Order:22
朝の透き通った陽光が降り注ぐ教室。席を立った女子生徒が教科書を朗読する声が、その光の中にしんと浸透して行く。
黒板の前に立つ老教師。柔らかな光沢を放つ飴色の机。その上に広げられた白いノートと教科書たち。
カツカツと誰かのペンがノートを叩く音が微かに聞こえて来る。
俺が在籍することになったこのクラスは、さすがお嬢さま校だけあって真面目な子たちばかりだった。
長期休暇明けだというのに、聖フィーナ学院エーデルヴァイスには、休み呆けの浮ついた空気など微塵も感じられなかった。
学期始めのオリエンテーションは、俺の転入という波乱のイベントと共に終わり、いつのまにか本格的な授業を受ける日々が始まっている。
俺にとっても、新たな学生生活の始まりだった。
しかし、実際に授業が始まり、学院で過ごす日常が始まると、色んな問題点も見えてくる。
その1つが、聖フィーナの学力レベルが、俺にとってなかなか厳しいという事だ。
編入試験なんて受けずにアオイの裏工作で入学したものだから、俺は聖フィーナのレベルをわかっていなかった。
言語や政治社会、歴史などの知識系は問題ないが、数学や科学物理なんかはマズい。何とか対策を講じなければいけない状態だった。
だから俺も、必死に授業に臨む。
わからない所は、後でアオイに教えてもらおう。
教科書のわかりにくい箇所には、レーミアにもらった猫の形の付箋を貼っておく。
こうしていると、小さい頃はよく姉貴に勉強を教えてもらった事を思いだしてしまった。
俺にとっては久しぶりの勉強の場。先生の講義に集中していると、あっと言う間に時間が過ぎていく。
気が付くと、重々しい鐘の音が響いていた。恐らく正門近くにあった時計塔の鐘だろう。
俺はペンを置いて、んんっと伸びをした。
「はい、じゃあここまで。まだ休み気分が抜けておらんだろうから、きちんと復習しておくように」
トントンと教科書を叩いて揃え、老教師が退室して行く。
その途端、弾かれたように響く少女たちの賑やかな声で、教室が満たされた。
早速友達の席に集まる者。連れ立って教室を出て行く者。うんっと伸びをする者や、くたっと机に突っ伏す者。
授業中の静寂が嘘のように、楽しげな笑い声が響き渡る。軍警の野郎共なんかとは比べものにならない華やかさが、そこにはあった。
ひらひらと揺れる短いスカートや安心仕切った無防備な少女たちの笑顔を見ると、俺なんかがこんな所に居てもいいのかという大きな罪悪感が膨れ上がってくる。
間違いなく俺は、異分子だった。
だからといって萎縮している訳にはいかない。そう、俺には任務があるのだから。
俺は胸を張る。そして、さっと次の授業の準備を整えると、カタリと席を立って大股に教室を出た。
転入してからまだわずかな時間しか経っていないが、俺に話し掛けて来るクラスメイトはまだいなかった。チラチラとこちらを窺う視線だけは、常に感じられたが。
アオイ曰わく、小学校からずっと決まったメンバーで過ごしているエーデルヴァイスは、かなり閉鎖的な環境らしい。転校生の様に外部から編入してくる生徒などほとんどいないから、きっと皆戸惑っているのだろうとの事だった。
「笑顔だよ、ウィル。仲良くな」
朝の送りの車の中でにっこり笑い、そう告げたアオイ。しかし俺は、むうっとアオイを睨み返した。
俺は別に、友達を作りたい訳ではないのだ。
こんな女子校の廊下を、スカートをはためかせ、腰の後ろのリボンを翻して歩いているのは、任務だからだ。
気を抜けば場違い感と心細さで曇りそうになる顔を引き締めて、俺はたたたっと階段を駆け下りる。
精緻な彫刻が施された手すりに手を掛け、踊り場の上のステンドグラスを一瞥して俺が目指すのは、1階下の上級生のフロア。アオイのいる教室だった。
2年生のフロアに入ると、周囲は青いネクタイをした女性ばかり。俺たち1年生と1歳しか違わず、俺の実年齢よりはずっと下な女の子なのに、みんな少し大人っぽく見えてしまうから不思議だった。
アオイと俺は学年が違う。
それは、勉強の事よりも重大な問題だった。
アオイが先輩。俺が後輩。
学年が違えばクラスも違う。
フロアも違うしカリキュラムも違う。
つまり、学院内ではほとんど会わない。
アオイを護衛するために制服まで着て聖フィーナに潜入したのに、これでは意味がないのではないか?
うう……。
魔術師の世界を知って欲しいというアオイの話もわかる。しかし、例え名目上でも護衛である俺が、アオイの側にいないというのは異常な事態だと思うのだ。
だから俺は、アオイの姿を確認するために、こまめに上級生の教室を訪れる事にしていた。
赤ネクタイの1年生が何故ここにという視線を受けながらも、俺はドアの影からそっとアオイの教室を覗き込む。
アオイ、アオイ……。
当たり前だが俺たちの教室と同じ作り。
青いネクタイの先輩たちで賑わう教室。
いた。
中央の列、一番後ろの席に、アオイと数人の女子生徒が談笑していた。
口元に手を当てて上品に微笑むアオイ。エーレルト伯爵でもレディ・ヘクセでもなく、友達と談笑するただの女学生。
こうしていると、騎士団に狙われているなんて信じられなくなってしまう。
俺はドアに手を掛けながら教室の中にさっと目を配る。
今の所不審者はいないみたいだが……。
「あ。アオイ、あれ。あなたの騎士さん、また来てるわよ」
「ふふ、可愛いわね。健気だわ」
「ああ、ウィルか。しょうがない子だ」
ガタリと椅子が鳴る。
アオイが立ち上がり、俺の方に歩いて来た。
……気付かれたか。
逃げ帰るのも違う気がしたので、俺は教室のドアにもたれてアオイを待った。
「ウィル。会いに来てくれるのは嬉しいが、毎時間来なくてもいいんだぞ?」
廊下に出たアオイが、呆れたように腰に片手を当てた。
「……わかってる」
俺はぼそりと答える。
「そんな事では友達が出来ないぞ?」
アオイがわざとらしく息を吐いた。
……だから、別に友達作りに来ているんではないんだ。
「そうか」
アオイが片目を閉じながら、悪戯っぽくふわりと微笑んだ。
「そんなに姉が恋しいなら、今日は一緒にお風呂に……」
「異常無さそうなので、戻る」
俺は勢い良く踵を返した。腰のリボンが弧を描き、思ったよりふわりとスカートが広がってしまう。
うわっ。
俺は慌てスカートを押さえて、しかしアオイの前なので、何事もなかったかの様に装ってさっさと歩き出した。
むむむ。
やはりスカートは慣れない……。
「ふふ、綺麗な子ね。アオイにそんな趣味があったとは」
「うるさいぞ、ディート」
「照れない照れない、アオイっ。綺麗な妹ちゃん、羨ましいな」
アオイとその友人の声が背後に聞こえた。
妹……。
何故か顔が赤くなってしまう。
俺は意識して無表情を保ち、急ぎ足で自分の教室に戻った。
……妹なんかじゃないのに。
自分の教室まで戻って来ると、俺はふと違和感を覚えた。人気がなかった。廊下で談笑しているクラスメイトや賑やかな少女たちの声が聞こえてこない。
俺はきゅっと眉を寄せた。
「あ、いたいた!アーレンさん!」
俺を待ち構えていたのか、タイミング良く教室からひょっこりと顔を出した少女が駆け寄って来た。
ライトブラウンの癖っ毛はショートカット。勝ち気そうな目元はきゅっとつり上がり、どこか猫科の動物を思わせる。胸元は俺より平らで、しなやかさを感じさせるスレンダーな体型だった。
「どこ行ったのかなって思ったよ。次の授業、視聴覚室へ移動だって」
人懐っこくニカっと笑う少女。
「場所知らないでしょ。案内するよ」
「そうなのか。悪い、お願いするよ。えっと……」
アオイの事ばかり考えていて、移動の指示を聞き忘れてしまったのか。
お礼を言おうと思ったが、彼女の名前がわからない。クラスメイトなのは間違いないが……。
そういえばこのクラスにやって来てから、いかに任務を果たせるかばかり考えていて、俺からも他と交流を持とうとしなかったなと思う。
「ああ、あたしはジゼル。あの、ウィルって呼んでも?」
上目遣いにジゼルが俺を窺う。
「うん、構わないけど」
俺は少しぶっきらぼうに答えてしまった。アオイやレーミアには慣れたが、女子高生とどういう風に接していいのか、その距離感がわからなかった。
俺は急いで教室に戻り、次の科目の教科書やノートを手にする。
「じゃあ、こっちね」
先導してくれるジゼルについて行く。
「ねぇ、ウィル。不躾なんだけど、1つ聞いてもいいかな?」
癖っ毛を揺らしてジゼルが振り返った。
「何だ?」
俺は首を傾げる。
「ウィルって貴族じゃないよね。2年のエーレルトさまの騎士って、ホント?」
大きな目を輝かせるジゼル。興味津々といった様子だった。
俺はこくりと頷いた。
「確かに俺は貴族じゃない」
「俺……」
あ。
……しまった。
「うん、そっか、やっぱりねっ」
一瞬不審そうに顔を曇らせたジゼルだったが、直ぐにぱっと輝くような笑顔を浮かべた。
「よかった! うちのクラス、今まで貴族じゃないのって、あたしとエマぐらいだったんだ。それも2人とも従者級なの。騎士級の子が来てくれて嬉しいよ!」
うんうんと満足そうに笑うジゼルだったが、俺にはいまいち彼女の言葉の意味がわからなかった。
従者級とか騎士級とか……。
従者というと、つまりレーミアみたいな者たちだろうか。
そういえば、レーミアもアオイのメイドだが、聖フィーナの中等部に通っている。
このエーデルヴァイスに在籍するのは、つまり純粋な貴族の令嬢だけでなく、レーミアみたいな貴族の使用人などの関係者も含まれているという事なんだろうか。
ジゼルの話ぶりだと、あくまでごく少数のようだが。
「……その、ウィルは魔術って使えるの?」
今度は笑みを消して真顔で尋ねて来るジゼル。
ころころとよく表情の変わる子だ。
俺はそっと首を振った。
「お……私は、使えないけど」
その途端、ジゼルの顔がさらに輝いた。
ジゼルはばっと俺の手を握る。そしてぶんぶんと振り始めた。
な、何だ?
「ウィル。あたしたち、今日から親友。大親友。これ、決定ねっ!」
グイッと勢い良く体を寄せてくるジゼル。
その近さに思わずドキリとしながら、俺は一歩後退した。
「良かったよ。クラスで2人しかいない従者級でも、エマは簡単な術式が使えるし……。今まであたしだけだったんだよ、魔術が使えないの!」
確かに使用人でも魔術師を扱える者はいる様だ。執事のアレクスさんは使えるし、レーミアも使えると聞いている。
「従者ということは、ジゼルも、そのエマもメイドなのか?」
俺の質問に、やっと手を離してくれたジゼルが腰に手を当てて不敵に微笑んだ。
「そ。あたしもエマもメイド少女なわけ。ウィルみたいにカッコ良くはないけど、シャツのボタンが取れた時は言って。完璧に直してあげる」
ふんっとジゼルが胸を張った。
思わず俺もふっと笑ってしまう。
お嬢さま学校というと気取った子ばかりなのかと思っていたけれど、ジゼルは何だか話しやすい感じがした。
その時、重々しい音色を響かせて次の授業の予鈴が鳴り響く。
「あ、マズい!」
ジゼルがいきなり走り出した。俺も慌てて、その後を追いかけた。
結局、少し遅れて視聴覚室に到着した俺たちだったが、俺の案内をしていたというジゼルの言い訳に、ヒュリツ先生は何も言わず、特にお咎めはなしだった。
授業自体は教養作法というよくわからない科目だったが、席は自由だったので、視聴覚室にやって来た流れで俺はジゼルの隣に座る事になった。
「もう、ジゼルったら。ヒヤヒヤしたわよ」
そんな俺たちを少し怒り顔で迎えてくれたのは、黒髪を三つ編みにした小柄な少女だった。
「ウィル。こっちがさっき話したエマ。エマ。やっぱりウィルも貴族じゃないんだって」
ジゼルが素早くエマの隣に座る。俺がそのジゼルの隣に座った。
「ウィルって、え! アーレンさん!」
エマが俺を見た。
くりくりとした目をますます大きくするエマに、俺はそっと頷きかけた。
「よろしく」
途端、ぼんっと音を立てる勢いで、エマの顔が真っ赤になってしまった。
「よ、よろしく、お願いします!」
おずおずと頭を下げるエマ。
俺、何かしたのだろうか?
困惑しながら、俺は首を傾げる。
「ヤダ、エマったら照れちゃって」
大スクリーンに映し出される礼儀作法の模範映像には目もくれず、エマを見てからまた俺を見たジゼルが、声を落として囁いた。
「何たって、エマはもともと騎士さまに憧れているものね。あの学内1の才色兼備にして現役伯爵閣下であるエーレルトお姉さま。そのお姉さまの騎士なら、尚の事ね。ふふ、みんな、ウィルとお近づきになりたいと思ってるんだよ?」
ジゼルは悪戯っぽい笑みを浮かべている。
先ほど初めて言葉を交わしたばかりなのに、まるでずっと友達だったみたいだ。
女の子とはそういうものなのか。この間合いの詰め方、まるでレインみたいだ。
しかし、俺は、騎士とか騎士団とかいう単語はあまり好きになれなかった。それに、騎士というのがどういう存在なのか、やはりピンと来なかった。
「そんなものなのかな」
俺は眉をひそめながらもジゼルを見た。
「クールだわ……」
それを聞いて、エマがぽつりと呟く。笑顔を浮かべて、ぽうっとした様子でこちらを見つめていた。
ニシシと笑うジゼル。
「えっ、アーレンさんって、ホントにエーレルトさまの騎士なの?」
その時、耐えられなくなったという風に、前席のクラスメイトががばっと振り返って来た。くすんだ金髪を結い上げたおっとりした感じの子だったが、その目はエマのようにキラキラと輝いていた。
「ええ、何、何?」
「アーレンさんって騎士さまなんだって」
「やっぱり……」
「凄い、あの伯爵さまの騎士だなんて」
「絵になるわよね、2人」
金髪の子を皮切りに、周囲のクラスメイトが一斉にこちらを向く。もはや礼儀作法のビデオどころではなかった。
俺は、周囲から集まってくる女の子たちにどぎまぎするばかりだ。
きょ、距離が近い……!
「アーレンさん、背筋をきりっと伸ばしてて、格好いいわよね」
「ああ、私も凛々しい騎士さまが欲しいな」
「あの、アーレンさんはいつからエーレルトお姉さまの騎士なんですか?」
興奮した様子の質問が、次々と飛んで来る。形ばかり声は抑えられていたが、視聴覚室全体が、何だかざわつき始めていた。
「いつからというか、俺はアオイの騎士じゃないんだが……」
俺は困惑気味にそう返すしかない。
「え」
エマが眉を寄せて俺を見た。
「えっと、ウィルは、エーレルトさまに従って常にその身をお守りするのがお役目ではないんですか?その為に、こんな時期にエーデルヴァイスに転入さて来たんじゃ……」
ドキリとする。
図星だ。
俺の任務がいきなり漏洩してしまっているのか?
俺はきっとエマを睨み付けた。
三つ編みの少女は、ひっと小さく悲鳴を上げて視線を泳がせる。
俺の答えを、周囲の少女たちがじっと待ち構えているのがわかった。
焦る。
背筋を冷たいものが流れ落ちる。
エマたちの意見を否定するのは簡単だが、それで返って俺の転入の理由を詮索されるような事態は避けたい。
変な噂でも流れたら、生徒の身分を隠れ蓑にしているのに返って悪目立ちしかねない。
しかし、もちろん任務の内容なんか告げられる訳がない。
ぐぬぬぬ……。
俺はそっと目を逸らす。
「うん。まぁ、そんな感じというか、なんと言うか……」
とっさに俺は、ごにょごにょとそう答えていた。
一瞬の沈黙。
そして、少女たちの甲高い歓声が響き渡った。
「やっぱりそうなのね!」
「凄い、いいなぁ」
「騎士さまって、あたしも欲しいなぁ」
キャーキャーと叫び、凄い凄いと声を上げるお嬢さまたち。
俺は何が起こったのかわからず、ぽかんとしているしかなかった。
「こら、あなたたち。静かにしなさい。アーレンと話したいのはわかるけど、他の迷惑にならないように」
映像講義の立ち会い役のヒュリツ先生が、鋭い声を上げる。
はーいと返事しながら自席に戻る彼女たちを見ながら、俺はそっと隣のジゼルに尋ねた。
「いったい何なんだ、これは?」
視聴覚室での授業が終わり、自分たちのクラスに戻る途中。俺は教科書とノートを小脇に抱えながら、ジゼルとエマと並んで廊下を歩いていた。
同じ方向に向かうクラスメイトたちも各々仲良したちと集まり、談笑しながら教室に戻り始めていた。
「ウィルさんに説明するとですね」
いつの間にか呼び方がアーレンからウィルに変わっていたエマが、騎士について説明してくれていた。
「貴族のご令嬢には、誰もが憧れるお話があるんです。深窓のご令嬢、美しいお姫様には、いつか必ず騎士さまが現れる。白銀の甲冑をまとったその騎士さまは、お姫様に生涯忠誠を誓い、その剣を捧げる。美しいお姫様と凛々しく強い騎士さまは幾多の困難を乗り越えて、共に歩んで行くんです。貴族のお嬢さまだったら、ううん、お姫さまと騎士さまの物語を知った女性なら、誰しも自分だけの騎士さまが現れると信じているものなんです」
ふんっと拳を握り締め、力説するエマ。
ジゼルがわざとらしく溜め息を吐いて、首を振っていた。
確かに女の子が好きそうではあるが……。
「でも、その騎士って言うのは男じゃないと意味がないんじゃないのか? ほら、白馬に乗った王子さま的なものなんだろう?」
俺はふと思った疑問を口にしてみる。
すると、エマは激しく頭を振った。
「男は駄目です。実際の男はガサツで汚くて、うるさくて……。私のお屋敷の男の使用人なんて、ホントに駄目で……」
……酷い言われようだが、ここは女子校みたいなもの。あまり男性に接する機会もないのだろう。
「それに比べて、ウィルさんは合格なんです!綺麗でスタイルも良くて、なのにシャキっとして凛々しい。クールで格好いいし、その男の人みたいな喋り方もポイント高いんです。まさに物語の騎士さまに相応しいと思うんです!」
……ははは。
何だかエマの顔が眩しかった。
「でも、みんな良く知っているな。俺がアオイの関係者だって事」
俺がそう口にした途端、今度はエーレルトさまを呼び捨てっと呟いたエマが、こちらにキラキラした視線を向けてくる。
俺の問いに、ジゼルがはあっと呆れたように息を吐いた。
「貴族の世界は、噂とコネと社交の世界なのよ。あと、魔術のね。そんな噂の権化みたいなお嬢さまたちの中に珍しい転校生がやって来るとなれば、情報はどこからか出てくるものなのよ」
うーむ。
そういうものなのか……。
前を向き考え込む俺に、ジゼルはどんと肩をぶつけて来た。
「そんな噂があるのに、休み時間の度にエーレルトさまの教室を訪ねて行ってたら、転校生はエーレルトさまの関係者、もしかしたら騎士かもって噂を肯定してるみたいなものよ?」
なんと……。
愕然とする。
ニシシと笑うジゼル。
一瞬固まった後、深く溜め息を吐いて、俺は肩を落とした。
俺の行動が、いらぬ憶測を呼ぶ事に繋がってしまったのか……。
くっ……。
「先生、相変わらず髪綺麗ですねー」
「ホントです。ジーンズとかお似合いですよね。私、身に付けた事なくて」
そこで俺は、談笑しながら近付いてくる集団にふと気が付いた。1人の教師の周りを、生徒たちが取り囲むようにして歩いていた。
生徒たちのリボンの色は黄色。3年生達だ。
その生徒たちの中心にいるのは、スラリとした若い女性教師だった。輝くような金髪が、その歩に合わせて揺れている。
俺は固まる。
「どうしたの、ウィル?」
ジゼルが怪訝な表情で俺を見る。
俺はその場に立ち尽くし、動けなくなった。
ああ……。
3年生たちが近付いて来る。
呆然とする俺の方へ。
やがて、その金髪の教師も俺を見た。
碧眼が見開かれる。
女教師も立ち止まる。
見つめ合う俺たち。
「どうしんですか、先生?」
3年生が教師を見た。
「ごめんなさい。先に行っててもらえる?」
俺から目を離さず、教師は低い声で答えた。
俺のよく知っているその声で……。
「わかりました。では後ほど、ソフィア先生」
頭を下げた3年生達が歩み去る。
「ウィル、よね……」
「ソフィ……」
俺の前で呆然と立ち尽くす女教師。
彼女は間違いなく俺の古馴染み。小さい頃から一緒に過ごして来た、あのソフィアだった。
学園編継続中。
読んでいただき、ありがとうございました!




