養分は?
その大きな影は、二足歩行の奇妙な生物だった。
否、四足歩行であるが二足歩行で移動する、素早く、アリア達の三倍近い背丈の生物だった。
鋭い牙に光沢のある茶色い厚い皮膚。
それは爬虫類のものに見える。
背には大きな鳥の羽が付けられているが飾りのようだった。
何度もばたつかせているが空は飛べないようで、風が何度もアリア達を襲う。
爬虫類に似ているが、けれど獰猛な肉食獣にも見えるそれ。
その怪物を見てカイが、
「おい、なんだあれ。天井に届きそうじゃないか」
「……昔本で見たことがあるかも」
「アリア?」
「確か、その世界では“恐竜”と呼ばれるものじゃなかったかしら」
そう呟いてから、アリアは炎を呼び出す。
幾つもの炎の塊がアリアの周りに浮かんで、
「“駆ける炎の調”」
その言葉と同時に炎が揺らめき、一斉にその魔物へと放たれる。
けれど、それは表面を軽く焦がすだけだった。
「もっと強力な魔法が必要みたいね、今のは最小威力に設定したけれど……それではまずいみたいね」
「だったら俺が接近して……」
「相手がどの程度かわからないのに、攻撃しても危険だわ」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「カイ?」
カイが微笑んで、駆け出す。
アリアの攻撃魔法でも多分倒せるのだろうが、この狭い範囲で強力な魔法を使うのは周りの崩壊を招く。
いっそ上階全てを吹き飛ばせるなら楽なのだが、この場合は小回りの利くカイが接近して倒してしまった方がいい。
それにこんなすでに、鋭い牙をむき出しにしている外に出ても大丈夫でありそうな魔物が外に出るのはまずい、という程度にカイは善良だった。と、
「ご主人様、私の剣使いますか?」
「今はまだいらないな」
「そうですかー、残念です」
と、ミルが下がっていく。もう少しうまく使えればいいのだが、まだまだカイは自分の力の制御が未熟だった。
そして剣を取り出して、カイはその魔物に飛びかかる。
大きくぱっくりとわれる口。だが、このままカイは食われてやるつもりはない。
そのまま剣を振り上げて、大きく振り下ろす。
肉のこげる様な嫌な匂いがかすめるもそれはすぐに霧散して、床まで剣を一気に振り下ろした。
断末魔のような咆哮を上げる魔物。
そしてその他の魔物と同じように黒い塵となって消えていく。
「よし倒したなっ……え?」
そこでカイは見てしまった。
走ってくる幾つもの先ほどの同じ魔物達。
明らかに量が多く、けれどその程度ならカイの敵ではなかったのだが、
「カイ! 伏せて! “駆ける炎の調よ、円陣となりて、翔べ”」
アリアが叫ぶと同時に円陣がアリアの前に浮かんで、そこから炎が吹き荒れる。
数十秒間の炎が収まる頃には、壁に大きな穴が空き、先ほどの魔獣は塵となって消える。けれど、
「アリア、壁に穴を開けたりしたら……」
「直せばいい。あれだけ強いから外に出られる危険があるからってカイは言いたいんでしょう?」
「えっと、そうだけれど……遺跡、治してもいいのか? アリア」
そのカイの問いかけの意味に気づきながらアリアは頷く。
「このつる自体が自動修復機能があるから、それを増幅してやればいい。さつきの花だって、摘んでもすぐに咲くでしょう? その力を速めればいいからそれほど難しいことじゃない」
「……普通はそんな簡単に上手くいかないんじゃないのか?」
「だって私は天才だもの。当然!」
「……まあ、大抵のことはそれでごまかせるし実力があるからいいや。でも、あまり心配かけるなよ、アリア」
「むぅ、どうしていつも私の事、子供扱いなのよ」
「俺のほうが1歳お兄さんだからな」
にやっとカイが笑うとアリアが頬を膨らます。
大体、私が引っ張らなかったら飛び級すら危うかったのに、とアリアは思う。
はじめは、いつも一緒にいたから、学ぶのも一緒にいたいと思ったのがきっかけだったが。
そう思いつつ、アリアは蔓に魔法をかける。
黒くこげて壊死しているのが分かる場所の周りから成長が始まる。
そして伸びていく途中に焦げた部分は丸い塊となり地上に落ちる。
そしてすぐに完全に蔓の穴が塞がれてしまい再び光り輝く花が咲き始める。
それを今度はアリアがじっと見て、
「この生命力、何かに応用できないかしら」
「何にに使うんだよ、蔓なんて」
「紙の原料にしてもいいかも、繊維だし」
「肥料となる養分はどうするんだ? と言うかこの蔓は一体何を肥料にして育っているんだ?」
「土地の養分じゃないでしょうね。周りにはいっぱい気が生えているし。もしもこの蔓が養分を吸って成長しているのであれば、その角となるエネルギーはどこから来ているのかなって」
「異界の異物、か?」
「たぶんね。でもこの遺跡そのものの存在が脅かされるから止めておきましょう。“異界の門”も現れやすいみたいだし」
「……そういえばこういった遺跡は、異界と繋がりやすくすることで他の場所と繋がって被害が出ないように、ガス抜きのような役割をしているって説があったな」
「そうだね。まぁ、遺跡の存在意義自体を一つに固定しようとすること自体が間違いかもしれないんだけれど、一つに集約したがるのよね」
「あー、そうだな。それで、上の階に行くか?」
「行きたいのはやまやまだけれど、もっとなんか色々手に入ったら嬉しいんだけれど……今頃ミト達がリドルって人とお茶を飲みながらお話しているだろうからなー」
そこでひょっこり剣の妖精が出てきて、
「あの、それはどういう意味なのでしょう」
「ミトはこの世界の偉い人だから、異界の人とも交流があるの」
「……私が黙っている意味とかってもしかしてあまりない?」
「さぁ、それは内容を聞かないとなんとも」
そんなアリアの答えに、ミルは肩を落としてふよふよと灯りの花を持って飛んでいたのだった。




