ひとりぼっちじゃない理由
手を差し出してくれたのは、君だった。
ひとりがさびしいとか、そんなことを思ったことはない。
家族で食べる夕食は、僕より勉強も運動もできるお姉ちゃんの話しか出てこない。
学校に行っても、僕の話を聞いてくれる人は誰もいない。
それでも、僕はひとりが怖いと感じたことはない。
もの心ついた時からずっとそうだった、というのは少し大げさだけれど、それでも僕の毎日がいつからこんな風になってしまったのかは、思い出すことができない。
それが当たり前。それが普通。
だから、君がそばにいると変に感じてしまう。
休み時間に話したり、一緒にお弁当を食べたり、下校したり。君といると呼んだ覚えのない気持ちがたくさんするんだ。もう忘れたと思っていたくらい、小さい頃感じた気持ちが。
授業で教わった。「愛」という言葉の対義語は「無視」らしい。
先生は、堂々と言った。愛は人間同士の繋がりの中で最も素晴らしいものだ、と。
先生は続けた。だから無視はその逆なんだ、と。
いじめとか暴力じゃないんですか。何てことをクラスの誰かが聞いた。
先生は答えた。それも最低な行為の一つだ。でもいじめや暴力は決してひとりではできないものでもある。どんなことであれ、そこには人間同士の繋がりがある。だが、無視はその関係をも断ち切ってしまう行為だ。そこにいることを認めないということなんだ、と。
その時思ったんだ。ひとりでいる、ってそういうことなんだって。
心の奥底で感じた思いは、まぶたの内側に熱いものとなって溜まっていく。目をぎゅっと閉じても、隙間を縫うように、思いは溢れる。
どれだけ涙を流しても、どれだけ声を上げても、僕に声を掛けてくれる人や、優しく背中をさすってくれる人はいなかった。
それもそうだ。みんなの中に僕の存在はないんだから。
結局君もそうなんだ。
一緒にいたのは可哀想とか、哀れみとかそんなんだ。いつかこうなることがわかってたのに、あの時感じた気持ちが悔しくて仕方ない。
涙を拭って前を見ると、僕よりひどい格好で泣いている人がいた。
君だった。
声は枯れて、鼻水は口に入って、それでも涙は止まらず、頬を伝って流れ落ちる。
ふと、思ったんだ。
君も、僕と同じなんだ。
君も、ひとりぼっちなんだ。
だから、僕に手を差し出してくれたんだ。
だから、勇気をふりしぼって、僕に声を掛けてくれた。
可哀想でも、哀れみでもなく、僕にいることを認めてもらいたかったんだ。僕が君を認めれば、ひとりじゃなくなるから。
僕は、いや、僕も、君のそばにいたい。
ひとりは、怖いから。
自分から手を差し出すって勇気がいるんだな、と今になって思う。君はこんな思いを乗り越えて僕に手を差し出してくれたんだ。
今度は僕の番だ。
泣いている君の背中を、優しくさすってあげられるといい。




