第七話 “黄道十二会議”
「はぁ…疲れた…消えたい…」
地面に伸びたアキが呟く。
「え?!なんで?!急に?!」
「リーパー…使いすぎた…」
消え入りそうな声で呟く。先程までの勢いが嘘のようだ。
「アキさん?ちょっと隊長!」
「ん?ああ、アキか。リーパーの副作用だ。使うだけ憂鬱になる。それで使いすぎると…このザマってわけだ。」
「そんな簡単に…ちょっとアキさん?!歩けます?」
アキは相変わらず地面に伸びている。
「…無理。ショウくん運んで…。」
「はっ…?え〜…。嘘でしょ…」
隊長に目配せする。その瞬間目を逸らした。
「…ま、まあ、運んでやれ。これから一緒の任務も増えるだろうしな。」
久しぶりに、心の底からイライラした。
「運ぶまではいいんですけど、……アキさん俺よりでかいし」
「ちょっと〜…乙女にでかいとかいうなよ〜」
「…実は結構余裕あるんじゃないですか?」
結局、隊長は早々に走って戻ってしまった。残されたのはアキとそれをおんぶするショウ。アキの腕が首に食い込む。暑い。
そう思っていると、薮から棒にアキが口を開く。
「私のリーパー、就活してた時に発現したんだ。」
「なんですか突然。」
「まあ聞いてよ。私昔は自信なかったの。あのとき、就活が全然上手く行かなくてさぁ、」
「正直、死にたくなってたんだよね。」
「………」
ショウは黙って聞き続ける。
「そのとき、これが出たんだよね。最初はさ、ああ、やっと連れて行ってくれるんだって思ったよ。」
「そりゃあ、なんとも無能な死神でしたね。」
少し笑ってショウが言う。
「ふふっ、そうだね。私を守るとか、論外だよね」
「……死神って、実は少し優しいらしいですよ。」
「へえ、ショウくん博識〜」
「親父の本で読んだんです。本、好きなんで。」
「紙になるくらいだもんね。」
少し、沈黙が流れる。
「そういえば、リーパーってなんであんな見えにくいんですか?人の近くだと見えるのに」
「ん〜……、どうだろう。よくわかんない。」
「やっぱ本人でもわからないんですか。」
「はっきりとはね。でも、多分、」
「“死”ってのはね、案外生命のすぐそばにあるから。そう思うよ。」
「……俺たちは、特に?」
「……そうじゃないと願うよ。」
「ごめんね、昔話しちゃって。」
「俺は好きですよ。昔話」
日が差してきた。空気も少し和らぐ。砂埃さえ少しだけ、心地がいい。
「あ!やばい!マコさん!」
ショウが叫ぶ。思い出しの勢いそのままだ。
「あぁ!いろいろ起きすぎて抜けてた!ショウくん!ダッシュダッシュ!」
「ダッシュって…無理言わないでくださいよ…」
ぴょこぴょことショウが滑稽な小走りで駆けていく。
「はぁはぁ…ついた…」
なんとか装甲車まで辿り着いた。そこには簡易の天幕が設置されていた。息が戻らない。もうこりごりだ。
「おつかれ、ショウくん。ここならもう歩けるわ。ありがとね。」
「ハァ…それなら…ッハァ…よかったです…フゥ…」
ショウもアキの後に続き、天幕の中に入っていく。脈拍が上がる。天幕の入り口を握りしめる。
「……ハァ」
手が止まる。
天幕の布がぎゅっと音を立てる。
そして、思いっきり天幕を開けた。
「……アメリさんは?」
「お!ショウくんやっときたねぇ」
「マコさん、アメリさんは?」
「………。」
沈黙が帰ってくる。冷や汗が滲んだ。
「…………そうですか」
「しー!違う違う!静かに!」
指を立てるようなジェスチャーをしながら言う。
「今寝てるの!手当したから!」
「……はぁぁぁ」
大きな息が漏れた。全身の力が抜ける。膝から崩れ落ちてしまった。
「よかった……てっきりもう……」
「な〜にいってんのよぉ。私もプロなのぉ!」
怒ったようにマコが言う。
「何人……見送ったと思ってんのよ」
「……少なくとも、俺は見送らせませんよ」
「わたしが見送ったやつらも、みんなそう言ってたよ」
「…………」
何も言えなかった。
「すみません。悪いこと聞きました。」
バツが悪そうにショウが言う。
「ん……?ああ!いいのよ!気にしないで!」
「お、ショウ。帰ってきたか。」
天幕に入ってきたのは、隊長とガイ、ミツルだった。
「さぁ!今回の功労者くん、早速仕事だ!」
おどけたガイがそう言いつける。そしてショウの腕を引っ張る。
「ええ……功労者免除は?」
「あると思うのか?ウチに?」
「……聞いた俺がバカでした」
引きずられながら隊長とミツルの方を見る。苦笑いしている。
「まあまあ、状況記録っスから、サクッとやっちゃいましょ?ショウくん」
「……隊長?」
「……いくぞ」
ほんとうに、転職したい。
廃ビル前についた。やはり異様だ。
「もう……どこだっていいです。」
「やっと諦めがついたか」
感心したようにリョウゴが言う。
「俺三階でいいです。さっき行ったし。」
「じゃあ俺が一階と二階。ガイは四階。ミツルは五階と屋上な。」
「はいっス。」
「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせますか。楽しくやろうぜ?」
ガイの言葉に、思わず少し笑ってしまった。
「うぇぇ……臭い……」
死体独特の匂いと焼けた肉の匂いが混ざっている。手榴弾なんか投げるんじゃなかった。ドアの取れた入り口から入り、中を確認する。
「……やっぱ死んでるかぁ」
先程見た包丁の刺さった死体が転がっている。動く気配はもうない。部屋を見渡すと、空いた金庫と机と椅子、それに腰ほどの棚が置いてあった。
「……もぬけの殻だな」
「……ん?」
腰を下ろして棚の下を見ると、文庫本があった。手のひらほどの、古びた文庫本。
「…………」
震える手で埃を払うと、題名があらわになる。
『太陽のいらないまち』
先程までの死体の匂いとはまるで違う、古びたインクの匂い。湿っていて、どこか覚えがあるような――――
「いやいや、気のせいだろ」
わざと大きく呟く。自分にいい聴かせるため。手を離させるため。
「ちょっと……開いてみるか……」
(……なんで開いてるんだ?)
自分でも説明のつかない動きだった。本の中身は小説らしかったが、内容はほとんど入ってこない。
「……やっぱ置いとく――」
(指が離れない……)
手から離れてくれない。
「たかが本だぞ……?」
手は離れない。
「前のあの本……。」
口をついて出た。それは、思案を巡らすうちに出会った記憶。それは前拾った本の記憶。
『太陽のいらないまち』
題名が再び目にはいる。
「……命令違反は」
手は離れない。それは理由たり得ない。
「報告を……」
したらどうなった?前の本は?
「盗られた……。」
再び本を開く。インクと紙からなる古本の匂い。あれと同じだ。
「“それ”をしたら、俺はもう……母さんだって俺の金で……」
口ではそう言う。しかし、心の中を満たす声は違う。
(これを置いていけば、俺も置いていかれる)
深く息を吸い込む。そしてその本を手で大事に包み込み、一枚の紙にした。
「次は、逃さない」
呟く自分の声が遠く聞こえる。ショウの心はなぜか軽くなっていた。
「ショウ〜なんかあったか〜?」
ガイの声。
「……死体だけ。あとはもぬけの殻だ」
嘘は、驚くほど滑らかに出た。
装甲車での帰路。中心に戻るたび舗装された道を走ることが多くなる。行きに比べれば、乗り心地がいい。
「帰ったら忙しくなるぞ。」
リョウゴが呟く。それにマコが問う。
「なんでですかぁ?」
「“発議”をするからだ。」
「げ……。あれやるんですか……?ほんとに?」
明らかに嫌そうだ。
「……アイデアゾンビが逃げたんだ。」
「えっ?ああ……ほんとに?」
「本当だ。残念ながらな。」
リョウゴも見るからに残念そうに言う。
「じゃあ、仕方ないかぁ……仕方ないよなぁ……。」
自分にいい聴かせるようにマコが呟き続ける。ショウは話の流れが全くわかっていなかった。
「ところで、“発議”ってなんなんですか?」
「ああ、ショウくんは知らないか。」
「“特殊戦闘部隊会議”。それの提案をすることだよ。」
「はぁ……それの何が問題なんです?」
「……めちゃくちゃに、めんどくさいんだよ!」
「え〜……また……?」
そこからの日々はまさに地獄だった。毎日回ってくる書類、報告書の期限、会議関連の資料作成と日程調整……。
「なんでこの書類いつまでもハンコ来ないんですか?!」
怒りを抑えきれずにショウが隊長に食ってかかる。
「これでもなるはやで回してるんだ。我慢してくれ。」
「リョウゴたいちょ〜!ここの記録ないよ〜!」
「どうした!何があった!」
ショウは心から思った。
「もう……転職したい……」
とある昼休み。ガイがショウに話しかける。
「おいショウ、タバコ付き合え。」
「え〜やだよ俺吸わないし。」
「いいから。」
「てかガイ、タバコ吸ってたの?」
「……昔吸ってた。こんな環境じゃあストレスたまるだろ!まあ来い。」
タバコは嫌だが、席を立つ口実ができてホッとした。書類とはしばしお別れだ。少し歩き、喫煙所に着く。ガイが一本差し出すので、とりあえず吸ってみる。
「ゴホッッゴホッ……!」
むせた。そしてまずい。
「へっ、ダッセェな!」
ガイが嘲笑してきた。
「ゴホッ……なんでこんなもん吸ってんの?体にも悪いのに」
「さあな。……俺にも、わかんねんだわ。」
フッーっとガイの口から煙が出る。そしてタバコの灰を灰皿に落とし、また吸い始める。
「リョウゴ隊長って、仕事し始めると急に隊長に見えるよな。」
「わかる。めちゃくちゃ有能。」
「強えしな。」
もう一回だけ吸ってみる。
「ゴッハ……ゲホゲホ……」
苦い。ただの煙にしか思えない。
「ハハッ……もうやめとけよ。まずいし、くせえし、いいとこねえだろ。早死にするぞ?」
「なんか……ガイに負けたくなかった」
「へえ。なんでだよ。」
「なんでだろうね。俺もわからない。でもさ、」
「なんというか、“可能性”を否定されるのは、嫌いだ。」
「フッ、タバコでもか?」
「きっとそうなんだろうね。」
ガイが少し目を見開く。そして笑った。
「ハハッそうかよ。でも、世の中には“知らない方がいい可能性”もあるかもしれないぜ?」
最後の煙をフーッと吐き切り、吸い殻を捨てた。
「……そうなったときは、俺の“可能性”が終わるだけだな。」
ショウもそれを真似して吸い殻を捨てる。
発議のきっかけの事件から5日後、ついにその時は来た。
「やっと、やっと終わったんですねぇ!隊長!」
感激したマコが話しかける。
「ああ、ひとまず。」
基地の門に立て看板がかけられる。
『第73回特殊戦闘部隊会議』、通称“黄道十二会議”開催の日だ。




