世界を飛び越えた
戦利品の目玉になりそうな本、を見るのは後にして。
アリアはカイとシオリのいる休憩室に向かう。
やってきた休憩室には、カイとシオリ以外はいなかった。
「でも、いつもの事なのよね」
「何がいつもの事なんだ……ああ、俺ってどうしてこんな……」
「カイの事なんて言っていないわよ。まったく……だいたい強い剣に見初めてもらえて、剣士としては嬉しいんじゃないの?」
「強くたってこんな危険なもの、すぐ傍にあるなんて……」
そう悲しげに机にうつぶしながらぼやくカイ。
けれどそんなカイに剣の妖精であるミルは、
「ご主人様、ご主人様はこの剣に選ばれた凄く幸運な人なんですよ?」
「でもなんだか強すぎる力を持つと、色々と面倒くさそうな責任までついてきそうじゃないか」
「強い力があればどんな障害だって、その気になれば簡単に壊せるじゃないですか」
「そんな力技は俺の好みじゃないんだ。細く長く、タルタルソバのように、何気ない幸せな、穏やかな人生を送りたいんだ……」
「若いくせに老衰してやがる、このご主人様……せっかくだから、世界征服でもしてみませんか?」
「……強力な剣が俺を唆す……やっぱり、もう一度封印してくるか」
「やですー、せっかくこんな外に出て色々面白い事になっているのに」
「まさか、この剣を抜いた事によって別の何かが起こったりしないだろうな」
「……ご主人様が実は好きな……むぐっ」
カイは慌てて、剣の妖精のミルの口を封じたのはいいとして。
先ほどからアリアがじっとカイを見ていた。
正確には、アリアはカイが剣の妖精と仲のいいカイに、ちょっとだけもやっとしていたのだが、それがアリアにはよく分らなかった。
「大体強い力があるのなら良いじゃない。強い男の人って、格好いいと思うけれど」
一応アリアは一般論を言ったつもりだった。
けれどそこで、カイがくるりとアリアの方を見て、
「強い俺は、アリアは格好いいと思うか?」
「うん、そう思うけれど……なんでにやにやしているの?」
「いや、うん。何でもない。強い事は良い事だ」
何故か、元気を取り戻したカイに、アリアは深く考えずに、代わりに別の事を呟く。
「それで妖精のミルさん、この剣が引き抜かれる事で何かが起こるの?」
「あぁ……うん、ここ周辺の土地に、異界の門が開くくらいかな」
「異界の門?」
「うん、そう、異世界と繋がって……気をつけないととんでもない魔物が現れるかも」
「どうしてそんな迷惑な効果をつけた」
「いや、持っている人がきちんと剣を使いこなせるかという事情でして……」
そこで、シオリがミルの羽を軽く突く。
けれどそれに妖精さんは不機嫌そうに、
「羽、突かないでもらえますか?」
「あ、ごめんなさい。でも異界の門て、私の世界も?」
「んー、ここから一番遠い世界ですから……でもシオリさんがここに飛ばされたのですから、もしかしたならここと繋がる最短ルートが何らかの形であるかもしれませんね」
「本当ですか! そっか。良かった……」
そうほっとしたように安堵するシオリの肩をアリアが叩く。
「そうなると私は必要ない?」
「い、いえ、方法が幾つもあるんだったらそのほうがいいかなって」
「まあ、そうだけれど……でも異界と繋がるとか、何故そんな恐ろしい事を? まさかこの世界の人間を一掃して自分たちが成り代わろうとか?」
「まっさかー、というか戦うとなるとまあ色々複雑な問題がこちらの世界にありまして、それで出来ればこの世界の人に何とかしてもらえたらいいなというのが、本音なのです」
「……なにそれ」
「いやまぁ、大人の事情というものでして。けれど力を貸す事には異存がないので、それでよろしく」
「……いいけれど、ミトさん経由で今の異界の門の話は伝えておくわ」
そう女の子に囲まれて愛想よく返しているミトを遠く絡みながら嘆息する。
暫く時間がかかりそうだと。
そこで剣の妖精のミルがアリアの方に飛んできて、
「所でシオリさんを元に戻せるってどうやるんですか?」
「……企業秘密かしら」
「教えていただけないんですか?」
「何処の誰に伝える気なのか分らないから。だってまだ貴方は元の世界と繋がりがあるんでしょう? お互い利用される関係でいいんじゃない? 今は」
「怖い方ですね。でも貴方はもしかしてこの世界では“特別”ですか?」
「天才だもの、当然でしょう? それに変にはぐらかさないで、こちらが何を考えているのかを伝えただけでも随分な譲歩だと思うけれど?」
「ご主人様、この人絶対女の子じゃないです。今なら間に合うので別の……むーむー」
カイは余計なお世話だと思って、ミルの口を指で塞ぐ。
大体、アリアが“特別”な事なんて知っている。いやというほど。
そこで今度はアリアがシオリに、
「そうそう、シオリの能力について調べたいから、ちょっと来て」
そう、アリアはシオリに告げたのだった。
閉架の本棚にやってきたアリア達。
その中でアリアは適当に数冊の本をとって、一冊手の届かない本に、唸りながら背伸びをしていると、
「ほら、これで良いのか?」
「……ありがとう」
アリアがカイに微笑んでお礼を言う。
その表情にカイはちょっと照れていたのだが、そこでアリアがシオリに振り返り、
「それでシオリ、この本の題名、全部読める?」
「“導きの書”“もてない私が彼氏を作る方法”“黒歴史とは何か”“たった一分でウエスト三センチ・スリム運動”“美に関する各々の歴史”ですか?」
「すごい! 全部違う世界のものなのに、シオリは全部読めるのね!」
「えっと……その、全部、私たちの世界の……私たちの言語に見えるんですが」
「んー、全部違う言語よね? カイもそう思うでしょう?」
「そうだな、本当にどれもこれも苦労した本なんだ」
「それは良いとして、それで、シオリにはとりあえずどの言語でも翻訳できる能力があることは分ったわ」
「え? そうなんですか? でも私、ドイツ語とかフランス語とかは読めないんですが?」
「どいつ? ふらんす? ……シオリ達の世界の国?」
「はい、違う言語を使う人達です。でもそれならもっと英語の成績良くても良いのに」
なにやら嘆くシオリ。
えーごという言語もあるらしいが、どうやらその能力は元の世界では生かされないようだった。となると、
「世界を飛び越えた事でどういった能力が発現した? ……この世界とシオリの世界の違いって他には何がある?」
「そうですね、“魔法”があるかどうかですか?」
「え? シオリ達の世界には魔法がないの?」
「は、はい、それこそ物語の世界でしか」
「そう、物語の世界、ね……でも魔法に似た何かがあるの?」
「科学があります。でも何処かこの世界の魔法と似ていて……」
「うーん、似たような存在で似たような生活をしていれば、似たようなものを考えたりする事はあると思うけれど……それもおいおい調べていきましょう。どうやらシオリは、本当に異世界人みたいだし」
「ああ、ようやく信じてもらえた」
「やっぱり一概に信用できなくて、ごめんねシオリ」
「いえ、アリアにはお世話になっているから。それにいきなり言われても信じられないだろうから」
そう、シオリははにかむ。
と、そこでアリア達は館長に呼ばれたのだった。




