表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

第1章 三毛猫と雷 -4-


「高倉ァ。お前、分かってんのか?」


 そんなわけで、柊哉は天佑高の職員室にいた。

 既に必要書類の提出は終え、緊急事態であったと学長が確認の判を押したことで柊哉の手錠は外れている。――が、それで済むほど甘くないのが社会であり学校だ。

 柊哉は立たされていた。目の前には、眉間に深い皺を刻みこめかみのあたりに血管を浮き上がらせてにこやかに笑っている、一人の女教師がいた。


 五十嵐(いがらし)真由美(まゆみ)。見た目は若いが先日三十路に突入した。柊哉やメイの担任にして、天佑高校一年の専門課程の担当教師だ。

 濃紺のパンツスーツが似合うスタイルの良さは目を引くが、そんな視線を向けられるほど優しい先生ではない。現に、今もこうしてタバコをふかしながらいら立ちを隠さず人差し指でトントンと机を叩く様は、どこかの組長のような貫禄だ。


「なぁ、高倉。いくら緊急事態っていっても、ルールはルールだよな」


「いや、それはもう重々にですね……」


「お前が使ったのはただの天装じゃなくて、王族神器の布都御魂だ。それがどんだけ希少価値があるのか、お前は、本ッ当に、分かってるのか?」


 ぎろり、と睨まれて思わず柊哉は視線を逸らしてしまった。そうしなければ、その眼光だけで射殺(いころ)されそうだった。


「えぇ。それはもう本当に理解してます。他の天装でも困難で補助天装全般と主力天装のごく一部しか複製できないというのに、王族神器はそれ以上に複製不可能なんですよね」


 天装の中央エンジンの基本構造を理解できている者はこれを生み出したアルベルトという人物だけ。いまある全ての天装はアルベルトが世界中にばらばらに遺した中央エンジンを回収して生み出されている。つまり、ただの天装ですらかなりの価値がある。

 その中でも、王族神器は別格だ。補助天装に関しては量産も出来るようになり、他の主力天装も――本当に微々たる程度だが――徐々に仕組みが分かり始めているのに対し、王族神器は何一つ謎に包まれたまま変化しない。王族神器を複製できる頃にはサグラダファミリアが三つは完成する、とさえ言われるほどだ。


「よく勉強してるなぁ、高倉。それで、これは何だ」


 五十嵐が突きつけたのは、鞘に納められた布都御魂だ。

 その貴重な王族神器の一つであるその布都御魂の鞘には、一筋の刀傷が付けられてしまっている。

 ファーフナーのバルムンクによってつけられた傷だ。


「……、」


「この傷は何だ、と訊いているんだが?」


「幼い子供の命を守った勲章……?」


「そこで疑問形になるだけ鹿島と違って愛嬌はあるが――あんまりふざけるなよ?」


 ファーフナーに勝るとも劣らない殺気だ。


「はい、スイマセン!」


 機敏な動きで柊哉はその場で正座した。


「――とまぁ、怒鳴ってやりたいのは山々なんだが」


 しかし柊哉が三時間越えの説教を覚悟したというのに、五十嵐の声色は随分と穏やかなものになっていた。


「残念ながらこれの使用登録は鹿島メイ名義だし、私にはあまり説教をする権限がない」


 助かった、と柊哉は安堵のため息をつく。


「資格がないという制約に縛られずに人命救助、仲間の補助を最優先にしたその勇気を学長も買っている。そもそも緊急事態に限れば天佑高生の天装の使用は認められているしな」


「そ、そうですか。嬉しいです」


 だが五十嵐にこんなことを言われても柊哉は素直に喜べない。口ではそう言っているものの顔が引きつっている自覚まである。


「と、いうわけでだ。担任として器物損壊は自分で弁償すべし、という通告を出して、この話は終わらせようと思う」


「……は?」


 随分と間の抜けた顔になっただろうが、それも仕方ない。


「言っとくがいくら知り合いでも鹿島やシノに押しつけるなよ。ま、気のいい修理屋なら出世払いにしてくれるだろうよ」


「いや王族神器って希少価値が高いから、そりゃ修理費用も馬鹿にならないというか、下手したら出世しても返せないっていうか――」


「……じゃあお前、この傷どうするんだ?」


 ちょんちょん、と布都御魂を指差されてはもう柊哉は文句も言えない。

 一見ただの鞘のように見えるが、そうではない。

 ただの天装ならそれは入れ物の役割しか果たさないが、王族神器は細部まで特殊だ。王族神器のケースも性能は低いがそれ自体が個別の天装として働き、硬度を操作出来るものもある。――この布都御魂のように。

 ファーフナーの一閃を受けて割れも裂けもせずに傷一つで済んだのは、そういったことも関係している。


「そもそも美術品としての価値も高いんだがら、傷なんか残しとくわけにもいかない」


「そうですね……」


「しっかり考えな。まぁ、お前の見た目なら夜の街でひと稼ぎすれば払いきれない額でもないだろう」


「教師のくせに生徒にホストのバイトとか勧めるな!」


 最後に投げられたアホらしい発言に対する柊哉のツッコミは、空しく職員室に木霊しただけだった。



「失礼しました……」


 意気消沈、といった面持ちで柊哉は職員室の扉を閉めた。ホスト云々は冗談だっとしても、結局どうにかして稼いで修理しなければいけないことだけは何も変わらなかった。


「おやぁ、ミー君ってばなんか浮かない顔してるねぇ。そんなに怒られたの?」


「いや。実際そこまでは怒られてないけど……。この布都御魂の修理を命じられた」


「うわぉ。それは災難だったねぇ」


 全くもって感情がこもっていないような気がしたが、柊哉はそれにツッコむ気力もない。柊哉は布都御魂に関しては保有許可も下りていないので、すぐにメイに返却した。


「どーするの? 修理代も相当な額になると思うんだけど」


「それを解決しろというミッションだ」


 柊哉は校舎を歩きながら頭を抱えていた。

 実に広く綺麗な校舎だ。まだここに通い始めてひと月しか経っていない身である柊哉としては、まだこの豪奢な造りに慣れない。

 中にある施設やその広さは大学のキャンパスにも似ているが、正直なところそれとは気品というか豪華さが桁違いだ。中の施設だけならまだしも廊下の床ですらピカピカに磨かれていて、新築と言われても納得できる。


「毎度思うんだが、こんな豪華にする必要があるのか?」


「ほら、ソレスタルメイデンって女の子ばっかりな上に危険な仕事だからさ、中の施設に喫茶店とかケーキ屋さんとか入れて、少しでも目を惹こうとしてるんだよ」


 実際に理事長がそのような発言をしているわけではないが、少なくとも生徒を含めて多くの人はそう認識しているらしい。


「けど、女の子ってそんな簡単なことで入りたがるものなのか?」


「でも実際に定員が割れたこともないしちゃんと倍率も高いしね。仮にも命が懸ってるっていう危機感はないんじゃないかな。しかも受かった人の中でも『施設がいいから』とか『制服が可愛いから』とかいう理由だけで受けた人もいるみたいだし」


 そう言いながらメイはその場でくるりとターンして制服を見せつけていた。

 白と青のブレザーだが、どこかのデザイナーと提携したとかで若干以上に凝った意匠で、しかも誰が着ても一定以上似合うという優れ物。メイが胸元をはだけさせようとだらしなさを感じさせることさえない。


「おまけに制服の改造自由だしメイクも染髪もオーケー。――まぁメイちゃんの銀髪は地毛なんだけど――こんなに女の子に優しい学校はないよね」


 メイはそう言ったが、実際は生徒の立場に立った意見ではないというのが一般的な考えだ。

 天装の有用性を知りながらも警察や軍隊にも採用されることは今に至るまで一度もなかった。そういった現場は極端に女性が少ないからという表の事情もあるが、同時にそれを女性しか扱えないということで立場を落とされることを男性が嫌ったと言われている。

 男女平等と謳っていた現代でそう決定した以上、女性の方もそういった組織とは差別化を図りたかった、などという子供の喧嘩のような理由らしい。


「まぁ、その恩恵にあずかれるのはいいことだよな」


 そして柊哉はある染色体異常のおかげで天装を扱える、数少ない男子だ。もちろん、その他の面でもしっかりこの学校の入学基準を満たしている。

 この豪華絢爛な校舎の施設は、生徒なら基本的にかなりの割引を受けられる。

 校外で飲めばいくらするのか見当もつかないコーヒーをワンコインで飲めるというのは、最近コーヒーの味が分かり始めた(と思っている)高校一年男子にとって、少なからず嬉しいものだ。


「――ところで、ミー君よ。校舎の話なんかして現実逃避してやいませんか?」


「いやぁ、窓の外に映るソレスタルメイデンのシンボルが今日も格好いいなぁ」


 窓の外に見える建物の尖った屋根の頂点には、銀の鷲が金の剣と赤い銃を握っている、ソレスタルメイデンの紋章が掲げられている。

 要するに、メイの言う通りに目の前にある問題から逃げているのだ。


「しょうがないなぁ。メイちゃんがいいヒントをあげよう」


 メイはこほんと咳払いして、


「そう言えば、貞一(ていいち)が天装の修理について何か知っているらしいよ」


「何だその出来の悪いRPGみたいなセリフは」


 柊哉はすぐにツッコんだ。


「そうか、でも貞一なら……。とりあえず探すか」


「ふっふふーん。それこそRPGじゃないんだから探しに行く必要なんかないのです。っていうか、もうわたしがメールしておいたし」


「お前、いつの間に……」


 ずっと会話していたというのに、一体どこにケータイを取り出してメールをする時間があったのだろうか。


「というわけで、待ち合わせに天佑高の中の喫茶店を指定したからゆっくり喫茶店デートでもして待ちましょうか!」


「何でお前はそんなに無駄にハイテンションなんだよ……。あとデートじゃない」


 ぶつぶつ言いながらも、テンションマキシマム状態のメイを止めることなど出来ないのを理解しているので、柊哉は抵抗を諦めて引きずられるようにして連れて行かれることにした。



 突然で申し訳ないのですが、雷鳴ノ誓イの投稿ペースを変更させていただきます。そっちの方がアクセスが伸びるとかなんとか…。


 とりあえず節分キャンペーンとでも題しまして、明日2月3日から5日まで、1日2話投稿します。17時ごろと24時ごろの2回となります。


 以降はどういう更新ペースになるか未定ですが、2月5日の24時投稿分にはお知らせいたします。

 これからもどーぞよろしくm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ