Order:25
ぱさりとスカートを脱ぎ捨てる。さらに愛用のスパッツも脱ぐと、俺は学校指定のブルーの短パンを穿いた。ボタンを外してシャツも脱ぐと、白の運動着を被り、襟首からぷはっと頭を出した。
ぽんぽんと頭を触ってチェック。髪はもともとバレッタでまとめているから、大丈夫だろう。
「その、なんて言うか……。何だかあなたがウィルだって、信じられなくなるわ」
音楽準備室の回転椅子に座り、足を組んで俺の着替えを見つめていたソフィアが、はぁっと大きな溜め息を吐いた。
「ウィル、その下着とかどうしてるの? 私が買ってあげたのじゃないよね」
何かを疑うような目で俺を見るソフィア。
制服を畳んでいた俺は、顔を上げ髪を掻き上げながら、きょとんとソフィアを見た。
「レーミアが、その、アオイの所のメイドさんが揃えてくれたんだ」
やはりソフィアは、険しい目つきで俺を睨む。
「エーレルトさん、か。私、少し苦手なのよね……。それにメイドさんって……。大丈夫なんでしょうね、ウィル?」
ソフィアが眉をひそめた。
「大丈夫だ。ホックを留める時間も短くなったし、髪をまとめるのも1人で出来るようになったからな。レーミアには迷惑をかけないようにしている」
自信を込めて微笑む俺に、しかしソフィアはこめかみを押さえて、また大きく溜め息を吐いた。
「そういう事じゃなくて……。ふん、いいわ、もう。早く行かないと体育に遅れるわよ」
「ああ。着替え、付き合ってもらって悪かったな」
「当たり前よ。ウィルを女子更衣室に入れるわけにはいかないもの」
ソフィアの冷たい声に俺は、はははっと乾いた笑いを返しておくしかなかった。
体育着に着替えた俺と不機嫌そうなソフィアは、並んで音楽準備室を出た。
俺が音楽準備室で着替えていたのは、今日は俺のクラスで体育があると知ったソフィアが、問答無用で俺を連行し、ここで1人で着替えるようにと命じてきたからだった。
その命令は、実は俺にとってもありがたかった。
クラスのみんなと親しくなかった頃は、更衣室の片隅で目立たないようにそっと着替えていたのだ。しかし、みんなと普通に話すようになった今は、そういう訳にもいかないだろう。
後ろめたいものがある俺としては、みんなと一緒に楽しく着替えという訳にはいかない。
ジゼルたちに顔向け出来なくなってしまう……。
「まぁ、怪我しないようにね」
一緒に階段を下りるソフィアが、横目で俺を見た。
むう。
子供扱いして……。
「大丈夫だ。勉強は厳しいが、体を動かすのは得意だしな」
俺はふふっとソフィアに微笑みかける。
自然と声が弾んでしまう。
白状すると、俺は体育の時間を楽しみにしていた。
スカートを気にしたり、距離感の近い女の子たちにドギマギするような気苦労から解放されて、思いっきり体を動かす事が出来るからだ。
近頃は、夜遅くまでアオイに勉強を教えてもらっているせいか朝も眠く、なかなか体力トレーニングをする時間も取れなかった。こういう機会を利用して、思い切り走っておこうと俺は密かに決意していたのだ。
「はぁ。大丈夫かしら」
ソフィアがぼそっと何か言っていたが、俺はそのままソフィアに手を振ると、勢い良く音楽棟の建物を飛び出した。
「はっ、はっ、はっ」
規則正しく刻まれる俺の呼吸。
すっと背後に流れて行く景色。
火照った体に当たる風が、心地いい。
自分の鼓動と地面を蹴る足音に耳を済ませながら、俺は背筋を伸ばし、トラックの遥か先を見据えて走り抜ける。
まとめていてもフワフワと揺れる髪と、動きに合わせて弾む胸が少々邪魔ではあったが、しかし走るのはやはり気持ちよかった。
久し振りに、こんなに広い場所で走る事が出来た。最近は軍警の訓練場も使っていないから。
時計はしていなかったので正確にはわからないが、俺はキロ4分程度の適度なペースを維持して走る。
「はっ、はっ、はっ」
さすが聖フィーナだ。グラウンドも丁寧に整備され、立派な設備が整っていた。この400メートルトラックも、陸上競技場並のゴム舗装だった。
体育の授業。
俺たちに課せられたのは、ただそのトラックを5周する事。たったの2000メートルだ。
俺はランニング開始10分でそのノルマを果たし、そのまま走り続けて今は10周目に突入していた。
体を傾けコーナーを曲がりながら、歩くより遅いペースで走っているクラスメイトたちを何回目かの周回遅れにして抜き去っていく。
「うそ、またっ」
「なに、あれっ」
「アーレンさん、早すぎっ」
息も絶え絶えな彼女たちの声が、背後に流れ去って行く。
どうやらクラスのほとんどの少女たちは、走るのが大嫌いみたいだった。低速でも走っているならまだましで、コース脇にへたり込むリタイア組も多かった。
ジゼルとエマもそのリタイア組で、俺が前を通り過ぎる度に、「頑張れ〜」と気のない声援を送ってくれていた。
俺は最後のストレートに入る。
加速。
最後に全力を振り絞り、10周目のゴールラインを切った。
「はっ、はっ、はっ」
足を緩め、しばらく息を整えながら歩く。
顎の先から汗が落ちる。俺は、頬に張り付いた髪を掻き上げて耳に掛けた。
……ふぅ。
しばらく走り込みをしていないと、少し鈍った感があった。追加で、100メートルを数本やって軽く息上げでもしておこうかと考える。
俺は大きく深呼吸しながら、みんなの集まる場所に戻り、自分のタオルで汗を拭った。
「ふむふむ、今日のウィルくんは青ですか」
そこに、ジゼルとエマが近付いて来た。
ニヤニヤ笑いを浮かべるジゼルは、リタイアした割には元気そうだ。
「青?」
俺は首を傾げた。
「背中。汗で下着が透けてます」
エマがぼそりと教えてくれる。
……おお。
俺は体育着の裾をぱたぱたして、肌から布地を引き剥がした。汗ばんだ肌に外気が気持ち良い。
「でも凄いですね、ウィルさん。前は陸上やってたんですか?」
「いや。まぁ、走るのが仕事みたいなもんだからな」
エマの質問に、俺は苦笑を返した。
軍警の部隊にいた頃は、ほぼ訓練をして過ごす日々だった。
作戦部に出動が掛かる事態なんて、そう毎日起こるものではない。作戦部のような執行部隊は、実質訓練と待機を繰り返し、有事に備えるのが仕事なのだ。
「仕事?」
エマが一瞬不思議そうな顔をする。
あ。
しまった……。
「なるほど! 体力作りも騎士の務めなんですねっ!」
ぱっと顔を輝かせるエマ。
「う、うん、まぁ、な……」
俺は取り敢えず頷いておくことにした。
「でもさ、ウィルがホントに速かったから、フローベル先生がスッゴい顔で睨んでたよ」
ジゼルは腕を組み、未だに低速で走っているみんなを監督する女性体育教師を見た。
「何で睨まれるんだ?」
俺もそちらを見る。
「だって、ウィルが身体強化術式を使ってズルしてるんじゃないかって思われたからでしょ。フローベル先生は魔術師で、魔素探知も出来るから」
ふむ。
なかなか興味深い。
家格を示す魔術は、秘伝の技として大事にされているとアリシアは言っていた。
しかし現代の魔術は、昔に比べて一般的な技術として体系化され、汎用術式程度であれば容易に扱う事が出来る。魔素適性は必要だが。
簡易な術式構築の技術と詠唱があれば、手軽に超常的な現象を引き起こせる魔術。軽い気持ちで利用しようとするのは、人間ならば無理からぬ事だと思う。
人は容易に、そうした楽な方向に流れていくのだから。
それは、貴族の子女でも生粋の魔術師でも変わらないということなのだろう。
彼女たちも人間だ。
そう、俺たち一般人と同じ……。
「ウィル?」
ジゼルが俺を見る。
「そうだ、ジゼル。ここの先生は、みんな魔術師なのか?」
とろとろと走る生徒たちへ激を飛ばす女教師。
そういえば俺は、貴族のお嬢さま、エーデルヴァイスの生徒たちにばかり注目し、教師については何も把握していなかったなと思う。
「誰がどうかってのは、詳しくはわからないかな」
ジゼルはうんっと伸びをしてから、その場にペタンと座り込んだ。
「あーあ、早く体育なんか終わらないかなー。暑いし~焼けるし〜汗気持ち悪いし~」
三角座りをしながら、ジゼルがぶーぶーと唸った。
俺は胸の下で手を組みながら、片足に体重を乗せる。
そうか。
いくら魔術の表立った行使がタブー視されているとはいえ、魔術で不正をするものはいる。そうした不良生徒を取り締まるために、魔術師の先生がいる。
ソフィアが魔術師でないのは確かだから教員全員がそうではないのだろうが、そうした先生たちは、魔術犯罪と対峙する俺たち軍警に似た立場なのかも知れない。
聖フィーナ学院エーデルヴァイスの先生たちの行動に注目しておくのも、あるいは何かの参考になるかもしれない。
俺はフローベル先生の横顔を盗み見ながら、そっとタオルを置いた。
「ジゼル」
「どうしたの?」
クラスメイトに声援を送っていたジゼルが俺を見上げた。
「ちょっと100を走って来る」
そう告げると、ジゼルがぎょっとしたように俺を見上げた。
「まだやるの?」
「ウィルさん、凄いです。さすがは現役伯爵さまに従う現役の騎士さま!」
悲鳴と感嘆の声を上げるジゼルとエマ。
俺は彼女たちに軽く手を振り、再びトラックへ向かって駆け出した。
先生たちの事、今度アオイにも聞いてみようと思いながら。
体育の授業が終わると、俺はまたソフィアに部屋を借りて着替える。
体操着を脱ぎ去り、下着だけになる。
「ふいっ」
汗を拭き、ほっと一息。
涼しい。
このまま制服なんて、着たくなくなってしまう。
これでシャワーも浴びられれば最高だが、みんなと同じ更衣室が使えない以上、今は我慢するしかなかった。
「……なんかね。おかしな感じ」
机に肘をついて俺の着替えを眺めていたソフィアが、ぽつりと呟いた。
「何がだ?」
俺はソフィアを見て首を傾げる。
「ウィルなのに、女の子の匂いがする」
不機嫌そうなソフィアの声。
女の子の匂い?
アオイに抱き締められた時に感じる甘い香りみたいな……?
俺も、あんな匂いがするのか?
自分の体を見る。
運動でうっすらと上気した白い肌。胸の膨らみを水色の下着が包み込んでいる。
自分の匂いというのは良くわからないが……。
アオイと同じ……。
そう思うと、急に何だが気恥ずかしくなってしまう。
「ウィルなのに。ウィルバートなのに」
ソフィアが不満そうにぶつぶつと言っている。
うう……。
俺はそそくさと着替えを終わらせる事にした。
手早く制服を着てしまった俺は、次は別のクラスの音楽の授業があるらしいソフィアとは別れ、教室に戻る事にした。
音楽棟から出ると、ちょうど女子更衣室から戻って来るうちのクラスの一団と遭遇した。
「あら、ウィル。音楽棟に何か用事だったのですか?」
ラミアと並んで歩いていたアリシアが俺を見つけ、ふわりとした微笑みを浮かべた。
「いや、ちょっとな」
俺は、ははっと笑顔で誤魔化す。
アリシアは俺が女子更衣室にいなかった事に気がついていないみたいだった。
「それにしても、ウィルは凄く足が速いんですね」
「うん。凄い」
アリシアとラミアは顔を見合わせ、また俺を見た。
ジゼルとエマは簡単にリタイアしていたが、アリシアとラミアはしっかり走っていた。
「毎日トレーニングしていれば、アリシアもすぐ走れるようになるさ」
俺はそっと微笑む。
「毎日はちょっと無理です……」
困り顔を浮かべるアリシア。隣でラミアがうんうんと頷いていた。
談笑しながらゆっくりと歩く俺たちは、教室棟の前まで戻って来る。
ジゼルたちはまだ戻って来なかった。リタイア組は、ペナルティとして体育倉庫を片づけさせられているのだ。
次の授業に遅れないといいがと思ったその時。
何かが聞こえた。
んっ?
声?
俺はアリシアとの会話を中断し、顔を上げるとさっと周囲を見渡した。
「……って!」
再び聞こえる。
誰か男性が叫んでいるようだ。
それも、複数。
何だ……。
「待て! 待つんだ!」
不意に、はっきりと聞こえた。
穏やかな校内にはおよそ似合わない怒号。
それが、慌ただしい足音と共にこちらに近付いて来る。
今は休み時間。
教室移動を行っている俺たちのクラス以外にも、生徒たちの姿はあちこちにあった。
そんな少女たちは、急な事態に動きを止めている。にわかに不穏な空気が高まる。時間が止まってしまったかのように、周囲はしんと静まり返ってしまっていた。
「待つんだ!」
「待て!」
声は直ぐそこに。
ざっと植え込みが揺れた。
誰かが短く悲鳴を上げた。
聖フィーナ学院エーデルヴァイスを貫くメインの通り。その通りと教室棟の周囲の庭園スペースを隔てる生け垣が、不意に割れた。
その向こうから、転がるようにして男が飛び出して来た。
ハンチング帽をかぶった小太りの男だった。教師にも他の学校職員にも見えないみすぼらしい格好をしている。その顔は走って来たからか真っ赤に染まり、醜く歪んでいた。
「くそぉ! 話が違うじゃねぇか!」
ガラガラの野太い声で男が叫んだ。そしてギラギラとした目つきで周囲を見回す。
そのだみ声と恐ろしげな容貌に、周囲のクラスメイトや生徒たちが凍り付くのがわかった。
俺はさっと周囲を窺う。
どういう状況だ?
「大人しくしろ!」
「生徒は下がりなさい!校舎の中へ!」
男の後から、3人のスーツ姿の男性が現れる。その内のひとりには見覚えがあった。学院の教員たちだ。
「ここは部外者立ち入り禁止だ」
「抵抗するなよ! もう警察を呼んである!」
遠巻きに男を取り囲む先生たち。その中には、さっと手のひらを男に向ける先生もいた。
校内への侵入者か?
俺は青ざめた顔で状況を見詰めるお嬢さまたちに紛れ、侵入者の様子をじっと観察する。
聖フィーネ学院、特にエーデルヴァイスは、良家のご令嬢を預かる関係上、しっかりした警備態勢を敷いている。アリスに調べてもらったところによれば、センサー類や防犯カメラなどの機械式警備は政府機関にも匹敵するらしい。それにアオイに聞いた話だと、魔術的な防御も施されているそうだ。
目の前の侵入者は、そんな厳重な警備を突破できるようには思えないのだが……。
「くそっ。この時間なら人がいないって、何なんだよ! 金目のものがどこにあるんだ? あの気障野郎……!」
侵入者は低く獰猛に吠える。そして怒気をはらんだ血走った目で、周囲で固まっている少女たちを睨みつけた。
その視線に、呆然と立ち尽くしている周囲の生徒たちが、びくりと体を震わせる。
辺りは急激に緊迫した空気に包まれていたが、内心俺はそれほど危機感を抱いていなかった。
男に手のひらをかざす先生は間違いなく魔術師だろう。それに、固唾を呑んで事態の成り行きを見守る生徒たちの大半も魔術師だ。
これだけの魔術師に囲まれれば、例え歴戦の軍警隊員であっても無事にはすまないだろう。ましてや、チンピラ風のこの男など、容易に無力化出来る筈。
しかし。
「畜生!」
男が叫び、ズボンのポケットからナイフを取り出した。
悲鳴が上がる。
隣のアリシアが、きゅっと俺の袖を掴んで来る。
「くっ、止めろ!」
男が取り出したナイフに、先生たちがじりじりと後退し始めた。
む。
何故だ。
男が持つ玩具のような果物ナイフなど、魔術攻撃の前には無力な筈なのに。
「おら、下がれ!」
男がナイフを振り回す。
さらに大きくなる悲鳴。
……しかたない。
あまり目立つのは良くないが、何もせずに怪我人が出るのを見ているのは、さらに良くないと思う。
俺は、先生たちを威嚇している男の後ろ姿をきっと睨み付けた。
「ウィル?」
アリシアが小さく呟く。
俺はアリシアに頷きかけ、袖を持つ彼女の手を優しく剥がすと、前へ向かって歩き出した。
唖然として身をすくめているクラスメイト達の間を縫って、前へ。
俺は無造作に男に近付いて行く。
先生のうちの1人が、はっとした様子で俺を見た。
「君、危険だ! 離れなさい!」
その声で男が俺に気が付いた。
「おらっ! 下がれメスガキ!」
男が威嚇するようにナイフの刃をちらつかせた。
俺はすっと目を細める。
「近付くなっつってんだろうが!」
ますます顔を真っ赤にした男が、ぶるぶると震える。そして、大仰な動作でナイフを突き出して来た。
背後で悲鳴が上がる。
先生たちが唸り、術式成句を紡ぐ声が聞こえた。
……今更。
男の太い腕に握られたナイフが迫る。
俺は、そのナイフに向かって一歩踏み込んだ。
ナイフより向こう。
男の懐に飛び込む。
拳で男の腕を弾き、ナイフの軌道を逸らせる。
勢い余って突っ込んで来る男の腕を取り、低い姿勢から繰り出した足を男の足に絡まらせ、俺はその男を引き倒した。
締まりのない巨漢が、ぐるりと回転する。
ナイフを持った腕を俺に掴まれ男は、ポカンとした顔のまま仰向けに倒れた。
俺は男の腕を捻る。
「ぐえっ」
まるでヒキガエルのような声を上げて、男がナイフを取り落とした。
俺は男の腕を拘束したまま、その喉元に膝を突き入れ、しゃがんだ。ふわりと広がったスカートが、男の顔にかかった。
もちろん全体重を掛けたりはしない。そんな事をしたら、男の喉が潰れてしまう。しかしもちろん、身動きできない程度には押さえつける。
周囲は不気味な沈黙に支配されているが、俺は密かに安堵の息を吐いていた。
突然の体の変化で、自分の体を完全に使いこなせていないという課題が俺にはあったが、時間が経つにつれてその問題も解消されつつあるようだ。
「先生。早く拘束して下さい」
俺は呆けた表情で固まっている先生たちを見遣る。
「あ、ああ」
まだ呆然とした様子のまま先生たちは駆け寄って来た。
「すごい……」
周囲の静寂を破り、誰かがぽつりと呟いた。
「あ、あれが……?」
「そう、エーレルトさまの騎士の子よ」
「わぁ……」
「あれも魔術なのかしら?」
「何が起こったのか、私わかりませんでしたわ」
「何て勇ましくて……」
俄かに少女達が騒ぎ始めた。
あちこちで歓声が起こり始める。
なんだ?
やっぱり、目立ちすぎたか?
まさか、軍警ってバレたか?
俺はきょどきょどと周囲を見回した。
「ちょっと素敵じゃない?」
「あんなに可憐なのに、強いのね」
沢山の少女たちに注目され、俺はだんだんと居た堪れなくなる。
……後は先生に任せ、早々に退散しよう。
鼻息荒く呻く男を先生たちに引き渡し、立ち上がった俺のもとにアリシアが駆け寄って来た。
「お、お怪我はありませんか?」
ラミアも駆け寄って来た。心配そうな顔をしてくれる。
「もう、ウィル。あまり怖いことはしないで下さい」
眉をひそめるアリシア。
俺は悪いなと、苦笑を返す。
「うぃる?」
そこに、低い声が響いた。
ぞくりとするような抑揚のない暗い声。
「うぃる・あーれん」
ぼそぼそと続く言葉。
そこで初めて俺たちは、それが取り押さえた男から発せられている声だと気がついた。それほど普通の人間の声には聞こえなかったのだ。
両腕を先生たちに拘束され、うなだれる男。
「うぃる。うぃる、うぃる、うぃる、うぃる、うぃる」
不気味に俺の名を連呼する。
胸の奥がきゅっと冷たくなった。
背筋に冷たいものが走る。
嫌な予感がする。
果物ナイフで暴れる不審者など比にならない程の、嫌な感じ……。
「さがれ、アリシア、ラミア」
俺は2人を守るように前に立った。
その瞬間。
「うわあっ!」
男を拘束していた先生たちが弾き飛ばされた。
前傾姿勢でうなだれる男。平板な声でやはり何かをブツブツと言っている。
何だ。
何が起こっているんだ?
俺は足を開いて構えを取る。
唐突に、男がぐりっと奇妙な角度で顔を上げた。まるで人形のような歪な動きだった。
俺は息を呑む。
蒼白になった男の顔。虚ろな目。
それは、およそ正気の人間の顔ではなかった。
「うぃる、あーれん」
男がポツリポツリと呟きながら、俺に向かって来る。
再び沸き起こる悲鳴。
くっ。
どうしたらと迷った瞬間。
爆ぜるように跳躍した男が、俺に飛び掛かって来た。
ご一読、ありがとうございました!




