第3章 双つの雷 -3-
学校に着いた柊哉は、そこで愕然とした。
(メイも貞一も、シノも休み……?)
二人は昨日退院したはずだ。天佑高は普通の学校とは違うから、ほぼ治った怪我を理由に欠席するのは後の指導を考えると厳しいものがある。
それどころか、シノすら休みだった。既に怪我など完治していて現に昨日だって学校にいたのに。
何かある。
そう思わないはずがなかった。
柊哉の知らないところで、巨大な蛇のように何かがうごめいている。
――いや、何か、なんて曖昧なものじゃない。それはもう分かりきっている。
戦うつもりなのだ。
メイたちは直樹や千尋を殺した斉藤葵と、たった三人で。
そして、見えてしまった。
窓の向こうに雷のような何かが映ったのを。
かつて遊び場としていつも使用していたあの懐かしい公園の上空から――といっても、高度はせいぜい十メートル程度だろう――唐突に紫電が溢れ出て地面へと落ちていた。
どう見ても自然の雷ではない。
第一、あの色は柊哉が身近で何度も見てきたそれと全く同じだ。
つまりもう、始まってしまっている。
柊哉はまだ答えを出せないでいるのに。
ただ柊哉は血が滲むほど拳を握り締めていた。
「――っ」
しかし気付けば教室を飛び出していた。
自分が何の為にそうしているのかも分からないままに、それでも、柊哉は止まれなかった。
ただ、このままメイが死ぬのなんて認められないから。
「――どこへ行く気だ、高倉」
昇降口まで下りた柊哉の腕を、誰かが掴んで引き止めた。
痛いほど彼の腕を握り締めていたのは、五十嵐だった。
「……先生」
「始業のチャイムが鳴る。戻れ」
冷たく淡々とした声で、五十嵐は教師として至極当然の命令をした。
彼女の教育者という意味での恐ろしさを知っている者なら、これを振り払ってまで先へ進むことなど出来ないだろう。
だが、今の柊哉は天佑高生として飛び出したのではない。今の柊哉がそのまま引き下がれるわけがなかった。
「でも……っ」
「戻れと言った」
それでも、五十嵐は反論の余地をまるでくれなかった。
憤りにも似た感情に、柊哉は唇を噛みしめる。
「このまま、メイを見殺しにしろって言う気ですか……っ」
「鹿島はシノと共にプロのソレスタルメイデンとして戦闘に向かった。敗北は決して許されない。だから、死ぬということはあり得ない」
業務的な言葉。ソレスタルメイデンが一般市民に対して使う常套句だ。だからこそ、それは何の慰めにもなりはしない。
「――それでも、俺は行かなきゃいけないんです」
理屈なんかそこにはなかった。
それでも柊哉は、そうしなければいけないと思った。
「俺は――」
「何度も言わないぞ」
額に冷たい何かが押し付けられる感触を、柊哉は感じた。
視界の上半分を銀色のそれが埋め尽くしていた。
禍々しく輝く、彼女の手に余るほどの大きな自動小銃だ。その銃口が、柊哉の額に突き付けられていた。
「お前を行かせるわけにはいかない」
五十嵐の瞳が僅かに潤んでいるような気がした。
「な、んで……」
問おうとして、柊哉は分かってしまった。
そして。
二週間前の、最初にファーフナーに襲われた後のことを思い出した。
布都御魂が傷つけられたとき、五十嵐は何をおいても修理するように柊哉に申しつけた。校長でもソレスタルメイデンの本部の指示でもなく、ただの担任として。
ただの教育だと思っていた。だが、貞一がいなければとても学生が払える修理費用ではない。そんな教育法があるわけもないのだ。
それでも、五十嵐がそんな無茶を言った理由。
それこそが、こうして彼女が柊哉をここに縛る理由なのだ。
「――先生は、千尋さんと同期だったんですか」
その言葉はもはや疑問ですらなかった。
千尋の残した布都御魂。それに傷が付くことを拒む理由など、五十嵐と千尋の間に何か関係があったとしか考えられない。
「あぁそうだ。私と千尋は同期だった。いや、親友だったんだ」
だが、その千尋は葵の手によって殺されてしまった。
そしてメイや柊哉は、千尋から王族神器を託されるほどの愛を貰った者だ。
「だから、お前だけは守らなきゃいけない」
失いたくないのだ。五十嵐にとっては、ここで彼らが殺されることはかけがえのない友を二度も失うことと同義なのだ。
メイは任務の為に出撃している。五十嵐の権限では止められない。
だが柊哉は違う。
担任として柊哉を引き留めることは、そのまま柊哉を守ることに繋がる。
「戦う覚悟のない者が戦場に出ればどうなるか、私は嫌というほど知っている。――だから、答えるんだ、高倉柊哉。お前はどうして戦おうとするんだ?」
「……どう、して……?」
その問いに、柊哉は答えられなかった。
そもそも柊哉は戦おうとしていたことすらないはずだ。
恐れ、逃げていたのだ。
ずっと、目を逸らし続けていたのだ。
だがしかし。
――本当に俺は、ずっと逃げていたのか?
そんな疑念が、頭を掠めた。
恐かったのが刀を握ることなら、そもそも天佑高になど入学しなければ良かった。
恐かったのが斉藤葵と戦うことなら、助けに行こうかなど葛藤する意味すらない。
恐かったのがメイを傷つけてしまうことなら、そもそもメイと離れることだって出来た。
だが柊哉はどれも選ばなかった。
それこそが、答えなのではないのか。
「ないなら退くんだ、高倉。お前だけは守らないと――」
「それじゃ、駄目なんですよ」
掠れたような声で、柊哉は呟いていた。
見つけてしまったのだ。
戦う理由を。
だから、柊哉は五十嵐の想いを知りながら、それでもここに残ることは出来なかった。
「護られてばっかりじゃ、何も護れないんだ」
天佑高に入ったのは、それでもソレスタルメイデンになりたいからだ。
助けに行きたいと思うのは、それでもメイを護りたいと願うからだ。
メイと離れないのは、それでも彼女の傍にいたいからだ。
ならばどうして、柊哉は立ち止り嘆く必要がある。
どんな状況であろうと、柊哉の内に眠る本能は、たった一つしかなかったはずだ。
何も恐れる必要などない。
恐れるべきは、『それ』を果たせずに朽ちていくことだけだ。
「――もう、嫌なんですよ」
拳を握り締めて、柊哉は吠える。
最後の最後で掴んだその答えは、柊哉の全てだった。
「もう護れないのは嫌なんだ」
ただ何も失いたくない。
その覚悟と共に、柊哉は走り出した。
その答えはきっと、何よりも、何よりも強い。




