第九話 星間線を繋いで
「お前は、任務に失敗してるんだ。わかってんのか?」
目の血走った焦茶色の髪の日焼けした男が、椅子から身を乗り出してリョウゴを問い詰める。低い声が波紋のように広がる。
第五小隊長、タウル・カンザキ。最近、力で上り詰めた叩き上げだと聞いている。
「…………」
リョウゴは黙りこくるしかなかった。タウルの言い方はさておき、内容はおおむね事実。言い返すことはできない。タウルはそれをいいように捲し立てる。
「倒せてたら、全て解決していたんだ」
口から唾が飛ぶ。タウルのボルテージは上がっている。
「お前は……」
だが次の瞬間、怒声は途切れた。タウルの口だけが、パクパクと金魚のように動いている。
「……?!」
ようやく異変に気づいたタウルが目を見開く。その目の先には、指揮棒を握る金髪で壮年の男がいた。ゆったりと椅子に腰掛けたまま、男は口を開いた。
「“前奏”から流れを壊すとは、少々いただけませんな。」
「助かります、アレン第七小隊長」
第七小隊長、アレン・ガルシア。この男は苦手だ。いつも飄々としていて、つかみどころがない。
「ただ、会議中のアイデアの使用は御法度ですよ」
「おっと、これは失敬」
アレンがぴっと指揮棒を横に振る。その瞬間、タウルの声は戻った。
「……お前、なんなんだよ」
「会議とは、滞りなく進むのが美しいのですよ。流れる水のように、滞りなく。」
独白するようにアレンが言う。その目は会議ではなく、もっと別の何かに酔っているように見えた。
「第五小隊長。内容はさておき、会議にふさわしい言葉遣いをお願いします。」
リョウゴが忠告する。
「ちっ……」
タウルはどっかりと椅子にその身を納めた。
「まあ、少しの不協和音は私の好物ですがねぇ」
どこか物足りなさそうにアレンが呟く。
「……会議を進行させていただきます。まず、第九小隊長としての見解を、」
少し間をおいて、リョウゴは述べる。
「このアイデアゾンビ、薬物流通組織の手先だと考えています」
「はあ?今更薬物か?」
突っかかったのは第三小隊長、ジョー・サガラ。
「マフィアだってクスリは撤退しはじめてんだ。ゾンビ化されちゃ儲かんねえからな。」
長い足を組み直し、ジョーは言う。
「そもそも、秩序を重んじる奴らとアイデアゾンビは相性が悪すぎる」
リョウゴがそれを聞いて口を開く。
「ええ、それも事実です。しかし私はなにも“マフィアの犯行”とは言っていません。」
「じゃあ、なんなんだよ」
「――新興組織の可能性があります。」
「根拠は?」
「今回警察にあった通報は“アイデアゾンビの発生”ではなく“薬物取引の摘発”でした。それに現場に目立った薬物の使用痕はなく、金庫も空いていた」
「それでも、アイデアゾンビの完全なコントロールは不可能だろ」
それまで黙っていたアザミがゆっくりと口を開く。
「……アイデアに不可能なんてねえよ。不可能を語るのは、いつだって人間の方だ」
「………………」
会議室が水を打ったように静まりかえる。アザミの声が場を完全に支配していた。
「……会議資料にある“本”っての、これは関係ないのか?」
静寂を打ち破ったのは第一小隊長、ヴァン・エイリーク。白髪混じりの頭髪とたたえた口髭がその経験を物語っている。
「関係がある可能性は高いです。本の一番後ろのページに血痕とそれを半分に断ち切る切れ目がありました」
「……それがどうして関係あると?」
「――――これは、“顧客名簿”です。」
「……なんだと?」
空気が止まった。全員がリョウゴをみる。
「切った紙の片割れはおそらく、組織の中枢が保管してます。いわゆる“割符”です。かつ本ならば、怪しさはでない。」
「……さっきからお前、憶測しか喋ってねえじゃねえか!」
突然タウルが身を乗り出した。
「第五小隊長、発言は挙手を……」
「それ俺にしか言ってねえだろ!」
タウルはぴしゃりと遮るように言葉を投げつけた。その息は荒くなるばかりだ。
「……お前、責任から逃げてんだろ。後ろめたいんだろ!」
「現場で部下を殺すのはなぁ、“曖昧な指示”なんだぞ!曖昧な意見で方針決めるやつの、何が民を守る特殊戦闘部隊の小隊長だよ!」
「…………」
何も言い返せない。タウルの目には確かな責任感が宿っていた。
「……責任感があるからこそ、じゃねえの?」
助け船を出したのは、アザミ。
「責任感がねえやつは、ここで発言しねえし、発議もしねえ。な?第八小隊長?」
「げ……なんでわかるんですか……」
「お前の“雰囲気”がそう言ってた。それだけだ」
「はぁ……そうですよ。俺は民とか国とかどうでもいい。俺が無事ならいいんです」
「そうだろ。あたしゃそれが悪いとは言わねえ。だがリョウゴを攻めんのはお門違いだぜ、ガキンチョ」
「ぐっ…………」
タウルの目がアザミとリョウゴを睨み、下を向いた。
「続けろ、リョウゴ」
「……はい、ありがとうございます」
リョウゴは震えていた。自分は、師匠を推し量るステージにすらいない。全く底が見えない。その事実にリョウゴの胸は高揚と緊張を覚えていた。
「私の発言は憶測です」
「しかし、無視するにはあまりに大きな可能性だと確信しています」
「可能性を考え、最悪のケースを避けることが人々を守ることにつながるはずです」
少し間をおいて、アレンが喋り始める。
「それはいい心がけでしょうな。では、貴殿の憶測通りだったとして、一つ疑問が浮かびます」
「なんでしょう」
「金稼ぎには効率が悪いのですよ。クスリは。足がつきやすく、リピーターが出ないのであれば儲からない」
「たしかに……」
「はいはーい」
女性が手を振りながら身を乗り出した。第六小隊長、ニーナ・アネモネだ。長い髪とそれに見合わない小さな体をぴょこぴょこと揺らしながら、喋り始める。
「まず、相手のトップはアイデアゾンビなのかな?」
「……私は、トップは人間だと思います。アイデアゾンビは“無秩序な成長”を求める。それ自体が、統率と相性が悪い」
「うんうん、絶対ないとは言わないけど、可能性は低いよね」
「となると相手は人間、それも強大なアイデアを持っているはずの。そんなやつがやりたいことと言えば?」
「……可能性の追求、ですか」
「あたり!」
勢いそのままにニーナは続ける。
「敵はなんらかの金以外の目的の可能性が高いよね。例えば、本の地名――新天地の発見とか、ね?」
アレンがそれに反応した。
「新天地、ですか。あるんですかね、この狭い国に」
第一小隊長、ヴァンが口を開く。
「それよりも、今考えるべきは、この国の行く先。どう対策をとる?」
「……星間鉄道の防衛、だろうな」
アザミの言葉に全員の呼吸が揃う。
星間鉄道とは、この国を一周する環状鉄道。12の駅があり、この国の輸送の大部分を担っている流通の心臓だ。
アザミの言葉を受けて、タウルが言う。
「そりゃ、市民の命よりもか?」
「そもそも防衛は、陸軍の仕事だろ」
アザミは静かに天を仰ぎ、告げる。
「“市民の命”か“国の命”」
「選べ」
「……俺は“市民”を取るぜ。同じ過ちは、もう2度としねえ」
低い声で言うタウルの手は、ぎゅっと握りしめられていた。
「私も“市民”を取ります」
リョウゴがタウルに続けて言う。
「へぇ、なんでだよ?」
「……私も、一市民ですから」
「私は、“国”をとりますかな」
発言したのはアレン・ガルシア。
「国が滞れば、市民も滞る。停滞は美しくない。美しくない世界に意味はないのです」
「俺も同意するぜ」
ジョー・サガラが後に続く。
「経済が止まる方が死人が出る」
その言葉にタウルが突っかかる。
「あ?てめーら目の前でゾンビが人を殺しても同じこと言えんのか?」
「多少の死は、美しさを引き立てるスパイスですよ」
指揮棒を指で転がしながらアレンが反論した。
「んだとてめえ……?」
「はいはい!喧嘩はあと!」
小競り合いを遮ったのはニーナ・アネモネ。
「そもそも、動いたらバレるよ?私は現状維持かな〜」
「腰抜けがよ……」
タウルが吐き捨てた。
しばし、沈黙が満ちる。
「アザミさんは……?」
リョウゴが意を決して訊いた。
一瞬、間。
「あたしは、どっちもだ」
誰もが静かに聴いていた。アザミの言葉には、それだけの力があった。
「できるからな」
誰一人として、反論するものはいない。
「……他に意見のある者は?」
挙手するものは誰1人としていない。
(まとまらない。だがまとめれば、別の犠牲が出る)
進めるしかない。
「では、各小隊、独自判断での対応を。ただ情報共有だけは迅速にやるよう、お願いいたします」
少し間を置いてリョウゴが言う。
「では、“人馬宮”中将、閉会の宣言を」
それまで静かに聴いていた男が椅子から立ち上がった。
「……これで第73回特殊戦闘部隊会議を、閉会とする」
短く、それだけの言葉を残して、中将は退出していった。
「議事録は私がまとめたのち、共有いたします。皆さん、お疲れ様でした」
リョウゴがそう言うと、小隊長たちは立ち上がって退出していく。これにて、“黄道十二会議”は終わりを迎える。誰もが、自らの決定が最善だと確信したまま。だからこそ――ズレたまま。
部屋に戻ったアザミが部下に声をかける。
「……おい」
「はい、なんでしょう。アザミさん」
「調査隊組んどけ。……内部調査もだ」
「わかりました」
別室にて、交わされる声が響く。
「秘密裏に、相手の頭と接触しましょう」
「……なぜですか?」
「金稼ぎ――ビジネスの匂いです」
星々のさんざめく理由は、星々にしか知り得ない。




