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Hexe Complex  作者:
33/85

Order:33

 小会議室を出た俺は、腕を持ち上げてんっと伸びをした。長時間座ったままだったので、お尻がごわごわする気がした。

 お尻をぽんぽんしてから軍警の制服であるタイトスカートのシワを払うと、俺は廊下の先にある談話スペースに向かった。

 ちょうどお昼にエーレルト邸を出発し、支部に到着したのが14時頃。そして今はもう20時になろうかという時間だった。

 その間俺は、刑事部の捜査官の事情聴取に協力していた。あのエストヴァルト駅での爆発を確認した瞬間から容疑者確保までの間の出来事を、繰り返し説明しなければならなかった。

 昨夜も現場で大まかな事は説明していたし長時間の拘束は疲労の蓄積した体には厳しかったけれど、決して苦にはならなかった。

 なにせこの事情聴取に協力する事が、とりあえず今の俺が出来る事だったから。

 聴取官はバートレットやアリスではなく、知らないおじさんだった。しかしその初老の捜査官は優しく俺を気遣ってくれたので、スムーズに話をする事が出来たと思う。

 俺は談話スペースの壁際に置かれた長椅子に、ぽすっと腰かけた。

 足をハの字に開きながら、ふうっと息を吐く。

 疲れたが、それを口に出してはいられない。

 事件から1日が経過した今も、軍警オーリウェル支部の刑事部フロアは未だ騒然とした空気のままだった。

 きっと昨日から帰宅出来ていない職員も沢山いるだろう。

 俺はアオイの付き添いという役目があった為に帰宅でき、お屋敷のベッドでキチンと眠る事が出来たのだ。不満も弱音もとても口には出来ない。

 すっかり暗くなった窓の外に目を向ける。

 普段なら消灯されている屋外投光器が点灯し、広い訓練場と格納庫群、それにヘリポートを照らし出していた。

 俺の援護に来てくれたのと同じシュバルツフォーゲルが2機、駐機しているのが見えた。

 一応容疑者を確保したというのに、作戦部は即応体制を解除していない。

 もしかしたら、このままの状態から何か大規模な動きがあるのかもしれない。

 ……それも、近々に。

「ウィルちゃん。ご苦労様」

 窓の外をじっと見つめていた俺に、声が掛かる。はっとしてそちらを向くと、先程まで俺の事情聴取をしていた年配の捜査官が微笑みながら立っていた。

 聴取中はその鋭い視線に気圧されっぱなしだったが、今は柔らかな雰囲気だった。俺はそのことに幾分安堵しながら、立ち上って挨拶する。

「ほら」

 捜査官が紙パックのジュースをくれた。

 ストロベリー味だった。

「ありがとうございます」

 俺は微笑んでジュースを受け取った。

「疲れた時には甘いもんがいいってな。さぁ、飲め飲め」

 ズボンのポケットからブラックの缶コーヒーを取り出し、どかりと長椅子に座る捜査官。

 俺も隣に座り直し、紙パックにそっとストローを突き刺した。

「いや、しかしウィルちゃんは凄いな。そのなりであの行動力。容疑者確保という君の活躍がなければ、俺たちは今頃市内中の魔術師をパクりに駆けずり回っているところだったよ」

 目を細めて笑う捜査官。

「……いえ」

 俺は少し目を逸らし、ストローに口を付けた。両手で持った紙パックジュースを啜る。

 とろけそうな甘さが口の中に広がる。

 別に俺は、誉められて照れている訳ではない。

 ……例え容疑者を確保しても、起こってしまった大惨事を無かった事には出来ない。

 そう思ってしまったのだ。

「まったく、刑事部の若手にも見習わせたいよ。どうだ、正式に捜査官になってみないか」

 好々爺然とした笑みを浮かべて目を輝かせる捜査官に、俺は苦笑を返した。

「実際、容疑者確保までスムーズに来れたのは奇跡みたいなもんだからな。上はこのタイミングを反撃の好機と見ているだろうし、作戦の発動が繰り上げられるかもしれない。そうなれば、君のような使える若手は増々必要になる。頑張りなさい」

 そう言うと捜査官は、ぐびっとコーヒーを飲む。そして、よいしょと腰を上げた。

「あの」

 俺は紙パックを握り締めながら、思わず声を上げた。

「作戦ていうのは……?」

 俺の問いに、捜査官はニヤリと笑った。先程までとは違う、凄みのある不敵な笑みだった。

「君も聞いているだろう。市内の過激派魔術師と騎士団幹部に対する強制捜査だ。今回の魔術テロを契機に、その発動が前倒しになるというのが専らの噂だよ」

 俺は顎を引き、目を細める。

 騎士団の幹部クラスに捜査の手が伸びている事は、バートレットからも聞いて知っていた。

 魔術テロにより反貴族、反魔術の機運が高まるであろうこの機に、軍警は一気に敵の大物を仕留めに掛かる気なのだ。

 ……俺に、何か出来る事はあるだろうか。

 いや。

 無くても探すのだ。

 騎士団の幹部を押さえ、過激派魔術師の勢力を削げれば、次なる魔術テロは防げる筈だ。起きてしまった事を無くす事は出来ないが、同様の事態を防ぐための努力はするべきなのだ。

 ……この作戦は、今回のテロを防げなかった事への贖罪になる。

 その、最後のチャンスだ。

 ならば俺は、何が何でも協力しなくてはならない。

 少し、光明が見えた気がした。

 俺が成すべきことへの。

「ところでウィルちゃん」

「はい?」

 考え込んでいた俺は、顔を上げる。

「落ち着いたらで構わないんだが、一度俺の息子と食事をしないか?」

「食事?」

 照れたように笑う捜査官を見上げて、俺は首を傾げる。

 もちろん今は食事どころではない。

 息子さんの話を始めた捜査官の前で、俺は如何にしてその魔術犯罪者の大規模取締に参加する事が出来るかを、必死に考えていた。



 タイトスカートというのは動きにくい。

 俺は足周りに窮屈さを感じながらも、懸命にたたたっと階段を駆け上がっていた。

 まだ本当に実施されるか確証はないけれど、とにかく大規模取締作戦へ参加させてもらうために、まず俺はヘルガ部長の所へ直談判に向かう事にした。

 ノックして部長の部屋に入ると、まず手前の控え室にいた秘書官が立ち上がった。

「お疲れ様です、ウィル・アーレン」

 秘書官にはもうすっかり名前を覚えられてしまったみたいだ。

「お疲れ様です」

 俺はぺこっと頭を下げた。

「ヘルガ部長とお話したいのですが、今ご在室ですか?」

「申し訳ありません。今はお客さまがいらっしゃっていて」

 秘書官がすまなそうにドアが開かれたままの執務室を一瞥した。

 ……来客ならしょうがない。

 俺が出直そうとした時、執務室から声がした。

「ジュリエット。誰かしら?」

 ヘルガ部長の声だった。

「はい、ウィル・アーレンがいらっしゃってますが」

「いいわ、通してちょうだい」

 秘書官のジュリエットが俺を見て頷いてくれた。

「ウィル・アーレン、入ります」

 一礼してヘルガ部長の執務室に入ると、デスク手前の応接セットに見知った顔が座っていた。

 白くなった髪に同じく白い口ひげ。軍警の制服を着こんだその白髪の人物は、作戦部長のシュリーマン中佐だった。一応現在も俺は作戦部所属ということになっているから、中佐は直属の上司でもある。

 俺は慌てて姿勢を正して敬礼した。

「ほほほ、久しぶりだね、ウィル・アーレン」

「お疲れ様です」

 やはり俺は頭を下げる。

「ちょうどいい所に来たわね、ウィル」

 デスクに肘を突いていたヘルガ部長が、こちらを見てニヤリと笑った。今日も深紅のスーツが艶やかだった。

「今、あなたの話をしていたばかりなのよ。魔術師4人を相手に一歩も引かなかったってね」

 俺は2人の前で直立不動の姿勢を取る。

 軍警オーリウェル支部を支える2大幹部の揃い踏みだ。

 その視線が突き刺さって来る。

 額に汗が滲む。

 ……まずい所に来てしまった。

「早急な容疑者の確保で、テロそのものは防げなかったけれど、最低限軍警の役割は果たすことが出来たわ」

「うむ。どれウィルちゃん。キャンディーをあげよう」

 シュリーマン作戦部長が制服のポケットから可愛らしい包みのキャンディーを取り出した。

「……ありがとうございます」

 俺は両手でそれを受け取る。

 その瞬間、中佐が目を細めた。

「姿形は変わっても、旧Λ分隊の君が活躍するという事は、グラム分隊長以下の良い弔いになるだろう」

 俺はドキリとして、微笑を湛える作戦部長の顔を見た。

「これからも、頑張りたまえ」

「……はい」

 俺は神妙に頷く。

 評価してもらえるのはありがたいし、部長がΛ分隊の事を気にかけてくれていたのは嬉しい。

 しかし現にテロが起こってしまった後では、手放しに喜ぶ事は出来なかった。

「……もし、自分を評価していただけるならば、1つお願いがあります」

 しかし、しゅんとしているばかりではダメだ。

 当初の目的を果たすため、俺は2人の部長の前で声を上げた。

「あら、何かしら」

 ヘルガ部長が爛々と目を輝かせて俺を見ている。

 ……おっかない。

「……こ、今度、騎士団検挙の為の大規模な取締作戦があると聞きました。自分も、是非その作戦に参加させていただきたいのでふっ」

 ……ぐ。

 最後の最後で痛恨のミスだ。

 噛んでしまった……。

 ヘルガ部長とシュリーマン部長が顔を見合わせる。意味ありげなアイコンタクトの後、ヘルガ部長が俺を見た。

 刺すような鋭い目で。

「特別箝口令を敷いているわけではないけれど、その事は他言無用よ」

 誰に、とまではヘルガ部長は言わない。

 ……もちろんそれは部外者に。つまり、アオイにという事なのだろうが。

 ヘルガ部長のその言葉は、騎士団に対する大捕り物が実施されることを肯定するものだった。

「でも、ウィル。あなたはエーレルト伯に張り付く任務があるでしょう。この前伯爵と直接会った時に釘を刺されたわ。あなたをエーレルト伯に預ける限りは、伯爵は軍警の良き友人である、とね」

 ヘルガ部長はこめかみに手を当てて溜息を吐いていた。

この間、軍警のデータベースを調べに来た時だろう。アオイはヘルガ部長と会談したいと言っていたが、まさかそんな事を……。

 アオイという将来の貴族派の幹部候補とパイプを保つ事は、軍警の益になる。それをヘルガ部長が重要視しているのも、十分に理解できる。

 それはわかるが……。

「アオイには自分から説明します。このまま伯爵邸での生活は続けますし、アオイには、どうしても外せない重要な捜査任務だと説明して……」

 昨夜の事を思い出す。

 容疑者追跡から戻った俺を、アオイは離してくれなかった。

 ……朝まで。

 しかし今日は、軍警に出頭する事を認めてくれた。

 俺がどうしても外せない重要な任務があるからと説明したからだ。

 危険がないならとアオイはぶつぶつ言っていたが、今度もきっちり説得すればわかってくれる筈だと思う。

「ふむ。良いではないか、ヘルガ部長」

 視線を交える俺とヘルガ部長の横から、シュリーマン部長が割り込んで来た。白髪の方眉を上げて、俺を見る。

「ウィルちゃんが部隊に合流してくれれば、士気も上がろう。作戦部の荒くれは単純だからな」

 む。

 どういう事だ?

 俺の任務は……。

「シュリーマン中佐。それは女性蔑視ですか」

 ヘルガ部長が氷のように冷ややかな目で、ニヤリと笑う作戦部長を睨んだ。

「いや、すまんね」

 シュリーマン部長はほほっと笑う。しかし次の瞬間には、剣呑な光が宿る鋭い目が俺を捉えていた。

「しかし、ウィル・アーレンの参加は益になる。先ほども話した通り、Λ分隊の損失を新兵で補充したばかりだ。有能な戦力はいくらあっても足りる事はない。それに」

 シュリーマン部長は横目でヘルガ部長を見た。

「今度の作戦は、貴族級魔術師との衝突もあり得る。対魔術師の実戦経験者は、正直、喉から手が出るほど欲しい」

 貴族級との戦い……。

 俺は息を呑む。

 全身を緊張が駆け抜ける。

 シュリーマン部長が再び俺を見据えた。

「ウィル君。いつか言った通りだね。君はその形で出来る事を示して見せた。ならば、もう君の復隊を阻むものはない。それに、君はここしばらくの間では最も対魔術戦を経験している者なのだ。その経験は貴重だ。」

 アオイの屋敷。スラム街のビル。聖フィーナ。アウトバーン。

 その戦いの経験を生かせる。

 そして、シュリーマン部長に認めて貰えた。

 その事が、俺の胸の内にぼっと熱いものを灯した。微かな高揚感が湧き上がって来るような気がした。

 俺は密かに拳を握りしめる。

 ふうっとヘルガ部長が大きく息を吐いた。

「……わかったわ。刑事部からは、現在のエーレルト伯との関係を壊さないという条件付きで、ウィル・アーレンの作戦部復帰を認めます。いかが?」

 ヘルガ部長が目を細める。

 シュリーマン部長を見ると、部長は俺に頷き掛けてくれた。

 俺は大きく息を吸い込む。そして胸を突き出して姿勢を正した。

「ありがとうございます! 頑張ります!」

 俺は腰を折ってビシッと敬礼した。



 翌日の午後から、貴族派幹部クラス及び魔術犯罪者に対する大規模取締作戦に向けた訓練が始まった。もちろん作戦の秘匿性から、具体的な目標や決行の日時などは伏せられたままだったが。

 お昼で聖フィーナ学院を早退した俺は、マーベリックの車で軍警まで送り届けてもらった。アウトバーンで破損した車ではない。別の車両を使ってだ。

 アオイにはもちろん、早退して軍警に行く旨は伝えてあった。

 昨日。

 夜遅くに屋敷に戻った俺を、アオイは待ち構えていた。玄関ドアをくぐった瞬間、ぎゅむっと抱き締められてしまったのだ。

 そんなアオイに、これからしばらく軍警の重大な任務に従事したいと打ち明けてみると、やはり最初は猛反対されてしまった。

「ウィル。ウィルは、そんなに頑張る必要はない。私と一緒に学校に行って、私と一緒に眠ればいいのだ。悪い魔術師を懲らしめるのならば、以前のように私と行こう。だから……」

 もう戦わなくていい。

 正面から俺の目を見据え、いつかの様にアオイは静かにそう告げた。

 しかし、俺も引き下がれなかった。

 アオイを見つめ返し、今度の任務がどれほど重要かを説明した。そして、唇を噛み締め眉をひそめ、これが俺に出来る贖罪なのだと必死に説明した。

「ウィル……」

 アオイが少し悲しそうな顔をして、そっと俺の頬に触れた。

「そんな辛そうな顔をしないで欲しい」

 そして優しく囁く。

 違う。

 辛いんじゃない。

 俺は、何も出来ない自分が許せないだけなのだ。

「ウィルがそんな顔をせずに済むのなら……」

 結局俺たちは、夜遅くまでアオイのベッドの上で話し合った。その結果、最後にはこうしてアオイが折れてくれたのだった。

「ただし、危ない事はダメだ。それに、必ずこのお屋敷に、私のところに帰って来る事。わかったな、ウィル?」

 それがアオイの告げた条件だった。

 ……危ない事をしない保証はないけれど。

 それは、しかしきっとアオイもわかっているのだろう。俺を見つめるアオイの顔には、何かに耐えるような苦しげな表情が浮かんでいた。

 俺はそんなアオイを見てこくりと頷いた。

 アオイに全てを話せないのは申し訳なく思う。

「……悪い、アオイ」

 俺は肩を落としながら、そう伝える事しか出来なかった。

 結局その日も、俺はそのままアオイと一緒に眠る羽目になってしまったのだが……。 

 しかし渋々ながらもアオイにそう認めて貰えたおかげで、俺はこうして来るべき作戦行動の為の訓練に参加する事が出来るようなったのだ。

 俺の原隊であるΛ分隊はもう存在しない。そこで俺は、臨時編成として知り合いの多いΩ分隊に加わる事になった。

 支部の女子更衣室で久々の教練着に着替えた俺は、黒のシャツの上から白のフリースを着込んだ。聖フィーナでの体育でも最近着ている上着だ。

 そろそろ上着なしでは寒い季節になってきた。

 その上からマガジンポーチの付いたプレートキャリアや防具類を身に付ける。そして鏡を見ながらゴムできゅっと髪を縛り、ポニーテールを形作る。

 ロッカーに立てかけておいたブルパップカービンのスリングに首を通すと、俺は集合場所である教練場に向かって走り出した。



 教練棟の一角に設置された模擬家屋の前には、すでにΩ分隊のチームが集まりつつあった。

 Ω分隊の面々なので皆知っている顔ばかりかと思いきや、知らない者もちらほらと混じっていた。

 俺が支部を離れている間に配属された新人さんだろうか。

 とりあえず分隊長であるブフナー軍曹とロラックたちに挨拶すべくそちらへ向かおうとした俺は、しかし2人の隊員に行く手を阻まれてしまった。

 どちらも知らない顔だった。

「やぁ、お嬢さん。こんな所に何の用だい?」

 陽気そうな男が話し掛けて来る。

「そんな装備で……。事務の子か?」

 大柄な方も声を掛けて来た。

「ウィル・アーレンだ。今回の作戦、一緒に参加させてもらう。よろしく」

 俺は背の高い2人を見上げ、ふわりと微笑んだ。

「はぁ?」

「お嬢ちゃん、何を……」

 新人たちは怪訝そうに眉をひそめる。

「ウィルちゃん!」

 そこに、ロラック以下分隊の古参隊員たちが俺を見つけてわらわらと集まって来た。

「久し振りだね」

「活躍、聞いてるぞ」

「やっぱり可愛い、可愛い」

 いつものΩ分隊の雰囲気に、俺は苦笑を浮かべた。

「チームに割って入ってすまない。全力で頑張るので、よろしく頼む」

 俺は微笑みながらぺこりと頭を下げた。

 周囲からどっと歓声が上がった。

「おら、新入り共! ここにいるウィルちゃんはな、お前たちの大先輩なんだよ。敬え。崇めろ。触るのは俺の許可をとってからだ!」

「えっ、先輩って何です?」

「ウィルちゃん……」

 ロラックに厳しい指導を受ける先ほどの新人2人。

「アーレン君」

 そこへ、Ωの分隊長ブフナーがそっと近付いてきた。

「今回の作戦、上手くいけばグラムたちの弔いになるな」

 涼やかな顔を少し曇らせて、分隊長がふっと微笑んだ。

 俺はきゅっと唇を引き結ぶ。

 そして、こくりと頷いた。

「君がΛの生き残りだという話は正直実感出来ていないところだが……。あまり気負うなよ」

 俺はブフナー軍曹の目を見る。

 そして、ゆっくりと、確かに頷いた。

「隊長、何してるんっすか?」

 ブフナー軍曹が爽やかな笑みを浮かべてから、部下たちを振り返った。

「バカ野郎、今ウィルちゃんの連絡先聞いてるんだから」

「え!」

「隊長ずるい!」

 再び周囲が騒然となる。

 重大な作戦や厳しい戦いを前にしていても、決して重々しくならず明るい空気が漂うこの雰囲気が妙に懐かしい。Λ分隊でも同じだった、もうすっかり忘れてしまっていた実戦部隊の雰囲気だ。

 この中にいたのが、もう随分と昔の事のように思えてしまった。

 もしかしたら、こちらの世界にいた事が夢だったのではと思えるくらいに……。

「うるさいぞ、お前ら。さぁ、諸君、集合だ」

 ブフナー分隊長が大声を張り上げる。

「今日は分隊全体のフォーメーションから行くぞ。具体的な制圧目標はまだ発表されていないが、今回は複数のチームによる市内敵勢力への同時制圧任務となる予定だ。分隊単位での迅速な動きが要求される」

 部隊の仲間たちが一斉に分隊長に注目する。ビシッと空気が引き締まるのはさすがだと思えた。

「俺が独自に手に入れた情報によると、だ」

 隊員たちを見回すブフナー軍曹。

「今回は強襲任務じゃない。刑事部の捜査官と連携する捜査活動だ。俺たちの任務は、対象の魔術師が軍警への出頭、または逮捕に抵抗した場合となる。いわば、ピンチに颯爽と駆け付けるヒーローだ」

 ブフナー軍曹がニヤリと笑った。力強い笑い声が隊の中から沸き起こった。

「隊長。噂だと、貴族級の魔術師にも仕掛けるって聞いたんですけど」

 ロラックが手を上げた。

「俺たちの運が良けりゃ、そういう分担にもなるかもしれん。いずれにせよ、他の隊に遅れを取る訳にはいかないぞ!」

「おうよ!」

「了解!」

 Ω分隊のみんなの士気は高い。

 何だか心強くて、俺はふふっと微笑んでしまった。

「ウィルちゃんがいるんだ。野郎ども、気合いを入れるぞ!」

「「了解!」」

 みんながの声が重なった。

 しかし俺は、突然出てきた俺の名前にきょとんとしてしまった。

「さぁ、配置につけ! 先ずは突入、制圧の基礎訓練だ。模擬家屋のクリアまで、1分を切るぞ」

 分隊長の指示に、各々装備を整える隊員たち。俺もペイント弾が装填された弾倉を確認する。そして胸の前でぎゅっとライフルを握り直した。

 分隊長がさっと手を上げる。

「突入準備! 行け! 行け! 行け!」



 その3日後。

 軍警オーリウェル支部の全職員に対し、支部を上げての大規模取締作戦が正式に発令された。

 外部に対しては、捜査着手と同時に、かねてから捜査を進めていた過激派魔術師とオーリウェルの魔術テロ関連犯逮捕のための一斉捜査であると発表される手筈になっていた。

 その作戦発令から6時間後。

 奇しくもあの魔術テロが行われたのと同じ黄昏時。

 俺たち軍警は、静かに動き出した。

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