Order:19
響き渡るアオイの詠唱。
狼狽える魔術師たち。
ビルを満たす不穏な空気が、一気に切迫したものへと駆け上がる。
詠唱とともに複雑な印を結ぶアオイの細い指先。それに呼応して、無機質なコンクリートの床面に眩く輝く紋様が現れた。
逃げ出そうとする者。
反撃しようとする者。
それら全てを飲み込む程の巨大さで描かれる複雑な紋様。
これではまるで、術式陣だ……。
魔術師個人が放つ魔術とは比較にならない効果を生み出す術式陣。しかし、複雑な陣形の敷設には手間がかかるという弱点があった。
アオイは5言成句という短い呪文で、それと同等の効果を発揮させようとしている……。
アオイの描く陣の中。ごろつきどもが何かを叫んでいる。
その声は俺たちには聞こえない。さらには、ドンドンと壁を叩くジェスチャーをしている者もいる。
まるでその陣の上に、見えない壁でもあるかのように。
俺は、呆然とその光景に見入るしかなかった。
アオイが印を結ぶのを止めて、魔術師たちを捕える不可視の檻にすっと掌を向けた。
「すまないな……」
ぽつりと零れた呟きが、微かに聞こえた。
いつもの余裕ぶった声ではなく、掠れるような微かな呟きだった。
俺は、はっとアオイの方を見上げる。
しかしそこには、今まさに魔術を放たんとする魔女がいるだけだった。
「空滅、虚ろ、転じ、霞なる」
4言成句。
アオイの術式が完成する。
瞬間、ごろつき達を捕えていた不可視の壁がぱっと輝いた。
くっ!
その眩さに、俺は思わず目を閉じた。
な、何が……。
恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。
息を呑む。
既に消えてしまったアオイの術式陣。先ほどまで輝いていたその上に、今、力なく横たわる魔術師たちがいた。
俺はライフルを下ろして、ゆっくりと立ち上がった。
眼前に広がる光景に、絶句する。
折り重なるように倒れる人、人、人……。
まさか……。
俺は隣に立つアオイを見た。
「……アオイ。皆殺し、なのか……?」
「まさか」
アオイが少し驚いた顔をして俺を見た。
「ウィルは恐ろしい事を言うな」
心外だという風に眉をひそめるアオイ。
「断絶した空間の内部を、一瞬だけ急減圧した。皆、気絶しているだけだよ」
微笑むアオイ。
俺は、ほうっと息を吐く。
よかった。
俺は倒れた男たちを見た。
……ん?
何が良かったのだろう。
俺にとっては、こいつらが倒れようがどうなろうが関係ないはずだ。
では、何故俺は……。
アオイが人殺しをしていない。
それに安堵したのか……?
「……ぐぞぉぉっ」
不意に唸り声が聞こえた。
俺ははっとしてそちらを見た。
倒れ伏した者たちの中にあって、あのリーダー格の男だけが僅かに体を動かしていた。
俺は一瞬、銃を握る手に力を込める。しかし、抵抗出来そうな状態ではないようだ。
「ま、魔術師のクセに、なんで敵に……」
リーダー格が顔を上げ、アオイの方を睨んだ。
アオイは静かに男を見据える。
「魔術師とか貴族など関係ない」
凛とした声が響く。
「私はもう、これ以上誰かが大切な人を失うのを見たくないだけだ」
すっと目を細めるアオイ。
その悲しそうな顔に、ズキリと俺の胸が痛んだ。
魔術テロによって家族を失った俺。
だからそんな悲しみを繰り返さない為に、俺は銃を手に取ったのではないか?魔術師と戦うと決めたのではないか……?
アオイも同じ……。
マントを翻し、くるりとアオイが踵を返した。
「行こう、ウィル。他に誰かいないか確認しなければ」
アオイはカツカツと踵を鳴らして歩き出した。
「ま、待て、こらぁっ……」
力なく呻く男を一瞥すると、俺はライフルを抱きしめるように小走りにアオイの後を追った。
星が瞬く。
今夜は月がなく、代わりに冷たく澄んだ大気の向こう、無数の星々が輝いていた。
普段なら、オーリウェルの街の光が眩しくて、そんなに見えない筈の星たち。しかし夜も遅くなると街の明かりも弱まって、心なしかいつもよりも多くの星が見える気がした。
もしかしたら、ビルの屋上という普段よりも天に近い場所にいるから、そう見えたのかもしれない。
俺とアオイは並び、目の前の建設途中のビルを見つめていた。
ちょうど到着した兵員輸送車が、ビルを取り囲むように停車する。その輸送車から足早に現れた黒尽くめの隊員達が、統率の取れた動きで向かいのビルの中に突入していく。
軍警作戦部の突入部隊だ。
俺の仲間たち。
俺の居場所……。
もしかしたら、何かが違っていたら、俺もあの中にいたのかもしれないのだ。
それをこんな場所から、それも貴族級の魔術師と並んで眺めているなんて、不思議な気分だった。
俺とアオイはしばらく沈黙したまま、軍警の作戦経緯を見守っていた。
銃声も聞こえない。スタングレネードの光も見えない。
どうやら、戦闘は起こらなかった様だ。
俺はほっと息を吐く。
「では、屋敷に帰ろうか、ウィル」
吹き付ける夜風にマントをはためかせ、アオイが俺を見た。しかし俺は返事をせずに、アオイを見つめる。
「レディ・ヘクセ。アオイ。お前はいつもこんな事をしているのか?」
ごろつき達の台詞。場慣れしたアオイの様子。そして何よりもアオイが語ったこと。
出発前にも思った通り、アオイがごろつきや魔術犯罪者と対決しているのは今に始まった事ではない様だ。そして、恐らく俺の時もアオイは駆けつけていた……。
「そう」
アオイはそっと顎を引き、頷く。帽子の鍔に隠れて、その目が見えなくなった。
「ウィルの時は情報を得るのが遅れてしまってね。結果、間に合わなかったのだけれど……」
俺はきっとアオイを睨む。
それならば、今までの出来事の辻褄が合う。
強硬派貴族、恐らく騎士団が、単なる脅しだけではなく、実力行使までして伯爵邸を襲撃したのは何故か。
それは、穏健派のアオイを取り込むためだけではない。レディ・ヘクセとして過激派の行動を邪魔をするアオイを牽制するためだったのだ。
俺の戦いを否定しておいて……。
「何故アオイは戦っているんだ?」
俺は一歩、アオイに歩み寄った。
「戦っているのではない」
アオイは静かに首を振る。
「以前にも話した通り、私は戦いを止めたいのだ。魔術師と軍警、それに民。あらゆる人々の……」
アオイは、投光器に照らし出された向かいのビルを見た。遠く、救急車のサイレンの音が聞こえ始めていた。
「今日は、騎士団に焚き付けられた彼らを抑えるのが無理だと判断したから、無力化した。しかし、悔い改め反省する者がいたら、私はその者を逃がしていただろう。ウィル。私は、な」
アオイが俺を見た。
鋭い視線。それが、ふっと憂いを帯びる。
「今まで数多くの死を見て来た。魔術という力を巡った争いの結果としてだ。私は、人々が悲しむのは嫌だ。魔術で悲しむのなら、なおのことな。だから、こうしている」
アオイがマントの下からすっと手を出して来た。
その手が俺に触れる。
俺の頬に……。
「だから、ウィルがここに、こうしていてくれるというのは、私にとっての誇りなのだ。私が間に合わなかったあの廃工場で、地獄と化していたあの場で、何とか君を救えた事は、私にとってこの上のない喜びなのだから。君は、私も誰かを救えたという証なのだから。だから私は、君を……」
それでも……。
それでも、沢山死んだ。
グラム分隊長やΛ部隊のみんなも。
父さんや母さんや姉貴も。
今も貴族派や騎士団の起こす魔術テロで傷ついている人達がいる。ならば、そんな彼らを守る為に戦わなければならないんだ。
俺は……!
「今日の行動には感謝している。お陰で軍警にも犠牲者を出さなくて済んだ」
俺は静かにアオイの手を払った。
「でも、俺は魔術師を認める訳にはいかない。……いや、違う。戦いは止めない。銃は離さない。アオイに止められたとしても。それが、それこそが、俺の果たさなければいけない事なんだ……」
本当は、そんな事をわざわざアオイに宣言しなくても良かった筈なのだ。
しかし、アオイに戦いを否定されたこと。
アオイのせいで、先ほどの戦闘でトリガーを引けなかったこと。
……俺と同じ目的を持ちながらもアオイは別の方法を取ろうとしているということ。
それらに、対抗せずにはいられなかった。
そして何より、自分の事を認めて貰えるよう、俺はそう口走ってしまっていたのだ。
冷静な部分の自分が、まるで子供のようだと告げている。まるで、姉貴に認めてもらいたいだけの昔の自分だと。
俺はライフルのグリップを強く握った。
「ウィル……」
アオイが少し悲しそうに呟いた。
「私が君を屋敷に招いたのは、何とか助ける事が出来たウィルを見守りたいと思ったからだが……」
俺はアオイから視線を背けた。
それがつまりは、戦いから遠ざける為、という事なのだろう。
不意に。
俺は、温かいものに包み込まれた。
なっ。
はっと顔を上げる。
俺は、アオイに抱き締められてしまっていた。
甘い香りがふわりと漂う。
「なっ、アオイ!」
俺は身を捩らせるが、アオイは離してくれなかった。
「私の側にいるんだ、ウィル。戦いから君を遠ざける為じゃない。魔術と、魔術師を、私たちの事をもっと知ってもらう為に」
……知る?
敵を、か?
「怒るべき時は怒る。抗う時は抗う。それは当たり前の事だ。しかし、ただ憎しみで戦っては、ウィル。君の心も救われない」
「アオイ、離れろ……」
俺は身を捩り、アオイを突き飛ばす。
俺には、アオイが何を言っているのかわからない……。
「私は君を助けたのだから、最後まで助ける義務がある」
俺は一歩後退りした。
アオイが一歩踏み出して来る。
「私の側にいるんだ、ウィル。そして、私を、そう、君風に言うのなら、私の戦いを見ていて欲しい」
た、戦い?
「魔術と銃を向けあうだけが戦いではない」
アオイが更に近付き、俺に手を差し出して来る。
コツッと、俺の背中が屋上の手すりに当たった。
アオイやレーミアたちがいる世界。
俺の知らない世界。
人知れず魔術犯罪者と対峙するアオイの戦い。
俺は俯く。
頭を振る。
何が正しいのかわからない。
俺はどうするべきなのか……。
アオイが俺の手を取る。
「さぁ、一緒に帰ろう」
そう言って微笑み俺の手を引くその顔は、やはり懐かしい姉貴の顔に似ていて……。
「わっ」
ぼうっとアオイの顔を見つめてしまっていた俺は、そこで床の出っ張りにつまずいてしまった。
とっとっとよろける俺は、ばふっと柔らかな感触に顔を埋める。
気が付くと俺は、抱き付くようにしてアオイの胸に顔を埋めていた。
む。
むむむむ。
「ふふ。さぁ、帰ろう。アレクスとレーミアが待っている」
俺を抱き止めたまま、アオイが流れるような詠唱を響かせる。
光と共に、俺たちは一瞬にして、オーリウェルのスラム街を後にした。
もうすぐ日付が変わる時間帯。
伯爵邸の正門近く、つまり屋敷からずっと離れた森の中の小径に転移した俺とアオイは、並んでゆっくりと歩いていた。屋敷へと向かって。
アオイの転移術式なら屋敷の中に直接転移出来る筈なのだが、アオイ曰わく手元が狂ってしまったそうだ。
「ふふ。美人の妹に抱きつかれていては、集中出来なかったのだ」
悪戯っぽく笑うアオイに、何か言い返せば俺の負けだ。
俺はなるべく無表情を装って、アオイから顔を背けたのだった。
真っ暗な森の中には、うるさいくらいの虫の音が響き渡っていた。真夜中でも、濃い緑の匂いが充満している。オーリウェルの街中にいては、なかなか嗅ぐ事のない生き物の匂いだった。
先ほどビルの屋上で交したやり取り。
その内容を反芻することを避ける様に、俺は口を開いていた。
「……アオイ。1つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
唐突に質問を口にする俺に、アオイが静かに応えてくれた。
「あの廃工場でアオイが助けてくれたのはわかった。でも……」
俺はすべすべの自分の頬と、歩く度にさらさらと揺れる髪に触れた。
「何で俺はこんな姿になったんだ?」
沈黙。
アオイは何かを考え込んでいる様子だった。
「……君を助けるには、ただの治癒力促進術式では間に合わなかった」
しばらく間を置いて、アオイが口を開いた。
「人体そのものを再構成するくらいの術式が必要だったのだ。その再構成後を咄嗟のイメージで決める事は出来ない」
再構成……。
「つまりこの姿は、アオイがイメージし易かったという事なのか。いや、ずっと想定していた、のか?」
ふむ。
確かにあの時の俺は、ゴーグルやヘルメットも装備していたし、見ず知らずの男の顔をいきなりイメージしろというのも無理な話か。
「それなら、この姿は誰かアオイの知っている人なのか?」
俺の問いに、アオイは答えない。
街灯と街灯の間の暗闇。彼女がどんな顔をしているのかは、見えなかった。
俺たちの足が石畳を踏みつける音が静かに響く。
「それは、ウィル。私の可愛い妹をイメージしたのだ」
たっぷりと間を空けて、唐突にアオイが口を開いた。
タイミングがずれすぎていて、それが先程の問いへの答えだと気が付くのに、少し時間が掛かってしまった。
しかし……。
時間を掛けてイメージを練り込めば、そのイメージ通りに姿形を再構成出来る。
ならば、今からでも男の俺を知って貰えれば、元の姿に戻るのも可能なのでは……。
最近撮った写真とかあったかな。うーん、ないかな。ソフィアの大学卒業の時に一緒に撮った写真が……。
……うん、あれしかなかった気がする。
「だったら、元の俺の姿がわかれば、男に戻れるのか?」
俺は恐る恐る尋ねてみる。
「そうだな」
隣でアオイがそっと腕を組んだ。
「あの術式の構築には10年をかけた。また10年後くらいには使えるかもしれない。ふむ。そうだな。私は元の君を良く知らないから、もう少し時間が掛かるかもしれないな」
10年……!
俺は愕然としてアオイを見る。
何てこった……。
「ふふ。良いではないか。そんなにも美人さんなのだから」
ふふふっと年相応の少女のように笑うアオイ。
俺は憮然と彼女の顔を睨み、しかしはぁっと大きく溜め息を吐いた。そして、前を向く。
10年か。
10年一緒にいれば、元に戻れるのだろうか。
アオイと行動を共にする。
それで何が変わるのか、何が見つかるのかは分からないが……。
先ほどのビルでのやり取りを思い出す。
でもこうして2人で歩いていると、このまま訳が分からないまま、もやもやした気持ちを抱えたまま別れ別れになってしまうのも、釈然としない気がした。
戦い。
戦いの意味。
戦いの形。
もう少し、アオイたちと一緒にいたら、それが何か掴めるのだろうか。
俺は隣を歩くアオイをそっと窺った。
元に戻る云々の話は別にしても、アオイには騎士団も接触して来ている。あわよくば、騎士団の中枢に接近出来るかもしれない。つまり、奴らを殲滅するチャンスを見いだす事が出来るかも……。
俺の戦い。
アオイの戦い。
これからどうなって行くのかわからない。
しかし俺は、もう少しこの場所に、アオイの隣にいても良いかもしれないと思えた。
今は……。
もう少し……。
前方、木々の切れ間の向こうに、伯爵邸の明かりが見えてきた。
レーミアたちが心配して待ちわびていることだろう。
ふと俺は、携帯が鳴動しているのに気が付いた。腰のポーチから、せこせこと携帯電話を取り出す。
バートレットだ。
その電話に出ながら、俺はふと思った。
せっかく聞き出したのに、ロイド刑事には電話せずにすんだな、と。
バートレットとアリスに従いながら、俺は軍警オーリウェル支部本棟、ヘルガ刑事部長の執務室に出頭していた。
あのスラム街での制圧作戦の翌々日の事だった。
いつも通りダークブラウンのスーツを隙なく着こなした部長は、入室して来た俺たちに手を上げ待つように伝えると、しばらくの間書類仕事を続けていた。
数分後、書類をタンタンと纏めたヘルガ部長が顔を上げた。
「ご苦労だったわね、あなたたち」
深く背もたれにもたれ掛かりながら、女部長は俺たちを見た。
「あなたたちが端緒を得た情報のお陰で、市内の魔術犯罪者のグループを1つ、壊滅させられたわ」
部長は髪を掻き上げながら、背後関係の捜査はこれからだけれどねと付け加える。
「さて、ウィル・アーレン」
部長が鋭い視線を俺に向けてきた。
「作戦当日。敵の集団が部隊の突入前に壊滅していたのは、知っているわね」
「はい」
俺は激しくなる動悸を押し隠し、平静を装って一歩前に出た。
「逮捕した魔術師たちの供述では、2人組の少女、魔女にやられたということだそうだけれど、何か心当たりは?」
「ありません」
俺は身の竦むように鋭いヘルガ部長の視線に何とか耐える。
「当日のアオイ・フォン・エーレルトの動向は?」
「問題ありませんでした」
俺は姿勢を正したまま声を張り上げた。
「ただ」
「ただ?」
俺は一瞬だけ目を瞑る。
そして睨むようにヘルガ部長を見た。
「アオイは、敵ではありません。そう、思いました」
ヘルガ部長は俺の言葉に答えずに、腕を組んでじっと俺を睨んでくる。
どれくらいそれが続いただろう。
ヘルガ部長が不意に笑顔になった。
「ウィル。良い女におなりなさい。私ももう少し、期待させてもらいます」
「……はい。ありがとうございます」
……見逃されたのか。あるいは、このまま利用するのが良いと判断されたのか。しかしこれで、しばらくの間は、アオイに害が及ぶ事はなさそうだ。
「では、ウィル。エーレルト伯爵を襲っていたグループを検挙ということで、伯爵護衛の依頼にも一区切りついたわ」
ヘルガ部長は立ち上がるとデスクの前に回り込み、そのデスクに腰を預けた。
「これで護衛任務を切り上げ、あなたを元の隊に戻すことも可能になったと思うけれど。もう少しこの件に関わりたいなら、私の部下に推してあげてもいい。どうする?」
確かに作戦部に戻るのがもともとの俺の目的。
伯爵邸襲撃犯を取り押さえた戦功で、部隊復帰が果たせるかもしれない。もしくは、実戦を経た今なら、ノルトン教官の復帰試験にもパス出来るかもしれない。
俺は俯く。
自分のパンツスーツの足と黒いパンプスを見つめる。
しかし今は、別の目的があった。それを見極めた後でも、復隊は遅くないような気がした。
「自分は……」
俺はきっと顔を上げて、ヘルガ部長を見た。
「自分は、アオイの護衛を継続すべきだと思います。いえ、継続させて下さい」
隣でアリスが驚いたように俺を見た。
「ふーん。そのメリットはあるのかしら」
ヘルガ部長が目を細める。
貴族派とのコネクションの構築。
過激派や騎士団の情報収集。
利点は色々ある。
そして俺自身の目的のためにも……。
俺が求めている戦いと違うものに出会えるのではという淡い期待。そして、そんなものあるものかという反発心。
それを確かめるために、俺はもう少しアオイと一緒にいたいと思う。
「……ふっ。いいわ。伯爵があなたしか認めないというのなら、護衛任務を継続させてあなたを伯爵のもとに張り付かせるのも、1つの策ではあるからね」
ヘルガ部長が不敵に笑った。まるで俺の思惑なんて全て見透かしているような目だった。
しかし俺は、ただ力強く頷き返すだけだ。
前に進もう。
これからどうしていいのか、今はまだ分からない事だらけだけれど。
アオイと一緒なら、何かが見えると信じて。
読んでいただき、ありがとうございました!




