本編1
ガタンーゴトンー
規則的な音と揺れを感じながら外を流れる稲穂のゆれる田園風景を目で追う。
この鈍行電車に乗るのも何年ぶりだろう。と言ってもまだ当時幼かったので記憶はほとんどないんだが。
しばらくすると懐かしい風景が車窓に写り始めた。久々に帰ってくる故郷を眺めていると何か不思議な感覚に陥る。ふわっとしたなんというか…。
「次は浜川北ー浜川北ー」
そんな不思議な感覚の正体を探っている間に降りる駅につく。
「久々ね。」
隣で寝ていた母がアナウンスで起き、外の景色を見て呟いた。
「5年ぶりぐらいだからね。」
母はそんなに最近だったかしら?と首をかしげているが納得したようだ。都会にはない自動で開かない扉に戸惑いながらもホームに降り、思いっきり空気を吸った。少し秋の香りを伴った少しツンとする空気が肺に入ってくる。都会の空気との違いに感動しながら駅を出る。
駅前は町の中では一番栄えているであろう商店街(半分以上はシャッターが下りているが)が連なり、歩道は近所の学生によって作られた黒く変色したガムのアートができていた。すぐ近くにあるバス停で70歳代のおばあさんがうとうとしているのを眺めていたら特徴的なエンジン音が聞こえた。それが町で唯一走るバスであることに気付くのに時間はかからなかった。急いでバス停に向かう。この町でバスに乗り過ごすと1時間以上ガムのアートとにらめっこをしなければいけなくなるからだ。バスに乗ると母は何もかわってないわね、と呟き静かに窓を眺めていた。
1時間近くかけて最寄りのバス停で降りた僕たちは山の麓へ歩き出した。親戚の家までこんなにかかったっけ?と少しうなだれる。風景は田舎という言葉がそのまま当てはまるもので年数を重ねた家屋が疎らにある程度でほとんどは田んぼや畑で構成されている。
親戚の家もほとんど変化はなく、他の家と比べても例に外れず築50年近い家屋だった。インターホンというものはなく直接引き戸を叩いた。バンバンと古い引き戸の特有の音と共に引き戸を引き少し大きめに挨拶をする。少しするとトットッと一定の音と一緒に親戚である石田のおばさんが出ていた。
「遠いところからお疲れね。とりあえず中に入りなさんな。」
言い終わると同時に横からスリッパをだす。スリッパを履いて中に上がると左右にお部屋が並び、左にはまだ廊下が続いていた。小学校の時に見ていたサザエさんの間取りによく似た造りだなっと感じながら前にある居間に入った。居間にはここに住む石田のおばさんとその父にあたるおじいさんがこたつに入っていた。すでに用意されていたお茶に口をつけていると、母がちゃんとした挨拶をした。
「今後ともにお世話になります。よろしくお願いします。」
それに続き僕も挨拶をする。
「あ、これからよろしくお願いします。」
「いいのよ、そんな肩苦しいこといわんで、子供ができたみたいでいいでないの」
おばさんは微笑みながら僕のほうを見た。それに続きおじいさんは、おお、孫かね、大きくなったなあ、翔太だったっけか?と少し分かっていないようだ。
「お父さん、翔太は伊織お姉さんの子供ですよ。この子は依田さんの息子さんの生真君ですよ。」
おばさんが説明している間、母は静かに微笑みながらずっと見ていた。
「生真か、おーおーもう中学生になるのか、大きくなったなあ」
とまだ理解してないようだ。石田のおじいさんは大分老化が進んでいるようで、おばさんの説明ではアルツハイマーだそうだ。
少し世間話をした後、これから暮らすことになる部屋に案内してもらった。案内してもらった部屋は六畳一間の殺風景な部屋だった。2人で暮らすには少し狭い気がしたが、居候の身で文句なんか言えない。それからは母と2人で持ってきた荷物の整理に時間を費やした。母は学校で友達できるといいねと、微かな微笑みをこちらに向けた。
「小学校の友達もいると思うから大丈夫だと思うよ」
と母に心配をかけないためにも少し明るめに答えた。
ある程度片づけ終わった時におばさんから夕飯のお呼びがかかったので居間に向かう。居間には手が込んだ料理がズラリと並んでいた。おばさん曰く初日だからお祝いよ、とのことらしい。でも、ここで疑問が湧いた。茶碗や、皿の数が少ない。
「お茶碗とか少なくないですか?」
つい聞いてしまう。
「そう?3人分だからちょうどいいじゃない?」
3人?4人いるけどおかしいなぁ。また問いかけようとしたときに母が制止してきた。
「違うの、私がお腹すいてないから断ったのよ」
断っていたのか。なるほど。そういや、昔から小食だったなぁと、その時は納得してしまった。夕食は本当おいしかった。久々に感じた手料理だからこそ余計おいしく感じたのだろう。食べている途中に母は今日は疲れたので寝ますと、そそくさと部屋に戻ってしまった。おばさんは何も言わず食べ続けていることにちょっと違和感を感じながら夕食タイムは終わりを告げた。
部屋に戻ると母はもうお布団で寝息を立てていた。まあ、今日はいろいろあったし疲れていたのだろう。自分の布団に入り明日からのことを考えた。明日は転入1日目だ。知り合いいればいいなぁと胸を膨らませ、気付かぬうちに眠りについた。
10月12日(月)
次の日、少し早めにセットしていた目覚ましで目を覚ます。小さく背伸びをすると母がおはようと、呟くように言った。母と挨拶をかわし、学校へ行く身支度をする。準備をしている間、母は微笑みながらずっとこちらを見ていた。準備が終わり、制服を着ている時におばさんからの朝食の用意ができたとの声を聞き、部屋から出ようとした。だが、母は浮かない。具合がよろしくないから部屋で休んでる、朝食はいい。とのことだった。言われてみれば少し顔色が悪い。しょうがなく一人で居間に向かう。居間ではおばさんがせこせこと朝食の準備をしていた。でも、やはり母の準備はされてなかった。またお母さん…と言いかけてやめた。昨日の内におばさんに伝えてあったかもしれない。そう自分に言い聞かせて台に着いた。その間、おばさんは先ほどの問いかけに怪訝そうな顔でずっとこっちを見ていた。この時に気付いておけばよかった。これから起きる奇妙な事件に巻き込まれなかったかもしれない…。でもその時の僕はまだ何も知らず、これから暮らすこの家に希望を持ち生活をしようとしていた。
朝食を済ませ、部屋に帰り最終確認をする。教科書良し、筆箱OK良しと確認をしていると母が気を付けていきなさいねと、優しく背中を押してくれた。ちょっと嬉しくなって小走りで玄関に向かった。靴を履きいつもよりに元気にあいさつをして家をでた。家を出たと同時に前の道に女の子が目の前で止まった。しまった、今の元気な声を聞かれてしまったと恥ずかしくその場で固まっていると女の子から声をかけてくれた。
「昨日から引っ越してきた依田君だよね?すぐ近所に住んでる蒼井です。よろしくね。」
「あ、ども、よろしくお願いします。」
眩しいくらいの笑顔で話しかけられたせいでどもりながらの挨拶を返してしまった。でもそれでも彼女は優しく話を続けた。
「敬語はいらないよ!同じ歳だし、今日から学校も一緒なんだから。中学校まで距離あるし案内するから一緒に行こうよ」
と彼女ははにかみながら言った。田舎の情報伝達の速さには目を見張るものがあるなと、なぜか感心をしながら、僕はお言葉に甘えて案内してもらった。正直あまり土地勘はないし、中学校は小学校の時に一度文化祭だったかで遊びに行ったぐらいで中学校までたどり着けるか不安なところもあったから非常に助かった、と小さく安堵した。学校までの時間はあっという間だった。距離はそれなりにあるが、なんにしても彼女の話には”つまらない”という言葉が当てはまらないほど面白く、楽しい話ばっかりだった。あっという間にこれから通う校門が見えた。校門をくぐるとかなり年数の経った建物が連なって建っていた。ちょっと歩くと校庭が右に見え、生徒たちが朝の部活練習を行っていた。
「こっちが玄関だよー」
由真は指をさしながら優しく説明をしてくれた。玄関口には生徒が次々と中に入り靴を履きかえていて、僕も持ってきた上履きを鞄から出し履き替えた。外履きをどうするか悩んだ挙句鞄にしまうことにしたが、そこを見ていた由真は笑いながらこっちに来客用の下駄箱あるよと、教えてくれたのでそこを借りて靴を置かせてもらった。玄関を出ると横に伸びる昭和の感じが漂う廊下があり、前には階段があった。由真は左の方向を指さすと詳しく説明をしてくれた。
「ここをまっすぐ行って突き当りを左に曲がると職員室だよ。同じクラスだといいね!じゃあ頑張って!」
言い終わると同時に手を振って背中を向け階段を駆け上がっていった。急に寂しさに近いものを感じたがとりあえず指示通りに廊下を進んでいった。言われた通り曲がっていくと上に職員室と書かれた板が差さっているのを確認できた。軽くノックをしてから挨拶をし、中に入った。中は閑散としており、部活に行ってるのかまだ教師が少なかった。その中で唯一こちらに近づいてくる女性が話しかけてきた。
「今日転校してきた依田君ね?ここじゃあれだから応接室行きますか。」
女性は少し声のトーンを落としながら職員室の扉を開けた。どうやら担任になる人らしい。まだ20代である担任はすごく控えめな感じで歩いている時に会話はほとんどしなかった。少し歩いたところに応接室と書かれた部屋が見えそこに案内された。中は高そうなソファーと机があり、電気をつけてもちょっと薄暗く不気味な印象を持った。ソファーに座るよう促され座ると持ってきた書類を前に出された。どうやら転入する際にこの学校で暮らす中での注意事項や生徒手帳、校章であることは見る限りで分かった。その後は口頭での説明、注意事項を聞き校章を自分の襟元に付けた。その時に担任の名前が佐藤百合子で28歳ということを知った。
そろそろHRの時間ね、行きますか。と佐藤先生の掛け声で応接室を後にした。2年4組までの道すがら多々の生徒や先生に会いその度に誰?という風に見られた。その度に視線を落とし無理なコミュニケーションを控え教室へ向かった。だが、その中で一人、初老のおじさんに挨拶をされた時は体中から汗が噴き出た。何故かはよくわからないがおじさんの眼光は心の奥まで見透かされるような気がし、すぐに目を反らしたほどだ。おじさんはこちらの様子を怪訝そうに見ていたが特には気にせず通り過ぎて行った。後で聞いた情報だと保健室の先生で昔は心理学や精神病院の先生をやっていたらしい。
いよいよ教室の前に着くと佐藤先生がゆっくり教室のドアを開けた。それまでちょっと騒がしかった教室は静かになり、よくドラマである転校生が来た時に起きる異常な静けさを僕にプレゼントしてくれた。佐藤先生の後ろに続いて教室に入るとわずかざわめきと興味からくる痛々しいほどの大量の視線が刺さった。佐藤先生から促され黒板に名前を書く。そして前を向き、みんなじゃがいもみんなジャガイモ…と自分に言い聞かせ自己紹介をした。その間、膝は笑ったようにカクカクし、立っているだけでやっとだった。簡単な自己紹介を終えると佐藤先生に君の席はあそこね、後ろだけど目は悪いほうかな?と案内された場所は本当に真後ろで窓際に近いところだった。
「大丈夫です、ありがとうございます。」
と自分の席についた。そこから先生からの報告や最近多い変質者への注意が始まった。その間落ち着いた僕は少しの間教室の全体を見渡した。見た目ほど教室自体は古くなくしっかりしてる気がした。生徒は男子と女子は半々くらいで黙って先生の話を聞いていた。HRが終わると生徒たちが友達同士で集まったり、本を読みだしたりしていた。僕のところにも友達を連れた男子女子5,6人が寄ってきた。ドラマとかである質問攻めを想像していた僕は鬱になりながらも平静を保っていた。
「おはよ!依田君だよね?俺は中村よろしくな!」
「あ、よろしく。」
最初に声をかけてきたのはいかにも運動部ですと言いたげな身なりをしてる人だった。僕はそういうタイプが非常に苦手だ。仲良くなれば一緒にいて楽しいのかもしれないが正直前の学校にいた時のトラウマもあり、少し距離をとって話した。周りの子も挨拶と名前を言っていたが覚えていない。質問攻めにもあったが少し距離をとって適当に返していたら気まずくなり、離れていった。安堵しながら大人しそうにしていたが、このままだとボッチになるかもしれないという危機感をもって改めて周りを見渡した。正直なところさっき声かけてくれたような子よりも大人しそうに本を読んでる子や静かな子と一緒にいたほうが僕としては過ごしやすく気楽でいられる。見渡してすぐ目についた隣の窓際に座って外を眺めてる大人しい男子に声をかけてみることにした。
「おはよう、今日から隣だからよろしくね」
声をかけてみたがその人は少し驚いた顔をして北村…よろしく。と小さく言い、また窓の外を見ていた。北村っていうのかこのくらいの人がやっぱりちょうどいいなと思い、また教室を見渡した瞬間異変に気付いた。視線がなぜかここに集中し、教室は静寂に包まれていた。こちらの視線に気づきざわめきは戻っていたがどこかしらでひそひそと会話をしているのを見受けた。少しは嫌な気分になったが、深くは気にすることもせず、教室に入ってきた次の授業の先生が入ってきてそれぞれに席についていった。そして特に違和感もなく授業は始まった。
4時限までの授業を終え、給食の時間になった。前の学校と進む速度がちょっと違い、こっちの授業が少し遅かったためとくに問題なく授業を受けれてよかった、と一息つき、給食の準備を始めた。こっちの学校ではナフキンというものを引き給食の配膳をするらしい。一応持ってきたが意味を知らなかったため納得しながら見よう見真似で配置する。給食を食べるときは班というものが6人くらいずつでわかれているらしく、班同士で机をくっつけ昼ご飯を頂くというのがルールのようだった。しかし、うちの班である北村だけは机をくっつけることも、一緒に食べようともしなかった。疑問に思い声をかけたが、俺はいい、気にしないで。と取りつく島もなく諦めて他の5人でくっつけた。周りのみんなも気にすることもないので違和感はあったが本人の意見を尊重しようともう呼ぶことはなかった。昼ごはんの時も特に差しさわりのない会話をし、昼休みの休憩に入った。昼休みは特にすることもなかったが、朝から一度もトイレに行ってなかったので今のうちにとトイレに向かった。少し迷いながらもトイレを見つけ、用を足し足早に教室に戻る途中、蒼井さんに出会った。彼女はひとりで歩いていたが、こちらに気付くと一目散に寄ってきた。
「朝ぶりだね。どう?クラスになじんだ?」
「まあまあかな。そういえば同じクラスじゃなかったね。」
なぜか彼女と話すと心が落ち着いた。同じクラスじゃなかったのが残念だった。
「そうだねー、ちょっとショック…」
何か深い意味があるのか気になったが気にせず、その時は別れた。教室に戻ると北村がなぜかいなくなってた。授業が始まれば戻ってくるだろうと思っていたが、最後の授業まで帰ってくることはなかった。
一日の授業を終え、親も家で待っているだろうし、帰り支度をそそくさとして学校を出た。今日は正直疲れたし、もう誰とも話したくなかったというのが本音だが。
校門まで行くと蒼井さんがいた。ひとりで帰りたかったが、一緒に帰ろうという誘いを断ることもできず、しょうがなく一緒に下校することにした。一緒に帰る途中、チラチラと周りの生徒に見られていたが、蒼井さんとの会話に集中するため深く気に留めなかった。下校中は今日の出来事や、前の学校のことを話したりした。あっという間に家の前に着き挨拶をし、玄関に向かった。その間ずっと蒼井さんの視線を感じたが特に気にせず中に入った。入った途端に母がすごい勢いでおかえりなさいと笑顔で話しかけてきた。少しびっくりしながらも今日の学校の様子や、仲のいい人ができたなどの他愛のない会話をしながら部屋に戻った。