おねショタ武士団
おねショタっていいなーと思うんですよ。
いや突然の性癖の告白って話ではなくてですね、私なりに真面目な意図があってのことなんですけど。おねえさんとショタの関係は、年齢差からくる非対称なものなわけですよね。おねえさんが一方的にリードして、ショタがそれを甘んじて受け入れる的なのが基本ですよね。この非対称な関係というのが、神学的には神と人の構図なんじゃないかなーと。
キリストの説話の一つに、こういうのがあるんです。あるところに100匹の羊を連れた羊飼いがいました。ある日、その中の1匹がどこかにいってしまうんですよ。どんくさいですね。ここで普通だったらまだ99匹いるんだから1匹くらいいいや、ってなってもおかしくないところなんですけど、羊飼いはそうは考えなかった。残りの99匹をほっといてでも、必死になって1匹の迷える羊を探すんですね。
めでたくその1匹を見つけ出して羊飼いは大喜びで小躍りするんですけど。もちろん羊は全部俺のもんだから1匹だって逃がすわけにはいかないぜ!みたいなことではなくてですね。ほっといたら道を間違えてどうしようもなくなるような子羊=人間をそれでも神は見捨てないよってことで。人間なんて誰だって数秒後には頭を強くぶつけたり車にはねられたりして死んでもおかしくないわけじゃないですか。そんなクソ雑魚極まりない人間にかまってくれるなんて、ありがたいよねーってことですわ。
まあこうはいっても現代人、特に日本人はおおむね宗教音痴なのでこんな話だけだと、なんだか説教くさくて聞いてられないぜ!なにが羊飼いだ!そんな職業見たことねーよ!俺は俺の力だけで生きるんだ!ヒャッハーみたいな反応が普通だと思うんですよ。なんならいわゆるインテリと呼ばれる中でもそういう人けっこういますからね。
そこで、こういう神が人に一方的に与える圧倒的な慈悲、すなわち恩寵と呼ばれるものなんですけど。これを説明するモデルとしてはおねショタってすっごいわかりやすいんじゃないかなーと。いたいけなショタが、ある日突然、おねえさんの圧倒的な色気とか母性にやられてしまうわけですね。ちっぽけなぼくにこんないいことがあってもいいのか!ああー、みたいな。
まあ似たような構図はなんのとりえもない主人公が突然、学校一の美少女やイケメンに告白されるみたいな少年少女漫画にありがちなやつでも見られるわけですけど、おねショタの方が端的でインパクトあっていいかなって。ただこれが男女逆になっちゃうとただのロリコンみたいなことになっちゃってよくないですね。男女の非対称性として、女性は肉体の魅力だけで男性を圧倒できるところがありますが、逆はちょっと無理筋ですからね。
それはそれとして私は百合も好きなんですけど、百合の騎士団とか武士団みたいなのあるといいなーって思ってて。邪馬台国って女官が千人とかいたっていうじゃないですか。それで卑弥呼は人前には決して現れず宮殿に引きこもってたわけですけど。女だけの空間で儀式とかをやってたってことになるわけですよね。ちょっとした百合の帝国だったんじゃないかなーって想像しちゃいますね。そういうのいいなーって。
だからね、そういうノリで巫女とか聖女が武士団を結成して。普段は女同士でストイックに修業に励んでいるんですけど。たまに人里に繰り出して狩りにいくんですよ。ショタ、ショタはどこじゃー!ショタを私たちに差し出すのですわー!間に合わなくなっても知らんぞー!とかいって。
こういうのを漫画にして、ちいかわみたいなかわいい絵柄でオブラートに包んでやれば、けっこう面白そうじゃない?そうでもない?ダメかー。無念。




