Order:31
今、目の前で起こっている事が信じられなかった。
先ほどまで平和で平穏だったオーリウェルの街から立ち上るどす黒い煙。
父さんを母さんを、そして姉貴を奪ったあの日の魔術テロのニュース映像が頭をよぎった。
仲間たちを、Λ分隊のみんなを奪ったあの爆発の光景がフラッシュバックする。
無意識のうちに全身がガクガクと震えてしまっていた。
俺は、白くなる程力を込めて拳を握りしめる。
「何だ、事故か?」
「ガス爆発だってよ!」
「誰か通報したのかよ」
俺と同様に車を降り、黒煙を見上げている人々が口々に声を上げる。
事故……?
そう、なのか……?
「ウィル」
その俺の肩に、ぽんとアオイが手を置いた。
俺は、はっとしてアオイの顔を見た。
「爆発の瞬間にだけ、多量の魔素が放出されるのを感知した」
アオイが言葉を切る。そして、刃のように鋭い目で俺を見た。
「これは魔術攻撃だ」
俺は息を呑む。
衝撃が体の中を駆け抜ける。
魔術、攻撃……。
起こってしまったのだ……。
恐れていた事が!
かっと頭に血が上る。まるで巨大な鐘が、頭の中でぐわんぐわんと鳴り響いているかのようだった。
巨大な喪失感に襲われる。しかし同時に、その胸の穴を埋めるように湧き上がって来るのは、燃えるように激しい怒りだった。
魔術攻撃を仕掛けた者に対する怒り。
そして、事前に捜査をしながらも、この惨状を防げなかった自分への怒り……。
「アオイ!」
俺はキッとアオイを見る。
「わかっている。マーベリック。私たちは先に行く。なるべく急いで車を回して欲しい」
アオイは俺たちが乗って来た車の運転席にそう告げると、ぎゅっと俺の肩を抱き寄せた。その手には、痛い程の力が込められていた。
「流転。転化。波形たる空。あまねく歪みを越える。天への階!」
アオイの凛とした声が術式成句を紡ぐ。
転移の魔術だ。
その詠唱が終わった瞬間、俺の視界が揺らいだ。
「え?」
最初に感じたのは、足元に地面がなくなる感触。そして痛いくらいに全身を包み込む風圧だった。
見渡す限り開けた視界。
周囲には建物も車も何もない。ただ俺を抱き寄せるアオイと、激しい風に乱される俺の髪とスカート。
そして、それ以外は全てが夕暮れの空だった。
「あそこか」
ポツリとアオイが呟くのが、微かに聞こえた。
凄まじい風圧の中、片目を閉じながらアオイの視線をなぞると、俺たちの眼下にはオーリウェルの街並みが広がっていた。
すっと鳩尾が冷たくなる。下腹部がきゅっとする。
俺たちは、空中に投げ出されていた。
「うわぁぁぁ、ア、アオイ!」
俺は思わずぎゅっとアオイに抱き付いていた。
「再度跳ぶぞ、ウィル」
アオイが冷静に、再び転移術式の詠唱を始める。
揺らぐ視界。
次の瞬間、俺の足元に地面が戻って来た。
「ううう……」
俺は思わずたたらを踏む。歯を食いしばって、膝をついてしまいそうになるのをこらえた。
黒煙の現場に跳ぶ為には、現場を目視する必要がある。だからアオイは街を俯瞰出来る上空に転移したのだろう。
突然の転移に、普段なら抗議するところではあったけれど……。
俺は言葉を失う。
……今は、抗議どころではなかった。
目の前に広がる惨状。
惨たらしいその有様を、俺はただ呆然と見つめる。
それはまさに、悪夢の様な光景だった。
何かが燃える臭いと、吹き飛ばされた石畳の粉塵がもうもうと漂っている。車がひっくり返り、路線バスが横転している。
未だに燻る爆発の残り火。
そして、その間に横たわるのは人。
呻く人。
血を流す人。
そして動かない人、人、人……。
「ああ……」
嘆きか落胆か、ただ力のない声が漏れてしまう。
俺は、この場所を知っている。
ここは、エストヴァルト駅の駅前広場だ。
小さいが人通りの多い駅だった。俺もよく利用していた。
百年程前に建てられた石造りの駅舎と、その前に広がる広場。中央には幸福の女神像が立つ小さな泉があった。休日にはその前で待ち合わせをする人が沢山いて、大道芸人、観光客でも賑わう場所だった。もう直ぐ始まる秋巡りの収穫祭にはイベント会場にもなっていた筈だ。
それが、それがどうしてこんな事に……。
こぢんまりとしていて、みんなに親しまれていた泉は、今や跡形もなかった。
泉があった広場の中心は大きく陥没し、大穴が空いていた。
その穴から今、信じられないような黒煙が立ち上っている。
地下からの爆発……。
アオイですら事前感知できなかった魔術の攻撃。
……つまりそれは、あの自爆術式陣。
誰かが泣いている。
苦痛に呻き、助けを呼んでいる。
あまりの衝撃的な光景に立ち尽くしていた俺は、その声ではっと我に返った。
「アオイ! 手分けして負傷者の救助を!」
アオイが俺を見て頷く。
いつも泰然として動じないアオイの顔が、微かに青ざめている様に見えた。
「状況がわからない。再攻撃を感知した時は、ウィルを連れて跳ぶ。気を抜かないで欲しい」
しかしそう思ったのも一瞬の事、キッと表情を引き締めたアオイが俺を睨む。
攻撃……。
魔術による攻撃……!
この惨状が!
この地獄が!
ならば俺は、何があっても逃げ出す事など出来ない。
出来る筈がない!
「……離脱なんかしない」
俺はアオイを見返して小さく呟く。そしてさっと踵を返すと、爆心地の方に走った。
「ウィル!」
背中でアオイの声がした。
俺は振り向かず、走りながら携帯を取り出すと素早くコールする。まずは救急車。続いてバートレットへ。
状況を説明しながら素早く救援の手筈を整える。
俺にはアオイみたいに人を癒やす力はない。ましてや死にかけた俺を生き返らせる程の奇跡なんて、起こせる筈がない。
ならば一刻も早く応援を呼んで、事態に対処するしかないのだ。
電話で話しながら、俺はよろよろと爆心地から逃げて来る人達の中を逆行する。
目の前でうずくまっている人がいた。飛散した瓦礫に当たったのか、頭から血を流している。
俺はその女性に駆け寄ると、傍に膝をついた。
「しっかり、間もなく救急車が来ます」
バートレットと通話中の電話を肩に挟みながら、俺は取り敢えず女性の傷口にハンカチを当てた。
呻く女性。
イルカさんプリントの俺の白いハンカチは、あっという間に真っ赤に染まってしまった。
血……。
くっ。
『大丈夫か、ウィル。泣くんじゃない。こちらでも状況は把握している。救援は直ぐに行く』
電話の向こうのバートレットが、いつになく真剣な声で叫んでいた。支部にいるのか、背後でけたたましく警報が鳴っているのが聞こえた。
俺は女性に傷口を押さえておくように言うと、爆発の中心を確かめるべく再び立ち上がった。
『しかし、ウィルがその場にいたのは幸いだった。そのまま出来る限り状況を伝えてくれ』
俺は目元を拭うと、目の前の光景を説明する。
酷い。
なんでだ、なんで……。
遠く、近付いてくる救急車のサイレンの音が聞こえた。
悲鳴と泣き声が響く現場を、俺は見渡す。
その時、ふと視界に何かが入った。
爆発現場の駅前広場から少し離れた道路脇。
地下にある共同溝のメンテナンスハッチから、作業着姿の男が2人出て来る。そのグレーの作業着の背中には、オーリウェル市役所の文字があった。
市役所の職員か。
しかしその男たちは、この惨状には目もくれず、近くに止まっていたバンに駆け寄る。そして注意深く周囲を窺い、後部ドアを開いて車に乗り込もうとしていた。
車内にも数名いるようだ。しかしそちらは市の作業着ではなく、私服姿なのがチラリと見えた。
市職員が、何で逃げ出すみたいに……。
地下から……。
俺は眉をひそめる。
1つの仮定が思い浮かぶ。
もしかして……。
そう思った瞬間、俺は携帯をしまい、走り出していた。
「待って下さい!」
悲痛な声が響く中、俺は精一杯声を張り上げた。
「待って!」
もう一度叫ぶ。
男たちがこちらに気が付いた。
走り寄って来る俺を見てぎょっとしている。
しかし男たちは、俺に応える様子はなく、そそくさと車に乗り込もうとする。
やはり、おかしい。
「待て!」
俺は速度を速める。
しかし、最後の男が乗り込むと、バンは急発進した。
もちろん、爆発現場から離れる方向へ。
やはり、市の職員なんかじゃない。
俺は歯を食いしばり、走る。
スカートを跳ね上げ、全力で。
バンは停車する車の間をすり抜けながら、どんどん加速していく。
歩道に立ち止まり唖然として黒煙を見上げている野次馬たちを躱し、ぶつかりながら、俺は走った。
見逃せない。
もしかしたら。
もしかしたら、奴らはこの状況の原因を知っているかもしれない。
つまり。
この魔術攻撃を行った犯人かもしれない……!
俺は走る。
走る。
走る。
もしそうなら、許せる筈がない!
しかし、車に追い付くことは出来ない。俺とバンの距離は、どんどん開き始めていた。
「くっ!」
その時。
ふと、2つ向こうの通りから見覚えのある車が姿を現した。
黒塗りの高級車。
あれは……。
間違いない。
エーレルト伯爵家の自家用車だ!
運転手のマーベリックは、突然の惨事で停滞する道路状況の中、後で来るようにというアオイの命令を忠実に実行していたのだ。
俺はハードルを越える様に歩道脇の植え込みを飛び越えると、躊躇いなく車道に飛び出した。そして、マーベリックの車に大きく手を振った。
俺は飛び込むように助手席に乗り込むと、遥か前方を走る白いバンを指差した。
「マーベリック! あのバンを追ってくれ!」
「いや、しかしアオイお嬢さまが……」
眉をひそめる禿頭の大男を、俺はむっと見上げた。
全力疾走のせいで息が乱れている。顔が真っ赤になってしまっているのが自分でもわかった。
「緊急事態なんだ!」
俺はマーベリックに詰め寄る。
一瞬の沈黙。
俺はマーベリックをじっと睨む。
厳つい容貌の運転手は、大きく息を吐いた。
「……了解だ」
そしてニヤリと笑った。
それは、彼の容姿に良く似合う獰猛な笑みだった。
「まぁ、ウィル嬢もお嬢に違いない」
「えっ?」
「アオイお嬢さまの命令さ。まぁいい。座りな。行くぜ!」
「うん!」
俺が車に置きっぱなしだったショルダーバックを膝の上に乗せてちょこんと座り直した瞬間、マーベリックがアクセルを踏み込んだ。
車が急加速する。
「ぎゅむ」
その加速で、俺は思わずシートに押し付けられた。
「ウィル嬢! 舌かむなよ!」
マーベリックが笑っている。
……心強い、か。
俺は頷いて、制服の内ポケットから携帯を取り出した。
アオイをコールする。
その間にも俺たちの車は、猛烈な勢いでオーリウェルの街を走り抜けていく。
爆発現場であるエストヴァルト駅に向かう車線は大渋滞が発生していたが、現場から遠ざかる方向の車線はガラガラだった。
それでも一般車両は走っていたが、マーベリックは巧みなハンドル捌きとアクセルワークで一台、また一台と軽快に抜き去って行く。
高級車のエンジンが、重低音を響かせ、唸る。
普段の通学では聞いたことのない領域のエンジン音だった。
『ウィル!』
電話が繋がる。焦ったようなアオイの声がキンと響いた。
『どこにいるのだ! 危ない事をしているのではないだろうな!』
「俺は大丈夫だ。今、現場で怪しい奴らを補足した。マーベリックの車で追跡してもらっている」
『追跡? ウィル、やはり無茶なことを……』
「アオイ、現場を頼む。何とか1人でも助けてやってくれ。救急車は要請してあるし、軍警にも応援要請はしてある」
『救急車は到着したよ。しかし……』
「よろしく頼む」
俺はアオイの返答も待たずに電話を切った。
そして次は、バートレットに電話する。
交差点も青信号ギリギリを通過し、俺たちはとうとう怪しいバンを捉えた。バンが発車時のような急加速はせず、一般車両の流れに乗って走行していたのが幸いだった。
この進路は、ルーベル川だ。川を渡るのか、その手前、自動車専用道に入れば街を出るというコースもあり得る。
『どうした、ウィルくん』
バートレットに繋がった。
「バートレット。今、爆発現場から走り去った怪しいバンを追跡してます」
また一台、マーベリックが一般車を追い抜いた。遠心力で体が傾くのを、俺は必死で踏ん張った。
『追跡? 容疑車両か?』
バートレットの声が低くなった。
「わかりません。でも押さえた方がいいと思う」
俺は前方を走るバンを睨み付けた。
『……わかった。現在位置を送れ』
「ケーニッヒス通りを東に向かっています。聖リーヒト聖堂を少し前に通過しました。対象は白いバン。ナンバーはNV60812」
『了解した。作戦部に伝える』
「こちらも確認してみます」
『ウィルくん、無理はするな』
「了解」
俺は電話を切ってポケットに押し込むと、運転席を見た。
「マーベリック、バンの隣に付けてくれ」
マーベリックは俺を一瞥し、頷いてくれた。
車がさらに加速する。
俺はバックからブルパップライフルを取り出した。
チャージングハンドルを引いて初弾を装填する。銃を構え、ダットサイトの具合を確認した。
俺たちの車がバンに並ぶ。
あちこちに凹みがあり、サビが浮き出たバンは、後部が全て濃いスモークガラスで覆われていた。中の様子を窺い知る事は出来なかったが、運転席だけは見る事が出来た。
ひょろりとした若い男がハンドルを握っていた。助手席にも若い男が乗っている。どちらもラフな格好だ。
俺はライフルを足元に隠すと、パワーウィンドを下した。そして、併走するバンに向かって大きく手を振った。
「停車して下さい!」
声も張り上げる。それにあわせて、マーベリックがクラクションを鳴らしてくれた。
男たちがこちらに気が付いた。
併走する車に驚いたような顔をするが、俺を見ると、その顔が下品なニヤニヤ笑いに変わった。
……聖フィーナの制服姿でぶんぶん手を振る俺が、そんなに滑稽に見えるのだろうか。
バンの後部座席にいた別の男が、運転席の方に身を乗り出してくる。助手席の男が俺を指さし、あれを見てみろというようなジェスチャーをしていた。後ろから出てきた男は、グレーの作業着姿。先ほど俺が走り寄った時に逃げるようにバンに乗り込んだ男だ。
作業着の男が俺を見る。
途端に、バンの中の様子が一変した。
男たちが険しい顔でこちらを睨む。
バンが増速する。すかさずマーベリックもそれに追随する。
2台揃って赤信号の交差点へ進入する。
突っ込んでくる俺たちの車とバンに、周囲の車が盛大にクラクションを鳴らしていた。
「止まれ!」
俺は再び叫んで合図した。
しかしバンは走りつづける。
奴ら、やはり逃走する気だ。
バンが大きく右折する。
少しスピードを落とし、バンに接触しないように間合いを取りながら、俺たちの車もそれに続いた。
道路は緩やかにカーブしながら、高架の上の幅広い道へと登っていた。
ここからはアウトバーン。自動車専用高速道路だ。
バンはアウトバーンを北上する車線に入った。
このまま進めばルーデル川沿いの渓谷を経由して首都方面に向かう事になる。
高架に上がるスロープを抜けてアウトバーンに入ると、バンはさらに加速し始めた。
マーベリックもアクセルを踏み込む。
開け放った窓から吹き込む風が冷たい。
濃い群青の空には、星が瞬き始めていた。
近代的なビルや古い石造りの赤屋根が並ぶオーリウェルの街並み。その中を突っ切るように伸びるアウトバーンは、赤い街灯に照らされてどこまでもどこまでも続いているかの様に見えた。
頭上を通り過ぎる電光掲示板が、オーリウェル市内に交通規制が始まった事を告げていた。
車量はあまり多くない。
行けるか……。
「マーベリック! もう一度隣へ!」
俺は叫ぶと、足元からライフルを取り上げた。
最悪、銃で脅してでも停車させる……!
マーベリックがアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸る。
加速度を全身に感じながら、俺たちは再びバンに並んだ。
その瞬間。
俺にはまるで、スローモーションのように見えてしまった。
バンの助手席の男が、こちらへと手のひらをかざす。
あれは!
「ブレーキ!」
俺は叫び、ライフルを構える。
バンの運転手がぎょっとしている。
マーベリックが急ブレーキ。
フロントガラスへ放り出されてしまいそうになる強烈なマイナスG。
俺はダッシュボードに手を突いて耐える。
刹那。
先ほどまで俺たちの車があった場所に、稲妻がほとばしった。
「やはり魔術師!」
雷撃の魔術!
マーベリックがバンの後方に車を付ける。
雷撃の魔術は、ショットガンのようなものだ。広範囲に雷撃を走らせるが、射程は短い。
距離を取れば大丈夫の筈だ。
しかし、後方も安全圏ではなかった。
バンのサイドドアが開いた。そこから身を乗り出した2人の男が、こちらに手をかざす。
くっ。
俺は窓から身を乗り出し、ライフルを構えた。
高速走行する風圧で、髪が激しく乱される。
バンの男たちが、敵が魔術を放つ前に、俺はトリガーを引いた。
反動が俺の体を貫く。
乾いた発砲音が響き、黄昏のアウトバーンにマズルフラッシュの光が瞬いた。
バンの車体を狙った威嚇射撃。
5.56ミリライフル弾が夕闇の中、白いバンに吸い込まれて行く。
しかし、敵車体に変化は起こらない。
銃弾がバンに直撃したようにも見えなかった。
あれは……。
しかし再度バンを狙うよりもその前に、バンの周囲に無数の氷の刃が浮かび上がった。
「マーベリック! 回避を!」
俺は鋭い切っ先を向ける氷塊に素早く照準する。
そして短くトリガーを引き、次々と氷の矢を撃墜した。
排出された薬莢が乾いた音を立てて地面に散らばったかと思うと、一瞬で後方に消えて行った。
魔術師どもが顔を引き攣らせる。
さらに生み出される氷塊。
ぐっ!
さすがに数が多い……!
放たれた氷の矢は、俺たちのセダン目掛けて殺到する。
マーベリックがハンドルを切った。
タイヤが軋む。
車は激しく左右に蛇行する。
俺はドアに掴まりながら、必死にその揺れに耐えた。
氷撃の刃が、左のヘッドライトに直撃した。ボディを掠め、磨き上げられた漆黒の塗装面を抉って行く。
しかし大半は何もない路面に突き刺さり、あっと言う前に後方に流れ去っていった。
俺は体を支えながら、片手で射撃を続けた。
ろくに照準を合わせずに放った弾丸が当たる筈もないが、牽制にはなる。
残弾がなくなる。
俺は再び助手席のシートに戻ると、開いた太ももの間にライフルを立て、空になった弾倉を抜く。そしてごそごそと足元のバックを漁ると、新しい弾倉を取り出し装填した。
ついでにハンドガンも取り出すと、制服のポケットにねじ込んだ。
マーベリックが巧みに氷の矢を回避している。
俺も迎撃を再開すべく再び窓から身を乗り出そうとした瞬間、携帯が鳴った。
『ウィルくん、どういう状況だ? アウトバーン46号で銃撃戦って通報が来ているが?』
電話口から聞こえて来た怒鳴り声はバートレットだった。
「バートレット、当たりです! 魔術師です! 敵は最低4人! 至急応援を!」
『ウィルくん!』
「氷、雷の汎用術式で攻撃を受けました。さらに防御場の使い手もいます」
『……10分だ。応援を振り向ける。逃すな!』
「はい!」
俺は携帯をブレザーの内ポケットに突っ込むと、再び射撃態勢に入った。
タイヤを狙う。
トリガー。
銃弾が目標に吸い込まれる。
しかし効果はない。
俺は即座にバンへの車体攻撃を諦め、氷の術式の迎撃に移った。
「マーベリック、大丈夫か!」
「まだいけるぜ、ウィルお嬢!」
禿頭にじとりと汗を掻いたマーベリックは、俺を見てニヤリと笑った。
……よし。
しかし敵は、防御術式を展開している。
何時かの屋敷の攻防戦で、アオイやアレクスさんが使っていた術式と基本的には同じものだろう。
5.56ミリ弾ではフルオートでも突破は難しく、広い範囲に展開されては結節点を狙い撃つのも困難だ。
有効打は、抗魔作用のある金属弾で防御場全てへの面的制圧を行うこと。
しかしそれも、今の俺の手持ちの火力では難しい。
でも。
……逃がさない。
逃がしてたまるものか。
あんな惨劇を、魔術テロを引き起こしたかもしれない魔術師を。
魔術犯罪者を!
俺は捕えるんだ。
俺が!
攻撃を回避しようとマーベリックが車を蛇行させる。
それでも俺は、トリガーを引き続ける。
押し寄せる風圧と魔術攻撃のプレッシャーに歯を食いしばりながらも、俺はバンを睨み続けた。
追いつき、そして一瞬で追い抜いて行く一般車両の、けたたましいクラクションの音が響き渡っていた。
俺たちのセダンと魔術師どものバンは、付かず離れず絡まり合うようにアウトバーンを駆け抜けて行く。
間もなく市街地を抜ける。
この先は、周辺人口がぐっと減る。
点々と赤い街灯に照らされたアウトバーンは、山間の谷底を流れるルーベル川と寄り添うように渓谷地帯に差し掛かろうとしていた。
読んでいただき、ありがとうございました!




