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Hexe Complex  作者:
15/85

Order:15

 廊下の窓から見上げる空は、どんよりと曇っていた。

 ここ数日は雨が降ったり止んだりの天気が続いていて、気温も夏の盛りよりは少し下がった気がする。

 パンツスーツに身を包んだ俺は、軍警オーリウェル支部本棟2階の廊下でじっと待機しながら、そんな空を見上げて溜め息を吐いていた。

 溜め息の理由は、天気の所為だけではない。

 先ほどから感じている居心地の悪さの所為でもある。

 作戦部があるフロアならまだしも、刑事部の一般フロアなんて今まで来たことがなかった。顔見知りも、もちろんいない。早くバートレットかアリスが来てくれないかなと、先ほどから俺は、そわそわしっぱなしなのだ。

 近くの部屋から出て来た2人組の捜査官が、ジロジロと俺を見て行く。

 俺は報告書の入った書類ケースを両手に持ちながら、斜め下に視線を落とした。

 通り過ぎる刑事部職員たちの視線が痛い。

 そんなに俺、場違いだろうか。

「君」

 不意に話し掛けられる。

「は、はい」

 俺ははっと顔を上げた。

 口髭を生やした体の大きな捜査官が、微笑みながら俺を見ていた。

「刑事部にご用かな?良かったら取り次ごうか?」

「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」

 俺はぺこりと頭を下げた。後ろで編んだ髪が、ひょこりと揺れる。

 緩く巻いた髪束をひねってまとめ上げ、精巧な細工の入ったバレッタで留めた今日の髪型は、出掛けにレーミアが整えてくれたものだ。

 今の人で、俺に声を掛けてくれたのは4人目。

 好奇の視線に晒されるだけではなく、何だか優しくもしてもらえる。

 ……特に男性陣から。

 再びガチャリと扉が開いた。

「だって、ここから回った方が効率的でしょう?」

「いやいや、な。ここを最初に攻めるべきだと思うね」

「だから、その根拠は何です、イーサン?」

「そうだな。勘だな。俺の」

 賑やかな2人組が現れる。

 バートレットとアリスだ。

 俺はやっと現れた待ち人にほっと安堵の息を漏らしながら、とととっと2人に駆け寄った。

「ああ、待たせたね」

 俺に気が付いたバートレットが振り返り、顎を撫でた。

「ごめんね、ウィル。お待たせ」

 アリスもこちらに振り向くと申し訳なさそうに笑った。

「いえ、大丈夫です」

 俺はふっと微笑んで2人を見た。

 すると、バートレットが少し驚いた顔をする。そしてニヤリと口元を歪めた。

 アリスも何やらニコニコし始める。

 ん?

「何でしょう」

 俺は首を傾げる。

 アリスがバートレットに目配せすると、また俺を見た。

「ごめんね。何だかウィル、素敵な顔で笑うようになったなって思って。うん、可愛いと思うよ」

 ……可愛い?

 固まる。

 一瞬の思考停止の後、俺はむうっと眉をひそめた。

 ……その言われようは、少し、少しだけ、恥ずかしい。

「まぁ、そういうことだ」

 バートレットがニタニタ笑いながら、俺の肩をぽんっと叩く。そして、さっさと歩き出した。

「それならヘルガ部長も喜んでくれるだろうさ。もしかしたら、ごろつき魔術師2人確保っていうお手柄よりもな」

 こちらを向かずにそう言い放ったバートレットが、くくくと笑った。

 少し困ったように笑ったアリスも歩き出す。

「何ですか、それ」

 俺はパンプスのヒールをカツカツと鳴らしながら、慌てて2人を追い掛けた。

 俺が久し振りにオーリウェル支部に出頭したのは、先日エーレルト伯爵家で発生した戦闘について、ヘルガ刑事部長に報告するためだった。

 犯人を確保出来た事。

 それは純粋に嬉しかった。

 しかし……。

 俺はそっと目を伏せる。そして、重たい雲が空を塞いでしまった外の世界を見やった。

 あの夜の庭園で抱き締められ、そして発せられたあの言葉。

 それは、魔術犯罪者と戦い続けると決めた俺を否定する言葉だった筈。

 しかし何故だろう。

 ちくりと俺の胸を刺したその言葉は、小さな小さな棘のように、どこにあるのかもわからないまま、ちくちくと痛み続けていた。

 アオイ、か。

 心の中でその名を反芻しながら、俺はそっと溜め息を吐いた。



 バートレットとアリスを中心とした刑事部の捜査により、俺が制圧したエーレルト伯爵邸襲撃犯の身元が明らかになった。

 いずれも周囲に被害を与える魔術行使を厭わない不穏分子、有り体に言えばチンピラやゴロツキと言い表せる不良集団に属する若者だった。

 彼らには、危険を冒してまで貫き通す信念や政治的信条はない。魔術という力を持ってはいるが、ただの無法者たちだ。

「やはり、彼らを使っている者たちがいるというわけね」

 綺麗に磨き上げられた執務デスクの向こうで、大きな椅子の背もたれに深くもたれ掛かったヘルガ部長が、口元に手を当てて呟いた。

「まぁ、そいつらを一網打尽にすれば、背後関係も見えて来るでしょうな」

 ソファーに腰掛けたバートレットがヘルガ部長を見る。

「それについては、作戦部との共同作戦を提案中よ。急襲任務になるでしょうしね」

 ヘルガ部長が椅子を軋ませて立ち上がった。

 ワインレッドのスーツを隙なく着こなし、ボリュームのある金髪を揺らして歩いて来るその姿は、迫力に満ちていた。

 ヘルガ部長が俺の前に立つ。

 伯爵邸での戦闘経過を報告した後、部屋の隅でじっとバートレットたちの話を聞いていた俺は、さっと踵を合わせた。

「畏まらなくていいわ」

 ヘルガ部長が微笑む。

「ウィル。よくやってくれたわね。あなたのお陰で、軍警は立派に戦えるのだと示すことが出来たわ。貴族派にね」

「……はい」

 俺はこくりと頷いた。

 ヘルガ部長が魔術師2人を取り押さえた俺を評価してくれているという話は、アリスから事前に聞いていた。

 そのアリスの話から察するに、部長の台詞には2つの意味があるようだ。

 1つは、俺のような若い女性の隊員でも、あくまでも見た目がだが、十分に魔術に対抗出来る力がある事を示せたという意味。

 もう1つは、例え貴族派であっても、エーレルト伯爵のような穏健派には軍警も味方出来るのだという事を身を持って示せたという意味だ。

 いずれも貴族派へのポーズだ。

 つまり、政治の話だ。

「この活躍があれば、エーレルト伯爵を襲撃する者たちを一掃した後、あなたを作戦部の正規隊員に推薦してあげる事も出来るでしょう」

 ヘルガ部長が俺の前で腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。

「それまでもう少しの間、頑張りなさい。油断のないようにね」

「はい……」

 俺は改めて姿勢を正した。

 隊に戻れる。

 魔術犯罪者と戦うだけの日々に戻れる。

 それは何よりも大事な俺の目標だった。

 ……目標だった筈なのだ。

 しかし、何故だろう。

 それが、あまり嬉しくない。

 このまますんなりと復隊する事が、何故か逃げ出してしまうような行為に思えてしょうがなかった。

 何から、というのは、わからないのだが……。

 俺はすっと目を伏せる。

 一瞬、脳裏に黒髪の少女の姿がよぎった。

 森の奥のお屋敷で暮らす魔女……。

 俺の命を救い、俺をこんな姿にして、俺の人生の目標を否定してみせた魔女。

「期待しているわ、ウィル」

 ヘルガ部長が俺の肩をぽんと叩いた。

 俺は顔を上げ、慌てて頷いた。

「りょ、了解です……」

 今後の捜査方針を確認し、部長の部屋を出た俺とバートレットたちは、そこで一旦別れた。俺はそのまま、作戦部の自分の部屋である旧Λ分隊待機室に向かった。

 久し振りの出勤なので、ミルバーグ隊長への挨拶や連絡事項の確認など、俺の本来の所属である作戦部でも色々と処理しておかなければいけない雑事があった。

 その後は俺の自宅に少し寄ってもらい、またエーレルト伯爵邸に向かう事になっていた。

 アオイの身辺警護の任務は、まだ継続中だ。

 作戦部のフロアに入る。

「お疲れ様です」

 カツカツと踵を鳴らして歩きながら、すれ違う隊員たちに挨拶する。

 しかし何故かみんな、ぎょっとした顔で俺に道を譲ってくれると、興味津々の眼差しでじっとこちらを注視して来るのだった。

 何だろう。

 古巣の筈なのに、この居心地の悪さ……。

 俺に注がれる無遠慮な視線が、ありありとわかってしまった。

 Λ分隊待機室に到着した俺は、扉を閉めてほっと息を吐く。

 これではまだ、ソフィアやアリス、レーミアやアオイたちと一緒にいる時の方が、気安く過ごせる気がする。

 やはり俺は、少しナーバスになっているのかもしれない。

 そこに、不意にノックの音が響いた。

 俺はビクッと肩を震わせる。

 じっと扉を見つめてから、一呼吸置いて扉を開いた。

「わ、本当に来てたんだ、ウィルちゃん!」

 そこにいたのは、Ω分隊の隊員たち数名だった。みんな顔を知っている者ばかりだった。

「最近見かけないけど、元気してた?」

「スーツ、似合うねっ!」

「うわ、女だぁ」

「オラ、押すな、馬鹿!」

 しんと静かだった分隊待機室が、あっという間に賑やかになった。

 下らない話で騒ぎ立てる男たちに、俺は思わず呆気に取られ、そしてふふっと笑ってしまう。

「騒ぐなら外でやってくれ」

 冗談めかして言いながら、俺は少し首を傾げて微笑む。

 一緒静まるΩ分隊。

 しかし次の瞬間には、先程よりも大きな歓声が沸き起こった。

 な、なんだ……?

「ウィルちゃん!これ、チョコレート。あげる」

「あ、ずりーな、お前!」

「ジュース買って来てやるよ。ウィルちゃん、何がいい?」

「俺、食堂の食券ある。本日有効のやつ!よかったら一緒に……がはっ」

 俺そっちのけで揉め出すΩ分隊。

 ……まったく、賑やかな奴らだ。

 でも、少し前までは俺だってあちら側だったんだ。Λ分隊のみんなと一緒に、馬鹿を言っていたのだ。

 やはり俺の居場所は、ここなのだなと思う。

 仲間たちと力を合わせて、悪い魔術師と戦うのだ。

 それが、俺の目標。

「ああ、そうだ。ウィルちゃん」

 廊下で騒いでいるΩ分隊の塊から、ロラックがひょっこりと顔を出した。

「オットー軍曹が探してたみたいだぞ。顔出して欲しいって」

 そうだ。

 貸与されている新型ハンドガンの使用レポートも出さなくては。

 俺はロラックに礼を言い、待機室の扉をそっと閉じる。そしてスーツの上着を脱いだ。

 ブラウスの袖をうんしょと捲り上げ、書類を取り出してデスクに並べる。

 仕事、しなければ。



 アリスが運転する車の後部座席に乗った俺は、見慣れた道を俺の自宅へと向かっていた。

 エーレルト伯爵邸に戻る前に、少しだけ家に寄ってもらうのだ。

 自分で運転出来れば、送迎してもらう手間も掛からないのだが……。

 午後になってもオーリウェルの街には、どんよりとした雲が掛かっていた。まだ午後2時を少し回ったところだというのに、周囲は薄暗い。

 これならいっそ雨が降ってしまえばと思うのに、まだ雨粒は落ちて来なかった。

 どっち付かずの空模様。

 まるで……。

「ウィルくん。その大荷物は何だ?」

 車が信号で停車したタイミングで、バートレットがこちらを見た。

「これですか?」

 俺は膝の上に乗せた大きなビジネスバックをパンパンと叩いた。

「これ、新型のブルパップカービンライフルなんです。銃器係のオットー軍曹から、試験使用を頼まれて……」

 オットー軍曹が俺を呼び出していたのは、このライフルを貸与する為だった。

 新型の9ミリハンドガンを俺に貸与した時と同じ様に、試験供与されているアメリカの会社のブルパップライフルを使ってみてくれないかと頼まれたのだ。

 ブルパップ方式のライフルは、銃の機関部がグリップよりも後方に配置されているタイプだ。銃身の長さを確保した上で、全長を短くすることが出来る。

 俺に支給されたものも、取り分けコンパクトに作られていた。小柄な俺が扱うには、ちょうど良いと判断されたのかもしれない。

 使用弾薬は軍警正式採用のアサルトカービンと同じ5.56ミリ弾。

 少し未来的なデザインで使い慣れているとは言い難い銃だが、ハンドガンよりも強力な武器であるには違いない。

 ……この銃で、任務を果たさなくてはいけない。

 俺は鞄の上でぎゅっと拳を握り締めた。

 車は俺のアパートメントがある高台への坂を登り始める。

 舗装されたアスファルトの道路から、昔ながらの石畳に入る。ががががっと車が揺れる度に、何だかお尻がむずむずしてしまう。

 陽の光を浴びたオーリウェルの街並みは、石造りの建物がキラキラと輝いて美しい風景を作り上げる。しかし一度光を失うと、灰色に淀んだ陰鬱な世界に変わり果ててしまうのだ。

 心なしか、歩道を行き交う人々も足早な気がする。

 俺はドアにもたれかかりながら、車窓を眺める。

 夏季休暇の季節はまだ少し残っていたけれど、さすがにこんな下町に観光客の姿はなかった。

 緩やかに左にカーブする道。

 その進行方向に、ふわりと揺れる金色が見える。

 あれは……。

 白いシャツにジーンズ姿のスレンダーな後ろ姿。後ろで1つに纏めた華やかな金髪が、ふわふわと揺れている。

 両手にスーパーの袋を持ったその後ろ姿は……。

「アリス。ここで良いです。止めて欲しい」

「えっ、はい、はい」

 車はすっと歩道に寄って停車した。

「ありがとう」

 俺はアリスに礼を言うと、車を降りた。

「あれ、ウィル?」

 突然隣に止まった黒塗りの車に警戒の表情を浮かべていた金髪の女性が、声を上げる。

「ソフィア」

 俺は彼女の前に立つと、微笑みながらそっと手を上げた。

「じゃあ、ウィルくん。3時間後に迎えにくるから」

 バートレットが助手席の窓を下げて俺を見上げた。

 俺が頷くと、バートレットがひらひらと手を振る。

 アリスがゆっくりとアクセルを踏み込み、刑事部の公用車はそのまま走り去って行った。

「職場の人?」

 ソフィアがバートレットたちの車を見送ってから、俺を見た。

「うん」

「また仕事なの?」

 俺が頷くと、ソフィアは大きく溜め息を吐いた。

「……まったく。最近は家にもあまり帰って来ないで」

「今日も少しだけ戻って来ただけなんだ。また戻らなくちゃいけない」

 ソフィアが半眼で俺を睨む。

「……もう。母さんも心配してるんだから」

 そう言ってツカツカと歩き出すソフィア。

 俺はビジネスバックを揺らしながら、その後に続いた。

 おばさんもそうなのかも知れないが、ソフィアも俺の事を心配してくれている事は知っている。エーレルト伯爵邸に滞在中も、ソフィアからは頻繁にメールや電話を貰っていたからだ。

 だから俺は、ソフィアの後ろ姿を見つけて車を降りたのだ。

 色んな事があったが、今もまだもやもやとしているものもあるが、取り敢えず俺は元気にやっているとソフィアに見せておきたかったから。

「ソフィアに会えて良かったよ」

「な、何よ、突然」

 ソフィアが隣を歩く俺を見る。こうして並ぶと、ソフィアの方が少し背が高い。

「昼間は仕事だと思ってたから、会えないかなって」

「まぁ、うちの職場も今は夏休みだからね」

 なるほど。

「ソフィア」

「何よ」

「荷物持つよ」

 俺はブルパップカービンの入ったビジネスバックを肩に掛け直して、空いた手を差し出した。

 野菜やパンが勢い良く飛び出したスーパーのレジ袋は、少し重そうだった。

「べ、別にいいわよ」

 ソフィアがふんっと顔を背けた。

「今のウィルに荷物持ちさせたら、妹をこき使う姉みたいじゃない。私にだって世間体はあるんだから」

 少し歩調を早めるソフィア。

 俺としては、いつも心配してくれてるお礼のつもりだったんだが……。

「……何よ。男だった時は、そんなに優しくしてくれなかった癖に」

 少し前に出たソフィアが、ぶつぶつと何かを言っている。

 それにしても、お姉ちゃん、か。

 確かにソフィアは昔からハキハキしていて、時には本当の俺の姉のようだった。

 姉貴とソフィア。

 2人とも恐かったっけ。

 俺の姉貴……。

 いつも泰然としていて、頭が良くて、俺に色々と教えてくれた。時には小さな俺をからかって、楽しそうに笑っていたし、意地悪もされた。

 その雰囲気。

 そう言えば、どこかアオイに似ているような……。

 いや。

 俺はそっと首を振った。

 アオイは魔術師。

 貴族であり、魔女だ。

 俺の姉貴の命を奪った者と同じ、魔術師……。

「大丈夫、ウィル?顔色が良くないみたいだけど」

 ふと顔を上げると、ソフィアが覗き込むように俺を見ていた。

 俺はははっと苦笑いする。

 大丈夫だと示す為に声を掛けたのに、さらに心配されては本末転倒だ。

「……本当に大丈夫なの?女の子の身で連日泊まり込み勤務なんて、いったいどんな仕事なのよ?」

 ソフィアは我が事の様に顔をしかめてくれる。

「女性の身支度だってろくに出来ないウィルがちゃんと生活出来てるか、すっごく心配してるんだから」

 ソフィアがはっと目を逸らした。

「お母さんがっ!」

 ……はは。

「でも、それにしては……」

 今度は一転、目を細めて俺の頭を見るソフィア。

「ウィル。あんた、何でそんな可愛い髪型してるのよ」

 ん?

 俺は思わず自分の頭に触れた。

「ああ、これは、今行ってる職場の人がセットしてくれたんだ」

 レーミアが。

 真面目なメイド少女は、いつも無造作に束ねている俺の髪型が気に喰わなかった様なのだ。

「……なんなの、その職場。大丈夫なの?」

「はは。まぁ、色々大変ではあるよ」

 ソフィアが根ほり葉ほり質問して来る。

 それを俺は苦笑で受け流す。

 家へ向かう昼下がりの道のり。

 俺たちは並んでゆっくりと歩いて行く。

 前方に、こぢんまりとしたカフェが見えてきた。

 店内や店の前のオープンスペースで、午後のコーヒーブレイクを楽しむ人々。

 その光景を見て、俺はふと思い出した。

「ソフィア」

「何よ」

 俺は横目でソフィアを見て微笑む。

「今度、マフィンをご馳走するよ」

「何なのよ、突然」

「俺の手作り」

 ソフィアが驚愕に顔を歪めて立ち尽くした。

 俺も立ち止まって振り返り、ソフィアを見る。

「な、何なのそれ。爆弾とかじゃないの?」

 俺は苦笑する。

 何だ、爆弾って。

「職場の人に作り方習ったんだ」

 レーミアに。

 今度、レッスンの成果を披露する事になっていた。つまり俺の作をアオイに食べてもらうのだ。

 そこでOKが出れば、ソフィアに食べて貰っても恥ずかしくないものが出来るだろう。

 突然、どさりとレジ袋を落としたソフィアが、ツカツカと俺に歩み寄って来る。

 あ。

 リンゴが袋からこぼれて転がってる……。

「ウィル。ホントに大丈夫なのよね、あなたの職場」

 ソフィアがガシッと俺の両肩を掴み、ガクガクと揺らし始めた。

「大丈夫、ウィル?変な事させられてないでしょうねっ!」

 ソフィア、力が強い。

 ソフィアといい、アオイといい、最近は揺さぶられたり抱き締められたり、鍛え上げた軍警隊員としての俺の立場はどこへ行ってしまったのか。

 俺ははぁと溜め息を吐いてから、少し反撃しておこうとソフィアを見た。

 微笑む。

「大丈夫だ、お姉ちゃん」

 瞬間。

 ソフィアが停止した。

 青い瞳の目を見開いて、みるみるうちに顔を真っ赤にする。

「ウィル、ウィルバートが、お姉ちゃん?弟なの?いえ、妹?私の妹のウィル……。えっと、その……」

 コロコロと表情を変えるソフィア。

 動揺しているソフィアの顔は、今も昔も変わらない。姉貴たちと3人で遊んでいた時から。

 ソフィアのこんな顔を見れただけでも、帰宅した甲斐があるというものだ。

 俺は、「ウィル、妹」とぶつぶつ呟いているソフィアの隣にうんしょと膝を抱えてしゃがみ込む。そして、袋からこぼれたリンゴを拾い上げた。

 ご一読、ありがとうございました!

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