二人だけの世界
そんなこんなで五人で迷宮に潜り込んだわけだが。
蝙蝠のような魔物が襲ってきた。
獰猛な鋭い牙をこちらに向けて、ばさばさと音を立てながら近づいてくる。
「ひいっ」
「大丈夫、シオリちゃんは僕が守るから」
「あ、えっと……はい」
そこはかと無く甘い雰囲気を漂わせるシオリとミト。
二人だけの世界が形成されようとしている空間に向かってアリアは叫んだ。
「ちょっと、手伝いなさいよ!」
「無粋だね。こういう時は黙るのが……」
「敵に襲われているのにそんな事をしているほうがおかしいでしょう!」
叫ぶアリアを尻目に、そこで俊敏な動作でカイが三体ほど切り裂く。
ギアッ
そんな断末魔のような悲鳴を上げて、真っ二つにされた蝙蝠が黒い塵となり蝙蝠の牙や羽の欠片が地面に落ちる。
魔物のよくある最後である。
基本的に既存の動物に似た形をしているが、違いは“人”だけを狙う事。
理由は分っていないが、その魔物達は“人”を喰らう事に特化している。
一説には“人”の持つ魔力に魔物が必要とする何かが含まれているからだという。
そんな魔物だが、その存在を維持できなくなる程度に体を破壊、もしくは存在の本体である核を破壊する事で黒い塵となり倒す事ができる。
その黒い塵だが、闇の魔力として迷宮内を漂っている。
なので定期的に、光属性の魔法で浄化という名の消毒が行われている。
それでもこういった迷宮は異界との接点が多い。
なのでそちらから闇の魔力が流れてくるので、魔物が生まれると言われているのだ。
言われているだの何だのというのは、色々な説があるものの、まだ証明できるような証拠が見つかっていないことによる。
とはいえ、倒せばどういうわけか牙やら羽やら毛皮やらが残り、それは魔法道具の材料としても使える事が経験的に分っていたので、多くの人の本音はその魔物がどのように生まれるか、という事にあまり興味は無かった。
さてさて、そんな蝙蝠の魔物をカイは剣でいとも容易に凪いで倒していく。
カイの持っている剣は“紅蓮の剣”という、炎の魔法が付加された細身の剣だった。
それを舞うように巧みに使い魔物を倒していくが、見るものが見ればその見事さに簡単の息をついたであろう、そんな技術を持っていた。
更にいうなれば、カイは最小限の動きで敵を倒し、息一つ乱れていない。
そんなカイが次の標的を定めた所で、その蝙蝠がぼこっと杖で叩かれた。
思いのほか衝撃が強かったらしく、その黒い蝙蝠は塵となり牙を落とす。
カランと乾いた音が響いてようやくすべての蝙蝠の魔物が倒されたわけだが、
「杖で殴るなよ、魔法を使おうよ、アリア」
「今回は耐久テストも兼ねているの。前みたいに杖が壊れたときのために」
「……杖が無くてあれだけの事が出来るから十分だと思うんだが」
以前あった悪夢のような出来事に、カイは目をとろんとさせる。
そんなカイにアリアは、
「備えて置いて損はないし、その内作って売れれば、魔法特許使用料が取れるし」
「……なんか、いやいい。牙や羽が手に入ったから……いるだろう?」
嬉しそうに頷くアリアから袋を貰い、カイが魔物落とした羽やらを拾って袋に入れる。
魔法の材料はこういった現地調達が必要な材料も多いが、近年魔法合成技術の発達で代替材料が大量生産されつつある時代に突入している事もあり、安価に事が足りてしまうため、魔法使いといえどそう頻繁には迷宮に潜らなくなった。
加えて、代替材料により調達してきた材料の値崩れも起きていた。
なので場合によっては、天然ものも安価に購入も出来る。
ちなみにこの蝙蝠の魔物の牙もそうだ。
それでも全部きちんと拾って行くのは、アリアが、貰えるものは貰っておく主義なのに他ならない。
そして戦闘が終わると同時に、アリアはミトに食って掛かった。
「入場料分くらい働きなさいよ」
「うん、シオリちゃんを守るので精一杯だったんだ」
「まあ、それでも良いんだけれどね」
ミトのその言葉に大きく嘆息するアリア。
そんなアリアの言葉にミトは面白そうに笑って、
「へぇ、随分と大事にしているんだね」
「友達だし、ここに連れて来ているのも、シオリが異世界の住人だって言うからなんだけれどね」
「信じているの?」
「信じるわけないでしょう、異世界の人なら言葉が通じないはずだもの」
アリアの言葉に瞬となるシオリ。
それに気づいたアリアが慌ててフォローする。
「別にシオリを信じていないとか……私が信じられないだけなんだけれどね、だから、えっと……」
「すみません、私、いつもアリアちゃんに迷惑ばかり……」
「いやそんな事ないって。シオリの作る異国の料理も美味しいし、掃除も手伝ってもらえるし大助かりだわ」
「でも……」
「それにシオリの優しい性格は好きだもの。友達になってくれて嬉しいし、友達なら手伝いたいと思うのは当たり前よ」
「そう、かな」
「そうそう、それに力も強いから、色々魔法道具を持ってきてもらえるし」
シオリの背を見ると大きな黄色いリュックがある。
色々な魔法道具やシオリを守るための防御が施されているが、如何せんとても重たい。
以前ならもっと小さいリュックをカイに持ってもらっていたのだが、シオリが来てからは、異様に力のあるシオリに頼んでしまった。
そこでミトがアリアの頭を撫ぜた。
「アリアは良い子だな、友達を利用する道具だって見ないんだ」
「そういう社会って嫌いなんです、私」
「面白いな。これだから、君達についていくのが止められない」
楽しそうなミトだが、アリアとしては言いたい事がある。つまり、
「……だったら入場料も払ってください」
「良いじゃん、図書館から費用が出るんでしょう?」
「月間魔道図書館ランキングで、この前利益で、2シールの差で魔道図書館スティアに負けたんです! その僅かなお金が命取りなんです!」
「あー、あそこか。でもどうしてそんなにあそこを目の敵にするんだい?」
一応いうなれば巨大な魔道図書館でそれを敵視している理由を、ミトは仕事の意味でも問いかける。が、
「私は一番がすきなの!」
「……それだけ?」
「そうです!」
単純な答えに肩透かしを喰らいながらミトはどうしようかと思っていると、カイと目が合った。
カイは意味深に笑う。
それにミトは探るようにじっと見て、けれどカイが答える気がないと分るとすぐにアリアの方を向いて、
「それで、今回は何処に行くんだ?」
「えっと遺跡マップだとこういう風になっているんだけれど、ちょっと気になる事があって」
そうアリアが示したのは道に囲まれた空白の空間。
そこを指で丸くなぞりながらアリアは、
「ここに隠し部屋があるんじゃないかって、私は睨んでいるの」