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Hexe Complex  作者:
28/85

Order:28

 俺はアオイにぎゅっとしがみついた。ほっとするようなアオイの甘い香りが、ふわりと漂う。

 ううっ。

 俺は、そっと目を伏せた。

 ……もちろん、好きで抱き付いている訳では決してない。抱き付かないと、転移術式が上手く作用しないとアオイが言うからだ。

 最初、そんな事は出来ないと拒否したら、あの刑事とは仲良くしているのにとまたアオイがぶつぶつ言い出した。それで俺は、溜め息をついて諦めたのだ。

「いくぞ」

 ふっと微笑み、アオイが俺を一瞥する。

 俺もどぎまぎしながら、そっと頷いた。

 まったく、最近は何だかんだでアオイの言いなりになりっぱなしだ。これではまるで、まったく頭の上がらなかった姉貴に接しているみたいではないか……。

 アオイが転移術式の詠唱を始めた。

 レーミアが頭を下げて俺たちを見送ってくれる。

 軽い目眩の後、目の前の風景が揺れる。

 そして次の瞬間、開放的な図書館棟の屋上から、俺たちはビルとビルの間の狭い路地に立っていた。

 あまりの急激な環境の変化に、頭が痛くなりそうだった。

 俺はアオイから離れる。

 薄暗い路地裏の、すえた臭いが鼻に付く。

「こっちだ」

 黒い尖り帽に黒いマントを羽織ったアオイは、まるで黒い筒に見えた。その奇妙なシルエットが、すっと滑る様に歩き出す。

 俺はライフルの入ったショルダーバックを背負い直し、そのアオイの後について行く。

 俺たちのローファーが石畳を蹴る音が、ビルの間に甲高く響く。

 静かだ。

 表通りの喧騒だとか車の音が全く聞こえない。耳を澄ませば微かに聞こえてくるノイズ混じりの音楽は、ラジオだろうか。

 やがてアオイは、立ち止まった。他と何ら変わりのないのっぺりしたビルの壁面、朽ちかけた木製のドアの前だった。

 マントからすっと手を出したアオイが、錆びたノッカーを鳴らした。

 カシャリとドアの覗き窓が開き、鋭い目がギロリと俺たちを睨んだ。

 俺は身を固くする。

 どう見ても、妖しげな雰囲気だ。

「なんだぁ、小娘」

 人を小馬鹿にするような低い声が聞こえて来た。

「エーレルトだ。ゲオルグに取り次いで欲しい」

 アオイが静かに告げる。

「ああ?」

 目だけでもごろつきだとわかるドアの向こうの人物が、間の抜けた声を上げた。

 一瞬の沈黙。

「ば、馬鹿やろう!」

 扉の向こうで別の声が響いた。そして鈍い打撃音の後、すぐさまドアが開いた。

「よ、ようこそ、伯爵閣下。どうぞ、ご案内致します」

 扉の向こうは薄暗く、小汚い廊下が続いていた。そしてその前には、2人の男が立っていた。

 愛想笑いを浮かべる細い男と、痛そうに頬を撫でる大柄な男だ。

 無言でアオイが廊下の奥へ歩き出すので、俺もその後ろに従う。すれ違う瞬間、大柄の男が俺を見て、俺の足を見て、ニヤリと笑った。

「兄貴、客の身体検査は通常業務だろ?」

「ば、馬鹿野郎!」

 兄貴と呼ばれた細い男が、ニヤつく大男を殴りつけた。

「エーレルト閣下とお付きの方になんたる失礼!」

 兄貴が大男に顔を近付けると声をひそめた。

 ……まる聞こえだが。

「お前、燃やされるぞ」

 燃やす……。

 一体何があったんだ。

 そもそも、ここはどこなのだろう。

 俺は無言で歩くアオイの背中を見つめる。



 小汚い廊下は直ぐに終わり、俺たちは綺麗に整えられた内装の広い場所に出た。落ち着いた調度品や家具が並ぶ、上流階級のお屋敷のような場所だった。

 もっとも、アオイの屋敷に住んでいる俺は、大きな屋敷耐性が付いているので、それ程驚く事はなかったが。

 俺たちは兄貴に案内され、エレベーターに乗って上階へ登る。エレベーターの中は、踝まで沈みそうな絨毯が敷き詰められていた。

 俺は思わずキョロキョロしてしまう。さすがにこんな豪華なエレベーターは乗ったことがない。アオイの屋敷にもない。

 エレベーターを降りた俺たちは、今度は両開きの大きな扉の前に通された。その前に、ワインレッドのスーツを着込んだ金髪の女性が立っていた。

 落ち着いた雰囲気と鋭い目つきが、やり手のキャリアウーマンといった印象を抱かせる。20年前のヘルガ刑事部長みたいだ。しかし、その整った顔の右目の下には大きな切り傷があり、やはり危険な雰囲気を漂わせていた。

「エーレルトさま。突然のご訪問、どういったご用件でしょうか」

 言葉使いは丁寧だが、その声には険が含まれているように感じられた。

「ゲオルグに聞きたい事がある」

 アオイの声も冷ややかだった。

 どうやらここは、あまり友好的な場所ではないらしい。

 スーツの女性はしかしそれ以上反論せず、少し眉を寄せる。そしてアオイを一瞬睨むと、おもむろに背後の大扉を開いた。

 部屋の中は、さらに豪華な内装が施されていた。

 広い空間に余裕たっぷりに配置された書架や応接セット。金色の置物や華美な装飾が目立つ。そして部屋の正面は全面ガラス張りで、調度品よりも煌びやかなオーリウェルの夜景が広がっていた。

 その夜景を背にし、大きな黒いデスクが横たわっていた。

 その巨大なデスクに向かっているのは、ダークブラウンの髪をオールバックにしたがっしりした感じの中年男性だった。

「やぁ、エーレルト伯爵。会えて嬉しいよ」

 朗々としたバリトンが響く。

「久し振りだな。ゲオルグ・グリンデマン」

 アオイがゲオルグの机の前まで進むので、俺もどきどきしながらそっとそれに従った。

 グリンデマン……。

 どこかで聞いたことがあるような……。

「相変わらずクールビューティーだな、伯爵。ふむ。そちらの美しいお嬢さんは?」

 ゲオルグがこちらを向いた。

「私は……」

「私の護衛だ」

 せっかく一人称私で名乗ろうとしたのに、アオイが俺の言葉を遮ってしまう。

「護衛ね。伯爵に必要とは思えんが」

 ゲオルグは俺を見て鼻を鳴らした。

 まぁ、概ね正しいので、反論は出来ない。

「しかしその美しいストロベリーブロンド。まるで先代の奥方を見ているようだ」

 ゲオルグが高級そうな椅子に深くもたれ掛かった。そして顎に手を当てる。

 先代……?

 アオイのお父さんとお母さん?

「ゲオルグ。つまらない話はいい」

 冷たいアオイの声。

 その突き放したような口調に、俺は思わず隣のアオイを見てしまった。

「私が尋ねたいのは、最近オーリウェルの街で不審な動きがないかということだ。魔術絡みで」

「ふん」

 ゲオルグはニヤリと笑いながら、机に肘を付いた。

「エーレルトとの盟約を破ったりはしていない。幻覚術式の店も、伯爵に燃やされて以来手を出していないが」

 燃やした?

「いや、私が尋ねたいのは騎士団の関係だ。お前たちの傘下の不良どもが勧誘されたり、外部の魔術師が街に入ったような情報はないか?」

 アオイが帽子の鍔の下から、ぎろりとゲオルグを睨んだ。

 しかしゲオルグは、おどけた様子で肩をすくめた。

「騎士団なら、そちらの関係だろ? 我々マフィアは、政治とは距離を置いている」

「マフィア! グリンデマン・ゲゼルシャフト!」

 俺は思わず声を上げてしまった。ライフルの入ったバックを体の前に回して、思わずファスナーを開く。

 それをさっと腕を出し、アオイが止めた。

「改めてよろしく。素敵な髪のお嬢さん」

 ゲオルグは特に気にした風もなく、俺に笑顔を向けた。

「ゲオルグ。では、何かあれば、私に連絡が欲しい」

 目の前に座るのは、オーリウェルでも屈指の犯罪組織のボスだ。

 しかしそれに対するアオイは、何の気負いもなくいつも通り落ち着いている様子だった。

「承知した。しかし、魔術師は我々のようなマフィアには近寄ってこないものだよ」

 オーリウェルを牛耳る犯罪組織のボスは、腕を組ながらアオイを見上げた。

「魔術などという古い力に頼ろうとするのは、無力な若者か神秘主義者だけだ。今の我々にはこれが……」

 ゲオルグがスーツの前をはだける。

 そこには、ショルダーホルスターに収まったハンドガンが覗いていた。

 俺は思わず息を呑み、咄嗟に反応できるよう重心を落とした。

「そう、銃という安価で安定した力がある。それに金もな。あ、失礼、失礼。伯爵も魔術師だったな」

 おどけたように笑うゲオルグ。

 それを無表情に睨み付け、アオイは踵を返した。黒いマントがふわりと広がった。

 さっさと歩き出すアオイに、俺もその後について行く。

「そうだ、伯爵」

 そこに、マフィアのボスが低い声を投げかけて来た。

「最近、川向こうの魔術師グループが復活したらしいぞ。君が以前壊滅させたあれだ」

 アオイが立ち止まり、僅かに振り返った。

「そういう下っ端魔術師を使うのが、貴族級魔術師殿のやり口だろう?」

 俺ははっとしてゲオルグを見る。

 廃工事の件も首都の魔術テロも、そしてエーレルト邸襲撃事件も、実行犯は騎士団や貴族ではない。ごろつき集団とも言える不良グループが、実行犯として利用されているのだ。

 このゲオルグは、その手口を知っている……。

「ありがとう。当たってみよう」

 アオイがそれだけ言うと、再び歩き出した。

 俺はゲオルグとアオイを交互に見て、小走りにアオイの後を追った。



 再びアオイの使用した転移術式で、俺たちはオーリウェルの西側、ルーベル河畔の倉庫街に瞬間移動していた。

 アオイにくっついていた俺は身を離す。

 辺りは真っ暗で、ぽつりぽつりと並ぶ街灯だけが唯一の灯りだった。

 その弱い灯りを遮るように、巨大な塊が幾つもの立ち並んでいる。無機質な鉄の箱。積み上げられたコンテナ。それは、何だか不気味な古代の神殿のように闇の中にそびえ立っていた。

 強い鉄錆の匂いが鼻を突く。

 どうやらここは、川を遡って運搬されてきた物資の集積地の様だった。

 近年の世界的不況のせいだろうか。ルーベル河畔に幾つかある集積地の中には、コンテナごと長期間放置されているような場所もあり、そういった場所が犯罪者や無法者の根城となるということもしばしば発生していた。

 ここもその1つなのだろう。

 以前アオイが懲らしめた魔術師集団がいたという場所のようだ。

 しかしそれよりも俺は、先ほどのゲオルグ・グリンデマンの事が気になっていた。

「アオイ、マフィアって何だよ。グリンデマンって、昔からオーリウェルにいるマフィアだよな」

 目的地がわかっているのか、黒マントを揺らしながらスタスタと歩き出すアオイに、俺は小走りに付いて行く。

「グリンデマンとは、古くからの付き合いがある」

 アオイが帽子の鍔の下から俺を一瞥した。

「私が伯爵位を継いだ後は疎遠になっていたがな。奴らが幻覚術式を使う魔術師を雇い、幻覚中毒者を仕立て上げる商売を始めたので、それを潰してやった。それからは、伯爵家としての付き合いが復活してな」

 さらりと言い放つアオイに、俺はぐっと言葉を詰まらせた。

 何気なく接してしまっているが、アオイが土地の名士なのだという事を思い出す。今では名誉称号といえ、爵位を持つ貴族さまなのだ。裏でそういう付き合いがあってもおかしくない。

「奴らは犯罪者集団ではあるが、金と利益の為に統制された組織でもある。その存在がオーリウェルの裏社会に一定の秩序をもたらしているというのも事実だ」

 アオイの静かな声が、コンテナ群に反響する。

 アオイの言っている事は良くわかる。

 俺だって子供ではない。社会が正しい事だけで成り立つわけではないのはわかるし、表社会が必要としているからこそ、彼らのような存在は消滅しないのだろう。

 それはある意味、魔術師も同じなのかもしれない。

 魔術師が魔術でもって国を支配した時代はもう終わった。現在の国の制度では、国民の自由と平等は保障されているし、貴族の名も名誉称号でしかない。

 しかし、貴族たちは尚、巨大な力を維持している。

 それは、魔術師に対する恐怖や畏敬が、一般の人々の中にまだまだ残っているからなのだろう。だからこそ、昔の栄華を取り戻そうという愚かな考えを持つ貴族派、そして騎士団が、今なお暴れているのだ。

 ……マフィアか。

 作戦部にいた俺にとっては、指定された作戦目標をクリアにする事だけが全てだった。

 もちろん、作戦に付随する状況や社会情勢を把握することも任務ではあったが、今思い返してみれば俺はあまりそういった事を熱心に勉強するタイプではなかったと思う。

 しかしアオイは、そうした複雑な情勢の中で、1人戦っていたのだ。

 凄いと思った。

 単純に。

「アオイ」

 俺は隣を歩くアオイを見た。

「何だ?」

 アオイが俺を見る。

 俺は、ふふっと笑った。

「アオイは凄いな。俺はアオイと一緒にいれて、良かったと思う」

 その瞬間。

 アオイが目を丸くして俺を見た。

 その表情を見て、俺もはっとする。

 う。

 恥ずかしい事を言ってしまったと気がついた俺は、慌てて顔を逸らした。

 もしかしたらまた抱き付いて来るか。

 少し隣を警戒し、俺は歩調を速めた。

 しかし、アオイの足音が聞こえて来ない。

 俺は立ち止まり、振り返った。

 アオイは立ち止まっていた。そして、驚いた表情のまま俺を見ていた。

「……エオリア」

 アオイがぽつりと呟いた。

 名前?

 俺は首を傾げる。

 アオイがはっとして俯く。そしてさっと小さく首を振った。

「……すまない、ウィル。先を急ごう」

 アオイが顔を上げ、再び足早に歩き出した。

「うん」

 俺はアオイの態度に疑問符を浮かべながらも、その後に続いて歩きだそうとした。

 その時。

 グシャリと、何かが地面にぶつかるような音が響いた。

 グシャリ、グシャリと、続いて何度も同じ音が響く。

 そして、グシャリ。

 俺たちの直ぐ前。

 街灯の明かりの輪の中に、それは落ちてきた。



 最初は人間かと思った。

 しかし、むくりと立ち上がったそれは、明らかに人間ではない歪な形をしていた。

 薄汚れた短パンにタンクトップを身に付けてはいるが、その衣服から飛び出した足や腕は、朽ちかけた木片だった。頭にあたる場所には、板や金属片が寄り集まり、何とか顔らしきものを作り上げている。

 人形と呼ぶにはあまりにも出来の悪いヒトガタ。

「何だ?」

 俺はその不気味な姿に、とっさにショルダーバックの中からブルパップカービンライフルを取り出した。

 さっと足を開き、ストックを肩にあてて銃を構える。

「そう。ここにいた魔術師は、人形使いでな。人形を使って、強盗紛いの事をしていたのだ。以前、全ての人形を粉砕してやったのだが」

 アオイが呆れたように溜め息を吐いた。

 大きく体を左右に揺らし、気味の悪い動きで近付いてくる人形たち。

 暗闇の中、コンテナ群の上やその向こうから、同じような人形たちがが次々と現れる。

 結構な数だ。

 人形使いの事は、俺も勉強した。

 術式で人形を操る魔術師の事だ。

 上位の人形使いになれば、精巧な人形を人間と変わらないように操る事が出来るらしい。今俺たちの前に集まる人形は、作りも動きも、そんな上位の魔術師のものには見えなかったが……。

「排除するか」

 俺はアオイを見る。

「ああ」

 アオイが面倒そうに頷いた。

 人形たちの動きが加速する。

 木材や金属を軋ませ、一斉に俺たちに向かって襲いかかって来た。

 足を引きずり、体を揺らし、腕を前に出しながら寄ってくるその姿は、まるで地獄の亡者の様だった。

 俺はライフルの安全装置を解除する。

 ダットサイトの光点の向こう、人形を狙う。

 トリガーを引く。

 衝撃が肩を突き、人形の頭部が吹き飛んだ。

 倒れる人形。

 次に照準を変えよいとした瞬間。

 倒したはずの頭なし人形が、むくりと起き上がった。

「くっ」

 頭がなくなり、余計に不気味に……。

「ウィル。奴らの結節点は胸の中心だ」

 アオイが不敵に笑った。

「天恵、千早ぶ」

 そして、唐突の短い詠唱が凛と響いた。

 火球や雷撃のような派手な現象は起こらない。

 ただアオイの黒マントが風もないのにはためいたかと思うと、唐突に人形の一体がグシャっと潰れた。

 まるで、頭上から落ちて来た不可視の何かに押しつぶされたように。

 潰れる人形。

 もとの屑に戻り、動かなくなる。

 ……アオイに見とれている訳にはいかない。

 人形は数も多い。

 俺はライフルを構え直し、人形の胸を狙いを定めトリガーを引く。

 2射で人形は崩れ落ちる。

 すぐさま照準を変える。

 トリガーを引く度に、足元に薬莢が散る。

 俺は小刻みに照準を変え、人形を打ち壊しながら歩みを進めた。

 カンと乾いた音がして火花が散るのは、人形の金属パーツに着弾したからだろうか。

 残弾ゼロ。

 イジェクトボタンを押し、弾倉を引き抜くと、バックにしまう。そして新しい弾倉を取り出すと、手早く装填する。

 再びストックに頬を付け、狙う。撃つ。

 射撃の反動が俺の体を揺さぶる。

 幸い人形の動きは早くない。

 狙いは外さない。

 タタっとリズミカルに続く銃声。

 硝煙の香りが夜の倉庫街に漂う。

 背後ではアオイの短い詠唱が続いている。

 俺より早いペースで、アオイは次々と人形を葬っていた。

 俺とアオイは、お互いの死角をカバーしながらコンテナ群への奥へ奥へと進む。

「ウィル、左」

 アオイの警告。

「わかってる!」

 俺は短く叫び、とっさにしゃがむ。

 ふわりと広がるスカート。

 左上方から飛びかかって来た人形に、フルオート射撃。

 高速のライフル弾に引き裂かれた人形が、空中で砕け散った。

 俺はしゃがみ込んだ低い姿勢から前方へと駆け出した。

 護衛の任、果たさなければ。

 俺はアオイの前に陣取ると、前方からわらわらと集まる人形を次々と撃ち倒した。

 点々と灯る街灯の淡い光の中に、マズルフラッシュの火の花が散る。

 俺が進路上の人形を破壊し、アオイが周囲の人形を容赦なく粉砕して行く。

 そして、俺が撃破した人形が15を超えた辺りで、やっと敵の増援が途切れた。

 銃声とアオイの術式による破壊音が収まると、辺りには耳が痛くなるような夜の静寂が戻ってきた。

「終わったか……」

 俺はポツリと呟き、ライフルを下ろす。

 ガシャリと音がする。

 足元に横たわる人形が、結節点を外してしまったのか、まだ微かに動いていた。

 俺は腰の後ろに回したバックからおもむろにハンドガンを抜くと、2発でその人形を破壊した。

 アオイはさっさとそんな人形の残骸の中を進むと、とある倉庫の前で立ち止まった。

 倉庫の巨大な鉄扉は錆び付き、とてもアオイの細腕で開けられるような状態ではなかった。しかしアオイがぼそっと何かを唱えると、まるで自動ドアのように巨大な鉄扉は勢い良く開いてしまった。

 俺はライフルを構え直しながら、そっと小さく溜め息を吐いた。

 先ほどの人形軍団といい、この鉄扉といい、アオイと一緒にいると、何だか自分の無力さを実感してしまう。

 アオイがさっさと倉庫の中に入って行きそうになったので、俺は慌てライフルを構え、その前に立った。

 アオイの方が強かったとしても、俺にも果たすべき責務がある。護衛という任務の意地もあった。

「こ、黒衣の魔女!」

「レディ・ヘクセ!」

「な、何の用だ!」

 俺たちが倉庫が足を踏み入れると、外の街灯の光が差し込むだけの真っ暗な倉庫の奥から複数の若い声が聞こえてきた。

「人形をけしかけておいて、何の用だとはご挨拶だな」

 アオイの冷たい声が響き渡った。

「一度全て破壊しておいたのに、またあれだけの数を揃えるとは」

 アオイが薄く笑った。

「う、うるさい!」

 倉庫の奥から飛んで来る声は、大きかったが、完全に震えていた。

 俺はそっとライフルを下ろす。

 人形という攻撃手段を完全に無力化され、レディ・ヘクセの存在に恐怖している今の彼らに、戦意が残っているとは思えなかった。

「人形を放った無礼は許そう。その代わり私の質問に答えなさい。または……」

 アオイが言葉を切る。そして笑った。

「私と戦うか。ここで」

 嘲笑を含んだ声には、尊大とも言える自信が満ちていた。

 俺ですら、胸の奥がすうっと冷たくなる。アオイが決してそんなタイプではないと、人形使いの魔術師に脅しをかけているだけだとはわかっていても……。

 やがて倉庫の暗闇の中から、6人程の男女が現れた。

 若い。みな20代だろうか。

 特別な格好をしている訳でもなく、普通の市民たちといった感じだった。

 こいつらが、前に悪さをしていた魔術師か……。

「お前たちに聞きたい事がある」

 観念したかのような人形使いたちに、表の街灯の光を背にして、尖り帽子とマントのシルエットを浮き上がらせたアオイが問いかける。

 騎士団の事や騎士団から接触がなかったか。又は、そのような噂を聞いたことがないか、と。

「終わった。次へ行こう、ウィル」

 人形使い相手に質問をぶつけていたアオイは、そっと息を吐きこちらを向いた。

「収穫はなし、だな」

 俺はアオイの隣に並ぶ。

 情報がなかったということは、不穏な動きなど無いという証拠なのか。

 ……それとも。

 俺たちが空振りしているだけなのか……。

 俺とアオイは、再び並んで夜のオーリウェルを目指す。

 俺たちの捜査は、まだ始まったばかりだった。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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