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咲かない桜と子供たち

作者: ウォーカー
掲載日:2026/04/26

 春は出会いの季節。

それは何も大人だけではなく、子供たちにとっても例外ではない。


 都会の公園は建物に囲まれた子供たちのオアシス。

ここ、桜林公園は、かつては桜林だったところだ。

しかしそこに開発の手が入り、桜は伐採されていき、

代わりに建物が建てられていった。

そして今では、一本の桜だけが残された公園になっていた。

しかしその一本の桜も、昨今に建てられた大きなタワーマンションの影になり、

様々な条件も重なり、今では春になっても、

桜の花を咲かせることは無くなってしまっていた。

今年の春、桜が咲く頃に、その桜林公園で、ちょっとした騒ぎが起こった。


 今日も桜林公園では、近所のいつもの子供たちが集まって、

鬼ごっこや缶蹴りなどをして遊んでいた。

しかし子供たちは気が付かなかった。

桜にありえざる変化が起こっているのを。

なんと桜林公園の桜がひっそりと花を付け始めていた。

今年に限ってどういう事情だろうか、それはまだわからない。

それと時を同じくして、桜林公園に、見慣れない子供が姿を現すようになった。

それは、ほんの小さな女の子。

よちよち歩きで、まだ歩き始めたばかりの幼児。

そんな幼児が、親にも連れられず、一人で桜林公園に現れるようになった。

「おい、あの子、誰か知ってる子か?」

「いや、僕は知らないけど。」

「親とはぐれたんじゃないかな?」

同じ公園で遊ぶ子供たちは人情に厚い。

独り歩きする幼児を放って置くことができず、声をかけることにした。

「君、お父さんかお母さんは?」

「ばぶー?」

しかしそんな幼い子供に、込み入った話など通じようもない。

仕方がなく、桜林公園にいた子供たちは、その幼児の親を探すことにした。


 子供にとっては、何をするにしても遊びになる。

見知らぬ幼児の親探しは、ちょっとした宝探しのようなものだった。

まず有力な手がかりである、幼児本人から話を聞いてみた。

「君、男の子?女の子?」

「ばぶー。」

「なんて言ってるんだ?おい、誰かちょっと触って調べてみてくれよ。」

適当な女の子が選ばれた。

「わたしがやるの?ちょっと恥ずかしいなぁ・・・。」

幼児の股間を恥ずかしそうに、あるいはちょっと怖そうに触ってみる。

「・・・無い。この子、女の子だよ。よかった。」

「なーんだ、女か。男だったら、ちんちん触らせられたのに。」

「ちょっと男子!やっぱりそれが目的だったんじゃない!」

「女の子同士だったんだからいいだろ。それより次、次。」

文句を言う女の子たちを置いておいて、幼児に語りかける。

「君、女の子だったんだね。名前は?」

「な、ま、あ?」

「違う違う。な、ま、え。」

「な、ま、え。うー?さ、く、ら、さ、き。」

「さくらさき?さくらさきちゃんでいいのかな?」

「ばぶー。」

幼児は嬉しそうに指をしゃぶって頷いた。

どうやらこの幼児は、女の子で、名前はさくらさきで間違いないようだ。


 幼児の名前はわかった。

公園の子供たちは、幼児の親を探すことにした。

「桜咲ちゃんのお父さんお母さーん!いませんかー?」

「はーい!」

「紛らわしいから嘘の返事しないで!」

「ははは。」

「ここに咲ちゃんを忘れてますよー!」

公園のあちこちで子供たちが大声を上げている。

この桜林公園はそこそこ大きな公園だが、遊具は少なく、遮蔽物は少ない。

公園に親らしい大人が見当たらないのは一目瞭然だった。

「咲ちゃんの親、見つからないね。」

「どうしよう。交番に届けようか。」

「そうだね。もうすぐ夕方だし。」

桜咲ちゃんの親を探している間に、時間は西日が差す頃になっていた。

「咲ちゃん、向こうの交番に行こうか。・・・あれ?」

ところが、子供たちが親探しで目を離している間に、

咲ちゃんは姿を消していた。

「消えた。咲ちゃんがいないよ!」

「誰か姿を見てない?」

「ううん。」

繰り返しになるが、この公園には遮蔽物が少ない。

幼児が独り歩きをしていれば、すぐに気が付くはずだ。

子供たちが咲ちゃんを見つけた時のように。

ところが、今度は咲ちゃんは、忽然と姿を消してしまった。

公園の真ん中から誰にも見られずにいなくなるはずがない。

起こるはずのないことが起こって、子供たちは混乱していた。

「どうしよう?わたしたち、咲ちゃんを見失っちゃった。」

「落ち着けよ。みんなで親探しをしてたんだぞ。

 その中をあんな小さな子供が独りで逃げ出せるわけがない。」

「じゃあ、咲ちゃんはどこへ行ったって言うの!?」

「俺にそんなのわからないよ!」

「二人とも、喧嘩は辞めて。

 言い争ってたって、咲ちゃんは見つけられないよ。」

念の為にもう一度、公園中を探したが、

やはり咲ちゃんは見つけられなかった。

元はと言えば偶然に出会っただけの幼児。

子供たちには何の義務も義理もないのだが、

そこは子供なりの筋の通し方がある。

子供たちは、一応、公園の近所の交番に咲ちゃんのことを伝えた。

しかし警察の対応は塩っぱいものだった。

「行方不明の届け出は出てないね。

 その子は今頃、家に帰ったんじゃないかい?」

子供たちも警察には期待していなかったが、一応伝えたまで。

後は家に帰って、各々の親に事情を話すことにして、

桜林公園の子供たちは、今日は解散することにした。


 次の日。桜林公園には、昨日と変わらない顔ぶれの子供たちがいた。

「みんな、あの後、咲ちゃん見つかった?」

しかしその問いには誰もが首を横に振るだけ。

その時、何気なく、子供たちの一人が言った。

「あれ?公園の桜、花が咲いてる。」

「本当だ。

 あのタワーマンションが建ってから、花は咲かなくなったのに。」

既に周知の通り、桜林公園に残された一本の桜の木。

かつては春になると元気に花を咲かせていたものだが、

しかし今は大きなタワーマンションが建ってその影になって、

他の条件もあってか、春になっても花は咲かなくなってしまっていた。

そのはずが、今目の前に、小さな桜の花が咲いていた。

子供たちは目を細めてタワーマンションを見た。

「見て。

 あのタワーマンション、何かの工事をしてるみたいで、

 周りに覆いや機械がいくつもついてる。」

「それに日光が反射して、この桜に日が差すようになったんだね。」

「たったそれだけのことで花が咲くようになるなんて、

 桜って繊細なんだな。」

そんなことを話していた時。

聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ばぶー。」

それはあの、咲ちゃんの声だった。

いつの間にか、子供たちの間に、咲ちゃんが立っていた。

「咲ちゃん!いつの間に?」

「昨日は大丈夫だった?」

すると咲ちゃんは、なんと、返事をした。

「きのうはごめんなさい。

 ばいばいするじかんがなくて。

 でもだいじょうぶ。」

子供たちは仰天した。

たった昨日は、自分の名前すらかろうじて喋っていた幼児が、

今日はたどたどしくも言葉を喋っている。

これはどういうことか?

子供たちは顔を合わせるばかりで、誰にも事情はわからなかった。

ただ今日も相変わらず咲ちゃんは独りっきりだった。

「咲ちゃん、親は?」

「ここにいるよ。」

「ここってどこ?」

「この公園。」

「そっか。じゃあ、心配はいらないか。」

桜林公園内には、大人の姿は見当たらない。

咲ちゃんの親は、近くの建物の中にでもいるのだろうか。

どうにも釈然としないが、親探しの必要が無いのは何よりだった。

そうとわかれば、子供たちが公園にいる理由は一つ。

「よし、じゃあ咲ちゃんも一緒遊ぼう!

 かくれんぼや缶蹴りのルールは知ってるかい?」

「かくれんぼ?」

「小さすぎてルールは知らないか。

 じゃあ教えてあげるから、僕たちと一緒に遊ぼう!」

「うん!」

こうして、桜林公園の子供たちと、咲ちゃんとの交流が始まった。


 それから毎日のように、咲ちゃんは桜林公園にやってきた。

もちろん、他の子供たちも来て、一緒に遊ぶ日々が続いた。

咲ちゃんは子供の遊びをほとんど知らないようで、

遊びを変えるごとに、一つ一つルールを教えてあげる必要があった。

しかし、それにはたいした手間はかからなかった。

子供たちが手間を惜しまなかった、という意味ではない。

咲ちゃんの物覚えが良かったからだ。

「そうなんだ。ケイドロにはドロケイって呼び方もあるんだね。」

「そうそう。それで、捕まった後の扱いにも違いがあって。」

「なるほどなるほど?どう違うの。」

物覚えが良すぎる。いや、そんな程度の話ではない。

咲ちゃんはたった数日で、幼児から小学生、中学生のようになっていた。

そんなに成長して、なお咲ちゃんだとわかったのは、本人がそう名乗ったから。

それに、顔や声に面影があったから。

仮に咲ちゃんが姉に入れ替わったと言われても不思議ではないほど。

そしてそれから数日、子供たちは咲ちゃんに完全に抜かれてしまっていた。

「ほら、君、ズボンのおしりが汚れてるよ。

 あなた、ブラウスの裾が擦れてるよ。」

咲ちゃんは今や高校生や学生のよう。

子供たちと混じって遊ぶ姿は、引率している保護者のようだ。

子供たちもさすがに成長しすぎた咲ちゃんを不審に思っていた。

あるいは、心配していた。

咲ちゃんはいつまで成長するのだろう、と。

そんな子供たちを、桜林公園の一本の桜は、花を揺らしながら見下ろしていた。


 それからさらに数週が経過して。

世間の桜の名所では、もう旬は過ぎて葉桜になっていた。

それは、ここ桜林公園でも同じ。

たった一本の桜は、ほんのささやかな花を咲かせていたが、

今やその桜の花は散ろうとしていた。

咲ちゃんはというと、タイトスカートの似合う立派な大人の女になっていた。

「咲ちゃん・・・なんだよね?」

子供たちが恐る恐る尋ねると、大人の女は笑顔で頷いた。

「ええ、そうよ。私、桜咲。

 姿がちょっと変わって、驚かせちゃったかな。」

「ちょっとじゃないよ。」

「咲ちゃん、君は何者なんだい?」

群がる子供たちに見上げられ、咲ちゃんは笑顔を少し崩した。

「・・・みんな、私が言ったこと覚えてるかな。

 この公園に、私の親はずっといるの。」

咲ちゃんがそう言って見上げたのは、桜林公園に残された一本の桜の木だった。

「元々は私はこんな姿だった。他にも仲間はいっぱいいた。

 でも、仲間は少しずつ減っていって、私一人っきりになってしまった。

 日が差さなくなったり色々あって、姿を現すこともできなくなって、

 もう子供たちは私のことを知ること無く、大人になっていった。

 でも今年は違った。

 ちょっとした偶然が重なって、親は私を実らせてくれた。

 だから、私はあなたたちと一緒に過ごすことができたの。

 でも、今年の桜の時期はもうすぐおしまい。」

子供たちは驚き、悲しそうに返事をする。

「桜の時期が終わったら?咲ちゃんはどうなっちゃうの。」

「また眠るの。蕾となって。」

咲ちゃんが指を指す方を見ると、桜の木は花を散らせた代わりに、

また小さな蕾をつけようとしていた。

「蕾になったらどうなるの?」

その返事は無かった。

咲ちゃんは、この桜林公園に姿を現した時と同じように、

人知れず姿を消していた。さよならも言わずに。

子供たちは友達を一人失い、途方に暮れていた。


 春が終わり、夏が訪れ、秋冬と季節は巡り。

また次の春がやって来ようとしていた。

桜林公園に集まる子供たちの面々は多少変わっていたが、

相変わらず子供たちの盛り場になっていた。

しかし、今年の子供たちは、ただ公園で遊ぶだけではなかった。

子供たちは真っ白な板や鏡をいくつも持ってきていた。

それはレフ板、光を反射させるためのもので、写真撮影などに使われる。

だが今、子供たちがレフ板を用意したのは、写真撮影のためではない。

公園にずらっと並べられたレフ板。

その光の中心には、桜林公園のあの一本の桜の木があった。

桜が咲くにはもう少しだけ時期が早い。

だから今のうちから、足りない日光を補っておこうというのだ。

「上手くいくかなぁ?」

「わからない。

 でも、あのタワーマンションの光はもう使えないから、

 こうでもするしかないし・・・」

子供たちはできる限りのことをしようと思った。

咲ちゃんとまた逢うために。

それから、晴れだけではない、曇や雨の日もあった。

その度、子供たちは桜林公園の桜に寄り添い、蕾が散ってしまわないよう守った。

そして、そろそろ桜前線が北上してきた頃。

桜林公園の一本の桜についた蕾が芽吹き始めた。

「やった!咲いてる!咲いてるよ!」

「まだ安心するのは早いよ。芽が開いただけだ。」

果たして、咲ちゃんはまた現れてくれるだろうか。

桜林公園の桜は、花を咲かせてくれるだろうか。

子供たちの祈るような日々。

その日々を終わらせたのは、どこからか聞こえる、幼児の声。

それは今年もまた桜の季節の到来を伝える声だった。



終わり。


 桜の花は美しいものですが、花が咲かない時期は粗末にされたり、

最悪の場合には何かの事情で伐採されてしまうこともあります。

そんな儚い桜と子供たちの交流をファンタジーとして書きました。


桜の名所と言われるところでも、よりよい場所から花見ができるよう、

邪魔な桜が伐採されたりすることもあります。

私のお気に入りの花見の場所も、そのせいで桜が大幅に減ってしまいました。

桜が誰かに独占されるために切られるのはとても悲しいことです。

子供の頃から桜と交流していれば、そんな大人にはならないでくれるかも。

何もできない私はせめてそんな期待をして筆を執りました。


お読み頂きありがとうございました。


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