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モノローグ holly’s side -1-


 俺がソレスタルメイデンになろうと思ったのは、いつだっただろう。

 俺の親は、珍しく両親ともにソレスタルメイデンだった。


 母さんは、王族神器の適性が尽くなかったというのにそれらを持つ者を圧倒した。その戦場でのあまりの苛烈さから『天災』と呼ばれ恐れられていたほどだ。


 父さんは、男でありながら王族神器『炎帝(えんてい)迦具土神カグツチ』の適性を持っていた。たった一度だけ見た戦う姿は、地獄の業火が人の形をして歩いているようにさえ見えた。


 憧れだった。

 誇りだった。

 大好きだった。


 いつか、俺も二人の横に立てたら。

 いつか、二人を護ってあげられるようになれたら。

 そんなことを、俺は物心ついたときからずっと、ずっと考えていた。



 ――でもそれは、決して叶うことはなかった。






     *





 三年前の、冬のことだったと思う。

 その日(、、、)の少し前だ。

 クリスマス間近で街中浮足だった雰囲気の中で、俺も少なからず浮ついていた。


「――どうした? それじゃやられるぞ」


 瞬間、俺の胸に固いものがぶち当たる。

 息が詰まったかと思ったときには、はるか後方へ吹き飛ばされていた後。ごろごろと地面を転がって、俺はようやく咳き込むだけの余裕が出来た。


「――っがはっ。ごほっ……」


「おいおい、大丈夫か? まったく、俺だって最近“王族狩り”の仕事で忙しいのに、その合間でいいから鍛錬してほしいって言ったのは自分だろうに。集中しないでどうするんだ」


 そうやれやれと肩をすくめているのは、俺の父さんだ。

 ガタイがよくて、それでも暑苦しさはなく清潔感があった。黒いカジュアルスーツがよく似合うのは、スタイルというよりもその爽やかさのおかげだろう。――ただ、母さんからの贈り物のハート柄のネクタイは、どうしても似合ってないと思ったけど。


「……ごめんなさい」


 俺は起き上がって地面に座り込んだ。負けたせいでちょっと不機嫌ではあるものの、原因が自分だと分かっているのでふてくされることも出来ないで、かなり複雑な顔だっただろう。

 場所は近所の公園。俺と父さんの手にあるのは、樹脂でできたソレスタルメイデンの鍛練用の模擬刀だ。


「まぁ、そりゃクリスマス前だから浮つくのも分からんでもないけどなぁ。俺だってこの後に美穂(みほ)とクリスマスパーティーのケーキやらの予約ついでにデートするし」


「仕事の合間じゃないじゃん!」


 美穂、というのは母さんの名前だ。子供の前でも名前で呼ぶ当たりに二人の仲の良さがうかがえるような気がした。というか、息子の前でデートするとか言う時点でバカップルな夫婦確定だろう。


「ところで柊哉。クリスマスはメイちゃんか(あおい)ちゃんでもデートに誘うのか?」


「誘わないよ」


「じゃあまさか貞一君か!?」


「どうやったらそんな発想になるんだ!」


 ふざけた調子の父さんに全力でツッコんだのだが、父さん本人はからからと笑うばかりだった。この人、年の割に子供っぽいんだよなぁ。


「まぁ冗談はおいとこう。で、その三人とクリスマスも遊ぶのか?」


「どうだろ。葵の家は結構厳格っぽいから、小学生のころと変わらずに家のパーティーで過ごすんじゃないかな。貞一とメイなら、たぶん誘えば遊んでくれると思う」


 葵。俺の幼なじみの一人だった奴の名前だ。

 この頃から綺麗で、大人びていて、家柄もそれなりに由緒があって、俺たちとは住む世界が違うような、そんな女の子だった。


「んじゃ、誘いな。パーティーは人数が多い方が楽しいから。何だったらもう貞一君とメイちゃんの両親も誘ってしまえ」


「分かった。まぁ、親は来ないだろうけどね」


 というか、余所の親同伴のパーティーとか、子供からすると純粋には楽しめないような気がする。


千尋(ちひろ)も来るって言ってるし、今年はちょっと豪華なパーティーにするか」


「それは楽しみだね」


 なんて言いながら、俺は立ち上がった。

 そのときだった。


「私がどうかした? 直樹(なおき)さん」


 そんな声が、いきなり俺の背中から聞こえた。


「うわっ!? 千尋さん!?」


 そこに十歳ばかり年上の、綺麗な女性が立っていた。

 正直、かなり安っぽい服に身を包んでいるのだが、周りにいる美人よりも頭一つ抜けてスタイルがいいせいで、それがそういうファッションに見えてしまう。それでもいわゆる“綺麗な女性”特有の近寄りがたさがまるでなく、男女問わず引きつける魅力のようなものがあった。

 香取(かとり)千尋。建御雷と布都御魂の二つの王族神器を使いこなす、最強のルーキーと呼ばれるソレスタルメイデンだった。


 ――そう。

 この時点で、もう過去形にしなければいけなかった。


「おんやぁ? なんか私に会う度に目線を逸らしてないかぁ?」


 うりうりー、と言いながら千尋さんは俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

 見た目は十歳かそこらしか年上に見えないのだが、確かこれでも二十七とかいう年齢だ。その割には言動が父さんにも似て子供っぽ過ぎる気がする。


「何をそんなに恥ずかしがっているのかなぁ? ん? お姉さんの色香に惑わされちゃったかなぁん?」


「やめてってば! 痛いから! あと髪が乱れる!」


 ちなみに千尋さんがなぜこんなに親しげに話しかけてくるのかというと、父さんの元弟子みたいなものだからだ。ソレスタルメイデンは資格を得る前に一定期間プロの下で研修をしないといけない。そのときの講師役が父さんだった、というわけだ。


「髪が乱れる? 一人前に身だしなみになんか気を使って、好きな奴でも出来たのか? このこの」


 何とも言えないくらいに意地悪げに笑って、千尋さんは俺の頭をこねくり回す。――が、その言葉に俺以上に過剰に反応するバカがいた。


「何だと! 俺の大事な息子は誰にもやらんぞ!」


「おかしなこと言わないでよ! っていうか、千尋さんも父さんに用事あるんだろ!」


 千尋さんの手を振り払って、俺はどうにか息を整えた。

 この二人を相手にするとペースが乱れるどころじゃない……。


「あー。大した用事じゃないんだ。ただ美穂さんにデートの呼び出しに使われただけで――」


「何!? もうそんな時間か! じゃあな柊哉。模擬刀は置いて行くからメイちゃんたちとの遊びにでも使え。終わったらちゃんと物置にしまうんだぞ!」


 千尋さんが言い終える前に、父さんは時計を確認し慌ててた様子で颯爽と去っていった。ぽつん、と俺は物理的にも精神的にも置いてけぼりにされていた。


「――柊哉。お前もあんな親を持って大変だなぁ」


「うん。あの人からソレスタルメイデンの仕事を引いたら本当に何も残らない気がしたよ……」


 というかそれを残してもプラスマイナスゼロになりそうなくらいバカに思えた。


「ま、蛙の子は蛙って言うしな?」


「そんな目で俺を見ないでくれる?」


 ソレスタルメイデンとしては憧れるけど、父さんみたいな嫁バカ親バカには絶対になりたくない。


「――まぁそれでも、あんな親でも憧れではあるんだけどさ」


「ほっほう。ところで柊哉。身近にもっと歳が近くて憧れやすそうな――」


「千尋さんが父さんに勝てたら考えとくよ」


 いつものようによく分からないセールストークを始めようとした千尋さんを制する。もちろん千尋さんは、むぅ、とふくれっ面になっているが気にはしない。


「でも、千尋さんは仮にも王族神器使いなんだから、こんな雑用なんかしてていいの?」


「仮にも、って部分が癪に障るな」


 仕返しとばかりに俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回して千尋さんは笑っていた。この人、俺の頭をぐしゃぐしゃにするのが大好きらしい。


「まぁ恩師と話す時間は長い方がいいだろ。――それに、弟とは遊んであげないとな?」


「弟じゃない。あと遊んでもらうような年齢でもないよ」


「じゃあ後継者とその修業だ」


「何か重くなってない?」


 苦笑いで答えるけれど、半分以上は千尋さんが本気なのを俺は知っていた。

 千尋さんの背負う、漆黒の刀――布都御魂。これの適性を俺も持っているのだ。

 そういうわけで千尋さんはしょっちゅう、冗談めかしながら眼は本気で「いつかこの布都御魂をあげるからな」なんてことを言ってくる――だけならまだいいのだけど、週末は布都御魂を俺に強制的に握らせて、散々使い方を教え込んでくる。おかげで、もう八割方この布都御魂の間合いも特性も把握してしまっている。


「まぁ私も先は長くないし、後継者の一人や二人は欲しいんだ」


 その言葉に、胸が痛んだ。


「……っ」


 千尋さんは、病気なのだ。

 詳しい病名は教えてくれなかったけど、それでも余命は幾ばくもないらしい。

 それが原因で千尋さんはソレスタルメイデンを引退した。普通の生活は送れるけど、戦闘なんてハードなことはもう出来ない。


「おんや? そんな悲しそうな顔をするくらいなら後継者になってくれてもいいんじゃないか? ん? 今なら二年契約すれば本体代金キャッシュバック、基本使用料も無料だぞ?」


 にやにやと笑って千尋さんは俺の顔を覗きこんでいる。――きっと、俺が落ち込みそうになっているのを茶化して明るくしようとしてくれていたんだろう。


「なんでケータイの契約っぽいんだよ。それとこれとは話が別なんだって」


 千尋さんは俺の才能を買ってくれていた。けれど、その布都御魂を譲り受けるのだけは出来なかった。

 重いのだ。

 まるでそれは一人の――千尋さんの命の重さのような気がして。


「いいさ。じっくり洗脳していくから」


「そこはせめて説得と言ってほしかったなぁ」


 まぁ大差はないのだろうけど。


「さて。私も仕事があるし帰るとするか」


「仕事? それって父さんがいま受けてるようなやつ?」


「まさか。私は引退したし、それに王族狩りなんてデカイ事件はそうそうないさ」


 王族狩り。それは最近の父さんが追っている仕事だ。

 名前の通りそのファーレンは王族神器を狙い、それを持つソレスタルメイデンに強襲を仕掛け奪っていく。

 実際に奪われた例はまだないそうだが、襲撃による怪我など確かな被害は出ているらしい。


「じゃ、どんな仕事なの?」


「ちょいと申請手続きがな。――ま、柊哉もきっと驚くことが待ってるさ」


 にやりと笑って、千尋さんも公園を後にした。



 節分自体は昨日ですが、節分キャンペーン開催中。

 昨日と同じく、次話の投稿時間は今日の24時となります。お間違えのないようお願いします。

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