駆け落ちしちゃえば
2013/7/10 一部修正
「えーと、この書類は、今月破棄される本で、後で判子を押してもらうものの一覧……はあ」
白く積み重なる、今月廃棄する本と新しく購入する本に関する書類。
その仕分けをてきぱきとこなしながら、魔道図書館リザの男性司書であるカイは悩み、深々と溜息をついた。
カイは、男にしておくのがもったいない、寄こせ……と某女子に言われてしまうような、長く艶やかな黒髪を一つに束ねた赤い瞳の美少年だった。
そんな彼は、普段は穏やかだが、元々が苦労性な性質のためか時折憂いた表情をするのもまた薄幸な感じがして良いと一部の女性の方々に評判だった。
けれどそんな美少年が台無しなくらい、眉を寄せて、
「俺、どうしてあんなやつ好きになっちゃったんだろう」
「そうかそうか」
また何かあったなと思いながら、この図書館でカイと同い年であるルチル・スノーは頷いた。
ちなみにこの彼も、図書館の淡い明かりの中でも、磨きたての銀のように輝く銀色の短髪に、淡い水色の硝子の瞳をした童顔の美少年だった。
ちなみに二人で一緒の仕事をしているのは、女性職員が美形がいて眼の保養! しかも二人も! という理由だった。
そして更に付け加えるならば、この仕事をここでする――二回の、少し入った本棚に囲まれた場所――理由は、二人の姿が色々な場所から見える、という理由であったりする。
もちろん女性職員の欲望にまみれた感情だけでなく、それ自体が目当てで図書館にやってくる女性が後を絶たないためだ。
そう、密かに二人と、もう一人のファンクラブが出来ている事実に本来の目的がある。
つまり、密やかという事になっているファンクラブのお陰で女性達がこの図書館に来る、それ自体が一番の目的なのだ。
と、ここまで遠回しに言ってみたが、ようは図書館に入るだけでも入館料が取れるので、彼らがいるだけで自然とお金が図書館側に降ってくるのである。
しかも、入館料を支払わなければ見えない絶妙な位置に彼らが配置されている所まで、全て計算済みだった。
守銭奴と言われそうだが、何分、予算の都合で競争に敗れて廃館してしまう魔道図書館が多い中こういった形での人集めも必要だった。
なので美形ともなれば引っ張りだこで、しかも能力も高いなどなどのハイスペックとなれば押して知るべし、である。
そんな彼らは男性からの嫉妬にまみれているかと思えば、そんなわけではなかった。
どちらも人当たりが良いのに加えて、カイの巻き込まれ体質やらなにやらの関係で、大変だなと生温かく見守られているのが現状である。
そんなカイは悲しげに、愚痴をこぼしていた。
「しかも、あいつよりも俺の方が歳上なのに、初めは学年変わるのが嫌だって飛び級してきたのは可愛くて良かったし、嬉しかった。なのに、気づけば一緒に猛勉強させられたり教えられたりして同学年で院まで卒業して……ないわ」
「そうかそうか」
先ほどから、そうかそうかとルチルは聞き流す。
うんそうだなと言って煽っても良いのだが、それはそれで面倒くさい男心があるのだ。
なので、ルチルの同意を受けながらカイはぶつぶつと続ける。
「でもさ、やっぱりさ、もっとこう、女の子っぽい、おしとやかで柔らかくてはかなげな感じの子で、胸とかがボンキュボンな感じで……そう、出る所は出てて引っ込む所は引っ込んでいるような、綺麗でひだまりのなかで刺繍とかしているような着飾った女の子もいるわけだ」
「そうかそうか。所で何かあったのか?」
「両親にお見合いを勧められた」
ぴたっとカイは書類を処理する手を止めて、大きく溜息をつく。
呼び出されたときに嫌な予感がしていたのだが、それが先ほどカイが呟いたような女性だったのだ。
それこそ文句の付け所のない麗しいご令嬢だったのだが。
「でも俺は、彼女を愛せない」
どんなに素晴らしい人で、どれだけ良い縁組かを語られて、それでもカイは選べない。
だがどう相手に断るのかと言えば、それだけ素晴らしい相手であるため断るべき理由も見つからない。
そこで再び嘆くように幸せが逃げていく溜息をついて、
「そんなわけで昨日は大喧嘩した挙句、家の半分を吹き飛ばすほどの大騒動になったんだが……」
「……そんな騒ぎ、あったかな?」
ルチルは首をかしげる。
一応カイの家はそこそこ有名なお宅なので、半分位が消し飛べばニュースやら噂にはなる。
なのにそれが一つもないのだ。
けれどそのルチルの疑問に答えず、カイは、
「とはいえ元に戻せと言われたので、頭にきて消し飛んだ家半分の所に山から切り出してきた石を置いておいたんだが……」
「……そういえば、もりもり山の幾分かがきり取られたって、今朝の新聞でニュースになっていたような……」
「そうしたら『そういう意味じゃない、良いからこの娘と結婚しろ!』と父と取っ組み合いの喧嘩になってしまったんだ」
「あ、うん、そうか……」
「その他にも筆舌しがたい戦いの末、結局俺が好きなあいつに対してどの程度の思いを持っているのかを400字詰め原稿用紙に書けと言われて、昨日から延々と書いていたんだ。ちなみに、父親は母親に、それを500枚ほど書いて持っていったら、『長い! 一言で!』と切れられたらしい」
カイは再び嘆くように呟きながら最後の書類に目を通して判子を押した。
そして、時間が空いたと思ったらしく400字詰め原稿用紙を取り出して、ゆうに500枚を超える枚数が見て取れた挙句その全部にびっしりと文字が刻まれているのが、持った束が垂れ下がる時に見えた。
その情熱に引きつった笑みを浮かべるルチル。
けれど書き連ねたカイにしてみればある種の不安があるようで、
「幼少期からの思いを全てこの紙につらつらと書き連ねていったんだが……もしかして、俺ってマゾなんじゃないかという結論に達した」
「あー、そうかそうか」
今更な感がルチルにはあったが、そろそろ書類の整理も終わりそうだったので、試しに突いてみる事にした。
「そうだよな、暴力的で、性格悪くて腹黒くて計算高いもんな。敵対した奴が、その姿を見るだけで震え上がるような……」
「そんな事ない! あいつにだって、優しい所も可愛い所もあるんだ!」
脊椎反射で否定するカイに、相変わらずだなと思いながら、ルチルはにやにや笑う。
それを答えて再びカイは頭を抱えた。
「どうするんだあのお見合い相手。何とかならないか……」
「いざとなったら、アリアと駆け落ちしちゃえば良いんじゃないかな」
「あ、それもそうだな」
良い事を聞いたとあっさり頷くカイに、ルチルはそんな単純な話だったかなと思うも、本人が納得しているからそれで良いか、と、それ以上考えない事にした。
そこで、アリアがカイの元にやって来て、
「カイ、また迷宮に行くから一緒に来て!」
と一言。
そんなカイを慕うようなアリアに、今の関係も気に入っているんだよな都会は心の中で思う。
けれどそれに関してはまだ口には出さず、
「またかよ」
「だって負けたくないもん、私は一番が好きなの!」
「仕方がないな……準備してくるから待っていろよ?」
「分かった! 玄関前で待っているね!」
嬉しそうに駆けて行って、他の年配の職員に、転ぶんじゃないよ、と注意されて、はーいとアリアが答えて去っていく。
「まったく、またかよ」
一人小さく呟くカイ。
けれどその声は、そこはかとなく嬉しそうな雰囲気を含んでいたのだった。