Order:1
現代劇にチャレンジしてみました。
いろいろ試行錯誤しながら書いていきます。
ご指摘があれば、よろしくお願い致します!
そっと目を開く。
天井に並ぶ蛍光灯の目映さに一度目を瞑り、それでも目を覚まさなければと、俺は力を振り絞って重い瞼を持ち上げる。
真っ白な天井。
無機質で、多分知らない部屋。
俺はいったい……。
恐ろしく体が重い。
まるで自分のものでないかのように、腕も足も指先さえも動かせるような気がしなかった。
ぼうっと眺めるこの部屋の光景が、どこかスクリーンの中の映画のように現実味を欠いたもののように思えてしまった。
目だけを動かし周囲を見る。
俺の横たわる白いベッド。白いシーツ。パーテーションで囲われ、点滴や様々な医療器具が並んでいる。
微かに漂う薬品の香。
病室の様だが、俺以外に人の気配はなかった。
「……俺は」
思わずこぼれた俺の声は、まるで自分のものでは無いように高く響く。
やはり現実味がない。
慣れ親しんだ俺の声には聞こえない。
それはまるで、少女の様に高く透き通っていて……。
「……俺は、どうしてここに」
……頭が痛い。
不意にカチャリとパーテーションが鳴った。
そちらに目を向けると、バインダーを手にした看護婦が驚いた表情で俺を見ていた。
目が合う。
看護婦が慌てて駆け寄って来た。
「あなた、気分はどう?ああ、無理に動かないで。今先生を呼んで来ますからね!大丈夫。怖くないから!」
俺の頭の上で何やら器具を弄った看護婦は、そのまま病室の外に走り去っていった。
俺は、助かったのか……。
額に手を当てようとして、思わず俺は腕を持ち上げる。
気だるく、違和感はまだあったが、意外にも簡単に俺の腕は動いてくれた。
しかし、手のひらを視界に入れて、俺はそこで硬直してしまう。
……何だ、これは?
俺の腕。
それが、まるで俺のものではないかのようだった。
訓練で真っ黒になった日焼けの跡はなく、信じられないくらい白い肌の細腕だ。まるで少女のように肌理の細やかな肌の……。
頭が痛い。
俺はその手をきゅっと握った。
これが、結果なのか。
俺があの時選択した結果の。
そうだというのか……?
……選択?
頭がズキリと痛む。
そうだ。
あの時、俺は問われたんだ。
急速に冷えていく体と闇に沈む意識の中で。
確か、こういう風に。
「君は、まだ生きることを望むのか?こんな世の中で、成すべき事を見いだせるのか?」
しんと沈んだ魔女の問い掛け。
しかし、魔女などどうでもよかった。
考える余地などない。
俺にはまだ、やらなければいけないことがあるのだから。
俺は頷く。
必死で。
そうだ。
頭痛がすっと引き、記憶が蘇って来る。
あの夜。
俺の初陣となったあの任務の事が。
古都オーリウェル。
過去幾つもの王朝の都が置かれ、欧州でも随一の伝統を誇る古の都。父なる大河ルーベルの河畔に広がる石造りの街並みは、現在でも美しい景観を保持し、多くの観光客で賑わっていた。そんな中世の雰囲気を色濃く残す街は、ただの遺構ではなく今も多くの人々が暮らす生活の場でもある。
古びた石畳の上を走るものが馬車から自動車に変わったとしても、ずらりと立ち並ぶ石造りの建物は、変わることなく人々を見つめ続けていた。
首都機能が他に移転した後はただの1都市になってしまったオーリウェルだが、街の活気は衰えることはない。表通りには夜になっても多くの人々が行き交い、煌々と灯された明かりが昼間と変わらぬ賑わいを照らし出していた。
ディナーに向かう恋人たち。家路を急ぐ勤め人。バーで杯を掲げる者たち。
今日も1日の終わりを迎えようとしているオーリウェルの夜。
そんな街の中心街から外れた区画。
ルーベル川に沿って広がる工業地帯は、俄かな喧騒に包まれていた。
楽しげな賑わいではない。
けたたましいサイレン。パトランプの赤と青の光。そして、断続的な銃声と火炎魔術が炸裂する爆光。
破壊の音が、夜闇の中にそびえる廃工場を包み込んでいた。
「総員傾注!」
黒いヘルメットと黒いボディアーマーに身を包み、アサルトカービンを装備した俺たちの前で、ミルバーグ隊長が声を張り上げた。
「状況の最終確認を行う」
現在の状況が発生したのは1時間前の事だ。
工業地帯の夜間パトロールを行っていたオーリウェル市警の警官2名が、この廃工場で不審者と遭遇。職務質問をしようとしたところ、男は工場内に逃走。追跡した警官が、工場内から現れた別の男に魔術攻撃を受けるという事件が発生した。
その後、応援に駆けつけた市警隊と不審者側で戦闘状況が発生。対象が犯罪性魔術集団であると判断した市警は、俺たちに出動要請を出したのだ。
俺たち、対魔術制圧特殊憲兵隊、通称『軍警』に。
「チームΛは工場内2カ所から突入。チームΩは突入支援だ。現在確認されているのは火球型の汎用術式しかないが、敵の規模は不明だ。警戒は怠るな!」
「「了解!」」
隊長の指示に、俺たちの鋭い声が飛ぶ。
「総員配置につけ!」
Λ分隊に属する俺は突入組だ。
……いよいよだ。
ここから、俺の戦いが始まる。
忌むべき魔術師との戦いが。
俺は思わず胸の前に携えた銃のグリップをぎゅっと握り締めた。
その俺の肩に、不意にぽんと手が置かれた。
振り返ると、筋骨隆々の体躯に深くしわの刻まれた大柄な男が、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「力を抜け、ウィルバート・アーレン隊員」
「……分隊長」
「ウィルバート。お前にとっちゃ初任務だ。気負う必要はない。仲間のケツを守る事だけを考えろ」
そう言うと俺に親指を立てて見せ、さっさと走り出したのは、俺たちΛ分隊の分隊長グラム軍曹だ。
人好きのするその顔に、俺はふっと体の強張りが解けるような気がした。
……よし。
「了解です」
俺は深く息を吐き、分隊長の後に続いた。
俺たちΛ分隊9名は、工場を包囲している市警隊の後ろを素早く移動する。
「退避ぃ!」
警官が叫ぶ。
工場から飛来した火の玉が、その近くのパトカーに直撃した。
轟音。
炎を吹き上げ、玩具の様に吹き飛ぶパトカー。
あれが、魔術の威力だ。
車両を盾に身を低くしている若い刑事と目が合う。栗色の髪とクリクリした目が特徴的な刑事は、俺たちを見て拳を振り上げた。
「頼むぜ、軍警!」
分隊長が刑事に向けて軽く手を上げる。
俺たちは工場を大きく迂回し、裏側の入り口に到着すると、壁に体を寄せる。
「しかし、あの魔術は素人だな。汎用の術式を使っているだけだしな」
分隊長がぼそりと呟く。その口元には、獰猛な笑みが張り付いていた。
「くくく、本当に多いですよね、最近。肝心の貴族級の魔術師なんて、とんとご無沙汰だ」
隊でも古参のワルターが煤けた窓を覗きながら声を漏らした。
魔術。
体内の魔素を魔術術式を持って展開させ、あらゆる現象を顕現させる超常の技。
古来よりその圧倒的な力は、貴族や王族といった特権階級に独占されていた。民衆を押さえつけ、支配する仕組みの一端に使われて来たのだ。
強い摩素の力は、個人の資質に由来する。
王侯貴族たちは、強い魔素を持つ者を自らの血脈に取り込み、その家系の魔術的発展に苦心して来た。
しかし、魔術に支えられた栄華にもやがて終わりがやって来る。
魔術を使えない者の為に生み出された銃や大砲といった火薬式の機械武器。それらを手にした民衆により革命が起こると、王侯貴族たちは没落。彼らの秘奥たる魔術の技術も、広く市井に広がる事になった。
魔術という強い力は争いを生み出す。
このような歴史が、廃工場に立てこもっている者たちのような魔術犯罪者を生み出すことに繋がっているのだ。
魔術という強大な力を振りかざす犯罪者。
俺は、そんな奴らを絶対に許さない……!
近くの窓から様子を窺っていたワルターが、分隊長にハンドシグナルを送って来る。
中に4人。正面2人。左に2人。
「Λ、突入準備完了」
『Ω分隊、完了』
無線に分隊長たちの声が響く。
俺はすっと暗視ゴーグルを装着した。
『よし、行け。突入!』
ミルバーグ隊長の声が響く。
グラム分隊長が頷く。
ワルターがニヤリと笑い、窓ガラスを破ってスタングレネードを投げ込んだ。
室内に大音響と閃光が膨れ上がる。
先輩隊員が、素早く扉の蝶番を吹き飛ばした。
「行け、行け、行け!」
仲間たちが廃工場になだれ込む。
グラム分隊長に続いて、俺も未だ白煙渦巻く室内に飛び込んだ。
スタングレネードで視覚と聴覚を潰された男たちが喚き立てている
敵だ。
拳銃で武装している。
その敵に素早く狙いをつけ、俺は引き金を引く。
重なる銃声。
「クリア」
グラム分隊長が静かに敵を制圧した事を告げる。
ワルターが先導し、次の部屋に繋がる扉を慎重に開き始めた。
今倒したこいつらは、魔術師ではない。
魔術師は銃火器を毛嫌いする。
少なくとも魔術師であることに自信と意義を見出すような力のある輩は、銃で武装する者とは連まない筈だ。
分隊長が言った素人とは、つまりこういう事なのだろう。
俺たちはフォーメーションを組ながら、廃工場の奥へと進んで行く。最初の突入から会敵する事は無かったが、それでも各部屋を1つずつクリアにしながら煤けた廊下を進んだ。
緊張の汗が背筋を伝い落ちていく。
魔術師は全て表に回っているのかもしれない。
そう思った瞬間。
「lilvil fraou!」
魔素を纏った言葉。
魔術言語2節からなる2言成句術式!
「火球だ!退避!」
ポイントマンを努めていたオルサムが叫ぶ。
瞬間。
廊下の先から紅蓮の塊が飛来した。
轟音。
炸裂した火球が炎を振りまき、一瞬で周囲が火の海と化した。
俺たちは、素早く近くの部屋や柱の影に身を隠した。
とうとう出て来た。
本物の魔術師が……!
俺は暗視ゴーグルを跳ね上げると、廊下の奥を睨み付ける。
次々と飛来する火球。
初歩的な魔術でも、閉鎖環境下では並みの火器など歯が立たない程の威力を発揮する。
火球の破片が至近を通過する。
高熱が肌をあぶる。
額にじわりと汗が滲む。
はぁ、はぁ、はぁ。
胸の真ん中が、すうっと冷たくなった。
訓練はしていても、殺意を持った本物の魔術を目の前にして平然とはしていられない。
……くっ。
俺はきつく銃把を握り締めた。
その俺の隣に、グラム分隊長が強引に体を寄せてきた。
俺の目を見て、微かに頷く。
分隊長が他の隊員たちにも次々とハンドシグナルを送る。
その意味するところは……。
俺は大きく深呼吸した。
訓練を思い出せ。
奴らと戦うための訓練を!
振り下ろされる分隊長の腕。
その合図に合わせて、俺たちは物陰から身を踊らせた。
「lilvil fraou!」
飛来する火球。
その恐ろしい炎に、俺は照準を合わせる。
同様に銃を構える仲間たち。
トリガー……!
フルオート射撃の激しい衝撃が、ストックを通して体全体に伝わる。
跳ね上がる銃身を押さえつけ、火球に向かって弾丸を叩きこむ。
複数の火線が火球の中心部に殺到する。
そして。
まるで銃弾に引きちぎられるように、俺たちの前方で火球が爆裂した。
魔素を燃料に術式で編まれた魔術は、魔素と反発作用のある金属体によって崩壊させる事が出来る。
しかしそれは簡単な事ではない。
ただ撃ちまくっても意味はない。
術式の中心。
その結節点を正確に打ち抜かなければならないのだ。
魔術師ではない俺たちには、当然術式構造は見えない。それでも正確に火球を迎撃出来たのは、普段の訓練の賜だ。
この技能故に、俺たちは対魔術制圧特殊憲兵隊。
爆裂した火球の炎に向かい、分隊長とワルターが突撃する。
「き、貴様等、軍警!」
廊下の奥から焦ったような声が聞こえて来た。
動揺した精神では、魔術を扱う事は出来ない。
「貴様らのような下劣な愚民の番犬気取りが……!」
ヒステリックな魔術師の声は、しかし乾いた銃声にかき消された。
『指揮車。魔術師1、制圧だ』
無線機からグラム分隊長の低い声が響いて来た。
「よう、ウィル坊」
ふうっと息を吐く俺の頭を、ポンっと先輩隊員のルースが叩いた。
「初めてにしちゃ、いい射撃だったぜ」
ニヤリと笑いながら手を上げるルース。
他の隊員たちも労いの言葉を掛けてくれる。
戦える。
俺は、この人たちと一緒なら、魔術師とも戦える。
そんな確信が、胸を満たして行く。
「行くぞ、ウィル坊」
「了解!」
俺は戦う。
俺から全てを奪った魔術師どもと!
順調に進んでいた制圧作戦だったが、廃工場の地下倉庫に到達した時点で異変が起こった。
俺と分隊長、それにオルサムは、地下倉庫を制圧するため、ワルターたちとは別行動を取っていた。倉庫の背後に回り込むためだ。
走る。
俺たちのブーツが床板を踏みつける乾いた音が響く。
澱んだ空気の匂いが鼻についた。
『分隊長!こちらワルター!』
その時、不意に無線機が鳴った。
「どうした」
『倉庫の中を確認した!ヤバいぜ、奴ら術式陣を構築してやがる!それも馬鹿でかい奴だ!』
ワルターの声に、いつものような笑みはない。
「ちっ」
グラム分隊長が舌打ちする。
「ワルター!術式陣を起動可能な魔術師はそこから見えるか!」
『待ってくれ……』
無線のノイズが耳に痛い。
『くそ!いやがった!1人!倉庫の北東!』
俺は思わず前を走る分隊長を見た。
現在主流な魔術は、術式成句という呪文によって魔術を編む方式だ。
術式構造の理解や魔素の展開などの技術は必要だが、呪文詠唱という手軽な方法で魔術が使える。
しかし術式陣は、魔術の術式を陣として物理的に構築する。通称魔法陣と呼ばれるものだ。陣の構築や魔素の充填などに手間が掛かる分、より強力な威力を発揮する。
例えるなら、個人携行火器と固定式の大型火砲のようなものだ。
術式の効果はわからないが、魔術犯罪者集団の根城の最奥にあるものだ。悪い想像はいくらでも出来る。
「指揮車、聞いていたか?大規模術式陣を確認した!」
グラム分隊長が無線に怒鳴った。
『少し待て。司令部に確認中だ』
指揮車にいるミルバーグ隊長の回答を待つ間も、俺たちは走り続ける。
『Λ、司令部では、この廃工場に大規模魔素は観測していないとの事だ。その術式陣は起動前だ。制圧しろ』
ミルバーグ隊長の落ち着いた声に、グラム分隊長がふうっと息を吐く。
「ワルター。その術式陣はまだ起動しない。予定通り制圧……」
『分隊長!術式陣が光始めた!くそっ、あいつ何かしてやがる!』
無線から、ワルターの悲壮な声が響き渡った。
「制圧だ!俺たちももうつく!」
分隊長が吠える。
壁の向こうから、くぐもった銃声が聞こえてくる。
くそっ。
術式陣は未だ魔素不足ではないのか!
俺はきつく歯を噛み締めながら、全力で走った。
扉を押し開き、ロッカーの並ぶ小部屋に飛び込む。
周囲を警戒しながら、さらに先の廊下へ。
最後の扉。
分隊長が蹴り破り、オルサムが続く。そして俺もその背に続いて地下倉庫へ飛び込んだ。
広大な倉庫の床一面に刻まれた術式陣。それがぼうっと青白く光っていた。
その光景は、どこか幻想的ですらあった。
しかし、陣の規模に比べて光が弱い。
やはり魔素が足りていないのか……?
そう思った瞬間。
陣の上に仁王立ちする男の顔が視界に入り、俺は戦慄した。
ワルターらの攻撃で出血しながらも、ニヤリと笑う魔術師。
それはまさに勝利を確信した顔。
響く銃声。
分隊長が発砲する。
崩れ落ちる魔術師。
急速に強まる術式陣の光。
馬鹿なっ!
瞬間。
世界が爆裂した。
炎が膨れ上がる。
爆音に全てが塗りつぶされる。
最後に見たのは、目の前に吹き飛ばされて来るグラム分隊長の背中だった。
意識が戻った時、既に体の感覚はなかった。
自分が寝ているのか立っているのかもわからない。
ただ、自分の体が自分のものでなくなって行く感覚。
手足の先から急速に冷えていくのだけが微かにわかった。
折り重なるように俺の上に倒れたグラム分隊長は、ぴくりとも動かない。
辺りに残る爆発の残り火。
朧に照らされた倉庫は破壊され、凄惨な光景を作り上げていた。
地下にいた筈なのに、ひしゃげた屋根の向こうに星が見える。
俺は、こんな所で終わるのか?
後悔も焦りもなく、ただ、そう思ってしまった。
父さんや母さん、姉さんの仇も取れず、また魔術師に殺されるのだろうか……?
諦めたくない。
ふと、そう思う。
諦めたくない。
諦めたくない。
俺は、諦めない!
力を込める。
痛みさえ感じない体は、だが少しも動いてくれなかった。
くっ……!
じんわりと涙が滲む。
こぼれた雫が、頬を伝い落ちる。
その時。
不意にかつんと音がした。
混乱する意識の中で、俺にはそれが足音に聞こえた気がした。
おかしくなった耳が、瓦礫の倒壊する音を聞き違えたのか。
しかし、カツカツという足音は、確かにこちらに近付いて来る。
そして、俺の視界に、すっと黒いシルエットが立ち塞がった。
すらりと伸びた華奢な体を黒いローブが包み込んでいる。真っ直ぐに起立した尖り帽子と、その下にあって、まるで氷のように冷ややかな視線で俺を見下ろす顔。衣服とは対照的に真っ白な肌。艶やかな黒髪に彩られたその顔は、恐ろしい程美しく整っていた。
そう、まるで人形のように……。
「君。君は生きているのか」
高く透き通った声が、静かに響く。
その魔女は、魔女としか形容出来ないその女は、俺と目があって初めて表情を動かした。
魔女がじっと俺を見つめる。
俺は精一杯の力を振り絞って女を睨み返した。
少なくとも部隊の仲間ではない。
敵、なのだろうか。
永遠とも一瞬ともつかない睨み合いの後、魔女が不意に視線を外した。
その美しい顔が、一瞬だけ沈痛な面もちに変わる。
そして魔女は、再び俺を見た。
意を決したように。
「君は、まだ生きることを望むのか?こんな世の中で、成すべき事を見いだせるのか?」
静かな問い掛け。
考えるまでもない。
俺には、まだ成さなければならないことがあるのだから。
その目的の為ならば、例え魔女の質問にでも胸を張って答えて見せる。
頷く。
俺は、生きる事を選択したい……!
きちんと頷けたかは分からないが、魔女は目を細め、少し微笑んだようだった。
そっと魔女が頷いた。
そしてローブを翻すと、詠唱を始める。
2言成句。
やはり、魔術師か。
続く詠唱。
3言、4言、5言。
「流転、構築、涅槃より来たる者……」
連なる詠唱。
薄れ行く意識の中でも、はっきりとわかる。
知らない言葉の響き。
これは、大魔術だ。
それこそ、奇跡を起こしうる程の……。
そして俺の体は、光に包まれる。
男臭い感じのプロローグになりました……。
読んでいただき、ありがとうございました!