Order:3
照りつける初夏の日差しが、街路樹の緑を眩く輝かせる。車窓から吹き込んで来る風も爽やかで、微かな緑の匂いを含んだ空気がそっと俺の髪を揺らしていく。
俺やミルバーグ隊長を乗せた軍警所有のSUVは、病院を出発すると、オーリウェルの目抜き通りであるアルトエンデ通りを北へと向かっていた。
車が停車する。
カタカタと揺れながら、前方をトラムが通過していく。
俺はSUVの後席から、歩道を行き交う人々を見つめていた。
色とりどりな夏の装。談笑する人々の笑顔が溢れている。長い夏休暇を目前にして、誰もが開放的な気分になっている時期だ。
車が動き出す。
パラソルが並ぶカフェにも、煌びやかな衣服が並ぶブティックにも人が溢れている。
見慣れたオーリウェルの街の光景だ。
オーリウェルの街を東西に貫くアルトエンデ通りがルーベル川に到達すると、車は橋を渡らずにそのまま川沿いの通りを北上し始めた。
キラキラと輝く川面は眩しくて、街巡りの遊覧船や地元大学のカヌーチームの船がゆったりと行き来していた。
その川の向こうには、オーリウェル大聖堂の鐘楼とルヘルム宮殿の大屋根が見て取れる。あちら側、川の西部は旧市街だ。いくつもの文化遺産が集まる、かつての国の中心部だ。
ふうっと息を吐き、俺は風に揺られて落ちてきた髪を掻き上げた。
長髪というのは本当に鬱陶しい。このままでは任務にも訓練にも支障をきたしてしまいそうだ。
俺としてはバッサリ切ってしまいたかったが、それは隊長から禁止されていた。
俺の体の異変がどういったものなのかはまだ解明されていない。不用意に今の状況を変えることは許可出来ないのだそうだ。
こんな事では、何時任務に復帰出来るのだろうか。
俺は握った自分の拳を見て、また小さく溜め息を吐いてから顔を上げた。
ふと、バックミラー越しに運転手と目が合う。
運転手が慌てて目を逸らす。
ん?
じっとバックミラーを見ていると、恐る恐るといった調子で目線を上げて来た運転手とまた目が合った。
「ロラック、どうしたんだ?」
俺は運転手をやってくれているΩ分隊のロラックに声を掛けた。
「い、いや、なんでも……」
言葉少なく口ごもるロラックに違和感を覚える。
俺たちΛとΩは、4つあるミルバーグ隊の分隊でも同じ勤務ローテーションに属している。Ω分隊の奴らは良く知っているし、ロラックとは飲みに行く事もあった。
俺より少しだけ先輩だが、お喋りで調子の良い奴だ。それが、今は明らかに様子がおかしい。
「ふふん、緊張してるんですよね、ロラックさんは〜」
助手席のレインがロラックを茶化し始める。
「あたしには緊張しなくていいんですよ〜」
「誰がするか、レインなんかに」
「んなっ!」
「ロラック。前を見て運転してくれ」
漫才を始めた前席に、俺は溜め息混じりに声を掛けた。
しかしロラックがよそよそしいのも当然か。
どう見ても今の俺は、ウィルバートには見えないのだから。
自分のテリトリーに見知らぬ者が入り込めば、警戒して当たり前だ。
少し寂しい、かな。
「隊長」
俺は沈みそうになる気持ちを切り替えるように、隣に座るミルバーグ隊長に話し掛けた。
「自分の体の事ですが……」
難しい顔をするミルバーグ隊長。運転席からは、「か、体っ」と短い悲鳴が聞こえて来るが、そちらは無視し、俺は隊長をじっと見た。
「自分の状況は、どれほど認知されているのでしょうか。自分は、ウィルバートとして振る舞ってよろしいのですか?」
レインやロラックは俺の事情を知らされているが、支部にいる軍警隊員全てが把握している訳ではないだろう。
作戦の守秘義務というものもある。
「ふむ。お前をΛ分隊の生き残りとして遇する以上、お前がウィルバートである事を隠す必要はないな」
隊長がギロリと俺を見た。
「しかし、未だに状況がわからないうちから、女になったと喧伝する必要もない。幹部会議の裁定が出るまでは、静かにしている事だ」
なるほど。
まぁ、その辺りが落としどころか。
「レイン、ロラック。お前たちも騒ぎ回るなよ?」
「えー。ミルバーグ中尉、こんなに可愛いのに〜。そうだ、隊のマスコットにしましょう!」
ぱんっと手を叩くレイン。
「可愛いっつーか、美人だよな。えっと、俺、ロラックと言います。あの、本当にウィルバート、君、さん、ですか……?」
やはりミラー越にちらちらとこちらを見るロラック。
何故今自己紹介なんだ?
俺は前席の2人に苦笑だけを返して、車窓に視線を向けた。
車は市街地を抜け、緑の畑が広がる郊外に差し掛かりつつあった。
ゆったりと登る丘の上に、やがて軍警オーリウェル支部が見えて来る。
対魔術師制圧特殊憲兵隊、通称「軍警」は、その強力な装備と精強な兵力から軍部の組織であると認識されがちである。しかしその実は内務省直轄の組織であり、地方公共団体に属する市警と対をなす国家警察機構だ。
軍警オーリウェル支部は、特殊作戦中隊を擁する作戦部と捜査部門である刑事部、魔術研究や技術開発、隊員訓練を行う教導部、支部運営を行う政務部といった部署で構成されている。
500人強が所属するオーリウェル支部は、市警や街の外にある軍の基地に比べれば遥かに小規模であるが、常に魔術犯罪の矢面に立たされている実戦部隊でもあった。
その支部を統べる支部長エルンスト・ギュスターヴの前で、俺は直立不動の姿勢をとっていた。
俺を取り囲むように席についているのは、作戦部長のシュリーマン中佐。ミルバーグ隊長ら隊長クラス。刑事部長など各部部長と、研究課の主任研究員だ。
軍警オーリウェル支部の幹部たち。
組織の重鎮である彼らが醸し出す圧迫感が、会議室の中を満たしていた。
俺は、腰の後ろで組んだ手をぎゅっと握る。
こんな面子に囲まれて、俺のような平隊員が緊張しない筈がない。
つっと頬を汗が流れていく。
俺は声が震えないように注意しながら、あの廃工場での出来事の説明を続けた。
「ふむ。興味深いね」
細面に眼鏡を掛けた教導部長が口を開く。
「魔素観測ネットは、確かに当該区域の魔素濃度が平常値であることを告げていた。しかし、術式陣は発動した、と」
「その不確かな情報のせいで、隊員が犠牲になった。これは忌々しき事態だ」
教導部長を睨みつけたのは、俺たちの上司であるシュリーマン中佐だ。白い髪が後退した頭と、同じく白くなった髭が特徴的だ。
隊員の間では、グランパ殿などとあだ名されているのは秘密だ。
「恐らくそれは、魔術師の命その者を魔素として陣に食わせ、術式を発動させる邪法の類かと」
そこにすっと手を上げたのは、黒髪を綺麗に七三に分けた若い男だった。
研究課の主任研究員だ。
彼は先ほどから俺を凝視している。術式陣の話をしている今でさえ、その視線は俺に固定されていた。
俺はじっと耐えるだけだ。
そういえば、駐車場からこの会議室にやって来る間も色々な人に注目されているのを感じていた。
俺がウィルバートであるのを知らなければ、一見してただの女の筈なのだが……。
「術者の命を……。なんとおぞましい」
政務部長が肩を竦める。
「はい。しかしこれは、第2期ヴォーテル王国期に開発された古の禁呪。陣の構築にしても、汎用術式程度を使えるだけの魔術犯罪者には、荷が勝つと思われます」
「騎士団が絡んでいる、と考えるのが妥当ですわね」
主任研究員の言葉を引き継いだのは、この場で唯一の、にわか者の俺を除けばだが、女性である刑事部長だった。
真紅のスーツに身を包んだ彼女は、ウェーブしたボリュームのある金髪を掻き上げた。
「先の会議でもお知らせした通り、国会上院でも貴族派の議員が攻勢を強めておりますわ。それに合わせて貴族派の一部過激派、聖アフェリア騎士団の活動も活発化しています」
聖アフェリア、騎士団……!
俺は握る拳に力を込める。
噛み締めた奥歯がギリっと鳴った。
貴族派とは、かつての貴族統治の再現を目論む旧特権階級者たちの政治派閥だ。つまり、魔術師の集団だ。
現代においても彼らの派閥には一定の支持があり、議会に議席を持っている。その貴族派の支流にあって、魔術の力によりかつての栄華を取り戻そうというものたちがいる。
それが聖アフェリア騎士団。通称騎士団だ。
奴らは、魔術による実力行使も持さないテロリストだ。
あの日。
9年前の10月14日。
休みの日の午後、家族連れで賑わうショッピングモールに魔術攻撃をしかけたのも、奴らだ。
そこには、俺の父さんや母さん、姉がいた……。
「騎士団が、彼らの思想に心酔する若い魔術師を利用して攻撃を仕掛けている。これは新しい流れですわね。刑事部では今、全力でその全容把握に努めているところです」
「年末には国政選挙もある。騎士団の摘発にも全力を尽くさなければな」
「しかし、今回のような術式陣を仕掛けられれば、摘発は難しいな」
「市内の一斉捜索が必要やもしれぬ」
俺は幹部たちの話し合いに耳を傾けながら、胸の奥から湧き上がってくるものにじっと耐えていた。
俺の家族。
分隊のみんな。
もうこれ以上の犠牲は、出さない。
そのために戦う。
それが、グラム分隊長の弔いにもなるだろう。
俺1人に出来ることなど微々たるものだ。
それでも。
何があっても……!
俺は顔を上げ前を向き、支部長の背後、窓の向こうに視線を送る。
ぽっこりとした雲が漂う青い空の下、オーリウェルの街の家々が陽光に輝いていた。
会議が終わったら、シュリーマン中佐に復隊をお願いしよう。
聴聞会が終わる。
幹部たちが席を立ち始めると、俺は大股にミルバーグ隊長とシュリーマン中佐のもとに歩み寄った。
後ろで結んだ髪がふわふわ揺れている。
「ミルバーグ隊長。シュリーマン中佐」
「おお、アーレン君だったね」
シュリーマン中佐はかなり小柄だった。今の俺の姿で、やっと同じくらいの身長だ。
中佐はその顔にくしゃりと笑顔を浮かべる。
「大変だったね。ほほほ、今はゆっくり休みなさい。明日からは研究課の検査に臨んでもらうから、そのつもりでな」
検査……。
それではまた、実任務から離れてしまう。
「中佐。お願いがあります」
俺は中佐の細い目を真っ直ぐに見た。
「なんだね?ほほ、そうだ、キャンデーをあげよう」
「……ありがとうございます」
む。
何だかやりづらい。
「いえ、それよりも、自分の復隊をお願いしたいのです!」
俺の言葉に一瞬目を大きくした中佐だったが、直ぐにもとの笑顔に戻った。
「やる気があるのは結構だが、明日からの検査は訓練も兼ねている。まずはそちらを果たしなさい」
「しかし!」
俺の抗議に、中佐は笑顔を消して俺を見据える。
ミルバーグ隊長以上に鋭い眼光に、俺は一瞬射竦められてしまった。
足元から上へ、俺の全身を見る中佐。
「その形で任務をこなせるのかね、アーレン君。私には君が可愛い女の子にしか見えん。個人の脆弱性は隊全体の崩壊を誘引する。まずは、君自身が出来る事を私に示したまえ」
ドキリとする。
確かに、その通りだ……。
1人のしくじりが、仲間を危険にさらす。
それはチーム行動の初歩だ。
騎士団の名を聞いてカッと熱くなっていた頭に、冷水をかけられたような気分だった。
俺の私的な感情で、仲間たちを危険にさらすことなどあってはいけない。
「あら、そのように女の子を苛めるものではなくてよ」
そんな俺の隣に立ったのはヘルガ刑事部長だった。笑みを含んだ流し目で俺を見ると、胸の下で腕を組み、シュリーマン中佐の前に立つ。
「優秀な女性の力は必要だわ。作戦部で使わないなら、私がいただくけれど?」
「はは、面白いですな、ヘルガ少佐」
肩を落とす。
俺は、軽率だった。
感情的になって……。
その俺の肩に、ぽんと大きな手が置かれる。
振り返ると、ミルバーグ隊長が優しげな微笑を浮かべて俺を見ていた。
「取り合えずば、明日の訓練に全力を尽くせ。中佐には俺からも口添えしてやる。今は言われた通り休め、ウィル」
「……了解、です」
俺は隊長に頭を下げる。
出来る事をひとつずつやって行くしかない、ということか。
……頑張らないと。
ん?
そういえば、いつの間にかミルバーグ隊長まで俺の事をウィルって呼んでるな……。
今日は帰宅が許された。あの任務前の当直から入院など諸々の事があったから、約一週間ぶりの帰宅となる。
普通ならこんな変わり果てた姿で家には帰れないだろうが、幸いにも俺は1人暮らしだ。問題はないだろう。
しかし我が家に帰る前に、俺は支部棟2階にある分隊待機室に立ち寄る事にした。
車の鍵や私物など、出動する前のままになっているからだ。
時刻は夕方。
窓から差し込む夕日が、さして広くないΛ分隊待機室を茜色に染め上げていた。
支部裏のグランドから微かに聞こえてくる掛け声。
どこかの分隊が走り込みをしているのだろう。
人のいない待機室と遠く響く声は、どこか放課後の教室を思わせる。
使い古したロッカー。物が散らかったデスク。隊規の張り紙と色褪せた絵画が壁を飾り、古びた扇風機が部屋の隅に鎮座している。
リノリウムの床に俺の足音が響く。
待機室は出動前のままだった。
グラム分隊長の趣味の飛行機模型。ワルターの読みかけの雑誌。
ワルター、卑猥な雑誌は駄目だって注意してたのに……。
俺は順に、みんなのデスクを回って行く。
オルサムはカメラが趣味だった。
彼のデスクマットには、隊のみんなで撮った写真が数多く挟み込まれていた。その中で唯一、写真立てに入れられた一枚を手に取る。
俺が配属された時にΛ分隊のみんなで撮った写真だ。
ライフルを手に笑っている分隊長の隣で強張った笑みを浮かべる俺。
ここに写っているみんなはもういない。
そう、ここに写っている俺さえも……。
焦点をずらす。
写真立てのガラス板に俺の顔が映っていた。
きりっとした目じりが少し下がって、大きな瞳に涙を溜めている少女の顔が。
ダメだ。
……今は、ダメ、だ。
俺はそっと手の甲で涙を拭う。
その時、背後でかたりと物音がした。
「おい、押すな!上官に逆らうのか!うわっ」
はっと振り返った俺の前に、廊下から人が倒れ込んで来た。
輝く金髪を綺麗に後ろに撫でつけた長身の男は、つんのめりそうになりながらも俺の前までやって来ると、しゃきっと姿勢を正して見せる。
にかっと笑った歯が眩しい。
「君が、あのアーレン君か?」
「はい」
俺は胸を張って姿勢を正した。
彼はΩ分隊の分隊長、ブフナー軍曹だ。
彼の背後の廊下には、興味津々といった様子でこちらを窺う男たちの群れがいた。
Ω分隊の面々だ。
その中にいたロラックが、親しみ深げな笑みを浮かべて俺に手を上げる。
あいつ、もう俺の事を広めたのか。
半ば呆れたように笑みを浮かべながらも俺がロラックに会釈すると、盛大に湧き上がったブーイングと共にロラックの姿が男達の中に消えてしまった。
「ふっ。素晴らしいな」
俺の胸元に視線を落としていたブフナー軍曹が、眩しい笑みを浮かべて俺に頷きかける。
「アーレン君。Λ分隊は残念だった」
大袈裟な程肩を落とす軍曹。
俺は息を吐きながら、「はい」と小さく答える。
一転、また笑みを浮かべるブフナー軍曹。
「どうだろう。今晩Λ分隊の追悼の為にも、私と一杯行かないか?」
白い歯がなお輝く。
追悼……。
仲間たちの弔いはしなければいけない。しかし、今は正直酒を飲む気分ではなかったが……。
「あ、ずるいっすよ、分隊長!」
Ω分隊の隊員が、声を上げて待機室になだれ込んで来た。
「お、俺も!」
「アーレン、覚えてるだろ、ジャックだ!」
「すんげー、細っせー!」
「おら、お前ら、鎮まれ!」
「おお、すげー、すげー!」
ブフナー軍曹も巻き添えに、俺はあっという間にΩ分隊に包囲されてしまった。
ごつい男どもの胸板に囲まれるのは、正直圧迫感を覚える。
俺は苦笑い浮かべながら、じりじりと後退を開始した。
「うわー、うわー」
「髪さっらさらだ……」
「これがアーレンかよ。いや、嘘だろ?」
「なんか良い匂いしないか?」
「お、女だ……」
「ウィルちゃん、またドライブ……ぐはっ!」
「おい、だから押すな!」
女だって、どんだけ女性が珍しいんだ?
確かに軍警は男が圧倒的大多数を占めているが、ヘルガ刑事部長やレインみたいな女性職員もいる。
こいつら、何が悲しくて俺みたいな外側だけ女も半端者に詰め寄ってくるんだ……?
「ひゃあ」
唐突に自分でもびっくりするような声が出る。
「誰だ、俺の髪を触ったのは!」
むっと目の前の男たちを睨み付けるが、逆に奴らはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「俺かぁ」
「そんな顔で俺とか、なぁ?」
「ギャップ、ギャップだ」
な、なんだこいつら……。
思わず顔が引きつる。
男って、こんな目で女を見ていたのか?
「あんたたち、何やってんの!」
俺が本格的に逃走を考えようとした瞬間、きんっと高い声が響き渡った。
皆が一斉に入り口に注目する。
そこには、腰に手を当てたレインが仁王立ちしていた。
「あんたたち、何ウィルちゃんを苛めてるの!ウィルちゃんが泣きそうじゃないっ!」
「いや、俺は別に……」
「退きなさい!」
俺のか細い声をかき消す勢いで近付いてきたレインは、呆然とする男どもを掻き分け、俺の手をがしっと掴んだ。そして、そのまま俺を引きずるようにぐいぐいと歩き出す。
分隊待機室を出た辺りで我に返ったΩ分隊が騒ぎ出すが、レインは止まらない。
「もう、男って本当にしょうがないんだから!」
鼻息荒いレインが俺に同意を求める。
……その、俺も男だ。
中身は、だが……。
「ウィルちゃん。女の子は常に油断しちゃ駄目なんだからね。特に男だらけのこの職場は、気をつけなくちゃ」
俺に向かってうんうん頷くレイン。
いつの間にか、完全に女扱いだ。
レインにしてもΩ分隊の連中にしても、俺がウィルバートだとわかっている筈なのに当たり前のように女として接して来る。
しかし、それもしょうがない事かとも思う。
もとの俺とは似てもつかない今の俺が、いくらウィルバートなんですと名乗ってもそうそう簡単に信じられるものではないだろう。
事情を知って説明を受けて頭では理解しても、実感することは難しい。
俺があいつらの立場なら、きっと信じられないと思う。
つまりは、いくら俺がウィルバートだと名乗ろうが、見た目の通り扱われるのが関の山ということだ。
突然立ち止まったレインが俺の両手を取る。
「ウィルちゃん。女の子は大変なんだからね。いつでもあたしに頼ってね」
ふう。
今は、なんだかこいつが頼もしい。
俺は、そっと微笑む。
「その、よろしく頼む」
一瞬ぽかんとして俺の顔をじっと見ていたレインが、満面の笑顔を浮かべる。そして掴んだ俺の腕をブンブン振り始めた。
「まっかせなさぁい!」
明日からの検査と訓練。
未だに未知である女性として過ごす日々。
俺が備えなければならない事は、まだまだ沢山ありそうだ。
頑張ろう。
今は。
読んでいただき、ありがとうございました!