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Hexe Complex  作者:
17/85

Order:17

 ルーフェラー子爵の来訪があった翌日、アオイはいつもより無口だった。いつもと同様に執務室の机に向かいながらも、じっと何かを考え込んでいる様子だった。

 俺はやはり執務室のソファーに腰掛け、オーリウェル正史を手にしていた。顔を隠すように構えた本から目から上だけを出して、そっとアオイの様子を窺っていた。

 貴族派でも要注意人物であるルーフェラー子爵がエーレルト伯爵邸にやって来た事は、昨夜の内にバートレットに報告済みだった。

 バートレットからは、この先何が起こるかわからない。アオイにしっかりと張り付いて警戒を強めるようにとの命が下っていた。

 貴族派の魔術師が動いたことは、既に軍警オーリウェル支部にも伝わっているだろう。

 不穏な空気を感じる。

 もちろん俺は、昨夜の会談の内容について教えて欲しいとアオイにお願いしていたが、未だ詳しくは教えてもらっていない。しかし、断片的なアオイの話から、現状を推測してみる事は出来た。

 穏健派のエーレルト伯爵。

 それを取り込もうとする騎士団ら過激派。

 先日の襲撃犯は、彼ら過激派の差し金と見て間違いないだろう。

 その襲撃犯を撃退した俺たち。

 そして襲撃犯のバックに控える貴族が出て来たというのは、警告か。それとも宣戦布告か……。

 どちらにせよ、非礼を謝りに来たという感じでもなければ、見舞いに来たという感じでもなかった。あのルーフェラー子爵という男は……。

 尊大で、人を見下したような目。

 アオイと接していると忘れそうになるが、本来の貴族とはああいう者なのだと思う。

 階級社会と、魔術という力を持つ一部のエリートによる支配を標榜するような奴らなのだ。

 ……あれが敵。

 俺たちの本来の敵。

 俺はぎゅっと本を持つ手に力を込める。

 静かで、しかし随分と長く感じた午前は、そのまま何事もなく終わった。

 しかし、どんよりとした空気のまま突入した昼食時。不意に事態が動き出した。

 先に動きがあったのは、軍警サイドだった。

 会話の少ない昼食の直後、俺の携帯にちょうどバートレットから着信が入った。

「ちょっと失礼」

 俺は誰にという訳でもなくそう断ると、携帯を持って廊下に出た。

「もしもし」

『あー、ウィルくんか。バートレットだ』

 いつもと同じ、どこか呑気な声が響いて来る。

『ご苦労さん。そちらに変わりは?』

「ありません」

 定時報告は済ませてあるので、これは儀礼的なやり取りだ。

『実はウィルくんに知らせておこうと思ってね。例の伯爵邸襲撃犯のアジト制圧作戦。明日に決まったよ』

「えっ」

 俺は一瞬言葉に詰まった。

 ヘルガ部長が言っていた作戦部との共同作戦。襲撃犯の仲間たちへの急襲。

 明日とは、いくら何でも急ではないのか?

『最終的には、ウィルくんからの報告が決め手になったよ。貴族派が何らかの動きを見せるのなら、その前に手掛かりを押さえてしまおうという事なんだろう』

 伯爵邸襲撃犯の属するグループが、単独で犯行を計画したとは考えにくい。ならば、いらぬ干渉が入らない内に実行犯のグループを押さえ、背後関係を探りたいというのがヘルガ部長の方針なのだろう。

 バートレットの話によれば、突入予定は明日の23時。

 多数の魔術師が存在する事を想定して、作戦部から3個分隊が投入されることになったそうだ。

 3個分隊で制圧とは、軍警も敵勢力をかなり警戒している事になる。場合によっては、凄惨な戦闘に発展する事が考えられる……。

 汎用術式しか使えない魔術師でも、個の火力は十分に脅威なのだ。

 Λ分隊のみんなの事が頭をよぎった。

 俺を取り囲んでワイワイ騒いでいたΩ分隊のみんなの顔を思い出す。

 ……もしかしたら、また犠牲者が出るかもしれない。

 そう思うと、きゅっと胸が締め付けられるようだった。

 食堂に戻った俺は、顔を強張らせながら明日の作戦の事を考える。

 目を伏せ、俺に出来る事はないかと考えてみる。

 俺は、このままここで、じっとしていて良いのだろうか……?

 俺の対面に座るアオイも、ティーカップを手に相変わらず何かを考え込んでいる様だった。

 重たい空気の中、ティーポットを持ったレーミアが、不安そうな顔で俺たち2人を窺っていた。



 夜になる。

 間もなく日付が変わろうとする時間帯。

 俺はレーミアが用意してくれたパジャマを身につけ、ベッドの上に座っていた。

 俺の要望通りズボンと上衣のツーピースパジャマなのだが、グリーンのパステルカラーと胸に入ったイルカのワンポイントが少し可愛らし過ぎるかなと思う。

 まぁ寝間着だし、誰かに見られる心配はないのだが……。

 俺はこの前帰宅した時に自宅から持って来た猫頭のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。

 良い抱き心地……。

 しかし今は、素直にその感触を楽しむ事は出来なかった。

 突入作戦……。

 そしてもう1つ、思い悩んでいる事がある。

 それは、捜査の経過を護衛対象であるアオイにも報告しておくべきかどうかという事だ。

 本来なら、襲撃犯の捜査の状況については、ある程度依頼主にも報告しておかなければならない。守られる側にも、状況を認識しておいてもらわなければいけないからだ。

 しかし。

 軍警の作戦をアオイに語っても大丈夫なのだろうか……?

 俺は、ぼふっとぬいぐるみに顔を埋めた。

 つまりはそれは、アオイを信用してもいいのかという事だ。

 ……アオイなら、軍警の作戦は否定するだろう。あの時、俺に向かって戦いを否定してみせたアオイならば。

 その時、静かにノックの音が響いた。

「どうぞ」

 俺は顔を上げ、きょとんと扉を見る。

 こんな時間に誰だろう……。

「失礼するよ」

 そっと扉が開き入って来たのは、アオイだった。

 長い黒髪を下ろし、寝間着用の薄手のワンピースを纏っている。ふわりと広がったそのシルエットのせいか、いつも凛としたアオイが、今は少し幼く見えた。

「夜分にすまない」

 アオイはそっと扉を閉めると、静かに俺のベッドまでやって来た。

 その顔が、突然ふわりと笑顔に変わった。

「なんだ、ウィル。ウィルも私と同じものを持っているんだな」

 同じ?

 アオイの視線を辿る。

 ……はっ!

 愕然とする。

 なんてことだ、猫頭くんを隠すのを忘れていた……!

「はは、恥ずかしがる必要はない。可愛らしいものを愛でたくなるのは、当然の事だ」

 うう……。

 俺はそっと猫頭くんを背中に隠す。

 ……今さらだが。

 アオイは笑いながら、優雅な所作で俺のベッドに腰掛けた。ふわりとシャンプーの良い香りが広がった。

「ん。ウィルの良い匂いがする」

 逆にそんな事を言われてしまう。

 思わず俺は、ぼんっと顔が赤くなった。

 照れを誤魔化すように、俺は目線を逸らす。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

 俺は少しぶっきらぼうにそう言い放ち、そっと横目でアオイを窺った。

 その俺の目を真っ直ぐに見返して来る漆黒の瞳。

 アオイが、すっと笑みを消す。

「ウィル。率直に尋ねたい」

 ……何だろう。

 俺もアオイに向き直り、背筋を伸ばした。

「軍警が動くのは、明日の夜中か?」

 瞬間、表情が固まってしまった。

 俺は何も言えず、じっと睨むようにアオイを見ることしか出来なかった。

「こんな事を尋ねれば、君を巻き込む事になるかもしれない。だが、協力して欲しいのだ、ウィル」

 ベッドに手を突き、俺の方へ少し身を乗り出すアオイ。ぎゅっと唇を引き結び、強い光を帯びた目で俺を見つめる。

「何をしようって言うんだ……」

 俺も気圧されそうになるのを必死で堪え、きっと力を込めてアオイを見返した。

「犠牲を出したくない。無駄な戦いをさせたくない。そのために、魔術師たちを説得したい」

 アオイの言葉に、胸の奥がかっと熱くなった。

 つまりそれは、軍警の作戦を相手に伝え、魔術犯罪者どもを逃がすということか。

 そんな事、認められない。

 そんな事、認められる訳がない!

「……アオイ。軍警の職務執行を邪魔するなら、俺はお前の敵になるぞ」

 爆発しそうになる感情を何とか抑え込み、俺は低い声で言い放った。

 きっとアオイを睨みつける。

 戦わずしてどうする。

 ここで魔術師どもを逃せば、またアオイが襲われるかもしれないのだ。

 しかしアオイは、俺の怒気をいなすように静かに首を振った。

「邪魔をするのではない。犯罪者には相応の罰を受けさせる」

 悲しそうに目を伏せるアオイ。

「私はただ、戦いを止めたいのだ。魔術師、軍警、双方に犠牲のでるような……」

 ドキリとした。

 仲間の犠牲……。

 そしてアオイは、そっと話し始めた。

 先日やって来たルーフェラー子爵との会談の内容を。

「あれは、騎士団の幹部でもある」

 アオイの言葉に、思わず拳を握り締める。

 その痛みすら気が付かない程に。

 ……騎士団っ!

「奴らが自分たちになびかない私に脅しを掛けていたのは、知っての通りだ。その上、私がウィルに護衛を頼んだおかげで、軍警が介入した。奴らはそれが気に入らないらしい」

 そこで騎士団は、捜査の手が及びそうな下っ端の魔術師集団を焚き付けたというのだ。

 近々軍警の襲撃がある。返り討ちにしろと。

「ルーフェラーは口の軽い男だ」

 ふっと笑うアオイ。

 恐らく軍警と手を切れとか何とか脅しに来た相手から、アオイがそんな情報を引き出したのだろう。

「奴らは軍警と市中の魔術師につぶし合いをさせる気だ。このまま両者が戦えば、双方に犠牲が出るだろう。奴らの思惑通りにな。私はそれを止めたい。止めたいんだ」

 戦いを止める……。

「ウィル。私は君を助けられて良かったのだ。心底そう思う。だから、君みたいに傷付く人間は、もう見たくない。軍警も魔術師も。だから、協力して欲しい」

 不可解なもやもやが胸を締め付ける。

 魔術師の制圧。

 これは絶対に必要な事だ。

 でも戦い続ければ、犠牲が出る。

 俺自身の事なら構わない。

 でも仲間たちが倒れるのはつらい……。

 俺は答えられない。

 アオイを否定する言葉は喉元まで出掛かっている。

 しかし、アオイを否定した所で、俺に出来る事があるのだろうか?

 みんなが突入している間。

 明日の夜もただこのベッドの上にいて、じっとしているだけなのではないか。

 俺はアオイを睨む。

 この魔女を。

 何かを憂うような表情で俺を見る少女を。

 頭の中がぐるぐると回る。

 俺は顔をしかめてじっと目を瞑り、またアオイを見た。

「アオイなら、止められるのか?」

 質問をぶつける。苦し紛れの……。

 アオイはふっと笑った。

「なに、いつもと同じさ。少し出向いて、説得するだけだ。双方がぶつかる前にな」



 クッションに顔を埋め、俺は自分の決断のことをじっと考えていた。

 アオイが去った後も、トクトクと激しく脈打つ胸の鼓動は収まらない。

 双方の犠牲を防ぐため。

 その言葉に、俺は決断した。

 アオイに協力してみる事を。

 アオイは現に俺を助けてくれたのだ。彼女は、軍警に敵対するだけの魔女ではない筈だ……。

 俺はアオイの望む情報、軍警の作戦開始時間や対象の場所について話をした。

「ありがとう、ウィル」

 そう言って笑う彼女の目には、強い意志の光があった。

「軍警上層部に圧力を掛けて情報を引き出してもよかったのだが、それでは間に合わない気がしてね」

 不穏な事を平静と言い放ったアオイ。

 先ほど彼女は、いつもの通りと言っていた。

 もしかしたら俺が倒れた廃工場にアオイがいたのも、偶然ではないのかもしれないが……。

 その作戦情報を明かす代わりに、俺も1つ条件を出した。

 それは、何をするにしても、俺もアオイと行動を共にするという事だ。

 俺の任務はアオイの護衛。

 軍警と魔術師の衝突で犠牲者が出なくても、アオイが危険に晒されては意味がない。

 ……それに俺は、軍警に属する人間として彼女を監視する義務がある。

 もしアオイが魔術犯罪者に利する行動を取った時には、全力で止めなければならない。

 アオイは最初、俺を連れて行く事に難色を示したが、上目遣いで睨む俺に、とうとう向こうも折れたのだった。

 アオイの事だ。

 俺が協力を拒んだとしても、何らかの手段で情報を仕入れ、自分1人で動くに違いない。

 ならば俺が付いて行こうと思ったのだ。

 任務を果たすにしても、状況を見守るにしても、それが一番良いと思えた。

「ではよろしく頼む、ウィル」

 まるで言う事を聞かない妹……もとい、弟を見るような目で俺を見たアオイ。

 その姉貴のような眼差し。

 何故か俺は、その目がどうしてもどうしても、気になってしまうのだった。



 作戦当日の朝は、良く晴れ渡っていた。

 窓から吹き込んで来る風は爽やかで、もう秋の訪れが近い事を告げているかの様だった。

 そんな朝からアオイは、昨日とは打って変わって明るい様子だった。今夜には恐らく厳しい状況が待ち受けているというのに、むしろしこりの取れたようなスッキリとした顔をしていた。

 昨日の光景が嘘のように、いつも通りに戻ってしまった朝の食堂。

 微笑むアオイがレーミアを見る。

「レーミア。夏休暇の課題は終わっているか?」

「はい、つつがなく」

 ティーポットを両手で持ったレーミアがコクリと頷いた。

「ふふ、ならば問題ない」

 カップを口に運びながら、微笑むアオイ。

 レーミアが俺を見た。

 作戦の事を考えていて難しい顔をしていた俺は、慌てて笑顔を作った。

「何だ、レーミア」

 少しだけ首を傾げて、俺はレーミアに先を促した。

「……夏休暇が終わってしまえば、ウィルさまも学校に戻られるのですか?」

俺は思わず目を丸くしてレーミアを見た。

 ……しばらく考える。その発言の意図を。

 このメイド少女からすれば、俺は夏季休暇に軍警を手伝いに来ている女学生みたいなもの。ということなのか……?

「くくく」

 笑い声が聞こえて来る。

 顔を上げると、対面席のアオイが堪えきれなくなったという風に笑っていた。

 むうっと俺は、半眼でアオイを睨む。

 ……全く、緊張感の無いことだ。

 そんなアオイは放っておいて、俺は食事が終わると、夜に向けての対策を講じておくことにした。

 軍警の作戦前に茶々を入れるのだ。軍警に事前連絡など出来ないし、万が一何かがあっても軍警からのバックアップは受けられない。

 もしものために何か別の非常手段を用意しておかなければならない。

 俺は自室のベッドに腰掛けると、携帯電話を取り出す。そして西ハウプト警察署をコールした。

「ロイド刑事さんをお願いしたいのですが。はい、ウィルっていいます。以前お世話になって……」

『ロイド刑事ね。少し待って下さいね』

 警察署の受付の女性は、優しく俺に対応してくれた。

『ロイドくん!電話よ!ふふ、可愛い女の子。ウィルさんって!』

 ……女の子。

 受話器を手で塞いでいても、電話の向こうの声は聞こえる。

 ガチャガチャと慌てて受話器を掴む音が響いた。

 あ。

 落とした。

 ガシャンと響く音に、俺は思わず電話を耳から離した。

『も、もしもし!』

 聞き覚えのある声が響いてくる。

 そんなに慌てなくてもいいのに。

「お久しぶりです。ウィル・アーレンです」

『やぁ、ウィルちゃん。電話貰えて嬉しいよ!』

 ロイド刑事がはははっと笑った。

『どうしたんだい?何かあったのかな』

 輝くように明るい声。

 こちらも元気な事だ。

「実は、大事なお願いがありまして……」

 雑談するには、そんなにロイド刑事と親しくはない。

 俺は声を落とし、早速本題を切り出した。

『大丈夫!僕に出来る事なら何でもするから!だからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ!』

 ……む。緊張しているか、俺。

「実は、ロイドさんの連絡先、教えて欲しいんです。警察署じゃなくて携帯の番号とか……」

 電話の向こうで、びしりと音を立ててロイドが固まるのがわかった。

 ……さすがに不躾過ぎたか。

 しかしロイド刑事の個人的な連絡先を知っておけば、何かあった時、市警の受付を通すよりも簡単に救援や後処理の手配を依頼出来るだろう。

 バートレットが言っていた事だ。

 市警とのパイプ、こういう事態に役に立てなければ。

「ダメですか……」

 ダメなら別の案を考えなければ……。

『いや!いやいやいやいや!』

 スピーカーが割れる程の大音声が響いた。

『ダメじゃない!光栄だよ!君みたいなその、び、美人に連絡先を尋ねられて!』

 息吐く間もなくまくし立てるロイド刑事。

 その勢いに気圧されながらも、俺はロイドの携帯番号をメモする。

「ありがとうございます」

 俺は安堵の息と共にロイドにお礼を告げた。

 よし、これである程度のバックアップも期待できるか。

『ウィルちゃん。そんなに頑張って僕の……』

 ロイド刑事が何故か声をじんっと震わせている。

 電話の向こうで、ロイド刑事を呼ぶ声が聞こえた。

『ウィルちゃん!いつでも気軽に連絡してね!待ってるから!はい、主任、今行きます!ゴメン、ウィルちゃん。呼び出しだ、行って来るよ!』

 ロイドも刑事さんなのだ。色々と多忙なのだろう。

 これ以上手間を取らせては申し訳ない。

「ロイドさん。ありがとうございました」

 俺は丁寧にお礼を述べて電話を切った。



 夜になる。

 軍警の突入予定時刻の3時間前。

 俺はアオイの計画に同行すべく準備を始めた。

 アオイは軍警の部隊と魔術犯罪者がぶつかる前に、自ら魔術師どもの説得に赴くという。

 お話し合いだけでごろつきたちが大人しくなるとは思えないが、アオイにも何かしらの策があるのだろう。

 俺はそれを見極める。

 そして万が一の場合には、アオイを守るのだ。

 俺は厚手の黒のズボンに足を通し、タクティカルブーツを穿く。上は黒のインナーに白い上着。桜色の髪は邪魔にならないようアップでまとめ、上着のジッパーを顎まで締める。

 弾倉やスタングレネードなどの装備を納めたポーチ付きチェストリグに腕を通すと、ハーネスをきつめに締める。

 ……むにっと胸が押し潰されて苦しかったので、もぞもぞと位置を調整。

 スライドを引いて初弾を装填したハンドガンは、太ももに巻き付けたレッグホルスターへ。そしてベッドの下からケースを取り出すと、ブルパップカービンライフルを取り出した。

 鈍く輝く弾丸が詰まった弾倉。それをガチャリと銃本体に収めると、チャージングハンドルを引く。

 手に馴染ませようと最近は毎日手にしているこのライフル、やはり本体がコンパクト過ぎる。まだ実戦で使っていない状態では、何だか頼りない気がした。

 しかし今は、やるしかない。

 ライフルのスリングを首に掛けると、両手に指ぬきグローブをはめた。

 ……よし。

 この前の突発戦とは違う。

 きちんと準備した。

 全力で行ける筈。

 アオイを守りきるのだ。

 任務。

 そう、任務として。

 ……そして、仲間たちから犠牲者をださないようにする。

 俺に出来る事を……。

 大きく息を吸い込む。

 全身に力を込めて気合を入れると、俺はぱんっと頬を叩いた。

 ライフルを小脇に抱え、俺は部屋を出る。

 ブーツの踵がカツカツとなった。

 玄関ホールに降りる。

 そこには既に、アオイとレーミア、アレクスさんが待ち構えていた。

 俺はアオイの姿を見て、はっと息を呑んだ。ライフルを掴む手に思わずきゅっと力が入った。

 アオイは、全身を覆う黒マントに先の尖った帽子を被っていた。

 魔女の正装……。

 クラシカルなその姿に、そんな言葉が自然と浮かび上がってくる。

 その姿。

 それはまさに、あの廃工場の夜、倒れ伏す俺の前に現れた魔女の姿だった。

 やはりあれは、アオイだったのだ。

 既に分かっていた事なのに、その姿を見て改めてそう実感できた。

 アオイが微笑む。

「ウィル。行こうか」

 俺はこくりと頷いた。

 アオイとの共闘。

 軍警と魔術犯罪者の戦い。

 貴族派、そして騎士団の思惑。

 夜のオーリウェル。

 その闇の先に、何が待ち構えているのだろうか。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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