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プロローグ/第1章 三毛猫と雷 -1-

プロローグ


 真っ赤な雪が降っていた。

 そこにいたのは、崩れ落ちた少年と、立ち尽くした少女。

 そこにあったのは、たった一つの亡骸と、紅に染まった一振りの刀。


 その日。

 彼の世界は、死んだのだ。




     *


第一章 三毛猫と雷


 風が頬を掠め、何かが皮膚を切り裂いていた。

 どっ、と鼓動が早鐘のように打ち始める。

 立ち竦んだ制服姿の男子高校生の顔のすぐ横には、一本の剣があった。黄金と宝石に彩られた柄に、銀色に輝く刃。それらはむしろ禍々しくさえ見えた。


 背筋が凍る。

 その嫌な輝きに心を食われそうになる。

 しかしそんな風に恐れ竦んでいる場合ではない。

 彼――高倉柊哉(たかくらしゅうや)は剣から目を逸らし必死に心を奮い立たせて、正面を睨みつけた。


「なるほど、まさかこの不意の一撃を避けるか。このような少年がターゲットと聞かされたときは少々不満にも思ったのだがな、そんな必要はなかったらしい」


 ハスキーな声で、目の前に立つ彼女は笑っていた。

 輝く両刃の剣――クレイモアを握り締め、黒いイブニングドレスに身を包んだまだ若い異邦人だ。

 白人系の顔立ちだった。長身痩躯でありながら部分的には豊満なボディ、という方面から見ても日本人とはまるで違う。それでも、彼女の言葉はネイティブな日本語に他ならないが。


「どういうことだよ、これは……」


 首元に剣をあてがわれた状態で、それでも最低限以上の動揺もなく柊哉は一度深呼吸をして整理した。


 現在地点は、駅構内の広場。

 繁華街ではなく住宅街にある駅だが百貨店と繋がっている為、この広場もかなり大きく、三方はそれぞれ別の店の通りと繋がっている。ちらほらある観葉植物も周囲との対比のせいで影が薄いほどだ。


 現在時刻は、午後四時を回ったところ。

 流石にこの状況で時計を確認できるほどの余裕はないが、学校を出た時刻から考えればその程度だろう。広場の上にある控えめな天窓から差し込む陽の光も和らいでいるし、ほぼ間違いないはずだ。


 もう一度、柊哉は息を吐いた。

 状況の把握は済んだ。――しかし、とてもじゃないがクレイモアが人に突き付けられるような場所でも時間でもない。いや、元よりそんな場所や時間などが現代には普通なら存在しないだろう。

 だがこれは普通ではない。

 これは、ソレスタルメイデン(、、、、、、、、、)ファーレン(、、、、、)の抗争だ。


「呆けている場合か? 次は仕留めるぞ」


 彼女の言葉で、柊哉は眼前に広がる現実に引き戻された。

 彼女はわざわざ宣言して、一度はそのクレイモアを引いた。それは威嚇を止めたわけでもこのまま薙ぎ払うのを躊躇したわけでもないだろう。むしろ、その逆。

 胸を限界まで反らせて剣を引き絞り、直後、それは突き出された。

 だが、そのまま突き殺されるのであれば初撃の時点で柊哉は死んでいる。


「シッ!」


 クレイモアの側面にカバンを思い切りぶつけて軌道を逸らし、今度は掠めもせずにそれを躱してみせた。そしてその反動を利用して地面を蹴りつけ、そのまま栗毛の女性から五メートル近く離れた。

 柊哉の背はあまり高くなく、四捨五入してしまえばギリギリで百六十センチになる。その分だけ体重も軽いので、この程度の反動でも十分に跳びすさることが可能だった。


「おい、メイ。この状況どうすんだ――」


 先程まで一緒にいた幼なじみに声をかけたが、そこでふと違和感を覚えた。

 辺りを見渡しても彼女の姿は見えない。そもそも、あの特徴的な銀髪がある限り簡単に見失うことなどあり得ないはずだ。


「……、」


 自分の肩のあたりに紙切れが貼り付けられているのに気付き、柊哉はそれを剥がす。そこに書かれていたのは、実に簡単な言葉だった。


『わたしが駅の中にいる人を避難させとくから、時間稼ぎは任せたよ!』


 ぐしゃっ、と柊哉はそのメモ書きを握り潰した。


「あいつ逃げたのか!?」


 柊哉が栗毛の女に声をかけられた時点で、既にメイは彼女の雰囲気から何かを察して姿を消していたらしい。

 とは言え、ここにいない者に文句を言っても仕方ない。

 書かれた通り柊哉がすべきことは時間稼ぎの一言に尽きるのは間違いない。

 正面から立ち向かうという選択肢もないこともないが、丸腰でクレイモアを持つ相手に突進する勇気は持ち合わせていないし、一般にそれは無謀というものだ。


「……まぁ、あとでメイは殴る」


 この状況で柊哉は引き受けざるを得ないとはいえ、それでも無断で姿をくらました以上は相応の制裁を加えるべきだろう。それはこの場をどうするかという話とは別問題だ。


「ほう。それはつまり、いまここで私に殺されるはずがないと思っているのか?」


 栗毛の女はそれが気に触ったのか、表情こそ変わらないがどこか柊哉を睨んでいるように感じられた。


「そう言ってるつもりだよ」


 自信でも挑発でもなく、残念ながらこれはただの強がりだ。

 彼女の握る剣に柊哉の心は徐々に、しかし確かな速度で蝕まれている。


「なるほど。ではまず、その認識から改めてもらうとしようか」


 ゆっくりと、栗毛の女が剣を上段に構える。

 圧倒的な存在感だった。気迫、などというレベルではない。幾多の戦場を乗り越えてきた証のような、そんな見えざるものを持っていた。

 それを形容するなら、ただの一言に尽きるだろう。

 百戦錬磨。


「宣告しよう。私は次の一撃をもって、君の命を刈る」


 彼女の周囲、いや正確には彼女の握る剣から、比喩でも何でもなく烈風が吹き荒れた。

 剣。刃を持った、あの日のあの武器と同じ物。

 改めてそう認識したその瞬間、柊哉の身体は唐突に固まった。

 全身の筋肉を細い鎖でがんじがらめにして絞めつけているかのような痛みと共に、筋一本動かすことさえ出来なくなる。


 ――まずい……ッ!


 いくら動こうと意志力を振り絞っても、柊哉の精神と肉体が乖離してしまったかのように一ミリも動きはしない。

 あの日の闇に心が喰われ、体が呑まれる。


「さらばだ、高倉柊哉」


 躱すことも防ぐことも出来はしない。

 その凶刃が、振り下ろされる。



 そこに、雷は落ちた。



 今の衝撃で斬撃は逸らされただろうが、柊哉にそれを確認する術はない。

 真っ白な閃光に視界を完全に奪われていたし、金縛りで耳を防がなかったせいで爆音に平衡感覚まで失われていたからだ。

 だがそれでも、それが雷であったことを柊哉は間違えることなく把握していた。

 なぜならそれは、彼女(、、)の武器の特性でもあったから。


「わたしのミー君を手にかけようとするなんて、いい度胸だねぇ。ま、それをこのわたしがみすみす許すはずもないんだけどさ」


 視界はまだ戻らない。だが、柊哉は自分の傍に誰かが下り立つ雰囲気を感じ取っていた。後ろからやってくるのではなく、真上から舞い降りてくるような感覚を。

 金縛りはいつの間にか解けていた。


「遅いぞ、メイ」


 徐々にだが回復した目で自分の右手の方向を凝視する。

 ファッションセンスは変わっていないこの時代においても近代チックな、高校の制服の白くぼやけたシルエット。脚には少しミスマッチな漆黒のブーツを纏っているのが、まだ霞んでいる視界にうっすらと映る。

 声で分かっていた通りに、そこには柊哉のよく知る一人の少女がいた。

 ツーサイドアップに結われて動物のしっぽのように揺れる、艶やかで美しい銀髪。白色の中に碧を混ぜたような独特の光沢を持った、まるで絹糸のような白銀の髪だ。

 ようやく回復した柊哉の目に、その圧倒的なほどの美しさが飛び込んでくる。

 鹿島(かしま)メイ。

 柊哉の幼なじみで、しかし、この場において最も信頼できる人間でもあった。


「遅いって、これでも避難誘導とかしてたんだよ? むしろ誉めてよ」


 肩に白いバットケースをかけているメイはそのままそれを指先でつついて、あざとく頬を膨らませていた。

 これほど美しい髪をしているのがもったいないほど、内面も外見も幼稚極まりない。


「だいたい助けられた身分で偉そうに言っちゃってさ。コレだからミー君は……」


 いくら幼なじみでたとえこれが毎度のことでも、正直いらっとした。

 メイは真っ先に柊哉を置き去りにしたということを忘れてはいけない。助ける前にそんな状態に置いたのはメイなのだ。


「ほら、助けられる側にもそれなりの態度っていうのが――」


「人を置き去りにしといて偉そうに言ってるんじゃない!」


「頭が! 頭が割れる!」


 ツッコミ兼説教として、柊哉の両の拳が万力のように彼女のこめかみを挟みこんでいた。


「せっかく助けたのにこの冷遇! ミー君はドSだね!?」


 メイはバットケースで柊哉に抵抗しようとするが、そもそも肩紐をかけた状態なので振り子のようにポコポコと当てることしか出来ずほとんど意味を成さない。


「うるさいよ! 助けなきゃいけないような状況に俺を置いていくな!」


「おぉ! それはずっと傍にいろってこと!? なんてカッコ悪いプロポーズ――うにゃあ!? 頭蓋骨が、頭蓋骨がぁぁあ!!」


「いいからお前は黙って仕事をしろよ、仕事を!」


 さっきまでの殺伐とした空気は完全にコミカルなものに変えられてしまった。たった三十秒ほど前まで痛いほど感じていた殺気は、粗大ごみにでも出されてしまったのだろうか。


「――私を無視して仲良くじゃれ合うのは構わないが、死ぬぞ?」


 そんな様子をただ眺めるだけのはずもない。栗毛の女から――正確には彼女の握る剣から――またしても烈風が吹き荒れ始めた。


「ほほう。なかなか面白いことを言うねぇ」


 その気配を察するや否や、するりと柊哉の万力地獄から抜け出て、メイは笑った。

 彼女の足を包んでいた漆黒のニーハイブーツから、紫電が迸る。

 超常現象。剣から嵐が巻き起こり、ブーツが放電するなど、本来はそう言わざるを得ない。

 だがこれは非日常ではあれども、もはや超常とは決して呼べない。それだけ社会に浸透してしまっている。

 これがソレスタルメイデンとファーレンの使う、天装(てんそう)というものだ。


 天装――正式名称『Cracking Drive for Simulated-reality』――は、八十年前すなわち二〇一〇年代に現れ唐突に姿を消した、本物の超能力者たちの力を再現した武装だ。

 その方式は、シミュレーテッドリアリティと呼ばれるこの世界を構築する演算の世界にハッキングしその情報を改竄することで現実すら書き換えるというもの。

 かつての能力者が遺伝子操作された脳一つで行っていたそれを機械の形に変換し、DNAの調整を行っていない人間にも扱えるようなものにしたのが、天装である。


「このわたしを本気で殺せるとでも思ってるのかな?」


 メイの闇色のブーツが、まるで星空のように煌めく。

 西洋甲冑の脚部のように金属で作られたそれは、しかしその硬さを感じさせないほど計算され尽くした流線型のフォルムをしている。随所に金の繊細な細工も施されているから、そもそも武器であることを疑ってしまいそうにさえなる。


 だがそんな美に魅かれる心も、たった一つの動作で引き戻される。

 メイがぐっと脚に力を込めただけで、爆発でも起きたのかと思うような轟音がそのブーツから放たれた。

 ただ調子を確かめるように放電するだけでも、この威力なのだ。


「『雷帝(らいてい)建御雷タケミカヅチ』を持つ、このわたしを」



 『雷鳴ノ誓イ』第1話、いかがだったでしょうか。次回更新は明日1/31(金)の17時ごろ、以降も毎日17時更新を予定しております。

 なお、この『雷鳴ノ誓イ』のソレスタルメイデンが生まれる前の超能力者の物語があるのですが、それが現在投稿中の『フレイムレンジ・イクセプション』だとかそうでないとか。

 よろしければぜひこちらもお読みください。

http://ncode.syosetu.com/n0674bs/



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