日記は有効活用
灰色の石で作られた壁には、様々な彫刻が施されている。
抽象化された人間や怪物、それらとの戦いがまるで綺麗に機械で削ったように作り上げられていた。
その表面の滑らかさは、灯りの中で白くつやつやと輝くレベルで、どことなく巨大なショッピングモールのような不釣合い感を感じさせる。
とはいえ、そんなものを感じさせる一方で、この世界のものとは異なった感性である生物が描かれて、不安をも煽るが。
そんな彫刻に挟まれた場所に、壁にはめ込まれるようにされた本棚がある。
周りにはその本棚以外に妙なものはない。
それを見渡しながら、アリア達はその本棚の前に立っていた。
そこでアリアは眉を寄せながらうめいて、
「住居というよりは大勢が集まって何かをする場所のようだけれど、うーん」
住居であったならもっと小さくてもいい、けれどここには数十といえる個人部屋が、廊下を挟んだとしても作れるような広さだ。
これが個人の住宅であるのなら、異世界の人間はよほど大所帯なのだろう。
それとも背が大きいので、こうなっているのか。
考えていてもわからない疑問ばかりが増えるので、アリアは目の前の本に集中することにした。
「ここからえっと……」
指で一冊づつさしながら、背表紙に書かれている題名を一通り見て、アリアは溜息をついた。
役に立ちそうにない。
それでもシオリたちには読めないかも、そしてアリアですらもかいてある文字の所々が読めるのでそれを訳そうとしたアリアだが、
「お手軽五分クッキング、めーめーのお肉を軟らかく煮る方法、どうして俺には彼女が出来ないのか、私の恋人作り・初級」
「シオリ、何で読めるの?」
「私もよく分らないけれど、この文字自体は見たことがないのに意味が分るんです」
困ったように告げるシオリだが、その理由を探るよりもアリアは理想主義者というよりは合理主義者だったので、
「よくやったシオリ、というわけであの剣のヒントになりそうな本、探して!」
「え? アリアちゃん、読めるんじゃないの?」
「一部がよく分らない文字で、題名すらも断片的だから見繕ってもらえると助かるわ、よろしく、シオリ」
「はい! わかりました」
そうお願いすると、シオリは自分が必要だと言われた気がして、嬉しそうに本を探し始めたのだった。
そこに並べられた本を指差しながらシオリは読んで行く。
「悠久の砂漠の眠り姫、男性向け髪形&服カタログ、剣には剣の理由がある、愛の詩を語る吟遊詩人の企み、異世界に住居を求める方法……! これ!」
「んー、それはシオリの役に立ちそうだからとりあえず一つ回収しておきましょうか」
「そうします!」
シオリが取り出した本は、青い背表紙に銀色の線で模様の書かれた本だった。
その模様は幾つも四角い建物が重なり、個性のない、長方形の積み木が重ねられたような形をしていた。
それをシオリは大事そうにリュックに詰めていく。
一応突然本を引っ張り出して何かの魔法が発動しないとも限らないので、そのチェックはアリアがやっていた。
とはいえ、それで完全にその危険がないかどうかは分らないので、
「シオリ、取り出すときはもう少し注意して引っ張り出してね?」
「あ、はい、つい嬉しくなっちゃって……あ、次は、金色男のゆううつ、リンゴは何処で食べられていたか、犯人のいない密室、俺の人生経験黙示録……これは、印字ではなく筆跡が手書きのようなので、日記か覚書かもしれません。どうでしょうかアリアちゃん」
「そうね……覚書みたい。ちょっと調べてみるから、それを渡してもらえるかしら。それとミト、それっぽい本をシオリと一緒に見繕ってもらえるかしら」
「シオリとの共同作業ですね!」
嬉しそうなミト。
それはシオリとの会話を楽しむだけに近づいて、シオリから本を渡してもらうだけ。
背表紙すらも確認していないミト。
そんなミトをアリアは半眼で見ているとそれに気づいたミトがにっこりアリアに笑うので、それよりも手伝えよと目配せするとミトはさらににっこり笑い、
「何の用かな、アリア」
「もう少しお手伝いを」
そのアリアの言葉に無粋だねとミトは嘆息しながら、
「僕が年上で先輩なので、大変な事は全部年下に押し付ける事にしているんだ」
黒いことをのたまうミトに、そちらがそういうつもりならこっちにも考えがありますよということでアリアは、
「……わざわざこうしますよー、何て事前に言わないで私は黙ってやりますよ?」
「つまりどういう意味だい?」
「シオリを連れて行く水族館、もしかしたなら別の日になってしまうかも」
「ははは、君は自分が何を言っているのか分っているのかね」
「もちろんですとも。ただ、もう少しお手伝いしていただければ、こちらも色々融通できますよ?」
「ははは、面白いな、本当に君は」
「お褒めに預かりまして光栄ですわ」
「褒めていないんだけれどねー」
「社交辞令ですわ」
にこにこと、どちらも笑顔なのに、漂う気配は重い。
そんな二人にシオリがおろおろしていると、アリアの背中を回が叩いた。
「アリア、早く剣を」
「カイ……何ていうか、本当に魔法耐性低いね。これは即急に何か措置を講じなければならない事項だけれど……まあいっか。ここではどうにもならないし。本人にその気がないかもしれないし」
「アリア、早く……」
「はいはい、じゃあとりあえずヒントになりそうな、俺の人生経験黙示録、という本を読んでいきましょうか」
そう言ってシオリ達の邪魔にならないように、アリアはカイの服の端を引っ張って、傍の壁際にやってきて座る。
そのまま壁にもたれかかろうとして、そこががこっと内側に沈み、
「何これ、穴?」
中は暗く、様子がよく見えない。
明かりを落として、中の様子を見ると同時に、この妙な穴がどの程度続いていくかを、光が見えなくなる時間を測ってその深さに大まかな目安にしようと思ったのだが、
「それよりも早く、剣を」
「……カイ。とりあえず隣のこれは、沈まないから、こっちで見ようよ」
カイの手を握ってそこまで連れて行く。
握ってみて、カイの手がアリアよりも大きい事に今更ながら気づく。
昔は同じくらいで、アリアが連れて振り回していたのに。
そう思うとなんだか悔しく感じるが、言い出すのも癪だったのでアリアはカイと一緒に壁に背を向けて座り込む。
ちなみにまたも手を握られて、カイは顔を赤くしていた。
魅了する魔法、それ以上に悪質ともいうべき強力な魅了の魔法をアリアに食らわさせられていたカイなので、アリアに手を握られて大人しくしているのは当然なのだが……。
そこでアリアの肩がこつんとカイに当たる。
「うわああああああ」
「なによ、突然大声出して」
「いや、肩が……」
「? 肩が当たっただけで、何でそんなに大騒ぎするのよ」
むっとしてアリアがカイに告げると、カイが慌てて、
「早く本を」
そう急かすと、アリアが更にカイに寄りかかるようにして本を開いていく。
本当に剣に夢中なのねとアリアは何処か面白くない気持ちになりながら、ページをめくっていく。
一方カイはといえば、くっつかれたアリアから、何となく女の子のような匂いがして、どきどきしていた。
さらりと顔にかかる茶色い髪が、白い肌の顔にかかって……カイはそこで考えるのを止めた。
多分というか、絶対、アリアはカイを意識していない。
男としてみていない。
仲の良い幼馴染としか、多分思っていない。
そう考えたら、カイはなんだか悲しくなってしまったのだが、そこでアリアが溜息をついて、
「うーん、人生経験には役に立ちそうだけれど、多分関係ないわね」
「何が書いてあったんだ?」
「『良い物があった場合それを作っている人を叩いて、作る気を無くさせたり、イメージから読む意欲を下げさせたりする。
そして作らなくなれば、そこに自分が入り込み、良いものを作って利益を上げられる。
もし特に瑕疵がないのに、何らかの形で叩かれていたとしたら、そういった策略がひかれている可能性がある。
というかふざけんなぶつぶつ』とか、
『売れなくなったなら、売れていた頃どういうものがどういう意味で売れていたか、現状も考えて対策を
立てるべし。というかそんな細かいところ消費者は気にしないんだよ!』とか」
「……随分と切実な話のように聞こえるんだが」
「……まあ、参考になりそうだからこれをもっていくとして……シオリ、他に何かあった?」
そう少し離れたシオリにアリアは問いかけると首をふり、
「それらしいものは全然ないです。日付のある日記は流石に役に立ちませんよね? 天気とかご飯ばっかりみたいだし」
「立つよ! それ。もしもここがどのような理由で使われていたか分れば、そこに剣を上手く取り出せる方法とか書いてあるかもしれないし」
「そんなもの書いておいたら、誰でも持っていけちゃうんじゃ……」
「普通に考えれば良いのよ、シオリ。もしも管理している人がアレを抜いたり出来なくなったとしたら困るでしょう? おそらくその管理人達のものだから」
「それは、まあ」
「そして、取り出す方法を忘れてしまうかもしれない。で、その取り出す方法をいちいち探すのも面倒くさい。そうなると、管理者の覚書のようなものに書いてある可能性が高いの」
なんだか、随分とやる気がないなー、とシオリは思ったのだがそこでアリアが、
「それに今まで、(仮)古代文明“蛇の都市”の遺跡のこんな感じの場所にある本棚の日記に、たいてい
重要な事が書いてあったのよね」
だから、その日記にも書いてあるわよとアリアは肩をすくめたのだった。