第八話 星々の光り方
“黄道十二会議”。霊峰ロザリオの麓360度を約30度ずつの範囲で分割し、この国の治安維持を担う12人の陸軍中将。それを黄道十二宮になぞらえて呼称し始めたのが通称の始まりとされている。ショウたち特殊戦闘部隊は陸軍中将の直轄組織である。
次々と基地内に装甲車が入ってくる。ショウの担当は会場設営。まだまだ地獄は終わらない。
「よいしょっと……はぁ」
いくつ机を動かし、椅子を運んだだろうか。
「プロジェクターは……よし。掃除もよし。」
最終確認が済んだところで、リョウゴが入ってきた。
「お、ショウ。おわったか?」
「はい今ちょうど……なんでこんな埃被った部屋にしたんですか?」
「長時間おさえても業務上問題ないのがここだけだったんだ。」
「……そりゃそうでしょうね」
呆れたようにショウは呟く。
「それよりもショウ、ちょっとついてこい。」
「え?どこ行くんですか?」
「……俺の師匠のところだ。」
手招きされるがままにショウはリョウゴの後ろを歩く。前を歩くリョウゴの姿はいつもより背筋が張っているように見えた。
「隊長、もしかして緊張してます?」
ビクッとリョウゴの体が震える。
「……ああ、すごくな」
「リョウゴ隊長が緊張するほどの師匠ってどんな人なんですか?」
「会えばわかる。」
首筋に汗が滲んでいる。リョウゴがそれほど焦るなど、任務では見たことがない。
「やっぱ俺帰ってもいいです……」
「ダメだ。」
食い気味にリョウゴが言う。話しながらもリョウゴの歩行スピードはどんどん上がっている。
しばらく歩くと一つの待機部屋の前についた。ドアの横には「第二小隊御一行様」と書いてあった。
「ふぅ……はぁ……」
リョウゴがあからさまに深呼吸をする。
コンコンコン……と三回ノックをすると中から
「どうぞ」
と女性の声がした。扉を少し開けた瞬間から深海のような暗く重い空気が流れ出す。
(……これは…………まずい)
リョウゴと共に扉を開けて中に入る。瞬間、目が離せなくなった。脇を男女に固められた大柄な老婆からだ。
耳に音が入らなくなった。
全身に痺れを感じる。
圧倒的な威圧感と迫力。息が、うまくできない。
「第九小隊小隊長リョウゴ・アサクラであります。第二小隊小隊長アザミ・クリスティ様にご挨拶にあがりました。」
「おう、久しぶりだな。リョウゴ」
当たり前かのように2人は挨拶を交わしているように見える。声がぼやぼやとしてよくわからない。
ショウは意識を保つのが精一杯だった。
老婆の目がショウの方に向けられる。
「で?そっちは?」
なぜかそのアザミの声は鮮明に耳に飛び込んできた。
(……返事しろ……息息!)
ヒューヒューという浅い息が肺から漏れていく。
「なんだ?名前がねえのか?」
揶揄うようにアザミが笑いながら訊く。膝から崩れ落ちそうだ。このままでは、地面に押しつぶされる。確実に脚は持っていかれる。
(体か、挨拶か……)
思考が巡る。一息一息の間がどんどん長くなっているのを感じる。
(早く結論を、早くいい案を……)
視界が狭くなっていく。黒いものが五感を覆っていくのがわかる。
決断の時、ショウが選んだのは“
“両方”
ふぁさりと紙が地面に落ちる音がした。耐えがたい重圧を紙とすることで回避した。
「……第九小隊……所属……ショウ・アララギ……です」
地面に這いつくばったまま、ショウは挨拶した。
「……おい、今どんくらいだった?」
アザミは横の男に聞いた。
「ざっと40秒ですね。」
男は腕時計をみて答える。
「フッ……まあ“合格”といっていいな」
パチンとアザミが指を鳴らす。その瞬間、部屋を包んでいた重圧は嘘のように消え失せた。紙化は解除できたが、まだ脚が震えて立てない。
「おいリョウゴ!このガキ入ってどれくらいだ?」
アザミが荒々しく問う。
「3年目です。」
「へえ……そこそこまともな鍛え方してんじゃねえか」
アザミの目がショウの方を向く。刃物のように鋭い青白い眼球の目。優しく青白い色のそれとは裏腹にアザミの目力からくる“何か”はショウでは推し量ることすらできない。
「おいガキ、そのままでいいから答えろ。ショウとか言ったか?」
未だ立てないショウを見下ろしてアザミは問う。
「はい……ショウ・アララギです。第九小隊……」
「それ以上いい。」
遮るようにアザミが口を挟む。
「お前、アイデアゾンビについてどう思う?」
「……え?」
「答えろ。」
「アイデアゾンビとはアイデアが暴走して……」
「違う。お前はどう思う?」
「…………」
すぐには答えられない。考えたことのない質問に狼狽えた。空気が滞留する。
(どう思うったって…………)
この部屋全ての視線がショウに向いていた。どれだけ悩んでいても仕方がないことは明らかだった。鉛のように重い空気を少し吸い込んで、吐き出す。脳の引き出しを開き、一番上にある意見を投げつける。
「……人類の可能性の一つだと思います」
「何かが違えば、俺もああなってたかもしれない」
「だから、あれも俺たちも“間違い”とは言えません。」
「だからこそ、躊躇いなく殺せます。」
全て吐き切った。手に汗が滲む。人生で一番重い問答だとショウは確信していた。
「……ハッハッ」
アザミが突然笑い出した。沈黙に乾いたアザミの笑いが響く。
「いやあいいねえこいつは……リョウゴ!“約束”守ってくれたじゃねえか!」
「ええ、もちろんです。」
静かにリョウゴは答える。
「おい!ショウ・アララギ!」
投げつけるようにアザミが呼ぶ。
「はい」
「名前、覚えといてやるよ!」
「……ありがとうございます」
「リョウゴ!もういいぞ!下がれ」
「はい。ありがとうございます。」
まだ地面に伸びているショウに肩を貸し、2人は部屋を出ようとした。
「あ、リョウゴ、少し待て」
アザミがリョウゴを呼び止めた。
「……なにかありましたか?」
「いや、そういうわけではない。だが、忠告だ。」
「会議もまた、“戦闘”だぞ。」
「助言、ありがとうございます」
そう答えたリョウゴの顔は少し笑ったように見えた。
しばらくリョウゴに肩を貸してもらい、ようやく歩けるようになった。ようやく頭も少し回ってきた。だが、動き始めた頭を埋め尽くす考えはひとつだった。
(なんなんだあの力……余裕で前の一つ持ちより強いぞ?)
回らない頭でいくら考えてもそれしか思い浮かばない。あれは明らかに異常だ。何かが外れてる。入室から退室までの流れを思い返すたびにあの感覚を思い出し、寒気がする。
「アザミさんには、しばらく会いたくないです……」
よろよろと歩き始めたショウがか細く言う。
「俺も最初はそうだったさ。でも今日は特に“濃密”だったな」
「なんで……今日に限って……」
「さあな、師匠のことは師匠にしかわからん」
カラッとした声でリョウゴがいい切る。気持ちがいいくらいだ。
「……そういえば、」
ふと思い出したことをショウは訊く。
「アザミさんとの“約束”ってなんなんですか?」
「ん?ああ、あれな。あれはな」
「“次の会議までに、一番『面白い人間』を育てる”って約束だ」
2人が出て行った後、ふうっと息をついてアザミの左手にいた女が呟く。
「隊長、“出しすぎ”ですよ」
続けて男の方も言う。
「そうですよ。私たちも三分が限界ってとこです」
「ん?そうか?前と同じだったぞ。」
すっとんきょうな声でアザミは答えた。
「それよりもよ、あのショウってやつ。やるな」
「ええ、本当に」
女が同意する。男も首を縦に振っている。
「可能性を疑わない良い目だ。ありゃ化けるぞ」
「化けるとは?」
「さあ、私にもわからん。でも、あいつは壊れるぞ。」
「きっとここなら、あいつは良い壊れ方をする。」
先程までショウが準備をしていた会議室に続々と人が入っていく。足取りの重さはまちまちだった。
「じゃあ、皆は待っていてくれ」
「はい。頑張ってください。」
ショウたちの立場は“小隊長直轄兵”。機動力確保のために各小隊長たちに10人前後配属される兵士。この会議は小隊長のみの出席が認められているため、直轄兵は出席できない。
「隊長」
急にショウがリョウゴを呼び止めた。
「ん?なんだ?」
「あっ、あの、えっと……」
自分でもよくわからなかった。なぜか思わず呼び止めてしまったからだ。聞きたいこともあったはずなのに一切出てこない。
「……負けないでください。リョウゴ隊長」
「……おう」
唯一出てきた言葉は、激励だった。リョウゴがスタスタと歩き始める。会議室に入っていった。その背中はどこかいつもより大きく見えた。
時刻は14時、会議の開始時刻だ。
「みなさんお揃いのようですね。」
会議室に集まったのはリョウゴを含めた12人の小隊長と、1人の軍服の男の合計13人。
「定刻通り会議を開始します。では“人馬宮”中将、よろしくお願いします。」
リョウゴの呼びかけを受けて、軍服の男が立ち上がる。紺色のよく手入れされた軍服の胸元には、いくつもの勲章がなびいていた。
「……これより、第73回特殊戦闘会議を始める。皆、積極的に取り組むように。」
『はい!』
会議室に12人の声が響く。
「では、今回の議題は事前の通達とお手元の会議資料の通り、“異常行動をとったアイデアゾンビについて”です。」
リョウゴが会を進行させる。
「要約して申し上げれば、戦闘の後に計画的な撤退が見られたというのがことの焦点です。今日はこの敵の分析と今後の対応策をまとめたい。」
「そんなの、出たやつら全て殺せばいいじゃねえか」
椅子に姿勢悪く座る男が言う。どこか常に落ち着きがない。
「第五小隊長、発言は挙手ののち、お願いします。」
「あぁ?お前逃したくせに何いってんだ?」
星間線を共有する星座は、この場に一つとしてない。




