Order:26
野獣のような咆哮が響き渡る。
学院に潜入した不審者。俺が一旦無力化した筈のその男は、歯を剥き出しにした獣の形相で俺に襲い掛かって来た。
鈍重そうな体躯からは想像出来ない程の跳躍。
大きな拳が振り上げられる。
俺はとっさに腰を落とし、右前方へと転がるように回避する。
どさっと、俺が今までいた場所に男が着地する。
四つん這いで。
「うぃる、うぃる、うぃる、うぃる、うぃる……」
くっ。
俺はきっと男を睨みつけた。
侵入者は確かに野蛮そうな男だった。しかし、あくまでも人間だった。
だが今は違う。
まさに、獣の……。
俺はふと気がついた。
男の右手首が、おかしな角度で曲がっている。
自身の負傷も意に介さず、全力で殴りかかって来たのか?
さっと男の足元に目線を向けると、地面に敷き詰められたレンガがそこだけぼこっと反り返っていた。
「ガアッ!」
男が再び突撃して来る。
「先生! みんなの退避を! 俺が引きつけているうちに!」
こいつをどうやって無力化していいかはわからなかったが、周りの生徒たちが退避する時間くらいは稼ぐ……!
こいつは、まともじゃない。被害が広がる前にっ!
醜く歪んだ顔が迫る。
乱暴に繰り出された横薙の一撃が襲い来る。
俺は腰を落として回避する。
ふわりと広がるスカート。
頭上を猛烈な勢いで男の腕が通過する。
俺は地面に手をついて、足払いを放った。
前へつんのめる様によろめく男。
さっと体を回転させてその左手に回り込んだ俺は、振り上げた踵を差し出すように伸びた男の首筋に叩き込んだ。
「ぐげぁ!」
男が顔面から石畳に激突した。
俺はたんっと飛んで間合いを取る。
普通なら良くて気絶、あるいは大怪我しているような一撃の筈だ。
どうだ……。
「ぐげ、ぐが、げげげ」
地面に沈んだ男の巨体が、びくっと動く。
……ちっ。
男が起き上がった。そして、ギロリとこちらを向いた。
うぐっ。
石畳に激突した男の顔は血だらけになり、なんかさらに恐ろしい事に……。
「君、下がりなさい!」
その時、左から声が上がった。
構えを取りながら目だけでそちらを見ると、先生のうちの1人がこちらに掌をかざしていた。その眼前には燃え盛る火の玉が3つ、浮遊している。
火球の魔術……!
しかし、駄目だっ。
あれでは火力が大きすぎる!
俺はさっと周りを窺う。
他の先生たちに促され、周囲の生徒たちは退避を始めていた。しかし近くの校舎にはまだ沢山生徒がいるし、退避している生徒たちも十分距離を取ったとは言い難い。
その近くであの火球は、危険すぎる……!
俺はとっさに校舎から離れる方向へ走り出した。
くっ、戦い慣れていないのが丸わかりだ。オーバーキルは、無用の被害をもたらすのにっ。
出っ張った腹を揺らし、男が追いかけてくる。
「食らえ!」
そのタイミングを見計らって、先生が火球を放った。
まだ近い……!
火球が迫る。
揺らめく3つの炎が、俺と男に向かって殺到する。
その火球と男の間。
不意に、空間が揺らめいた。
そして、何もなかった場所に、ふわりと黒髪が広がった。
すらりとした長身。すっと伸びた背筋。黒いタイツに包まれた長い足。
火球の熱風でそのスカートが大きくはためいていた。
その見慣れた後ろ姿は……。
「結節、防壁」
涼やかな詠唱が響き渡る。
瞬間、3つの火球は見えない壁に激突し、その壁に包み込まれる様に狭い範囲で爆裂すると、すっと消えた。
黒髪の少女、アオイが、さっと踵を返した。
長い黒髪が弧を描く。
アオイは無表情だった。
冷徹な、魔女の表情。いつも余裕ぶった笑みでも冷ややかな嘲笑でもなく、ぞくりとするような虚無の顔。
アオイが男に掌をかざした。
「慟哭、深淵へ」
詠唱と同時に、ぼこりという鈍い音が響いた。
「があ?」
間の抜けた声を上げ、男が消えた。
突然ぽっかりと口を開いた地面の穴の中へ。
落とし穴の……魔術?
ふっと短くアオイが息をするのが聞こえた。
「大丈夫か、ウィル」
いつもの柔らかな笑顔に戻ったアオイが、突然の出来事に呆然とする俺のもとへ、ゆっくりと歩み寄って来た。
「まったく。三倍掛けした火球の術式が直撃すれば、死んでしまうではないか」
髪をさっと広げ、アオイが溜め息を吐いた。
その声にはっとした俺は、アオイを睨み付けた。
「何故出て来た。危険だから下がれ」
アオイは答えずに、男が落ちた穴の方を見る。俺を見る時とは全く違う冷たい表情で。
嫌な予感がして、俺はさっと振り返った。
その瞬間。
顔面血まみれの男が、落とし穴の中から飛び出して来た。男が着地するどたっという鈍い音が響いた。
俺はアオイを守るため、その前に立つ。
「あれは狂化の術式で生み出されたものだな」
アオイの冷たい声が背後で響いた。
俺は僅かに振り返り、アオイを一瞥した。
「狂化?」
「17世紀にボーンシュタイン公爵が編み上げた術式だ。公爵は街1つを狂化し、それこそ女子供まで死を恐れぬ無敵の軍団に作り替えた。そして当時侵入して来ていた東方民族を退けたのだ。……おぞましき古の禁呪だよ」
古の禁忌の術式……。
はっとする。
それはつまり、あの夜廃工場で、俺たちΛ分隊を巻き込み炸裂したあの自爆術式陣と同じということか?
「人の身に余る外法として封印されていたが……。このようなものまで使用するとは……」
アオイの言葉には、明確な怒気が含まれていた。いつも冷静沈着なアオイにしては珍しい事だ。
「眠れ」
無造作に紡がれる術式成句。アオイの眠りの魔術だ。
しかし、対象に変化は起こらなかった。
スラムのビルで、いとも簡単にごろつきを沈黙させた術式が……。
男は歯を剥き、俺たちを睨む。
「ふむ。やはり抗魔力が高い。解呪には、直接干渉が必要だな」
アオイが面白くなさそうに呟いた。
俺は小さく溜め息を吐いた。
アオイの力なら、あの男を文字通り消滅させる事が可能だろう。魔術師ならば普通、そうして冷徹に、無慈悲に己の力で他者を圧倒するものだ。しかしこの魔女は、それでも助けようとしているのだ。アオイは、あくまでも解呪するとい言うのだ。
冷たい顔をしながら、甘い事だと思う。
しかし俺は、アオイがそんな少女であると理解し始めていた。
いや。
こんな甘い魔女だからこそ、その言葉に従ってもいいと思えたのか。
ふふっと小さく俺は笑った。
「触れられれば、あれを止められるのか?」
俺は、今にも突撃しようと身を屈めている男を睨む。
「ああ。しかし危ないから、ウィルは下がっているといい」
アオイの言葉に、俺はわざとらしく溜め息を吐いて見せた。
「俺はお前の護衛だ。隙は俺が作るから、後は頼む」
前を睨む俺に、アオイがどういう顔をしているのかはわからなかった。
一瞬の間の後。
「わかった」
アオイの返事が帰って来る。
む。
その声の調子でわかる。
それはレディ・ヘクセではなく、俺の姉貴ぶる時のアオイの声だった。
また、と文句を言おうとした瞬間。
男が突進して来る。
勝負は、一瞬……!
「無垢なる」
アオイの詠唱が背後に。
「ガアァァ!」
野獣の咆哮。
信じられないスピードで、男が眼前に迫る。
思い出せ。
グラム分隊長との格闘訓練。
「解き放て」
2言目の術式成句。
見極めるのは、間合いとタイミング……。
腰を落とす。
繰り出される拳。
直撃すれば、只では済まない。
しかし、単調すぎる攻撃だ。
左に躱す。
揺れる俺の髪が、視界に流れる。
俺は伸びきった男の腕を取る。
そしてひらりと身を翻すと、たんっと自分のお尻を男の腰の下に当てた。
「無色の檻」
3言っ!
「やあぁぁぁ!」
俺は叫びながら、背負い投げの要領で男を投げ飛ばしていた。
自分の勢いをそのまま利用された男は、その勢いのまま背中から地面に打ち付けられた。
「ギガッ!」
受け身もまともに取れていない。
強かに背中を打ち付ければ、いかに身体能力が馬鹿げていても呼吸が出来なくなる筈!
その倒れた男の傍らに、ふわっと黒髪とスカートを広げ、アオイがしゃがみ込んだ。
まるでそこに男が降ってくるのを、わかっていたかのように。
そしてその細い指が、男の額に触れる。
「1つ2つ3つ4つ……」
静かな詠唱。
瞬間。
男の全身を眩い光が包み込んだ。
意識を失い横たわる男の周りに、沢山の先生たちが集まっていた。後から駆け付けて来た先生や警備員らしき人員も集まっていて、大勢の人たちで辺りは騒然とし始めていた。
遠巻きにこちらを窺う生徒たちの姿もある。
怪我人は出なかっただろうか。
俺はそんな事を考えながら、男が倒れている場所から少し離れた芝生の上にぺたんと座り込んでいた。
両足を開いて完全にお尻を地面につけている。
アオイの解呪の術式が、男に施された狂化を解除した後。ふうっと息を吐いた俺は、不意に足腰に力が入らなくなってしまった。
……恥ずかしい話だ。
銃撃戦も経験は浅いが、こんな激しい近接格闘戦なんて初めてだった。
刹那の命のやり取り。
戦っている間は気が張っていたが、ひと息つくと何だか激しい疲労感に包まれてしまっていた。気を抜けば、眠ってしまいたくなるような……。
うう……。
しっかりしなくてはいけないのに。
現に一緒に戦ったアオイは、先生たちと一緒に男の拘束や搬送について話し合っている。これでは俺の立場がない。実年齢は年上の、俺の立場が……。
遠く、サイレンの音が近付いて来るのが聞こえていた。
これは救急車じゃない。おそらく学院側が呼んだ市警のパトカーだろう。俺は再び周囲を見回すが、ざわついている生徒以外にまだ警官の姿はなかった。
しかし、その生徒たちの人混みの中にふと目に留まるものがあった。
他の先生たちと比較しても明らかに高級とわかるダークスーツを着こなした、背の高い男。短い髪に爽やかな笑みを浮かべているその顔には、見覚えがあった。
いつか俺が、不注意でぶつかってしまったあの目つきの鋭い男だ。
スーツの男と目があった。
男は大きく頷くと、俺に向かって拍手を送るようなジェスチャーをする。
俺は僅かに眉をひそめた。
何だか芝居がかっていて、人を小馬鹿にするような感じがしたからだ。
……あるいは、疲れていたためにそう思ってしまっただけなのかもしれないが。
「ウィル!」
「ウィルさん!」
その時、スーツ男とは別の方角から声がした。
そちらを向くと、先生たちが敷いた規制線をくぐり抜け、複数の女生徒たちが俺のもとに駆け寄って来るところだった。
アリシアにラミア、それにジゼルとエマもいる。他にも知っている顔が多数。
俺のクラスメイトたちだった。
俺は彼女たちを迎えるために立ち上がろうとするが、まだ駄目そうだった。
「ウィル、大丈夫なんですか?」
「何があったのよ、ウィル?」
俺を取り囲むクラスメイトたち。
アリシアが俺の前に膝をつき、ジゼルもその隣にしゃがみ込む。
俺は大丈夫だと微笑んだ。
「あのような恐ろしい事……。私、心臓が止まるかと思ってしまいました」
「えっと、なんなの? 何でウィル、戦ってたの?」
泣きそうな顔をするアリシアと、途中から見ていたのか、未だに混乱しているようなジゼル。
他のクラスメイトたちも、口々に声を掛けてくれる。
「大丈夫、ウィルさん」
「何かいるものがあったら言って」
そんな気遣いの声が半分。
「凄い! 何でそんなに強いの!」
「悪漢をえいやって! 私、感動したの!」
そんな賞賛の声が半分。
俺は、はははっと少し困ったように笑った。
軍警の訓練では、出来て当たり前が前提だ。だから、こんなに純粋に賞賛されたり心配されたりする事はあまりない事だった。
……少し、気恥ずかしい。
「ウィルさん、怪我してるじゃない!」
そのクラスメイトの中から、ブラウンの髪に眼鏡を掛けた少女がさっと歩み出ると、俺の前にしゃがみ込んだ。
う?
俺は改めて自分の体を見る。
シャツは汗で体に張り付いてしまっていた。胸にはうっすらと下着が透けている。
せっかく体育の後で体を拭いたのに……。
「手とか、足とか!」
眼鏡の少女、イングリッドさんは、少し怒ったように俺を睨んだ。
そう言われてみれば、半袖シャツから剥き出しの腕や、スカートから伸びた足に擦り傷やら打ち身の青あざやらが沢山出来ている。
あの侵入男の攻撃がかすったのか。転がって回避したりしていたので、その時に擦りむいたのか。
「私が治癒術式を掛けてあげるから、大人しくしていなさい!」
怖い顔で俺に手をかざすイングリッドさん。
この子はきっとソフィアのような子なのだろう。少しおっかないが、面倒見のいいタイプだ。
そう思うと、何故か俺はふふっと笑ってしまった。
「ありがとう」
そう微笑み掛けると、イングリッドさんが顔を真っ赤にした。うるさいっとか怒鳴りつけて来ないのは、ソフィアと違う。
「イングリッド、照れてる?」
「ジゼル!」
むっとジゼルを睨むイングリッドさん。そして気を取り直しすようにクイッと眼鏡を押し上げると、俺に手をかざした。
「治癒術式は得意なの。任せて」
そう言うとイングリッドさんは、詠唱を始めた。
イングリッドさんの手から淡い光が広がる。
じわりと全身が温かくなる。
しかし、変化はそれだけだった。
「あれ、おかしいな……」
イングリッドさんが顔を曇らせた。
「効果が発現しない……。術式は起動している筈なのに……」
「どういう事ですか?」
アリシアも心配そうな顔を向けて来た。
「すまないな」
その時、俺を取り囲むクラスメイト一同の後ろから、凛とした声が響いた。
「エーレルトさま!」
ざざっと道を開ける少女たち。みんなの顔が、一斉に緊張に強張った。
その向こうから、黒髪を揺らし、アオイがゆっくりと歩み寄って来た。
「みんな、すまないな。私のウィルを心配してくれて」
……私の。
俺は半眼でアオイを睨む。
しかし俺の冷ややかな対応とは裏腹に、周囲からはキャーと歓声が上がった。特に、エマの声が良く聞こえ気がする。
アオイがさっとイングリッドさんの隣にしゃがみ込む。つまり俺の前に。
「すまないな。ウィルは、私でないと駄目なのだ」
微笑むアオイに、呆然とするイングリッドさん。一瞬遅れて、眼鏡を落とさんばかりにブンブンと首を振る。
アオイの台詞を聞いて、にわかに周囲がざわめき始めた。
騎士さまがとか、運命とか契約がとかいう単語が漏れ聞こえてくる。黄色い声が上がる。
キャーキャー騒ぐクラスメイトたちに、遠くで状況確認をしている先生たちや他の生徒たちも何事かとこちらを見ていた。
俺は項垂れると、はぁっと溜め息を付いた。
目立つアオイの近くにいると、さらに注目されて困ってしまう。
そのアオイは笑っていた。少し、はにかむ様に。
アオイが何だかまんざらでもないような顔をしているのは、何故だ?
「大丈夫か、ウィル」
アオイが手を差し伸べて来る。
「……問題ない」
その細くて白い手を、俺は憮然としながらもそっと握った。
俺は保健室のベッドにぼふんと腰掛けた。
たかが保健室のベッド。なのに、体が沈み込んでしまいそうなほど柔らかなマットレスが心地良く、俺は小さく何回かボフボフと跳ねてみた。
俺に治癒術式を施してくれたアオイは校医先生の回転椅子に腰掛け、長い足を組んでいた。
広い保健室には、今は俺たち以外誰もいない。
「では、あの狂化兵はウィルを狙っていたというのか?」
アオイが鋭い目つきで俺を見た。
俺も真正面からそれを受け、深く頷いた。
「うん。あの男は俺の名前を連呼していたし、俺の名前に反応してああなったように見えた」
俺が捕らえた時までは、あれはただのガラの悪い男だった。しかし、アリシアが俺の名を呼んだ瞬間、変化は起こったように思えた。
「ふむ。狂化発動のトリガーが設定されていたか。完全に狂化の術式を掌握してしまったのか」
アオイは眉をひそめ、考え込むように目線を落とした。
「しかし、何故私ではなくウィルをねらったのだ……」
沈黙。
遠く保健室の外、生徒たちの笑い声が微かに聞こえてくる。
廊下を慌ただしく走る音はまだ響いていたが、一時の混乱は過ぎ去り、何とかいつもの学院の雰囲気が戻りつつあるようだ。
俺はバレッタを取ると、髪を下した。どうせ先ほどの戦闘で髪型なんて滅茶苦茶になってしまっていたのだ。
俺は髪を掻き上げ息を吐いてから、思い切って口を開いた。
「アオイ。その術式の使い手というのは……」
禁呪扱いされた古代の術式を復活させ、何の目的かはわからないが、迷わずそのおぞましい術式を使って見せる。
それは……。
アオイが俺を見る。一瞬視線を逸らし、しかし再度、きっと睨むように俺を見た。
「恐らくは、聖アフェリア騎士団だ」
そのアオイの言葉に、俺はドキリとする。
胸の奥が不快にざわつく。
奴らが……。
同時に、胸の内側を焼き尽くすような熱い怒りが溢れ出して来る。
奴らが……!
その時、不意にノックの音が鳴り響いた。
ギュッとベッドのシーツを握り締めていた俺は、その音にはっとして、ふっと息を吐いた。
……ダメだ。冷静にならなければ。
「どうぞ」
アオイが扉に向かって声を掛けた。
保健室の扉が開き、まず入って来たのは白衣をひるがえして進むヒュリツ先生だった。そして、その後ろからスーツ姿の男性が2人、保健室に入って来た。
「エーレルト。アーレン。疲れているところ悪いわね。こちらの刑事さんが、今回の事件の事をお聞きしたいそうよ」
「ウィルちゃんじゃないか!」
ヒュリツ先生の紹介が終わるか終わらないかのうちに、部屋に入って来たスーツ姿の一方、スラリと背の高い男性がズカズカと俺に歩み寄って来た。その顔には、少年のような満面の笑みが浮かんでいた。
彼のスーツの胸ポケットには、市警の手帳がぶら下がっている。
「やぁ、ウィルちゃん。また会えて嬉しいよ! しかし、聖フィーナの学生さんだったのか! やはり良い家のお嬢さまだったんだね!」
俺はニカッと笑う刑事さんを見上げる。
あ。
「ロイドさん。お久しぶりです」
俺はベッドから立ち上がって頭を下げた。
……決して彼の顔を忘れていたわけではない。
「聖フィーナに暴漢が現れたと通報があり来てみれば、取り押さえたのはウィルちゃんだったんだね。さすがだよ」
うんうんと大きく頷くロイド刑事。
「いえ、俺だけの……」
「俺?」
俺だけの力じゃないと言いかけた途中で、ロイド刑事の後ろからぼそりと疑問の声が聞こえて来た。
ロイドと一緒にやって来たもう1人の刑事だ。眼鏡を掛けたその姿には、こちらも見覚えがあった。
そうだ。
俺には無免許運転の前科があるから、彼らにいらぬ疑いはもたれたくない……。
「いえ。私だけの力ではないんです」
俺はふふふっと無理やり微笑んだ。
ロイド刑事が照れた様に笑い、頭を掻いた。
「いや、さすがはウィルちゃん! お兄さんが軍け……」
「ロイドさん!」
俺は思わず声を張り上げる。
そうだった!
彼らに対して俺は、軍警隊員ウィルバートの妹だと名乗っているんだった。
ここにはヒュリツ先生がいる。軍警の名前が出るのは非常にマズい!
呼びかけたは良いものの何を話したらいいのか分からず、取りあえず一歩前に出ようとした瞬間、俺は足がもつれてしまった。
わっ!
俺は、ロイド刑事にどんっとぶつかってしまう。
正面から。
髪がふわっと広がり、ロイド刑事の顔に当たってしまった。
ロイド刑事が、慌てて俺の肩を持って支えてくれる。
「ウィル、ちゃん、あ、危ないよ……」
しかしその力強さとは裏腹に、頭上から降ってきたロイド刑事の声は裏返ってしまっていたが……。
「あ、ありがとうございます……」
俺は小さな声で礼を言いながら、ロイド刑事から身を離した。
ふぅ、アクシデントで何とか軍警発言はうやむやに出来たか。まぁ、結果オーライだ。
「ウィル」
不意に、背後から俺を呼ぶ声がする。
む。
何だか背筋に冷たいものが走る。
振り返ると、無表情なアオイが俺を見ていた。
鋭い目。
……あれは、魔女の目だ。
アオイがすっと目を細めた。
「ウィル。そちらはどなただ。随分親しげだが、紹介して欲しいな。この姉にも」
……うぐ。
何だこの不穏な空気は?
猛烈に魔女化しつつあるアオイと、脳天気に笑うロイド刑事の間で、俺は2人の顔をきょろきょろと窺った。
何をどう説明したらよいのやら……。
疲れのためか現在の状況のためか、少し、俺は頭が痛かった。
読んでいただき、ありがとうございました!




