よくある始まり
つまり私は天才だった。
飛び級で魔法の大学院を卒業した私は、もちろん幼馴染でもあるカイも飛び級して卒業させて、引く手数多の就職先を蹴りあげて、現在、過当競争気味な魔導図書館の司書となった。
もちろんカイも道連れだ。
初めはなんでそんな天才が二人もといった嫉妬やら、うまい汁を吸おうとしている奴らや、排除するように動く者達もいた。
だがそんなものにめげる私ではなかった!
全員、表と裏で、ありとあらゆる手を尽くして、直接、または間接的にボコボコにしておいたために、敵対する者達は皆辞めてしまった。
つまり私の大勝利である。
結果として嫌な雰囲気を作る性悪がいなくなったため、逆にの図書館内の雰囲気は良くなった。
それもあってか、皆、私に対して優しいし、カイにも優しい。
とはいえ、もともとカイは人当たりが良く巻き込まれるという意味で苦労性な面もあったのだが、どこか生暖かい目で見られているのは何故だろう。
さてさて、そんなこんなで戦闘能力有り、相手を言いくるめる能力有り、本を並べたり管理の仕事も早い超有能で、美少女という才色兼備な私、アリア・ローズは新しい本の収集をしようか迷いながら、カイとシオリがいそうな場所を探し回っていたのだった。
「さーて、シオリは何処かな」
そう体から躍動感溢れる少女が図書館の受付あたりから図書館内部を見回した。
左右対称に広がる階段に本棚、ガラス張りの部屋が上へと広がっている。
全体的に開放的な雰囲気で、下から図書館の大まかな部分を一望できるようになっていた。
なので本を探す人々もそこかしこに見られるが、それよりもここの図書館の職員の方が多い。
何故職員がこんなに色々な場所に見られるかというと、今の時間は元々図書館に訪れる人が少ないので、整理をしたり、戻ってきた本を本棚に戻すといった作業をするにはもってこいだったからである。
そんなわけで司書見習いであるシオリは、確か本棚の状況をチェックして順番通りに直す作業をしているはずだった。
「んー、確か黒髪で……いた! 三階の、西の国の童話のあたりだわ」
そう、少女は呟いて、目的の人物をへと駆け足で階段を上っていく。
年代ものの階段には赤い絨毯がひかれて、手すりは年月を経て深みを増した木で彩られ、所々に兎といった可愛らしい彫刻が施されている。
それを少女は小兎が跳ねるように軽やかに駆け上がっていく。
彼女の名はアリア・ローズは新緑を日の光に透けさせたような明るい緑色の瞳に、風に揺らめく絹糸のように艶やかな亜麻色の長い髪を白いレースのヘアバンドをした少女である。
そのレースのヘアバンドの横には、ピンクと青の宝石の付いた魔法道具のブローチを付けて、男勝りな彼女に僅かな華を添えていた。
もっとも彼女からすると、髪に付けていたのはおしゃれのためなどではなく、魔道具を手で持つのが面倒なのと髪が前に垂れて邪魔なのを一度に片付けられる画期的な方法であるらしい。
そんな彼女は本人も自称しているように美少女であり、明るくて気の強い性格をしている。けれど完全に独善的ではなく、時々見せる優しさも相まって本人は知らないが人気がある。但し性的ではない魅力で、だが。
そんな彼女は現在、16歳。
少し女の子らしい体つきになってきて胸も膨らんで……という風になってきたのだが、彼女のやらかす行動が……オブラートに包めば随分と活発なために、そちらを意識する余裕が本人も含めて周りの誰にも無かった。
そんなアリアは、魔法の天才として名高く、“綺姫アリア”と別の意味でも呼ばれていた。
誰もが将来は、この世界をひっくり返すような魔法研究学者になるだろうと思っていたのだが、何故か、司書になってしまった。
嘆くものは多かったものの、現在は、若くて遊びたい盛りだし、暫くすれば飽きて帰ってくるだろうという事と、どうせ司書をやりつつ勝手に次の研究ネタを仕入れてくるだろうとで、放っておかれていたりする。
そんな色々な思惑が絡みあいつつある中、アリアは魔道図書館の女性司書を満喫していた。
さて、そんなアリアは茶色い長い髪をなびかせながら、嬉しそうにぺリドットのような明るい緑色の瞳を瞬かせた。
「シオリ、ここにいた! 今何をしているの?」
「アリア……えっと今本棚の整理をしているのだけれど、どうしたの?」
首をかしげる、黒曜石のような深く透き通る黒髪黒目の、可愛らしい、大人しそうなショートカットの少女はシオリ・クサカベという。
奇妙な服を着てふらふらしている所をアリアに保護されたのだ。
シオリを役所に連れて行って聞いてみると、本人曰く、チキュウという世界のニホンという国出身らしい。
「異世界なのに、何で言語が通じるの?」
「さあ?」
問いかけたアリアに、シオリは困ったように首をかしげけたのはついこの前の事。
アリアが見ている限りでは、シオリは嘘をついておらず、本当に分らないようだった。
「よほど閉鎖的な所に住んでいたのかな? シオリは」
ポツリと考えるために一言アリアは呟く。
閉鎖的な場所で暮らしてきて、それゆえに発展してきた独自の世界観を持っていたと仮定をすれば、この服装やら、彼女の話すその話も納得できるだろうと、そうアリアは結論付けた。
閉鎖的過ぎれば言語に関しては説明がつかないが、元々このような言葉が通じる人達が作った閉鎖的な村かなにかなのかもしれない。
とはいえ、どうして彼女がここに来たのかは、彼女自身謎だが。
「一応、役所で行方不明者を調べてもらっているから、何か分れば教えてもらえるかも」
「あの……私、多分異世界からきたと思うんです」
「はいはい、それで今日は何処に泊るの?」
「いえ、泊る場所……ないです」
「ええ! 仕方がないな、じゃあ近くの宿を紹介するわね」
「お金、ないです」
「……どうやってここに来たの」
そこで、シオリが泣き出して、行く場所がないし、どうやってもとの世界に戻れば良いのか分らないと叫ぶものだからあまりにも気の毒になってしまって、
「なら、私の部屋に来る?」
「え? アリアさんの、ですか?」
「うん、ちょっと大き目の部屋で、前の住人がいらないからと置いていったベットが一つあまっているし……二人で丁度良いから、家に来なよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
といった経緯から、アリアの部屋に間借りして、シオリの帰る場所を、帰り方を探す事にした。
そして生きていくためにはまず働かないといけないので、アリアが仕事を紹介して同じ魔道図書館の司書見習いとして働いているのだ。
司書の試験はまだ半年の余裕があるので、どういうわけかシオリは文字の読み書き所かある程度の教養は備わっていたようなので、後は概念の暗記だけだった。
ちなみに本人が言うに16歳で、アリアと同い年だった。
飛び級したアリアなので周りが皆自分よりも年上だったため、同い年の同性の友達はアリアにとって貴重な存在だった。
そんな馴れ初めを思い出しながらアリアは、三階まで駆け上がり、右へと走っていく。
そこでシオリは木製の梯子に上りながら、巻数が順番どおりに並んでいない本を並べなおしていた。
ついでに水色の布で本の埃を本人の気質をよく表すように丁寧に取ったり、修繕が必要な本を分けてカートにおいている。
よくよく見るとカートには本が山積みされており、この本全部の修繕費が材料費だけでどれくらいかなとアリアは計算しつつ、図書館内の人達で直せそうな物ばかりねと再び見て思った。
そこでアリアはシオリを探しに来た理由を思い出す。
そう、それはこの魔道図書館リザの順位に影響が出るような本を、魔道図書館スティアが発表した事に起因する。
お陰であちらに人が流れてしまい、こちらの魔道図書館リザに来る入館料が減ってしまっている。
そんなわけで負けず嫌いな所もあるアリアは、そろそろ目玉の一つや二つを更新しないとまずいわね、と警戒を強めていた。
魔道図書館。
ようは、魔法に関する本から一般書籍まで、置かれている図書館である。
昔は国が経営していたのだが、魔道図書館同士で購入本を水増し請求してその差額で私腹を肥やすといった行為が横行した事や、その分本を高くすることによって、魔法研究にかかる本代が高くなり魔法研究が遅れる現象が起きてしまった。
また、結果として魔道図書館の権力が異常に高くなる、ある種の利権となってしまい、魔道図書館同士が裏で繋がっている事もあり、魔道図書館の偉い人に睨まれると研究すら出来ない状況になっていた。
それを如何にかする面と、予算の側面から、魔道図書館同士を一部を除いて私営化し競争させる事となった。
それによって研究用の本の価格低下、及び、印刷技術の向上によって安価に手に入れられるようになり、その波及効果として手軽にそういった文献が手に入れられるようになった事から、魔法研究がここ近年飛躍的に上昇し、その魔法産業が発達する事で様々な製品が作られて国が豊かになり、最終的には国の予算の赤字が少しずつ減少している状況になった。
そんな中で、魔道図書館は私営のために、まず人を集めないといけない。
そのために興味をそそるイベントや、高額で貸し出しできる書物の収集が必須だった。
何処の図書館も手を変え品を変えて、色々なイベントを起している。
その中でも、1、2位を争うのが、この魔道図書館リザと魔道図書館スティアだった。
なので負けてなるものかと、アリアは闘志を燃やしながら、本の埃を払っているシオリに、
「そろそろ新書の発掘に行こうかと思って。だからシオリとカイを探していたの」
「ええ! この前行ったばかりじゃない!」
「この前は結局見つからなかったからね。まったく、どうしてあんな変な場所に魔法の書を隠すかしら、昔の人は」
そう毒づくアリア。
昔から、異界からの書物であったり、古代の魔法使いの記した書であったり、そういったものは危険が伴うため封印もかねて、迷宮の奥深くに封じ込めるのが一般的だったらしい。
迷宮とは自然に出来たような、迷路状の洞窟といった自然の産物から、人工的に作られた廃墟まである。
その中で迷宮と呼ばれるものは、様々な魔法道具や魔道書の眠る場所で、ただの洞窟などとは区別されている。
それらは一括で、国の支配下にある人物が管理を行っている。
そうしないと、中にある魔道具や本等によっては国を滅ぼしかねないため、国の管理の元に行わないと危険であるといった防衛の意味がある。
そんな大人の事情は寄せておいて、ただ封じただけでは、どうして迷宮の奥深くにはあまりにも多くのそういったものがあるかが説明つかない。
それらも含めて迷宮には未だに謎が多く、一部の説によれば、その迷宮自体が、ある日突然消えてしまった古代文明の跡地ではないかと言われている。
それゆえに、どこかに自動でそういった魔道具を増産する設備があり、遺跡にばら撒いているだの、実は伝説の古代人たちの子孫がいるだの、様々な憶測を呼んでいる。
けれど、古代人の作った説は、それらを否定する迷宮も多々含まれているため、実態は良く分っていない。
また、迷宮には、人を喰らう魔物やら危険な罠もあるため、ある程度力の強い者達しか行く事が許可されていない。のだが。
「この前幾つか魔法道具渡したし、使えるから良いでしょう?」
「うう、仕方がないな、もう」
「ありがとう、シオリ! 後は、カイを探すだけね!」
「じゃあ私は先に着替えくる。それなりの装備が必要だし、アリアはいつも突然なんだから」
「善は急げって言うでしょう?」
「急がば回れ、とも言うけれど、仕方がないや……」
歩き出すシオリ。
それを見てアリアもカイを探しに、再び走り出したのだった。