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第1章 三毛猫と雷 -2-


「――『雷帝(らいてい)建御雷(タケミカヅチ)』を持つ、このわたしを」


 メイの建御雷は、天装の中でも最上位に位置する王族神器の一つだ。

 その建御雷が干渉する事象は『電気』『重力』『硬度』の三つ。

 重力と硬度の操作は単なる浮遊と防御の為で、大したことは出来ない。しかし電気だけは違う。制限も際限もなく、電気的な現象の全てが建御雷に掌握される。その気になれば世界最大の落雷級の放電を八方に撒き散らすことだって可能だ。


「わたしたちの制服を見ても襲いかかってきたってことはソレスタルメイデンに喧嘩を売ったんだろうし、どうなるかは分かってるよね?」


 自慢げに、そしてどこか挑発的にメイは笑った。

 ソレスタルメイデンというのは件の天装をもってして天装による犯罪を止める為の、国際的な特殊部隊のような公務員の通称だ。ちなみにファーレンはその反対。要するに天装を用いた犯罪を行う者の呼び名だ。


 そして宣言通り、メイはそのソレスタルメイデンだった。

 ソレスタルメイデンを育成する為の学校――つまり柊哉とメイの通っている『私立天佑(てんゆう)高等学校』では、在学中でも卒業を待たずに資格を手に入れられる制度がある。もちろん、そんな真似が出来る者はごく少数ではあるが。

 メイは入学以前から資格を得るための基準を『天佑高在学・卒業生』という肩書以外では全て満たし、入学式直後に資格を得ていた。


 つまりこの鹿島メイは、ソレスタルメイデンとしては天才の部類に入っている。

 そう易々と負けるはずがないことだけは確かな事実だ。


「君のような子供に、私が負けるとでも?」


「そういうことを言ってると、足元すくわれるよ。それに平均年齢だけ見ればわたしでもそこまで低くないはずだけど」


 乙女(メイデン)の名の通り、ソレスタルメイデンは女性が大半――というか九割以上を占めている。天装を扱うにはX染色体に伴性遺伝するある情報が必要、つまり乗換えなどの特例を除けば、女性以外に天装を使うことが出来ないからだ。

 男女平等を目指して法が幾度改定されても、命をかけるようなこの仕事を一生続けるという女性はどうしても少ない。となればこの年齢でもメイはソレスタルメイデンの中でもさほど幼すぎるわけでもない。


 たとえどんなにバカっぽくて子供っぽくて、人の身を護る公務員とは到底思えなかったとしても、柊哉としては多少以上に残念だが、それは社会的には受け入れられてしまっていることなのだ。


「……ミー君、さりげなくほんのちょっぴり失礼なことを考えてやいませんか?」


「気のせいだよ」


 心の内を見透かしたメイに、柊哉は白々しくうそぶいた。


「――で、ホントに一人で大丈夫か? 俺だって男だけど天佑高の生徒だし、ちょっとくらいなら手伝えるかも」


「ミー君、天装持ってないでしょ?」


 役立たずとまでではないがそれに近いニュアンスで言われたことに、柊哉はむっとした。


「補助天装ならある」


「あのねぇ、ミー君。補助天装っていうのは他のソレスタルメイデンとの通信と身体能力の向上を行うものだよ。まさかそれだけであのクレイモアに立ち向かう気じゃないよね? 白刃取りできるっていうんなら黙って見守ってあげるけどさ」


 メイに言われて、柊哉は口を尖らせながらもつぐむしかなかった。

 天装には二種類ある。それは栗毛の女の握るクレイモアやメイが足に纏っている鎧の如きブーツのように何らかの武装を模った『主力天装』と、彼女が言ったような補助的な能力を持ったアクセサリー型の『補助天装』だ。


 柊哉の補助天装は左耳に付けたこのイヤリングだ。

 このサイズでメイの言ったようなことを行えるのが天装というもの――というより内部の演算装置――の技術力の高さを証明しているが、それでも同じ技術を持った天装同士となると、主力天装と補助天装ではサイズ比通りの天と地ほどの開きがある。


 そもそも柊哉の補助天装は『V型』――視力(vision)とくに動体視力の拡張がメインの機能だ。主力天装と組み合わせるならまだしも、単品では何の役にも立たない。


「まぁ大人しく見ててよ、ミー君」


 メイが打ち鳴らすように一歩を踏み出す。

 鈴の音のように澄んだ音が、この狭い通路に響く。


「あ、これは預かっててね」


 メイはそう言ってずっと肩にかけていた白いバットケースを渡した。

 それは見た目の質量とは違って、柊哉の手に重くのしかかった。


「……なんかカッコつけていくのかと思ったら締まらないな」


 その重さを振り払うように、柊哉は茶化そうとした。その重さを意識してしまうことは、何よりも柊哉にとって恐ろしかったのだ。


「むぅ。じゃあこれから圧勝するのを見せつけてあげるとしよう」


 その柊哉の思いを理解しているからかさっきまでとなんら変わらない口調でありながら、それでもメイが笑顔のまま戦意を燃やしているのは痛いほど感じた。


「あまり、私を見縊ってくれるなよ」


 栗毛の女は、そのクレイモアの切先をメイへと突きつける。その剣に乗せられた殺気は、ファーレンとして十分すぎるほど研ぎ澄まされたものだ。

 二人の視線が正面からぶつかり合う。

 あったのは、一瞬の膠着。

 だがそれもすぐに破られた。柊哉が僅かに動いたその足音を合図にするかのように、同時に二人の姿が消えたのだ。

 大量のガラスを叩きつけたような音を伴って、激しい衝撃波があった。


 ブーツと剣。

 その二つがぶつかり合い、耳障りな金属音と共に火花を散らしていた。


「素晴らしい反応速度だな。さすがに君もターゲットになるだけはあるらしい……っ」


 押し切ろうとしているのか栗毛の女が両腕に力を込めているが、Y字開脚状態で受け止めているメイは微動だにしない。


「そんなに褒めたって嫌いなモノは嫌いだよ。第一、ファーレンに堕ちた人に褒められたってちっとも嬉しくない」


 涼しげな様子で、そんな不安定な体勢ですらメイは正面から受け切っていた。

 ファーレン。すなわち、堕ちた者。

 彼女たちはほぼ例外なく、かつてはソレスタルメイデンだった。そこに何がしかの事情がありこうしてテロまがいの犯罪行為に及んだ者がファーレンと呼称される。

 もちろんその理由は個人あるいは派閥によって異なるが、今は彼女がそうなった理由よりも聞くことがある。


「何でミー君を襲ったの?」


 ぎちぎちとせめぎ合いながら、メイは問いかけた。


「そういう命令だからだ。私とて詳細は知らない。まったく、こんな少年少女に何の用があるのか。マスターの考えは今も昔も分からないな」


「それは誰?」


 マスターという言葉が出る時点でこの栗毛の女は何らかのファーレンの派閥に入っていることを意味する。となれば、派閥が大きなものならそのマスターの名前だけですぐに派閥全体の名前、目的、主要構成員まで分かる可能性がある。


「黙秘に決まっているだろう」


「まぁいいや。そんなに軽く口にするものじゃないのは当たり前だしね。……それで、ここからあなたはどーするの?」


 メイの疑問を、イブニングドレスに身を包んだ女はふっと笑い飛ばした。


「無論、決闘に決まっているだろう。命と命の駆け引き。それ以外に、私がファーレンになった理由などない」


 長い栗毛に隠れることなく、狂喜に満ちた瞳がメイを射抜く。ぎらぎらと凶暴に輝き、それだけで一つの武器になり得るほどの鋭利な視線だ。


「わたしはそこまでしたくないなぁ」


 その眼光を往なすようにメイは砕けた調子で答える。しかしそんな口調とは裏腹に、メイの瞳はその眼光を真正面から迎え撃っているように見えるが。


「でも仕事だし、あなたは捕縛するけどね」


「やれるものならな」


 互いの表情から笑みが消えた。

 押し切ろうとする二人の力が閾値を超え、その衝撃波によって両者ともに弾かれ合い五メートル近い間合いが生まれた。


「ファーフナー・クリームヒルト。我が剣『バルムンク』をもって、君を斬る」


 騎士のような口上と共に構えた栗毛の女――ファーフナーから放たれたのは全く濁りのない殺気であった。


 ファーフナーの宣言と同時、動いたのはメイだった。

 電気的な加速を用いたのかノーモーションで間合いを詰めると、その弾丸のような速度のまま踵をファーフナーに向かって振り下ろした。

 V型の補助天装によって動体視力を上げた柊哉ですら、見るのが精一杯だった。

 だというのにファーフナーはそれを防ぐどころか、刀身で滑るようにして受け流しカウンターで斬り上げようとさえしていた。

 メイも即座に反応し左足でその斬撃を受け止めると、回し蹴りの要領でファーフナーの一閃の威力までをも上乗せして蹴り飛ばした。


「素晴らしいよ。ここまでの相手と戦えるのはいつぶりだろうな。嬉しさのあまり、戦闘中だというのに思わず顔が綻んでしまいそうだ」


「メイちゃんは別に嬉しくないんだけど、ね!」


 言葉尻でメイは足を振るった。ファーフナーはおろか何もないはずの空間で、だ。

 瞬間、三日月形の雷がファーフナーを襲う。

 空気が爆発する凄まじい音が轟いた。

 これが建御雷の放つ放電の蹴撃だ。その速度も威力も自然界の落雷に匹敵しうるほど。いくらファーフナーといえども、防ぐことはおろか見ることもかなわなかったはずだ。


「――落雷級の一撃か……。さすがに、堪えたな……」


 しかし、ファーフナーはまだ口を開いていた。

 黒いドレスの端は焦げ、綺麗な色白の肌にもうっすらと火傷の痕がある。

 だが、それだけだ。

 意識を保ち、感電による麻痺すら見られなかった。


「うわぁすっごいタフだねぇ……。ひょっとして、D型の補助天装なのかな」


 D型というのは身体の防御力(defense)を向上させる補助天装を指す。

 元より補助天装には衝撃緩衝能力が搭載されているが、D型はそれを遥かに向上させている。旧世代の武器であるトカレフ程度なら、たとえ急所に何発喰らおうと無傷で立っていられるようなものだ。


「だが底は見えたな。D型とは言え補助天装だけでも十分に威力を減衰させることが出来る以上、私の負けはない。そろそろ終幕といこうか」


「あんまり、勝手なことを言わないでくれるかな?」


 メイの建御雷から、紫電が撒き散らされる。空気が破壊される音が鼓膜に突き刺さった。

 だが脅迫にも近いメイの放電にもファーフナーは眉一つ動かさなかった。


「見世物にしか見えんが? 結局はその程度なのだろう、君の天装は」


「……違うよ。まだわたしが扱いこなせていないだけだよ」


 ファーフナーの挑発にメイは怒りを見せるわけでもなく儚げに呟いた。メイは確かにファーフナーを見ながらも、どこか遠くを見ていた。


「この建御雷は、何よりも強くて、何よりも速いもん」


 直後、メイは光の矢のように突進した。柊哉ですら反応が遅れるような加速で、メイのつま先はファーフナーのバルムンクと衝突する。

 だがその一撃を真正面から受け止めたファーフナーは、靴底をがりがりと削りながらも吹き飛ばされるようなことはせず、どころかそのままメイを弾き返した。


「なるほど。その速さに追いつくのは難しそうだ。私から近づこうにも、回避されるのが落ちだろう。だが――」


 広場の中央から通路の手前まで押し切られながらも、余裕のある声で一人納得してファーフナーは笑っていた。

 竜巻のような風が巻き起こる。

 傍にあった観葉植物の鉢植えを薙ぎ倒し、その葉や土を巻き上げてファーフナーの周りを渦巻くように流れている。

 これがおそらく、彼女の天装の力なのだろう。


「近づかずとも斬る術はある」


 ファーフナーは、バルムンクを振りかざしていた。

 まだ十メートル近くメイは離れている。もちろん柊哉はもっと遠い。

 だがそんな常識は天装の前では通用しない。何より、その距離にすがっていられるほどファーフナーが放つ鋭い殺気は甘くはない。

 ファーフナーは宣言通り、近づくことなくそれを振り下ろす。

 反射的にその軌道上から一歩避けたメイのスカートの裾を、鋭利な何かが切り裂いた。


「――ッ!?」


 元からそうだったかのように深いスリットが入って、メイの太ももが際どいところまで露わになってしまっている。

 あとほんの数ミリずれているだけで、ばっさりと足が裂けていたかもしれない。それを瞬時に理解したからか、メイは驚愕で硬直していた。


「驚いている場合か? 悪いが、一発限りの大技のつもりはないぞ」


 またファーフナーはその場でバルムンクを振りかざした。

 回避の手段としては剣の軌道自体を逸らせば問題ないのだろうが、こう距離を取られるとそれも難しい。

 そもそもメイの建御雷は近接戦に特化している――いや、しすぎている。

 対するバルムンクもその形状は近接だが、見ての通り何らかの手段で中遠距離も自分の間合いに加えている。

 王族神器とただの天装という覆しがたい差も、使用者の力量とこの状況とが相まって互角以下まで埋められてしまった。

 この状況は、たとえメイでもまずい。


 ――どうする……?


 助けに行くか、一瞬だが柊哉は迷った。

 自分の武器はないし、そもそもまだソレスタルメイデンの資格すらない。それでも動くべきだと、頭の奥で疼く声が言う。

 だが身体は動いてくれない。

 柊哉の心は振りかざされたあの刃に吸い寄せられ、深い闇に沈んでいく。


 そんな葛藤の中で、バルムンクの生み出す風の音とはまるで違う別の音――声を聞いた。

 泣き声だった。

 小さい少女の泣く声が、それもかなり近くから聞こえたのだ。


「どこ――っ!?」


 見渡して、ようやく気付けた。三つの通路の内の一つの、メイの後ろだ。そこにその少女は泣きじゃくりながら立っていた。

 三歳かそこらの幼い少女だ。背中にはおもちゃみたいな小さいランドセルを背負っているから、幼保園か何かの帰りに親とはぐれたのだろう。

 だがそんなことはこの際どうだっていい。問題は、そんな幼い少女が巻き込まれかねないということだけだ。


 やけに動きがスローに映った。

 いま、ファーフナーは剣を振り下ろしていた。

 メイは後ろの少女に気付き、その子を庇うように跳んでいた。しかしただ自分の背を盾にしようとして、だが。

 天装の攻撃は兵器を凌駕する。生身を盾にしたところで、メイでは少女一人守れずに、二人ともが死んでしまうのは明白だ。


 ――させるかよ。


 心の中で吐き捨てたときには、柊哉はもう駆け出していた。

 迷いに迷い、心はぶれている。それでも、護る為のその一歩を。

 肩にかけていた白いバットケースを乱暴に掴む。

 直後、空気が爆ぜた。

 白いバットケースは、焼け焦げ粉っぽい破片になり風に浚われていく。

 柊哉の後ろにはメイも小さな子供もいる。見えない刃の軌道に、柊哉が立っていたのだ。

 だが、何も斬られていない。

 柊哉の握る何かから放たれた衝撃が、いとも簡単に不可視の斬撃を相殺したのだ。


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