけ、少しの間だけキュっと目を閉じた。
両手で支えるライフルがずしりと重たく感じる。
「何をしている、急げ、ウィ……!」
その瞬間。
こちらに振り返ったロラックの顔が、驚愕に歪んだ。
「ウィル!」
Ω3と4も叫び声を上げ、銃を跳ね上げる。
俺に向けて。
「伏せろ!」
「えっ?」
俺が何か言い返そうとした瞬間。
ゴツゴツした太い何かが俺の腰に回される。そして信じられないような力で、俺はぐいっと後ろに引き寄せられた。
足が床から離れる。
そして。
カシャリと背後で金属音がした。
『こんばんは』
背筋に冷たい物が走り抜けた。
嘲笑を含んだ声。
恐ろしく冷ややかな声が、俺の耳元で囁かれる。
「なっ!」
咄嗟にもがき、振り返る。
そこには、シャープな形状の面防が下ろされた兜があった。
「エ、エーレクライト!」
俺の腹に回されたごつい腕には金属の籠手。背中に当たるのは、ゴツゴツした鎧の感触。
俺は、背後から巨大な鎧によって抱き抱えられている状態だった。
くうっ!
『やっと見つけたよ、エーレルトのお人形さん』
くくくっと不気味な笑い声を上げる背後の甲冑。
「人形とか、何を!」
俺は震える腕を何とか動かして、ぎゅっと握り締めていたライフルを振り上げた。そしてそれを、俺の肩口にあるであろう甲冑の頭部目掛けて振り下ろした。
ガツンと堅い感触。
痛みが走る。
ライフルが俺の肩にもあたってしまった。
『ふむ。野蛮だな』
呆れたような甲冑の声。
僅かに拘束が緩まる。
俺その隙に全力を振り絞って体を捩った。
何とか拘束から逃れる。そのまま勢い余って、俺はバランスを崩しながら転んでしまった。
しかしっ!
転びながらも、俺は腰の後ろのホルスターからハンドガンを引き抜いた。そして地面に転がると仰向けの姿勢をとり、甲冑へと銃口を向けた。
「エーレクライトだ! 撃て! 撃て!」
Ω4が叫ぶ。
俺たちは一斉にトリガーを引き絞った。
爆裂する銃声。
一瞬にしてばら撒かれた無数の銃弾が鎧に殺到する。
至近距離。
外す筈がない!
俺はハンドガンの照準も反動も気にせず、トリガーを引いた。
そうさせたのは恐怖だ。突然背後に現れた得体のしれない甲冑への……。
「なっ!」
しかし、俺たちの弾丸は甲冑に届かなかった。
甲冑が前方に手をかざしている。
そこから先、銃弾はまるでその甲冑を避けるように目標を逸れてしまった。
防御場とも違う。
まるで、銃弾の軌道を歪め、曲げているみたいな……。
ハンドガンのスライドが後退して止まった。
くっ、弾切れだ!
弾倉交換している隙はない。
俺は先ほど転んだ時に落としてしまったブルパップライフルに手を伸ばした。
「Ω4からΩリーダー! 聞こえるか! こちらは新手のエーレクライトと交戦中だ! 繰り返す!」
Ω4が叫び、Ω3がボルトアクションのスナイパーライフルを撃ちながらも徐々に後退り始めた。
そう。
俺たちの目の前に現れたこの甲冑は、先ほど目撃したディンドルフ男爵のエーレクライトとは違っていた。
『煩わしいな。羽虫が』
その無機質な兜から発せられた声は、やはり恐ろしく冷ややかだった。
『下がれ、下郎』
新手の甲冑が手をかざす。
Ω4たちに向けて。
『Kgjjha manng okeeng ichetvuvu』
囁くような微かな術式詠唱。
4言成句、速い!
「まずいっ……!」
そう叫んだ瞬間。
俺の視界は、真っ白な光の奔流に塗りつぶされた。
爆音。
破壊音。
熱波が押し寄せる。
俺は思わず腕で顔を覆った。
『ふむ。場所を変えようか』
その衝撃波の中、また直ぐ近くで甲冑の声が響いた。
「うわっ」
ライフルを握り締めたまま甲冑の魔術の余波に耐えていた俺は、その太い腕で再び抱き上げられてしまった。
「は、離せ!」
もがく俺を全く意に介する事なく、甲冑は歩き出す。
「くっ、何が……」
甲冑の魔術は凄まじかった。
衝撃波が放たれた方向は、完全に破壊され尽くしていた。床も壁も窓も全て吹き飛ばされていた。床が抜け、階下の構造が露になっていた。上も同じ。正面は、未だに一般の魔術師との戦闘が続く屋敷正面の庭が丸見えになってしまっていた。
Ω4とΩ3の姿は見えない。
ロラックは破壊跡の脇に倒れている。その服から、プスプスと煙が立ち上っていた。
ロラックは動かない。
「ロラック?」
みんなは……。
くっ。
ううう……。
俺は必死で体を動かす。
しかし今度はびくりともしない。ライフルを持った腕も完全に固定されてしまって、銃口を持ち上げる事も出来なかった。
「ふっ」
何が可笑しいのか、甲冑が笑う。そして、短く詠唱する声が低く響いた。
発動する魔術に、うっと俺が身を固めた瞬間。
視界が揺らいだ。ふわりとした浮遊感が全身を包む。
それは、アオイの転移術式と同じ感覚だった。
気が付いた時、俺は開けた場所にいた。
ディンドルフ男爵の屋敷の塔が近くに見える。その向こうには黒々とした夜の森。立ち上る煙は軍警部隊と魔術師の戦いによるものだ。頭上には曇天の夜空が広がっていた。
吹き付ける風が痛いほど冷たい。
俺を抱き抱えた甲冑は、ディンドルフ男爵邸の屋根の上に立っていた。
「このっ、離せ! はな、うわっ!」
再びもがいた俺は、不意に解放された。
放り投げるように放された俺は、屋根の上を2回ほど転がる。
俺はその回転を利用して素早く身を起こすと立ち上がる。そしてブルパップライフルを構えると、甲冑の眉間に照準を合わせた。
「お前、何者だっ!」
俺はダットサイトの向こうの甲冑を睨み付けた。
俺の前で無防備とも言える姿勢で立つ甲冑は、ディンドルフ男爵のものに比べれば真っ当な人の形をしていた。それでも、俺からすれば見上げるような大きさだったが……。
兜は側頭部に羽根飾りが付き、面防は鋭くシャープな形状をしている。どこか鷲のような猛禽類を思わせる形状だった。全身のシルエットはオーソドックスなプレートアーマー。しかしどの部位にも精緻な彫刻が施され、真紅のマントも相まって、まるで物語の英雄の様だった。
そのマントが、吹き付ける夜風にふわりと広がった。
『ふむ。外見は、なかなかに見事な造形だな。さすがは黒衣の魔女』
甲冑が不気味に笑った。
『その顔……』
甲冑の手がこちらに差し出され、空を掴み、そしてまた引き戻される。
沈黙。
甲冑がじっとこちらを見ている。
面防に隠れていてその目は見えないけれど、そんな気がした。
甲冑は先ほど伸ばした手を振ると、俺に向けてギュッと握り締めて見せた。
『やはり見た目は十分。加齢表現も大したものだ。しかし性能はどうかな?』
甲冑が手をかざす。
『狂化兵程度では力不足だったようだからな。今度は直々にこの私が相手をして差し上げよう』
狂化兵?
以前聖フィーナ学園に侵入して暴れた男が、何故ここで?
しかし考え込んでいる猶予は、俺にはなかった。
『jpuulc xceei coxula』
甲冑の詠唱と共に、俺の周囲の空間がギシっと軋みを上げた。
凍結系術式!
俺は咄嗟に右へ飛ぶ。
屋根の傾斜の上を転がり落ちる。落ちながら、先程まで俺のいた場所が真っ白な氷の塊になってしまっているのがちらりと見えた。
手を突き、足を踏ん張って回転を止めた俺は、落下の勢いをなんとか殺す。そして膝立ちの姿勢になると、素早くライフルを構えた。男爵邸の屋根の傾斜角が浅くて助かった。
トリガー!
射撃。
3連射!
しかし、やはり弾が曲がるっ!
甲冑がこちらに人差し指を向けた。
詠唱は聞こえず、しかし俺は自分の勘に頼って後ろへ飛んだ。
瞬間。
炎でも氷でもない輝く光の矢が、屋敷の屋根に突き刺さった。
一瞬の間を置いて、直撃した屋根が爆裂する。
「かはっ」
その衝撃に易々と吹き飛ばされた俺は、数回バウンドしながら再び屋根の上を転がった。
くっ、まずい。
戦力差がありすぎる……!
口の中に鉄の味が広がる。
体中に鈍い痛みが走る。
汗か血かゴミが入ったのか、片目が痛くて開かなかった。
それでも俺は、何とか身を起こして銃を構えた。
「こ、こちらΩ12。エーレクライトと交戦中。え、援護を……」
ヘッドセットに向けて囁いてみるが、応答はない。壊れてしまったのか、ノイズすらも聞こえなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
余裕ぶった足取りで、甲冑がゆっくりと近付いて来る。
どうする、どうする、どうする……。
予備弾倉はあと2本。フラグとスタングレネードが2発ずつ。ハンドガンは無くしてしまった。あとはナイフと……。
しかし、あの防御場。
受けるのではなく曲げられては、結節点を狙うことすら出来ない。ましてや、今の手持ちの火力では……。
『いい加減、平民の玩具など捨てなさい。魔術を使って見せないと、死ぬぞ?』
甲冑が俺を見下ろしている。
『その性能を見せて見ろ、エーレルトの人形。エーレルトの魔術が使えるところを、俺に見せて見ろ!』
そう叫んだ甲冑の声に混じっていたのは、怒りだろうか。
人形?
魔術?
そんなもの、俺にはわからない。
わからないよ、アオイ……。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
アオイがいてくれれば……。
くっ。
……いや。
そう思ってしまった自分が嫌になる。
制止するアオイを振り切って作戦に参加したのは、俺なのだから。
自分の力を過信した。誉められて、調子に乗っていた。
しかし、自分なりに出来る事を尽くした結果なら、俺は後悔なんて……。
全身を苛む痛みの中では、冷静な思考を保つ事そのものが苦痛だった。
ウィル!
そんな状態で頭の中に響いたその声は、アオイの声のように聞こえた。
……俺は、アオイに頼りきりだな。
ふっと自嘲めいた笑みを浮かべる。そして俺は、ライフルを構えた。
走り出す。
キッと甲冑を睨みつけて。
まだだ!
まだまだ!
俺は……!
ご一読、ありがとうございました!




